明日には僕ら手を繋いでる


「あれ?何で二人とも小さいの?」
「……」
「……」

ふと、疑問に思ったことを彼らに尋ねてみた。
しかし、彼らは何も云わずにこちらをただ見つめているだけである。
あまりにも二人が喋らないので、あれ?夢でも見ているのか?と考えながらも、睡眠をとったという記憶が無いので今日の記憶を掘り起こしてみた。


今日も今日とていつも通りの時間にいつも通りあの途轍もない爆音という名の暴力を掻き鳴らす忌々しい目覚まし時計(一応感謝はしている)に無理矢理起こされ、準備をした後出勤し、いつも通りに仕事を始めた。
そして昼食を済ませ、今日中に仕上げなければならないと渡された書類をさっさと終わらせて、それを上司に提出した。
その帰りに何となく談話室のような造りになっている部屋へふらりと寄り道し、数十分くらい自分の好きな書籍を読み込んだ後、また自分の仕事場へと戻り、そしてまた新たに加わった書類に取り掛かる。
うん、ここまではいつも通りだ。
いつもと違うのは、書類を丁度半分くらいまで仕上げたとき、何となく喉が渇いたなと珈琲を買いに行ったことくらい。
その帰りにここにたまたま来たのだけれど…。
あれ?やっぱり寝た記憶はないなあ。
とか何とか思いながら1度思いっきり手のひらに爪を立ててみる。ピリリと痛みが走ったのを感じて、じゃあ矢張りこれは現実か、と改めて意識を二人へと戻した。

こちらをじっと見つめるのは太宰(小)。
小さいくせに相変わらず腹が立つくらい綺麗な容姿をしている。
私が視線を戻したためなのか、何故か慌ててあのお気に入りの帽子を深く被るのは中原(小)。
かわいい。なんだその行動…物凄くかわいい、などとしげしげと見てしまった。
二人とも何も言葉を発さないし、自分もこの状況に対して何と云えば良いのか分からないので、この空間だけ他から切り取られたように凄く静かだった。

「……えっと、異能力?」

まずはその線が有効かと思い尋ねてみれば、ぶんぶんと首を振る二人。
ああ、そうか。もしこれが異能力のせいであれば、太宰には『人間失格』があるため中原だけしか小さくはならないか。

「…じゃあどうして?」
「……太宰が、変なもんを持ッてきやがッたんだ」
「あれは貰ったんだよ」
「それ食ッたらこんな姿になッちまッて…!」

心底嫌そうにいつもとは違う高い声でそう云った中原。
相変わらず帽子を深く被り鍔(つば)の部分を両手で掴んで、決して顔を見せないようにしているためか全く表情が見えなかった。
えっと、つまり仕事以外ではあまり行動をともにしない二人が今日は珍しく一緒にいて、太宰が貰ってきた食べ物(饅頭のようなものらしい)を食べたら何故か小さくなってしまっていた、と。
そんな可笑しな話があるか、とは思ったが実際に目の前で起きてしまっているので本当にあったのだろう。


「それとなんで中原は顔を見せないの?」


先程からずっと疑問に思っていたことを聞けば、ニヤニヤと笑い中原をつつく太宰。
それに対してやめろ、と抗議しながらも依然としてこちらに顔を見せようとはしない中原。
ん?と首をかしげながら小さな二人のじゃれ合いのようなものを見つめる。
何だ。私が思っているよりも二人って仲良いんだな。なんてその光景を見ながらしみじみと感じた。
いつもなら二人とも顔を合わせただけで嫌そうな顔を浮かべて、何やら言い合いのようなことをしている。その印象が強かったためかなんだか不思議だ。


「中也はね。名前にこの姿を見られるのが恥ずかしいんだよ」
「なッ、ち、違う!出鱈目云うンじゃねえ!」
「えー?さっきだって名前にこんな姿見られたらって云ってたじゃないか」
「あ、あれは…!」


私がぼんやりと物思いにふけっていれば、何やら太宰が中原をからかっている。
太宰の言葉に中原がばっと顔を上げたため、やっと顔を見ることが出来た。少し顔を赤らめて太宰に言い返している姿は何だか可愛かった。
そんな二人の姿をしゃがみ込んで観察する。
お陰で丁度二人の目線になったので、小さいなとかなんとか思いながら片手に持っていた珈琲を口に含んだ。
あれ?なんだか苦いな、と白い紙コップに入っている黒い液体を見た。どうやらいつもと違うものを間違えて買ってしまったみたいだ。私、珈琲は微糖派だから無糖はあまり飲めないんだよね。
そんなことを考えながらじっと二人を見ている私に気づいているのかいないのか、相変わらず楽しそうにからかう太宰と更に顔を紅潮させて反論する中原。
そう云えば、この中々有望な二人がこんな姿になってしまっているけれど大丈夫かな?ポートマフィア、とか他の人はこのこと知っているのかな?とか何とか考える。

