エトワールに口付け


「よし!」

その掛け声とともに地を蹴り、少し離れたところで銃を構えている敵の懐に瞬時に入り込んだ。
突然のことに驚き慌てふためいているその敵の手にある銃を叩き落とす、そして鳩尾を強めに打った。
気絶し倒れて来る敵を避け、更に周りで呆然としている数人の敵も同じように気絶させると、ふうと息をつきぐっと腕を伸ばした。

「こっちは片付いたよ」

と無線を使い報告し、次は何処へ向うべきか、何をするべきかなどの指示を待つ。その間にそこら辺に転がっている敵達を適当に縛り、また地面に転がしておく。その作業が終わるのと同時に来た指示に返事をすると、そちらへ向かうべく駆け出そうとした。

バンッ

「…っつ!」

一発の銃声が響いたのと同時に、二の腕にピリリとした痛みが走り熱を持っていく。傷はあまり深くなさそうだ、とは思ったのだが思いのほか出血が酷く着ていた服の白い部分を赤黒く染め上げていく。これは確実に誤魔化せないだろう、とため息をつきそうになる。
気配を感じ辛うじて避けてはいたがどうやら反応が遅くなってしまったようだ。油断は禁物だ、と耳にタコができるくらいに云われ続けていたのに、この有様だ。だからお前は詰めが甘いと云う説教をまた聞かなければならないらしい。
そこまでを瞬時に頭の中で考えた後、先程の銃声の聞こえた方を向けば一人の男がカタカタと震えた手で銃を持ち、こちらに銃口を向けていた。
どうやらどこかに隠れていたらしい。
私はまた地を蹴ると男との距離を一気に縮める。
ヒィ、と情けない声をだしながら乱暴に銃弾を乱射するのだが、狙いが定まっていないためかほとんど当たりはしない。
私はその銃を持つ手を右足で蹴りあげると、その勢いで体制を崩した男の頭を蹴り飛ばした。

「…ぐはっ」

すっ飛んでいった男が完全に気絶しているのを確認し、同じように縛る。そして服の一部を破ると止血するべくまこうとするが、なんせ撃たれたのは利き手だ。少しだけ…いや、物凄く巻きづらい。はあ、やってくれたなと気絶している男をさらに殴り飛ばしたくなったが、そんな心を掻き消す。
大分適当だがまあいいか。明らかに怪我しているのはバレバレだし、お説教受けた後にでも処置してもらおう。なんて考えながら、次こそ向かうべき場所へと走り出した。


◇◆◇


「手前ェは…!!詰めが甘ェンだよッ!」
「分かってるってば!一々何なのさ!」

ほら、やっぱりこれだ。
二の腕のところに包帯を巻いて貰いながら、お叱りを受ける。ちなみにここは中也の部屋だ。私の怪我に目敏く反応した中也は声音は荒いが慎重に手当をしてくれる。それには正直嬉しいが、毎度毎度何かある度にこうも怒鳴られるんだからこっちだって色々嫌気がさしてくる。
確かに心配してくれるのは嬉しい。嬉しいけれど!でもさ!お前は過保護かってくらい世話を焼いてくるんだもん。

「この前も脇腹撃たれてた癖に」
「あれはちょうど…って痛ッ!」

手当が終わったのだろう。パンッと怪我をした部分を叩いた中也を睨みつける。

「こちとら手前ェの心配して云ッてやッてンだ!手前ェの体は大事にしやがれ」
「…う、うるさいっ!」
「あァ!?」

あー、やっちゃった…。なんて言葉とは裏腹に冷静な心が呟く。彼の言葉に高鳴った心臓を隠すようにそう云えば、彼のキレた声音が響いた。

そう。
何を隠そう、この私は彼が…中也のことが好きである。しかし、この想いなど伝えるつもりは無い。

当たり前だ。

こんな男勝りですぐに頭に血が上る女なんて彼どころかどんなおとこにとっても願い下げだろう。ちなみに私が男だったら遠慮する。


「いつもいつも手前ェはァ…!」
「はぁ!?何よ…!」

こんな感じで頭に血が上りやすい私達はお互いを睨み合いながら声を荒らげた。
中也が云われて嫌がることも、何もかも飛び出す口を止めることが出来ない。
それは向こうも同じだ。昔あの男(太宰)に似たもの同士だよねぇなんてしみじみ云われたことだってある。類は友を呼ぶと云うより同族嫌悪と云う言葉の方が似合う。出来れば前者の方が嬉しいのだけれど、もう遅い気がする。私は確かに彼を想っているが、彼にはきっとその気はないだろう。もうとっくに諦めてしまったそれを頭の片隅に置きながら、相変わらず言い合いが続く。

