全く君は運が悪い


私は昔から不良に絡まれやすいみたいだ。

幸いなことに不良同士の乱闘に巻き込まれても大きな怪我をしたりとかはなかったし、他校の不良に絡まれてもホテルに連れ込まれたりしたこともなかった(まあ、されかけたことはあるのだが)。

今のところは、どうにか五体満足で泣き寝入りしたり、精神も特に病んだりすることなく生きてきた。割とハードな日常を生きている気もするが、ラッキーなことにどうにかなっていた。そう、ここまでは良かったのだ。


しかし、自分はどうやらパシリ体質みたいだ。


何故か学校の中でもやばいと噂の不良に絡まれるようになり、「飲み物買ってこい」だとか「これして」と頼まれると断りきれずにしてしまう。

毎回断らなければ、と思うのに悲しいことに中々それができない。同級生や先生も「気の毒に」と言うだけで全然助けてはくれない。どうやら私に絡む不良たちはこの学校だけじゃなく、この地域の中でもそれなりに強いらしいし、色々問題児らしい。

しかし、その問題児たちが私に構うようになって少しだけ落ち着いたらしく、学校にもよく来るようになったから先生に「そのまま交流を続けてくれ」と言われた。

あと、放課後の空き教室にパシリとして呼ばれるため、私は彼らが何やら『集会』とかいう話し合いをしている間に、隅で勉強をしていると、何故か彼らもグチグチ言いながら一緒に勉強するようになってしまった。

そしていつの間にか彼らの不良仲間たちが集まるようになりプチ勉強会が週一で開催される。そのため学校内の不良の小テスト含めたテストの点数が普通に良い。しかも点数が段々良くなり、勉強がそれなりに理解できるようになってくると、お互いにジュースとかの奢りを賭けて競うようになった。ちなみに人によってはほぼ最下位の順位から学年で3位内に入るくらいまでに成績が伸びたらしい。中には「家で勉強する習慣がついた」とかいう、最早優等生じみた子まで出てきた。

不良(態度・素行以外は優等生)という彼らが、言い方は悪いが大量発生した際には、先生たちに職員室に呼びつけられ、「先生も親さんたちも感謝しているよ」と涙をハンカチで拭きながら感謝された。いや、だから助けてくれよ。

そう思ったが、不良の親や何人かのこの学校出身の先生たちの時代もこういった不良が沢山いたらしいせいか助けてくれない。多分私が大きな問題に中々巻き込まれていないせいかもしれないが。

まあここまで来たらそれはいい。問題は平日の学校にいる時だけじゃなく、休日にもファミレスとかカラオケとかコンビニに呼び出されることである。

唯一の救いは不良の彼らがほぼ毎回奢ってくれることだろうか。お財布を出すとそれはもう怖い顔で凄まれ、「お前オレらの言うことは聞けないのか?」と睨まれる。涙目だったりプルプル震える店員さんを横目に渋々財布を仕舞うことなど日常茶飯事である。

いや、私が食べたものは払わせてくれよ。そう説得しても残念なことに叶わない。不良は良い意味でも悪い意味でも人の話を全く聞かない。


__そう例えば私の転校が決まった時とか。


父親が支店から本社への転勤が決まったのは中途半端な時期だった。家ではだらしないと母や姉に怒られ、そして尻に敷かれまくっている父は、気弱で優しい割に仕事はできる人らしい。父親の転勤に着いて転校することが決まった時の不良たちの混乱する様が、それまでの私の人生の中で1番の大事件だった。不良達には「行くな」と脅され、先生や彼らの親には地団駄を踏みそうなレベルで泣きつかれた。

そのせいで混乱する私を他所に、あっさりとしていた母や姉、そして弟は「ああ、あれね。構わなくていい」と言い、おっとりしている父はよく分かっていないらしい。父によく似ていると言われる私も実は半分よく分かっていないのだが、家の中心(なんなら私の中での1番の強キャラ)である母や姉がそう言うならと普通に転校した。連絡先やら住所やら沢山聞かれたが、住所は教えられても連絡先は連絡手段を持っていなかったので教えることはできなかった。

