明日の僕らは背中合わせだから


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

そう只管(ひたすら)に謝り続ける。

もう土下座していいよね。てか、します。それだけで足りないならスライディングというオプションも付けます。そう小さな声でぼそぼそ云う。ああ、いや!もう、云うこと何でも聞きますっ!と最後に思い切って云った。

「…お、おう」

その気迫に押されたのか『手のひらの上にいる』その人、いやそのお方はびっくりしたような表情を浮かべながらも「まあ、落ち着けよ」と云って私のことを宥めてくれる。
いや、なんでそんなに落ち着いていらっしゃるんですか…、寧ろ罵ってくれた方が私の心は救われます。(別に変な嗜好は持ってません)
それより、この状況をどうしたらいいのだろう。と頑張って大して中身の詰まっていない頭で考える。

「これ、戻せねェのか?」
「…うう、……はい」

私の手の上で胡座をかいているその人の問いに戻せませんと相変わらずぼそぼそと紡ぐ。
それを聞いて彼は少しだけ煩わしそうに顔を顰めた。

「そ、その…、ううっ。本当にごめ、なさい」
「分かッたから謝ンのをやめやがれ」
「…はい」

どうしよう。何でこんなことになってしまったんだろう。
今日だっていつものように鬼畜なくらい積み上げれた書類を整理して、様々な情報(データ)の打ち込みをして、それからそれらを届けに行って新たに書類を貰うという風に社畜を全うしていたのに…。
それにそれにこのお方は、我らポートマフィアの幹部様で間違いない筈だ。

…はい、詰んだ。

もう終わったよ、私の人生。
ここに入ったおかげでいい給料がもらえるようになったと云うのに…。
これでは下の弟や妹の学費と母の療養費が払えなくなってしまう。てか、これってもう殺されちゃうよね…。
くそっ!保険か何かに入っていれば少しは家族にお金が残せたかも…。多分だけれど…。
元はといえば、父がちょっと鮪(まぐろ)釣ってくるわって云って、私達をほっといてどっかに行ったのが悪いんだ…。何が一攫千金だよ。そんな簡単に成功したら今まで苦労しなかったよ。普通に働いてくれた方が全然いいわ。
てか、いつ帰ってくるのさ!弟(家事が得意)が寿司作りたいからって毎日酢飯作ってるんだけど…!それを毎日消費しないといけないんだけど…!

…おっと、あまりのショックのあまり思考が色々とぶっ飛んでしまった。しかし、今はそれどころではないんだ。えっと何を考えていたんだっけ?色々と考え過ぎて思い出せない…。


「これッていつ戻るンだ」
「……あと、5時間後…です」
「…はあ」

…はい、怒らせた。眉間に皺が寄ってるもん。もう本当に終わったよ。
本当にごめんなさい。こんな中途半端な異能力のせいで。私の異能力って人やモノを小さくするのは良いけれど、大きく出来ないんだよなあ。戻るには5時間経たないといけないし。

「発動条件とかあンのか」
「…私の左手に3秒触ることです」
「…それで今までどうやッて生きてきたンだよ」
「それは…」

と少し言葉に躊躇う。しかし、ちゃんと云おうと思い口を開いて説明する。

昔はあまり制御出来なかったんですけど、今は結構出来るようになって殆ど発動することはないんです。ただ…、体調が悪い時とか危機的状況だとかそういう時には勝手に発動してしまって…。

とそこまで云うと、彼は若干不機嫌そうな表情から一転私の心配をする。

「手前、体調悪ィのか?」
「…いや、そう微妙ですね。えっと、…今日は、三徹してですね…」
「…はあ!?」

三徹、つまり3日徹夜している。
隈は所謂意地という奴で精一杯化粧して隠しているし、こんな日は偶にあるので慣れているからまあ問題ないんだけど…。
そんなことを思いながら、驚いた顔をしている彼を見る。私はこんな微妙な異能力だし、この人達のように(物理的に)体を張ることはほとんどないのでまあ仕方ないと妥協している。