「ところで中也、前を見たまえよ」
「は?…うわッ!?」

太宰の言葉に私の方を見る中原。
太宰に反論するのに必死で、どうやら私が見ていることに気づいていなかったようだ。
あたふたとしている姿が何時もとは違っていて何だか面白い。
そんな姿にケラケラと笑っていれば、睨まれるわけだが幼い顔に睨まれても全然怖くはない。むしろ可愛いくらいだ。
いやあ、それにしてもいつもは二人を見上げる側なのに見下ろしている現状が不思議だなあ。それに小さくなるとはいえ服ごと小さくなるものなんだなあ。なんてまたつらつらと考える。


「…はァ、何でこンなことに…」

そう肩を落としながら云う中原。羞恥やら不安やらで若干目が据わっている。いつもの余裕そうな表情で太宰につっかかり打ちのめされる彼はどこへやら、太宰のからかう声すら聞き流し始めた。
まるで試験の悪い結果が親に見つかり絶望しているときの子供ような表情をしている。

「…はァ」

もう1度中原がため息をついたときそれは起きた。
ボフン、という何とも云えない音が響いて何処からか煙のようなものが出てきた。
その煙のようなものが晴れれば、いつもの姿に戻った太宰がそこに立っていた。

「あれ?戻った」
「…はあ!?なんで手前ェだけ戻ンだよッ!!」

手のひらを見つめて不思議そうにそう呟く太宰と、その横で焦ったように彼を見上げる相変わらず小さいままの中原。
あれ?なんで太宰だけが元に戻ったのだろうと思いながら二人を見比べる。

「いつも小さいのに更に小さい中也って中々面白いねえ」
「……ッ、手前ェ!!」

と、ニヤつきながら中原を見下ろした太宰。いつもと同じようなやり取りのようには見えるが、中原は相変わらず小さいままなので何だか妙な気持ちになる。それに今にも泣きそうな中原がすごく可哀想だ。傍から見たら、太宰が小さい子どもを虐めている大人にしか見えない。

「私は少しだけしか食べてないからねえ」
「……」

中原は2個食べたでしょ?と笑う太宰。中原は太宰の言葉にううッと呻いた。
成程、食べた量が太宰の方が少なかったため一足先に元の大きさに戻れたのか。

「どうやら時間が経てばきちんと元の姿に戻れるようだね。私は用事があるからもう行かせてもらうよ。」
「おいッ!」

じゃあね、中也と名前。そう一息に云うと太宰は手をひらひらとさせて何処かへ歩いていってしまった。
いやいや、元はと云えばあんたが元凶なんだからどうにかしていけよ。そう思いはしたが、さっさと彼は出ていってしまったためその言葉は云えずに私の中に留まった。


「……」
「……」


その場に取り残された私と中原。
呆然と太宰が去っていった方をただ見詰めている中原。
その表情は親に置いていかれた子どものようだ、と思いながら立ち上がる。
壁に掛けてある時計を見て、そろそろ私も仕事に戻らないといけないなあと考える。仕事の合間の休憩にしては少し長すぎた。
でも…、と思いながら中原の姿を再び視界に入れる。この姿の彼をこのままここに残していていいのか。そんな議論が私の心の中で繰り広げられる。
別に暫くすれば太宰のように戻るだろうし放っておいてもいいだろうというものから、でももしも彼が戻れなかったら私のできる範囲でどうにかしないといけないやらと、つらつらと考えていれば服の袖を引かれた。

「中原?どうしたの?」
「…仕事に戻ッていい。俺は大丈夫だ」

まるで私の考えていたことを見透かしたようにそう云う中原。その顔は言葉と裏腹に迚(とて)も不安そうだ。
それもそうだろう。真逆こんな風になるとは思いもしなかっただろうし、太宰は元に戻ったが、中原が絶対に元に戻ると云う保証は何処にもないのだ。
不安げに揺れるその瞳が視界に入り、私は自分の意思を固めた。