最後は荷物を早めに送り、新幹線で地元を離れる私の見送りに駅には沢山の不良たちが彼ら曰く正装をして立ち並んでいて唖然とした。警察沙汰になりかけたが、駅のお偉いさんが一般客の邪魔をしないならと気を利かせてくれ、穏便に恙無く見送られ私は地元を離れることになった。


◇◆◇


__やっとパシリから解放される。

それが地元を離れ、新しい家に引越し、新しい学校に転校した私が思ったことである。

思えば小さい頃からいじめっ子に絡まれまくり、そしてその延長線で不良になった幼なじみやら同じ学校の問題児たちにパシられる日々。日によっては学校の端から端を3往復したこともある。またある日は休日に呼び出され、急に山にハイキングに行った。そして何故かそこを溜まり場にしていた不良たちとの乱戦に巻き込まれ、それを横目に不良の幼なじみとあやとりをしたこともある。

そんな人からいえば異常な日常からようやく解き放たれる時が来たのだ。


憧れの普通。普通最高。普通尊い。ビバ普通!


___そう思っていた。思っていたのに!!


「.....マイキーさん、来ました」
「遅かったね」
「ごめんなさい。この辺の地理疎くて」
「じゃあ仕方ねえな」
「そうだね」

指定された場所に行けば、マイキーさんもドラケンさんも既に来ていた。慌てて遅くなった理由を素直に言う。ため息をつかれたが、2人とも別に怒っていはいないようなのでそれを感じとれて安心する。

「いつもと違うところに呼び出しちまってすまねえな。次は迎えに行く」
「い、いえ!お手を煩わせる訳には...」
「そんなに畏まらなくてもいいよ。名前」
「そうだ」
「は、はい」

ドラケンさんやマイキーさんの言葉にもう頷くしかない。私は必死に首を縦に振りながら自分のパシリ体質&不良に絡まれやすい体質を呪った。呪いまくった。

この土地に引っ越してきて1週間と少し。残念ながら私はその時には既に不良に絡まれていた。

しかもこの近辺でも特にヤバい人達に、だ。

私は最早何かに憑かれているのでは、と疑心暗鬼した。この現象知ってる。既に経験済みだ。何なら「この後の展開も読める、読めるぞっ!」となった。そして1ヶ月も経たないうちにその予感は完璧に的中し、最早諦めた。体質はどこまで行っても体質だった。

1番よく呼び出してくるのはマイキーさんだ。私の新たな連絡手段であるガラケーに家族以外で最初に登録されたのは悲しいことに新しく交流するようになった不良達である。彼らは私に対しては何だかんだ優しいが、物騒な話をしているところを聞く限り地元の不良たちの比じゃないくらいに色々と危険である。

それをヒシヒシと感じながら、次々と増えていく知り合いたちにそれはもう心の中で泣いた。


「名字名前です」と自己紹介をすれば、大抵みんな何が面白いのかめちゃくちゃ見てくる。そしてすぐに質問攻めにあう。それにしどろもどろに応え、最後に「よろしくな」と言われる。はい、パシられ確定。と魔の契約がいつの間にか行われ、どんどん増えていく危なっかしい知り合いたち。

夜中にバイクでブンブンしてるとか、誰々をシメたとか、刃物がどうのとか、誰が誰にやられて誰が裏切ったとか、それを「おっそろしい」と聞きながら私は相変わらずパシられる。

主に私をパシるのはマイキーさんだ。

私の都合などお構い無しである。流石である。断れない。でも何だかんだ優しい。怖いけど。顔も良い。時々笑顔がスっと消えて怖いけど。怖いけど...!