「ああ、手前がそうか…」
「…はい??」

私の顔を暫く見つめたあと彼がそう云った。何かに納得したかのようにそう呟かれた言葉にん?と首を捻った。

「よく噂を聞く。少し前に入った新人の女にとンでもねェ仕事中毒(ワーカホリック)がいるッてな」
「…え?」

んん!?なにその噂…。
確かに頑張って家計支えなきゃという気持ちで、仕事するから徹夜なんてことはよくあるし、仕事場に泊まることもよくあるし、自分に出来ることは回してもらうようにお願いはしてるけどさ、仕事中毒って…。それ、本当に私!?
だって私がいるところの仕事はあまりすること無さそうに見えて、実際はえ?これって3日以内(偶に今日中もある)に終わらせられるのかっていうほど持ってこられる書類に加えて、緊急で入ってくる別の仕事に併せ、若干ハッキング紛いなこともする。まあ、簡単に云えば1日24時間じゃ足りない仕事なのだ。だから私のいるところの人はみんな私みたいな生活送ってるのに。

「きっとそれ私じゃないですよ」
「…あれ、そうなのか?確か名前は…、名字…なんとかだった気がすンだけど…」
「あ、はい。それ、私ですね…」

あれ?でも私って仕事中毒じゃないと思ってたんだけどな…とボソリと云えば、自覚がないだけだろと云われた。
はあ、そうなのかな…?とぼんやりと考えながら、また手のひらに目を移した。

「……」
「…ん?どうかしたか?」

…そうだった!!
私の話なんかよりこっちの方が大事だった!なんで1番肝心なことを忘れかけてたの、私!?命の危機すぎてまたまた現実逃避してたよ…。
どうしよう、相手は幹部様だ…。
しかも彼は凄い体術の達人だと聞いたことがある気がする。…ということは下手したら一撃(ワンパン)であの世行くかもなあ。

「おい、…本当に大丈夫か?」
「……」

なんでよりによって彼なんだ。
せめて見知った人であれば、時々こういうことがあるので苦笑いされつつも許してくれる。が、相手は初対面でしかも明らかに地位が違うお方である。
最近あまり睡眠がとれておらず、それに三徹が加わったせいで廊下で倒れそうになったのを助けて下さった(そのとき左手を握られた)のに、その見返りがこの状況なら確実にご立腹のはず。もう人生の終わりだ。良くてクビ、悪くて(ある意味)打首である。

…どうせ殺されるくらいなら、誰の手も汚さず自分で……。


「…本当にごめんなさい。折角助けて頂いたのに中原幹部をこの様な目に遭わせてしまって…」
「だからもう大丈夫だッて云ッてンだろ…、手前もわざとでは無かった訳だし…」
「斯くなる上は、私の腹を切ってお詫び申し上げます」
「おい!話を聞けッ!」


手前は武士か!?と云うツッコミを受ける。いや、だってもう、そうするしか…。と思いながら相変わらず手のひらで胡座をかくその人を見る。


「腹なンか切る必要はねェよ、別に」
「わ、私の命だけでは足りないと…!?…お願いです!どうか他の家族だけは助けてくださいっ!」
「だから手前は俺の話を聞けッて!」
「…うう、すみません」

手のひらに向けて精一杯に頭を下げると云う何とも奇妙な行動をしているが、それに対しては目を瞑って頂きたい。

「手前の命も手前の家族の命も捨てなくていい」
「え?本当ですか…?」
「ああ。先刻からそう云ってるのに手前は…」
「あはは、本当にすみません」

あれ?殺されないの、私?と彼の発言に少し驚きながらも心の中でホッと胸を撫で下ろした。
そんな私に気づいているのかは分からないが、彼はだから謝ンな、と云ってため息をつく。


「戻せねェのなら仕方ねェ。誰かに見つかるのは避けたいし、一旦場所を移すぞ」
「た、確かにそうですねっ!」
「…どうせもう今日は任務もねェしな」
「…そうなんですね」

申し訳ないことをしたな、と思い謝ろうとしたがまた怒られそうなので云わなかった。
あまり人が通らないであろう通路を選んだおかげか、奇跡的に誰とも会わなかった。そのためそのまま建物を出ることが出来たのは不幸中の幸いである。
うーん、何処へ向かえばいいのだろうと思いながら歩いていれば、平日の昼間でしかも少し寒いためか人気がない公園にたどり着いた。ぽかぽかと日当たりのいいベンチに腰掛けて改めて手のひらを見た。

