ワアド・オブ・ラブ


*太宰寄りです
*色々捏造してるかも


___もしかしたら明日死ぬかもしれない。
いや、もしかしたら、あと一秒後に死んでしまうかもしれない。

そんなことは誰にも分からないのだ。
決して、決して誰にも解らない。
そう、きっと誰にも…分からないはずだ。


だから、人は美しく藻掻くのだ。汚く清くそこにいるのだ。ある意味執念深く、ある意味潔い。「生」にしがみつき、「死」を簡単に受け入れることもあれば、それとは反対に「生」から逃げようと息を止め、「死」を諦めまいと足踏みすることもある。

それはきっと美しいことだ。「生」と「死」は真反対であり、それと同時に酷く似ている。そしてそれらは共に恐れられ、共に受け入れられる。それは山であり、海である。それは空であり、大地である。


もしかしたら明日死ぬかもしれない。
いやもしかしたら、あと一秒後に死ぬかもしれない。
そんなこと知りたくなんてない。きっと誰も、知りたくなんてないでしょ?


◇◆◇




「いつか私と結婚してくれないか?」
「………?」


彼が唐突にそう云った。

つい先程までは他愛無い雑談をしていた筈だ。なのに突然そんなことを云われ思考が一瞬停止した。けっこん?ケッコン?血痕?結婚?処理が追いついてこない。それが何かを頭の中で整理して分析する。そして1番該当しそうな意味は何かを考えようと頭を動かす。
ノロノロと再び動き出した頭でその言葉をもう一度ゆっくりゆっくりと咀嚼し呑み込んでから、やっとの事で行き着いた思考はひとつだけだった。
「ああこれは夢か」なんてことをぼんやりと思いながら彼の顔を見やる。すると彼はあれ?とでも云うように首を傾げるので私も同じように首を傾げた。


「せめて何か云ってくれると嬉しいのだけれど…」
「…え?」
「え?」


そこで初めて違和感を持ち目の前にいる無駄に包帯を巻いた無駄に顔の整っている男の頬を巻かれた包帯の上から思いっきり抓ってみた。そうだ、きっとこれは夢なのだから大丈夫だと自分に云い聞かせながら、全く手加減なんてものはせずに抓ってみた。
すると、すぐに彼は顔を歪める。


「…っ、痛いじゃないか」
「…え?…ああ、すまない」


彼は確かに「痛い」という言葉を口にしたと思う。
あれ?ということはこれは夢ではないのだろうか。ムスッと如何にも不機嫌ですという表情でこちらを見る彼は矢張り腹が立つくらいには綺麗だった。そんな表情ですら綺麗だなんて神は彼をどれだけ愛しているのやら、とまで考えたが神がこの世にいるかどうかなんて分からないため何ともいえない。それに彼の顔の半分は包帯に覆われているからあまり見えない。まあ、それでも綺麗なのだからある意味凄いのだけれど。

目の前に置かれているグラスを取り、ゆっくりと中に入っているそれを口に含み飲み込んだ。
冷たいやら甘いやらと感じたことで、本当に夢ではないんだということが確認出来てしまった。


「……」
「……」


「いつか結婚してほしい」とつい先程彼は私に云ったような気がするのだが、私は別に彼と交際などしていない。普通に友人だと思っているわけで。…といっても自分には友人と呼べる人は少ないので普通といってもまあ特別の部類ではあるのだけれど、それでも確かに恋仲ではないはず、なのだけれど…。
あれ?やはり幻聴を聞いたのではないか?という考えが相変わらず頭の中にあるけれど、結構真剣な表情でこちらを見る彼の様子からしてどうなのだろうか。と思考を巡らせていれば、彼ははあと息をついた。


「まあ、君の答えには元々期待していないさ。それでも少しでも希望があるのならできれば考えて欲しい。」
「…そうか」


彼は私から視線を外した。何だかこの男にしては些か弱腰な発言な気がするなんて思いながら、影のかかる横顔を暫く見つめる。

結婚かあ。結婚ね。

一体彼は何がどうなってそんな言葉を紡いだのだろうかと疑問に思ったが皆目見当もつかない。それに私なんかで良いのだろうか、なんてことすら考え始める。確かに性格は少々…、いや結構思うところがある気もするが、しっかり中身を見てみれば中々に面白いし良い奴だと思うのだけれど…。