「中原が戻るまで戻らないよ。どうせ今日しないといけない最低限の仕事は終わってるし」
「……いや、でもな」
「全然問題ないよ。気にしないで」

そう云って笑えば目を見開くのが見えて何だか面白い。いつもと差(ギャップ)のある中原は新鮮だった。こんな表情するんだなあと先程からコロコロと変わるその幼い顔を見て思う。
私は無意識のうちにまだ片手に持ったままの珈琲を飲んだ。

「…苦っ」

そうだった。これ間違えて買ったやつだったんだ、ということを思い出してはぁとため息をついた。
いつものやつが飲みたいなあ、なんて思いながらも、折角買ったんだから飲まねばと心の中で思った。

「相変わらず無糖のやつ飲めないのかよ」
「…そうだけど」

私と所謂同期の中原は私が砂糖、またはミルクが入っていない珈琲が飲めないことを知っている。これに関しては、子供かよ、とよく周りから云われるが仕方がない。いずれは飲めるようになるさ、と云う人もいたが、きっとこれから先も飲めない気がする。いや、気どころかきっとこの先も飲めないだろう。手に持つ紙コップの中のそれはまだ半分以上あるのでどうしたものかと考えていれば、視線を感じたのでそちらを見た。「俺が飲む」とでも云うような目でこちらを見ている中原。
まあ、いいかと思いながら手に持つそれを渡した。
買ってから少しぬるくなったそれを見たのち、中原は一口だけ珈琲を飲んだ。

「……」
「?どうしたの?」

ゴクリと飲んだのは良いが、何故だか固まっている中原。これは、もしかしたらもしかするかもしれないな。と思いながら口を開いた。

「もしかして、苦かった?」
「……べつに」

少しだけむっと口を尖らせて忌々しげに紙コップを睨んでいる。別に、とは云ってはいるがその様子からしてどうなのだろうか。
やはり苦いのでは?と思いながら中原を見ていれば、彼はまたそれを飲んだ。次は一口とは云わず全部を飲んでしまったようだ。

「…うえ…。にが…」

ポロリと彼の口から零れた本音。
眉を八の字にしながら呟く悔しげなその声に思わず苦笑した。

「やっぱり苦いって思ってたんだ」
「………」

相変わらず不満げな表情のまま私の言葉には何も返さず中原は空の紙コップを持つ手に力を入れる。すると簡単に潰れるそれ。
私は彼のその様子を見て、どうしたものかと本気で考える。…がこんな状況に陥ったこともないし、役立たずの頭ではこの重たい空気を変える術が浮かんでなど来ない。うーん、と頭を捻りながらすっかり俯いてしまった中原を見やる。
そして何を思ったのかは分からないが、無意識のうちに私は彼の手を掴んでいた。

「…な、なンだよ」
「…あ、え、えっと。そうだ、何か飲み物買いに行こ!」
「はあ!?今飲ンだだろ」
「私は甘いのが良かったの!!」
「…お、おう…」

私の勢いに押されて、おうとしか返事が出来ない中原の手を相変わらず掴んだまま先程珈琲を買った自販機がある所へと向かう。
全く人気が無く誰ともすれ違うことがないため、安心して廊下を進むことが出来た。
目的の自販機の前まで来て立ち止まると、今度は間違えないように気をつけながら微糖の珈琲を購入する。

「中也くんは何がいいですかね?蜜柑のやつ?林檎のやつ?」

と、子供が飲みそうなそれらを指差しながら少しだけいつもより高めの声でそう聞く。いつもの中原呼びではなく中也君呼びもついでにしてみた。

ガシッ

「あいたっ」
「馬鹿にすンなッ」

気に触ってしまったのか容赦なく脚に蹴りを入れられた。見た目は子供の癖に中々痛い。なんて力だよとか何とか思いながらも、手に持つ珈琲を零さなかったことを心の中で褒め讃えたい。私はすぐそこに設置されている小さなテーブルに珈琲を置くと、中原に向き直り彼の目線に合わせて屈んだ。
彼の目を真っ直ぐ見つめれば、サッと目を逸らされた。

「何飲む?」
「何も要らねェ」

私の問いに早口で答えると後ずさり方向転換しようとするので、彼の頬を両手で包んだ。

「なッ…」
「うわあ、すべすべ」

逃げられないように、と云うのと何となくその子供の気持ちよさそうな肌に触ってみたかったためそのような行動に出た訳だが、何と云うか触り心地は最高である。
いいなあ、と呟きながらヤメロと喚いている中原には悪いがその肌触りを堪能してしまう。