「…あと、4時間と少しってところか…」
「ですね。これからどうします?」

誰かにこの状況を見られてしまうのは非常に拙いが、戻るまでにはあと4時間ほどある。若しかしたら散歩か何かで誰かが来るかもしれないので、いつまでもこの公園にいる訳にはいかない。
その前にまたどこかへ移らなければいけない。
うーん、それなら私の家くらいしか思い浮かばないな…。家族は私の異能力に理解があるから問題ないはず…だし。よし、そうしよう。と考えをまとめてそれを提案しようとしたときだった。

「…そこのお嬢さん」
「……はい!?…え、わ、私?」

誰かに声を掛けられた。周りには誰を居ないため、明らかに此方に声を掛けてきている。声は後ろからで、段々近づいてきているのが分かる。先程まで手のひらにいた中原幹部の表情は何故か青ざめていた。どうしたのだ、と聞きたいが人がいるため声を掛けるのは得策ではない。あたふたしている間に中原幹部は私の手から飛び降りてどこかへ行ってしまった。探したいのは山々だが、ここで変な行動をして怪しまれるのは嫌だと思い、後ろを振り向いた。
そこにはため息が出るほど綺麗な人が経っていて少々驚く。

「この辺で有名な自殺スポットを知りませんか?」
「………はい?」

今何て云った?この人…。
じ、自殺スポット?いや、え?なんで…?
と云った感じに私の頭の中はそれはもう荒れに荒れている。いやだって、こんな綺麗な人に話し掛けられたのは初めてだし、しかもその内容が自殺スポットを教えてくださいだなんて、ね。誰だって混乱するよね…。

「いや、知りませんね…」
「それは失礼。」

苦笑いを浮かべながらそう云えば、彼はふむ、と云いながら私の顔をじっと見つめる。
いや、疾くどこかへ行ってほしいです。なんて云える訳もなく、あはは…と相変わらず苦笑いを浮かべていれば、突然手を握られた。

「そうだ。どうか私と心中で、も…」
「…え…」
「はあ、なんで中也がここにいるの?」
「あ!?手前には関係ねェだろ!?」

心中という不穏な単語が聞こえた瞬間、誰かが目の前の美形さんを蹴り飛ばそうとした。
しかし、それを華麗によけると美形さんは蹴りを入れたその人を見て、明らかに不機嫌になった。
え?え?なんで中原幹部が大きくなって…るの?と目の前の光景に思わず目を見開いた。中原幹部はさっきまで確かに小さくなってて、私の手のひらの上にいたはず…。
もう5時間経った…?いや、それはない。
では、何故?と思いながらあの美形の顔を改めて見る。

「…太宰、治…」
「へえ、私のことを知ってるんだね」

知ってるも何も彼は元ポートマフィアで、しかも最年少幹部だった人のはず。そう云えば、最近は武装探偵社の社員になっているというのを、芥川さんの追っている人虎の話と一緒に聞いたことがある。
ああ、なるほど。彼の異能力は『人間失格』か。彼が私に触れたことにより、中原幹部にかかってしまった私の異能力が解けたのか。

なんで最初から気づかなかったんだろ、私…。と思いながらゆっくりと距離を取れば、酷いなあと笑われた。

いや、その顔も本当に綺麗。写真も美形だったけど実物は更に美形とか笑えない。しかも、中原幹部もめっちゃ格好いいから2人して私の視界に入らないでほしいです。目が痛い。……なんて心の中でしか云えずただ呆然としていれば、中原幹部が私の近くまで来て腕を引いた。

「此奴は面倒だから行くぞ」
「あれ?中也逃げるの?」
「うるせェ!コッチは暇じゃねーンだよ!」
「ええー」

キッと太宰治を睨みつけると中原幹部は私の腕を引いて歩き出す。小声であの人はほっといて大丈夫何ですか?と聞けば、あんな奴知るかと嫌そうな顔をしながら云う。うわあ、めっちゃ不機嫌だなあなんて思いながら、チラリと後ろを振り向けば太宰治と目が合った。