「太宰には好きな人とかはいないのか」
「…え?私は君が好きだよ」
「……は?」


彼は一体今なんと云った?私のことが好きだと…?
その言葉に驚いていれば、太宰も同じように驚いた。


「もしかして気づいていなかったのかい?」
「…いや、全く」
「はは、私は気づかれているとばかり思っていたけど、安吾の云うとおりだったね。それに好きでもない女に結婚しろなどと態々云わないさ」


太宰は苦笑しながらそう云うと、唖然としている私にもう一度云う。


「いつか私と結婚してくれないか?」
「……そう、だなあ。」


もう1回その言葉を咀嚼した。そしてすぐに口を開いた。

「いいよ」
「…ほんとかい!?」
「ああ。別に貰い手なんかないし、それに、それにね。太宰の隣は何だか心が安らぐ気がするんだ」

そう言えば彼の顔が心做しか明るくなったのが分かった。嬉しそうに微笑んでいるそんな柔らかな表情を見たのはその時が初めてだった。確かに今までも笑い合ったことは幾度となくあったが、そんな表情は知らなかったため、何だか私も嬉しくなってしまった。



___けれど、やはり現実というものは想像以上に難しいらしい。


何時崩れるかも分からないグラグラとしていて、不安定に積み重なったものの上に立っている自分たちの足場など、いとも簡単に崩れてしまう。


ごめんね、太宰。
どうやら私は君との約束は守れそうにないようだ。


そんなことを思いながら泣いている彼を見上げた。
最後の最後に君に会えてよかったよ。彼でも泣くことがあるのかと、少々驚きながらそう呟けば太宰は目を見開いた。何かを云っている気がするけどあまりよく聞こえなかった。


「ねえ、太宰。私の本当の名前、教えてあげるよ」


今では随分と前であるような気がする遠い記憶の中で、女だからと依頼人や敵に舐められないように男装していた頃に名乗っていた織田作之助という名しか彼には教えていなかった。今はもう自分以外には殆ど知っている人がいない名を紡ぐ。
ああ、もう少し生きていたかったとは思うけれどでも、今まで自分がしてきた所業を考えればこうなるのも当然かとも思う。自分の異能力である「天衣無縫」でもどうにもならなかったのだからもう諦めるしかない。

「____だ、ざ……い」


どうかお願いだ。私のことなど忘れて生きてほしい。
ああ、いやでも本当は忘れないで欲しい。

そんな矛盾だらけの思いを述べることはできなかった。段々と薄れていく意識の中で見た彼は矢張り腹が立つくらい綺麗で何だか笑えてきた。

意識が深く深くぼこぼこと溺れながら沈んでいく。随分と随分と深くまで墜落すると、寒くて寒くて堪らなかった。


__………!


誰かから名を呼ばれた気がする。懐かしい響きが鼓膜を刺激した気がする。何故だか寒さが少しだけ和らいだ。それはほんの僅かではあった。

だけど____、迚(とて)も迚も暖かかった。


◇◆◇

ifの話(生存ルート)
原作あたりのお話↓
◇◆◇




「ねー、名前。心中しようよ」
「済まないが、この話を書き終えたいから断る」


とある昼下がりの探偵社にそんな会話がさも日常のように響く。何とも物騒なことを云っている男に対し、原稿用紙に文字を書き殴りながらああでもない、こうでもないと試行錯誤している女は適当にあしらう。その表情や振る舞いからも見て取れるように慣れているらしい。男に視線は一切向けず、原稿用紙と参考に借りてきた文献の頁(ページ)だけしか捉えていない。時折視線を他へ移したかと思えば、辞書を引いたり、付箋に簡易的なメモを書いたり、予め作ってある文章の構成と見比べては消しにかかったり。忙しなく視線が動き出しても男のことは少しも見なかった。
それが面白くない男、太宰治は不貞腐れながら彼女から離れていく。


「ちぇ、じゃあ私は心中してくれる美女探ししてくるから!」
「ああ、行ってらっしゃい」
「……それだけ?」
「…あ、夕方の5時までには帰ってきてくれ」
「………」


そう云うことを云って欲しかったわけではないのだけれど、と微妙な顔をしつつ太宰は出ていった。彼としては少しくらい嫉妬とかそういう類いのものをして貰いたかった訳だが、彼女にはその意図は通じなかったらしい。何となくそれが分かった探偵社の社員達は苦笑いを浮かべた。


