*一応R15。情事は出てこないけれど、下な表現が普通に出てくるので苦手な方はプラウザバック。
*決して純愛とは言えない。何かドロドロしてるし、仄暗いので注意。これも苦手な方はプラウザバックで。
*読了後の苦情等は受け付けません。


◇◆◇



古森元也という男は、人当たりが良くて、サッパリしていて、気が利いて、優しくて、そしてわりと適当そうなのにその実 割と適当ではない。そう、なかったのだ。

古森元也との付き合いは高校からだ。1年生の夏、いや秋か?その2つの季節が曖昧に溶け合うような時期に仲良くなった。きっかけなんて簡単で、よくある席が隣になったから喋るようになって、そして仲良くなったというやつ。

コミュ力がカンストしてて、気さくで程よく適当で当たり障りなく言葉を選ぶ彼とはとても話しやすかった。これは決して大袈裟に言ってる訳では無い。

あまり人付き合いは得意ではなく、そこまで友人も多くはない私であったが、彼のその性格からか、彼とおしゃべりするときは特によく喋った。そして何より楽しかった。


◇◆◇


2年に上がると古森元也とはクラスが別々になった。

彼が同じクラスに居ないということに初めは違和感はあったが、よく考えたら彼は高校のバレーボール界では割とというか、普通にびっくりするくらいには凄い人だった。なんたって高校のリベロのNo.1だ。つまり、彼以上のリベロは他の高校生にはいないかもしれない、ということ。

まあ、この学校のバレーボール部はみんな凄い人なんだけど。

そんなわけで、IHで優勝してしまうような部活に所属する彼は合宿だとか遠征だとかで居ないこともよくあったし、決まった曜日には選択の授業を取らず部活に行くスポーツ推薦の人たち特有の時間割だった。居ないこともよくあるので、彼が居なくても"その時の"私は特に気にしていなかった。


__寧ろ気にしていたのは彼の方だった。

廊下を歩いていてすれ違うと必ずといっていいほどに声を掛けてくる。

私のクラスのバレー部のところに来るついでに私のところにもやって来ては言葉を交わして帰っていく。

合宿や遠征で行った場所の限定のお菓子を渡しに来る。

SNSでのやり取りも毎日という程ではなかったが、それなりにやり取りをしていた。時々通話もした。

2人だけになると少しだけスキンシップを取ってくることもある。

あとは小さな愚痴を呟くこともある。

たまに2人で出かけたりもした。


そんな日々を生きていると、彼のいない教室への違和感が今更ながらに段々と大きくなる。普通、こういう違和感を特に感じるのはクラス替えをしてすぐのはずなのに、なのに何故クラス替えをして、そしてクラスに馴染み始めてから暫く経った今の時期にこんなに違和感を感じるのか。それは簡単だ。


__既に彼の"躾"はこのときには始まっていたのだ。


「名字、大丈夫なわけ?」
「.....え?何が?」

古森元也と付き合う少し前のこと。急に佐久早くんから話しかけてきたことがあった。彼から近づいてくるなんて、それも話しかけてくるなんて珍しい。しかし内容はよく分からない。瞬きを繰り返して、それからもう一度 彼の言葉を飲み込んで、そして首を傾げる。

一体なんの話だ?と。

佐久早くんは「分からないならそれでいい」とそれだけ言った。その表情はなにやら気の毒そうにものを見る目と一緒だった。また私は首を傾げる。その時の私はまだ気付いていなかったから、仕方ないのかもしれない。今、あの日に戻れるなら佐久早くんに伝えたい。


全然大丈夫じゃなかった、と。


◇◆◇


古森元也と付き合った。

この時の私は1年前の自分と違って、1日に何度もこの男の事を考えるようになっていた。向けられたその愛の言葉とかいうやつに、ガツンと衝撃が来て、そのまま頷いた。だって、私も、

「私も好きだよ」

そう言ったら、古森元也は嬉しそうにはにかんでいた。私も照れくさくなってはにかむ。

__この時には既に落ちていた、というか堕とされていた。

ドロドロと煮えたぎる真っ暗な底なし沼はいつの間にか私の足元に広がっていたらしい。藻掻けば藻掻くほど"古森元也"という男に絡め取られて、そして息苦しいまま、"そこ"へ突き落とされていくらしい。ああ、なんてタチの悪い。

無意識のうちに彼に躾られていたらしい私は、いつの間にか古森元也なしにこの世界を生きることが難しくなっていた。

決してメンヘラだとかそういうものではないと思いたいが、私という女は中々に救いようがない。別に救われたい、と思っていないから余計に。


ことの中心である古森元也という男もさっぱりしていた割にその実、私にハマりこんでいるらしい。それは佐久早くんに後から聞いた話だった。その時にはピンと来なかったが、確かによく考えたら彼の行動的にそうだったかもしれない。というか彼の行動を考えてみると彼の方が先にこの沼に落ちている。


ん?つまり、私のせいなのか?