「あ、心中なら何時でも大歓迎だからねぇ」
「………」

うん、本当にほっといて大丈夫みたいだ。絶対心中とかしたくない…。と思いながら中原幹部に腕を引かれるまま歩みを進めた。


公園から随分と離れ、平日でも人が行き交う大通りに出た。握られたままだった腕を離される。

「今日は本当にすいません。私のせいで色々と面倒ごとに巻き込んじゃって…」
「気にしてねェよ。そンなことより腹が減ッたな。そこら辺の店でなんか食うか?」
「え?あ、はい」

今日は色々とありすぎて本当に申し訳ないと思っていたのに、本当に気にしていないかのような中原幹部の表情を見て、なんだかなあという気持ちでいっぱいになる。
あ、そうだ。

「ご、ご飯奢らせてください!その、お詫びとして!」
「いや、女に奢られるとか格好悪ィ。俺が奢るから好きなだけ食え」
「いや、でも!」
「いいから手前は黙って奢られとけよ。ほら、その店に入るぞ」
「……」

いや、男前だなこの人。でも今はそれを求めてなくてですね。お願いですから。という私の願いは結局叶うことは無かった。
その後、二人揃って天麩羅(てんぷら)の定食を頼んで暫く雑談をして解散。
話しているうちに打ち解けてしまい、普通に友達との会話みたいになってしまった。最後なんて白玉餡蜜を頼んで、美味しいですねなんて言いながら食べたし、今度また彼処の店に行こうぜとか云われたので、私で良ければなんて云ってしまった。

あの時の私よ思い出せ。相手は幹部様だって…。


◇◆◇



今日も今日とて積み上げられた書類を片っ端から片付けていく。周りから休憩しなよと云われるが、今日中に提出の書類が多くあるため、休憩なんてとっている暇はない。
改めて同じところで働く女友達に仕事中毒って誰のこと?と聞けば、え?あんたのことでしょ?と云って笑われた。解せぬ。
おっと考え事なんてしてる暇ないんだった、仕事仕事…と集中する。
どうにかこうにか早朝から始めたそれも夕方には片付き、ほっと一息。

「おおい、名字!終わったかぁ?」
「はーい、終わりましたよー」

顔見知りの男が書類の提出を求めにやってきた。
彼に出来上がった書類の束を渡す。それを受け取った彼はいつもならすぐに自分の仕事場へと戻っていくのに、今日はどういうわけかその場を動かなかった。

「あのー?どうしました?」
「いやあ、やるな名字!」
「はい?」

いや、一体何の話ですか?主語がほしいです。と思いながら彼を見つめていれば、バシッと背中を叩かれた。
あの…私は女、あなたは男。痛いよ、力加減してくださいな。

「あの中原幹部とこの前逢引き(デート)してたんだって?」
「…はい?」
「仕事が恋人タイプだと思ってたのに、ちゃっかり幹部と付き合うとか流石だわ。尊敬する」
「……え?勘違いですよ!?」

いや、何云ってるの!?この人は…!
中原幹部と逢引きなんてしたことは……ってあの日のことを真逆誰かに見られてた…?とか?

「はは、照れるなって。結構みんな知ってるから」
「…え?いや、本当に勘違いですよ?付き合ってません!」
「はいはい。そういうことにしとくよー」

じゃあな、と残して去っていく背中をしんだめでみつめる。いや、絶対信じてないじゃないですか。しかも、みんな知ってるって…!?だから最近みんな私に早く帰ったら?だの、俺が代わるから明日は休んで羽伸ばせば?だのと云われたのか…。
うわあ、完全に殺される。今度こそ人生詰んだよ…。

「あ、名前ちゃん!彼氏さんが先刻あっちの廊下に…」
「いや、あの人彼氏じゃないよ。ありがとう」
「え?そっち反対方向だよー?会わなくていいの?」
「…勘違イダヨ…」


拝啓、弟と妹と母。この際父でもいい。
私を助けてください。


(中原君、最近彼女が出来たって?)
(え、何のことですか…首領?)
(ほら、凄腕で仕事中毒で有名な…)
(…なッ!?か、勘違いですッ!)
(…そ、そう?(なんか顔赤いけど…))

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