ガチャ

それから数十分後、探偵社の扉が音を立てて開いた。そこから国木田が入ってくる。


「依頼がきたんだが、…太宰は?」
「太宰さんなら少し前に出ていかれましたけど…」


探偵社を見回して太宰を探す国木田に社員がそう伝えれば、はあとため息をついた。
そして携帯を取り出し、彼に掛けるらしいが繋がらない。それを苦々しい顔で切ると国木田はそのままの表情でとある人間の方を向いた。その視線の先には、相も変わらず原稿用紙に文字を書き付けている彼女の姿があった。
少し前に出版したとある短編の小説がそれはもう売れた為に彼女はデビュー作で大層人気になった。国木田も読んだがあの短い文量にあれだけ面白さ、驚き、感動を齎(もたら)してくれた小説はなかった。まさに彼女の異能力の通り『天衣無縫』な小説だった。そんな彼自身も凄いと素直に頷き、自分の中では結構尊敬に値する彼女を見やる。噂によると国を代表する著名な文豪ですら感激し、その良作を余りの気持ちの昂りにより、何時もは巧みに操るその語彙がガラガラと崩れながら紹介していたらしい。それは少し、いやとても怖すぎる。こちらを向く素振りもなく只管(ひたすら)物書きをしている彼女がその人物だなんて何だかとても不思議な気分だ。集中しているところ悪いとは思うが此方も仕事のため仕方がないと口を開いた。


「名前、太宰の奴を知らないか?」
「ああ、彼なら先程出ていったよ」
「それは聞いた。今何処にいるか知っているか?」
「…そうだな。水の中か土の中のどっちかにいると思うよ」


顔を上げた名前はこちらを捉えるとそう応える。彼女の返答を聞いて国木田はため息をこぼした。詰まり太宰は自殺してくる、若しくは心中してくるとでも云ったのだろう。全く本当に困った奴だと思う。


「5時までには帰ってこいと云っておいたからそれくらいには来るけど」
「…それでは遅い」
「そっか。うーん、そうだなあ」


そう云うと名前は持っていたペンを器用にくるくると回した。そしてそのペン先をを国木田の方に向けた。彼女の突然の行動に国木田はビクリと驚いた。
その瞬間、後ろからドアの開く音がする。国木田がそちらを見れば、丁度太宰が室内に入ってくるところだった。散歩(という名の自殺、もしくは美人さがし)に飽きたのだろう。絶妙なタイミングで入ってきた太宰にも、まるで全てが分かっていたかのように振る舞う(いや、後によくよく考えてみればそれは異能力を使ったからなのだろうけど)彼女にも驚いた。


「あれ?国木田くん?」
「…丁度良いところに。太宰、依頼だ」
「ええー、今から?」
「ああ、そうだ」


もうお昼の2時なんだけど、などとぶつくさと不満を云う太宰に国木田は青筋を浮かべる。その様子をはぁとため息をつきながら見ていた名前に気づいた太宰がサッと彼女の側へと寄った。


「ただいま」
「ああ、おかえり。依頼なんでしょ。行っておいでよ」
「えー、うーん。名前が云うなら行っても善いけどねえ」


相変わらず彼女云うと太宰は何時もは面倒だと一蹴する行動もよくやるようになる。却説、上手く説得してくれと事の成り行きを見ながら国木田は考える。何やら会話をしている2人の様子から相変わらず名前の方が優勢のようだ。よし頃合いだろう。


「…太宰」
「ああ、分かっているよ」


静かに名を呼べば、依頼に行く気になったらしい太宰が此方へと歩み寄ってくる。はあ、この男は全く。なんて思いながらも自由人な割に彼女がいれば大人しく尻に敷かれるのだから何とも滑稽である。他も真面目にやってくれると有難いのだが、多くを望むのはこいつの場合はいけないと暫しの付き合いで解るようにはなった。


「ほら行くぞ」
「急かさなくても解っているさ、国木田くん。じゃあ行ってくるよ」


太宰はやれやれなんて云いながら、名前に手を振った。ヒラヒラと揺れる手の中に光に輝く銀色が控えめに一緒に揺れている。


「ああ、気をつけて」


彼女もそう云うと左を軽く上げた。薬指のそれは彼らの約束の証だと云う。国木田はぼんやりとその光景を見たあといつまで経っても手を振り続ける太宰の襟首を引っ張って外に出た。

___さて、仕事の時間だ。

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