「…手前ェはすぐに前線行くのに注意散漫ですぐ怪我すンじゃねえか!もッと周りを見やがれ!」
「余計なお世話よ!あんただって怪我の1つや2つするじゃない!!同じでしょ!」

なんて今日のことだけではなく前のことやら何やらまでもを引っ張り出す。ああもう!本当に駄目だな私!止まれ止まれと願うのに止まってくれない自分にも苛立って更に声が大きくなっていく。
こんな筈じゃなかった。普通に説教が終わったあとに「心配かけてごめん。手当ありがとう」とかそんな風なことを言おうと思っていたのに。

「…女は男に守られてればいいだろ!」
「……っつ!!」

カッチーン。
こいつ云いやがったな。私の1番の地雷を云いやがったな!云ってすぐしまったと顔を歪めた彼を見て、心の底からそう云いたかったわけでは無いということは分かった。…が、それが分かっていても虫の居所が最悪な私は止まれない。

「…誰が好き好んで女に生まれたい、なんて…!…ああ!もういい!!」
「……」

そう云って彼の部屋を立ち去ろうとした。…が、彼に腕を掴まれたため歩みを直ぐに止める。

「…何…?」
「……悪かッた。」
「…はあ?」
「悪かッたッて云ッてンだよ!」

いつもなら暫く口を聞かないのに…。一体どうしたというのだろう。しかも、しかもだ。中也から謝ってきただと…!?開いた口が塞がらない私を見て中也は苦しそうな顔をしながらそう云うのだ。

「…え、あ、うん。」
「……」

この状況にどうすれば良いのか分からず、頷くことしか出来ない。と、取り敢えず私も謝った方がいいよね。

「わ、私こそ…その、ごめ…っ!?」

ごめんね、って云おうてしたら体が引っ張られた。そしてほぼ同時に声が途切れた。口に温かいものが当たっている。…なんだこれ。なんだこれェ!!思考があやふやになった。

状況においつけないぃぃ!

「ち、中也サァン…???」

声が発せれるようになってすぐに困惑しながら、彼を見上げれば不貞腐れていた。…いや何故に。
てか、あれ?今、わたし…キス、されたよね…?
カァァと音がしそうなくらい顔が赤くなる。
逃げたいんだけど!滅茶苦茶逃げたいんだけど、中也に抱き締められたままのためか逃げ出すことが出来ない。

「あンなこと云うつもりは、なかッた」
「うん」
「……はァ、好きなやつにこンな態度しかとれないとか…」
「うん、……え?」

今なんて!好きなやつ?は?誰それ?
いや、聞き間違えだよね?だよね?

「今、なんて云ったの?」
「はあ?だから好きなやつに…ッて何泣いてんだよ!?泣き虫野郎」
「うう、別に泣いてないし。野郎じゃないし。てか、その好きなやつってだれ?」

先程から思考がうまく回らないせいで何がなんだか分からない。てか、なんで泣いてんの私。

「はあ!?今の流れで分かれよ。泣き虫女!手前ェしか居ねえだろ!」
「ううっ、……はい?」

涙が引っ込んだ。
中也が私の事好き?幻聴、幻覚、さては異能力?だ、太宰…!いつも悪態ついてごめんよ!だから異能力でどうにかして…!と心の中で叫んだ。

「何度もいわせんな!」
「本当に、本当に私の事好きなの?」
「おう」
「嘘じゃない?」
「おう」
「だって私も男勝りだし、口悪いし……」
「あー!もうギャーギャーうるせェな!そんなこと知ッてるわ!」

どこぞの重い女よろしくでそんなことをぽつりぽつり云う私に苛立った中也ははチョップを繰り出してきた。

「アイテッ!何すんのさ!」
「…ハッ、手前ェがウジウジしてるからだろ」

頭を抑える私を見てそういう中也の顔は先程の怒気を含んだそれとは程遠く優しい顔をしていた。
それに驚いて、ポカーンとしていると中也は眉間に皺を寄せ何だよと聞いてくる。
別に、なんて云えば何だよそれ、なんていつも通りの会話。でもいつも通りじゃないのはずっと煩いくらいに早くなる心臓の音だ。

「中也、その聞いて欲しいんだけどさ…!」
「何だよ」
「私も、中也のこと、その…その…す…っ!?」

そうだ。今ここで云わないと。そう思って頑張って紡ごうとした言葉を奪われた。コイツっ!!!
口が離れてすぐキッと睨みつける。

「ちょ、私今大事なこと云おうとしてたのに…!」
「知ッてる」
「だったらなんで!」
「……照れくさいからに決まッてンだろ!」

そう叫んだ中也の顔が私よりも遥かに真っ赤で酷く驚いた。

(……かわいい)
(はあ、かわいいってなんだよ!)

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