まあ何だかんだ言って私は相変わらずの日常ってやつを、どうにか新しい土地で築くことができていた。


◇◆◇


ある日私はマイキーさんにいつものように呼び出される。今日はドラケンさんはいない。何やらデートらしい。他の人たちもいない。ただマイキーさんが私を待っていた。

私は彼から連絡が来た時、今日こそ「私、パシリ辞めたいですっ!」と伝えようと意気込んだ。生憎私は好きでパシられているわけではない。毎回結局伝えられないが、今日は本気で「今日こそ!」と決意した。何故か呆れている弟に練習台になってもらい、道中でその言葉を練習しながらここまでやって来た訳だが、

__ん?何かいつもとマイキーさんの様子が違う?

マイキーさんの様子を見てそう疑問を持った。

「名前、オレと付き合え」
「.........?」

待ち合わせ場所に着くなりマイキーさんは唐突にそう言った。私は思わず首を傾げる。

__付き合え?どこに?え、どこに??

さっきまでの『目指せ!脱パシリ』と意気込んでいた自分が彼のその言葉に打ち砕かれそうになる。いきなり言われたそれにマイキーさんの顔がだんだん怖くなる。こ、断らないと。いや、でも怖い。めちゃくちゃに怖い。段々と彼の瞳から光が消えていくのが分かる。

「ダメなの」
「あ、......えっと」
「ねえ」
「あ、...え...」

彼が数歩近づいてきて、その顔がグイッと近くなる。その綺麗なご尊顔を私めにお向けなさるな!溶ける!骨の髄までアイスみたいに溶けてしまうぞ!

と、なんか時代錯誤なキャラが自分の中に出来始めそうになった。ダメだ私。冷静に冷静に。そう考えながらまたマイキーさんを見る。

__あ、ダメだ。

自分にそれはもう染み付いたパシリ体質というやつは簡単には治らない。私の先程までの道中での意気込みはパキリと音を立てて折れて行った。

「ど...」
「ど?」
「...ど、どこまでもお供しますっ......」

私はついにそう声を張って言った。マイキーさんがぱちぱちと瞬きをする。

___ああもう。もう泣き崩れたい。

これは脱パシリ出来ないやつである。私は自分の口から出たそれを聞いて静かに項垂れる。するとすぐ側からくすくすと笑う声がした。その声はもちろんマイキーさんのものである。私は顔を上げる。そして目を見開いた。

いつになく嬉しそうで、いつになく優しい顔をしたマイキーさんが私をしっかり見つめている。

「うん。一生大事にする」
「.....」

彼はそう言って頷いた。私は心の中で血涙を流した。だって『一生私はマイキーさんのパシリ』宣言をされたのだから。

◇◆◇


名字名前という女は色んな意味で凄い。

顔はそれはもうびっくりするくらいに整っていて、身長は平均より少し下くらい。スタイルは良すぎず、だからといって普通と言う訳でもない。

性格はおどおどしていて、でも何だかんだ芯はしっかり通っている。あとぼんやりとしていて割と天然だ。そして人の話をよく聞いているようで聞いていないし、時々話が噛み合わない。

あとは、どうやら前の学校で本人曰く不良にパシられまくっていたいたらしく(話を聞く限り別に酷い扱いは受けていなかったみたいだ)、俺たちみたいな人間にも時と場合によってはハッキリものを言う。

全体的に小動物と構っているときのような庇護欲を感じさせ、いわゆる守ってあげたい女子の代表みたいな子のくせして、ピンチは割と1人で切り抜けるタイプだ。


1番驚いたのは、明らかに歳も体格も名前1人じゃ敵わないだろうと思われる相手に絡まれた時の話だろうか。

その日、名前は数人の男に絡まれていた。彼女的には必死で逃げていただけなのだろうが、激昂した相手を躱す際にちょこまかとすばしっこく動くためか、翻弄させ相手を転ばせたり、壁にぶつからせたりしたようである。そして、転んだり、彼女を追いかけるついでにそいつらは仲間に拳やら身体が当ててしまい、ついにはそのことにお互いにキレて乱戦。それを外野で見ていたやつがからかい、更にキレて内輪で争うという自滅の一途を辿った。そしていつの間にか名前の事など忘れ、彼女を他所に仲間同士で殴り合い蹴り合うという状況に陥った。