まあ、お互い様だったのだ。私たちは。いわゆる共依存というやつか?いや、その言葉ですら軽く思えるくらいの泥沼に無自覚のうちに突き落としあっている。

しかし、なんだかんだで彼の方が色々と上手うわてだ。

私という女を何もかも躾ていくのだ。確信犯なのかもしれないし、違うかもしれない。まあそれは別にどっちだっていい。


古森元也以外の男が段々と苦手になっていく。いや、元から得意ではなかったが。大丈夫なのは父親と従兄弟とあとは小さい子ども、そして時々心配してくれる古森元也の従兄弟である佐久早くん。他はあまり関わらない。必要最低限だけしか絡まなくなった。

人肌が恋しくなるようになった。試しに女友達に手を握ってもらったが何か違う。何が違うのかは分からないが理由は分かる。またあの男がちらつく。

しばらく会わないと声が聞きたくなる。しかも都合のいいタイミングで向こうから連絡が来る。いわく「俺も声が聞きたくなったから」らしい。タイミング良いな、本当に。

欲求不満というやつが不定期ではあるが、ちょうど良い間隔を置いて突然どろりと襲ってくるようになった。彼と会うまでこんなことはなかったのに。しかもやはり都合の良いことに彼もそんな時に決まって欲求不満である。だから私たちは身体を重ねる。


しばらく経って何となく理解した。彼のペースに私の体は順応していっているのだと。

___また、躾られてるのだと。


◇◆◇


「元也」
「なに?」

小さく名前を呟いてみる。彼に聞こえていたらしい。ソファに座って飲み物を飲んでいた彼がこちらを向く気配がした。

私は呆然とカーペットの上に仰向けのまま真っ白い天井を見上げている。


彼と出会って何年経っただろう。成人を迎え、そして社会人になった。彼はプロのバレーボール選手だ。素直に尊敬してしまう。

相変わらずあっけらかんとしていて、そしてさっぱりと程よく適当な優しい彼はそこにいて、相変わらず私しか映っていない目でこちらを見つめる。

自惚れは決してしていない。

佐久早くんも相変わらず呆れている。彼が証人だ。あともう1人も。新たにギリギリ苦手じゃない男という謎枠に加わった元也の所属するバレーチームのチームメイトである角名くんに私たちのことについて光の速度で引かれた。まだ何も言ってないのに。例えるなら、その速さは私がかつて苦手な数学でイラついて導き出した不正解である あまりにも早く動きすぎる点Pよりも速かったと思う。

勘が鋭い?察しの良い?男は大変である。そう他人事のように思う。巻き込んでごめんね。


__恋なんてそんなものでしょ?

友人から言われた言葉を思い出す。なるほど。このドロドロと深くて苦いものは"恋"なんて言葉で片付くのか。恋とか愛とかの定義を調べてみるが、どれもやはり軽い。軽すぎる。そんな気がする。


「元也」
「だから、何?」

気がついたらカーペットの上で仰向けになっていた私のすぐ横に彼は立っていて、私の顔を覗き込んでいる。いつかの出会った時のような純粋な瞳を思い出すが、もうあっちの方が違和感を感じるように作り替えられてしまっている。元也は私のすぐ横に膝を立てると、私の背中に腕を回して起こした。


ぐらり、世界がまわった。


「...くすぐったい」
「えー」

いつの間にか抱き抱えられていた。彼はゆっくりのっそりフローリングを歩く。彼の髪が頬を撫でるのでくすぐったい。


「......」
「......」

ゆったりおろされたのは寝室のベッドの上だ。どろり、あーあ。なるほど、今日は彼の、そして私の欲求不満デーだったのか。今更それに気づいた。

私がニヤリと笑ってみせる。私の腹に軽く手を置いた元也はキョトンとした表情を一瞬だけ浮かべたが、次の瞬間には私と同じように笑っていた。


「今日は余裕そうだね」
「......さあ、どうかな?余裕ないって言ったら止めてくれる?」
「んー、やめないかな」

そう言った彼が、私にキスをひとつ落とした。

___唇の右端に。

これが全ての合図なのだ。ここ数年で何よりも深く強く痛いくらいに刻み込まれた"躾"の始まる合図。


あーあ、明日起きれるかな?


絶対に明日 少しだけ正気を取り戻した元也が慌てて謝ると思うんだ。でも、そんな時の余裕のない元也も面白くて好きだ。あととびっきり甘やかしてくれるし、しばらく離れようとしなくなるし。

楽しみだな、そんなことを考えながらぼんやりとこれから始まる熱に早くも魘されていた。

(ねえ、名前)
(躾をしているのは、どっちだろうね?)

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