「おい、ほンとにやめろッ」
「えー?」

恥ずかしそうにしながら暴れている中原。それすらもなんだか可愛らしい。
モチモチのほっぺを摘むと真っ赤に染まっていた顔色が更に赤くなってなんだか面白い。
元に戻ったらこんな体験二度と出来ないのか、と若干落胆しつつも彼の抗議には全く耳を貸さずにいれば一瞬中原の動きが止まる。

「…?中原?」

どうしたの?と更に言葉を紡ごうとしたが、それはボフンという気の抜けた音が響いたため私の中に留まった。先程も同じような音を聞いた気がすると思いながら一瞬で中原を包んだ煙のようなものに驚き固まる。

「……」
「……」

次に煙が晴れた時、元の姿に戻った中原が膝立ちで私の前に居た。先程の現象のためか彼の帽子は地面に落ちてしまっているため、彼の綺麗な髪色が私の目に入った。

「え、あ、あはは…」
「……」

私はただ頬を引き攣らせながら笑うことしかできない。相変わらず彼の頬に両手を添えている状態なので冷や汗が背中を伝っていく。
私は心の中で、やばいやばい!と叫びながらサッと彼の頬から両手を離すと立ち上がり後ずさろうとした。
しかし、彼にグイッと腕を引かれたためそれは叶わず、離れるどころか寧ろ彼の胸に倒れる形になった。

「手前ェ…」
「……」

え?怒ってるよね!?この声音は確実に怒ってるよね。と上から降ってくる怒気を含んだ声に震え上がる。
恐る恐る上を見上げれば、恐ろしい形相の中原の顔がすぐ側にあった。
ムニッと私が彼にしたように、頬を摘まれた。

「…え、ちょ中原…」
「ああ!?」

いや、あの!本当にごめんなさいと謝りたいが、彼のあまりの怖さに言葉が出てこない。
されるがまま頬を摘まれたまま、あははともう一度乾いた笑い声しか出せなかった。

「名前」
「…どうし、た……っ」

名前を呼ばれたのでどうしたの?と云おうとしたがそれをしっかりと声に出すことは叶わなかった。
すぐ目の前には中原の顔があって口には何かが当たっている。うわあ、近くで見たら中原って睫毛が長いな…。と一瞬思考を飛ばしたが、あれ?ちょっと待てよと混乱状態の脳が一生懸命に働く。
そして、今の状況をやっと理解したのは彼の顔との距離が遠くなってからだ。

「…え?…ええっ??」

思わず口に手を当て何が起こったのかを思い返す。そしてそれが何かを認識した途端、顔に熱が集まってきた。

わ、私…いま、中原とキスしたの?

思わず中原をもう一度見れば、ニヤリと口を三日月型に歪めてクツクツと笑っている中原がいる。
一体何がおかしいのだろうか?いや、それよりもどうして私なんかにキスなんかしたのだろうか。という疑問が絶えず生まれてくるが、パクパクと口を動かすだけで肝心の声は出てこなかった。

徐に中原が立ち上がった。ぺたんと地面に座って呆けている私の腰を掴むと立ち上がらせ、そして私の頭を何時になく優しく撫でて言うのだ。

「名前、これから覚悟しやがれよ」
「…え?」

覚悟?何をだ?と問おうとしたのだけれど、もう一度と云わんばかりに塞がれた唇のせいか、どういうことかを理解せざるを得なかった。
唇の熱がゆっくりと離れると中原は、固まったままの私に対し優しく苦笑し、床に落ちたままだった帽子を拾い上げるとそのまま去っていってしまった。ありがとう、という言葉を残して。

その場に残された私は、呆然と去っていく彼の後ろ姿を見送ると口の中に広がる苦い珈琲の味を思い出して、置いたまま忘れ去られていた珈琲を飲んだ。
それはいつも飲んでいる丁度良い甘さの珈琲である筈なのに、今日はやけにやけに……、

「苦い、な」

と小さく呟いた声だった筈なのに思ったよりも廊下に響いた。
胸の奥が何故だかきゅうっと締め付けられるような感覚に陥って初めて、前々から自分に渦巻いていたとある感情に気付いてしまい、はあというため息とともに苦笑を零した。

(これが恋と云うものなんだね)
(…私、中原のこと好きだったんだ)

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