「お遣いが遅い」と彼女がいつも行くコンビニやスーパーの道をマイキー含む数人で辿り、人の少ない路地の先で名前を見つける。

彼女はぽかんと自分を他所に争っている不良を見つめていた。状況的に隙を見て逃げようにも唯一の通り道をそいつらが通せんぼしており、彼女の表情は困りきっていた。マイキーは彼女を見つけるなりそいつらを締め、そして緊張が解けて今更震えてぽたぽたと涙を零す彼女を見て、倒れ伏したヤツらを叩き起して更にボコろうとするので慌てて止めた。

他にも似たようなエピソードは沢山ある。何故か名前は自分で手を出さずして、自分に絡んできた不良たちを自滅させたり、回避したりするのがどうやらびっくりするくらい上手いらしい。しかも無意識で、だ。これほど恐ろしいことはないだろう。

オレたちの心配なんか他所に、駆け付けた時には端っこで腰を抜かしてプルプルと震えながら自滅している奴らを見ていたり、乱戦の中で縮こまっている。

トラブルに巻き込まれやすいタイプだ、といつもの彼女を見ているため心底思う。怖がりで、すぐ震えて、割とすぐ泣く名前ができるだけ巻き込まれないように気を配っているのだが、やはりそのあまりにも浮世離れした容姿を持つ癖に雰囲気がほわほわと緩いせいで面倒な人間を引っ掛けやすい。

「遅くなったね」

とマイキーが声をかけると彼女は更にビクビクと震えるが、しばらくマイキーの顔を見つめると、安心するのかふわっと薄く笑う。その時の雰囲気が特にマイキーは好きみたいだ。その様子を横から見ていてそう感じる。何だかんだ言って付き合いは長いから簡単に分かってしまうのだ。

ちなみにあとから知ったのだが、乱戦中にプルプルと震えて縮こまっていたり、マイキーや他のメンツが駆けつけた時にしばらくビクビクしている理由が、「絡まれたり巻き込まれたりして怖かった」という一般人が感じるものではなく、「お遣いが遅いって怒られたらどうしよう...」だとか「マイキーさんに使えないパシリって思われたらどうしよう」とかいう、どこまでいってもパシられ思考で呆れてしまった。

なんでも不良の乱戦はそれなりには怖いが、彼女の父親がだらしない時に激怒する母親や姉に比べればマシらしい。ちなみに「怒ったマイキーさんはその母親や姉に匹敵するくらいに怖い」のだとか。ちょっと何言ってるか分からなかったし、彼女の感性が変わっていることも分かった。あとキレたマイキー並に怖い母親や姉って想像するだけで恐ろしいし、何ならちょっと見てみたいとも思う。


そんな2人が最近付き合い始めた。

「名前、名前はオレのだからね」
「は、はい」

人目など気にすることなくマイキーがスキンシップをとるせいで名前はそれはもうビクビクと顔を赤くしたり青くしたりして震える。その様子を見るのが好きという若干Sなマイキーの思考も知っているので名前が少しだけ哀れに思う。

「うう、一生ついて行きます...」
「うん。よろしく」

何だかんだ名前も満更でもなさそうだ、なんて「一生オレのパシリだから」と名前が言われていると勘違いしていることなど知らずに思う。

何でもないとある日。「マイキーの女」と言われた彼女が「ん?」と不思議そうに首を傾げるまでその勘違いは相変わらず続いていく。

しかし、名前は名前でマイキーのことがちゃんと好きらしく(まあその雰囲気を感じとれたから、まさか変な誤解しているなど気づかなかった訳だが)、想いの通じあった2人のイチャイチャが加速していくなど、その時には思いもしなかった。

__ひと時の平和と、ゆっくり近づいてくる悲しい未来のことなんてこの時は誰も知らない。


(その小さなすれ違いに気づくまであと...)
(彼女はそうやって逃げられなくなる)

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