僕らに君は甘すぎる。


「太宰ぃぃぃい!!太宰は何処だっ!?」
「く、国木田さん?」

探偵社に国木田独歩の声が轟いた。あまりの彼の形相に社員たちは「また何かやらかしたのか」と心の中で呆れた。国木田の声に驚きはしたものの、いつもの事なので慣れたものだ。

「はいはーい。太宰だよ?どうしたんだい?国木田くーん」
「っっ!?」

ひょっこり。その表現が似合う。いつから居たのか突然現れた太宰に皆驚いた。ニコニコとその眉目秀麗な顔が笑っている。傍から見ればそれはもうため息をついてしまいそうなくらい美しいが、彼女を知ったものからするとその質が頭を過ぎって仕方がない。詰まり迚(とて)も残念。そして美人、というか麗人という方が似合うかもしれない。

「貴様は俺の予定をまたっ!」
「……えー、そんなにガミガミ云わないでくれ給え」

うるさいなー、全く。そう呟いた彼女は前髪を掻き上げた。ポタッ、水が滴る。よく見れば、彼女は全身がずぶ濡れだ。何故、国木田が怒っていたのか容易に想像出来てしまう。

「任務の途中で川に飛び込むやつがいるか!お陰で探し回ったんだぞ!」
「だって情報収集だけだし、私が居なくてもこと足りるだろう?あれくらい。それに今日は丁度いい水温だったし…」
「お前を見た人に聞けば、探偵社の方にずぶ濡れで帰っていったと云われ…」
「国木田くんは心配症だねぇ」


噛み合っていない二人の会話をみな呆れながら聞いていた。気にしたら負けだ。皆自分の仕事に集中を始める。


「ほら」
「あ、ありがとうございます!」


与謝野が持ってきたタオルで身体を拭きながら、説教を続ける国木田を置き去りに歩き出す。


「あ、太宰っ!」
「乱歩さん、これをどう思います?」
「あー、なに?眠いんだけど…」

自由奔放な太宰に国木田が声に荒げるが、そんなのお構い無しに太宰はそこら辺にあった紙にペンで素早く何かを書き乱歩に渡した。ふわあ、気の抜けたあくびを零しながら乱歩は紙を見やる。


「へー、面白い」
「そうでしょ?」

何やら良くやったと云わんばかりに乱歩が太宰の頭をぐしゃぐしゃに撫で付けた。

「なんの暗号です?」
「……?」
「僕たちにはさっぱり…」
「ナオミにも解りませんわ」


自由人代表のふたりの会話が気になり、中島、宮沢、谷崎、ナオミがチラリとそれを見るが何が「良くやった」なのかは分からない。2人の思考回路は何とも難解だった。

「みんな、今日はちょっと遅くなるかもね。済まないが付き合ってくれ給え」
「??」

何やら企んでいるらしい太宰はそう云うと「社長ー」なんて言いながらこの部屋を後にする。



そして、それから1時間くらいがたった頃。一同(ナオミを除く)は何も理解出来ないまま太宰と乱歩に連れられて、大通りから外れた路地を抜けた先にある廃屋の手前まで来ていた。

「この廃屋に何かあるんですか?」
「良い質問だね、敦くん」
「…は、はあ」
「まあ色々さ、今に見てればわかる」
「色々って……、何も答えになってないですけど…」

物陰に隠れてその廃屋の様子を見ていれば、何処から集まってきたのか如何にもギャングですと云わんばかりの服装をした人達が集まってきて次々と中に入っていく。ほんの10分くらいの間に多くの男たちが次々と入っていった。

「物凄い数だな」
「ここで一体何があるんだい?」
「あーあ、飴溶けちゃってる」
「ひええ、全身に刺青が彫られてる…」

探偵社の社員たちの反応はそれぞれだ。それを聞きながら太宰は口を開いてそれとなく説明する。


ヨコハマのと云えばポートマフィアだが、他にもそう云ったグループはいくつかある。そのギャング達の1部が最近数回秘密裏に会合を行っている。また、そのギャング達が絡んでいるのが最近きた異能力関連の依頼だ。そう太宰が云った。どこでその情報を得たのかは分からないが、その顔は真剣だったので本当だろう。

「本当だったら国木田君と2人で良かったんだけど、如何せん敵が多過ぎてね。早めにちゃっちゃと終わらせたいからみんなに協力してもらおうと思ったんだ」


早めに、と云う部分を何故か強調する太宰に数名不思議に思ったが、取り敢えずあの男たちを倒せば良いのだと云うことは分かったのでそっとしておく。

「さて、そろそろ始めようか……っ!?」


バァン!!!


「…え、だ、太宰さんっ!?」
「太宰っ!!」
「一体何が……」


突然響いた物凄い音と共に太宰の身体が壁に吹っ飛んでいった。探偵社の社員達はぎょっと目を見開いて一瞬固まったが、直ぐに声を荒らげながら彼女の元へ駆け寄る。


「痛っ、……私、あまり痛いのは好きじゃないのだけれど。……不意打ちとは姑息だね、………中也」
「は、手前がぼーッと立ッてやがるからだろ?自業自得だな」
「な!?ポートマフィア…」
「ち、若しかしなくてもこれが太宰の急いでた理由か」


中原中也はニヤリと笑いながら帽子に手を置いた。太宰は心底面倒臭そうな顔をして、そちらを見上げる。
太宰に異能力は効かないが、どうやら中原は接近するまでに異能力を使い直前で解いて蹴っ飛ばしたらしい。はあ、とため息をついた太宰は痛い痛いとは云うものの全然大丈夫そうだ。


「うーん、会合が終わった頃に来るだろうからその前に終わらせようと思ってたんだけどね。意外と疾くて驚いたよ」
「それでも良かッたんだが、会合の途中でぶッ壊してやろうと思ッてな。そしたら丁度手前がいるじゃあねェか」
「ふふ、中也は私の事大好きだねー」
「…………………ば、莫迦か!手前のことなんかす、好きじゃねーよ!!」


冗談で云ったのに、太宰はぽつりとそう零した。突然ツンデレのような発言をし、顔を赤らめた中原に探偵社の社員達に激震が走る。そして改めて判断する。此奴はある意味で敵だと。


「太宰さん、ちょっとこっちに」
「?え、何?どうしたんだい、敦くん!?他のみんなも怖い顔して…」


中島敦は太宰の腕を掴んで立たせるとその光景をニヤニヤして見ていた与謝野と乱歩のところに連れていった。
そしてまた元の場所に戻ると中原と対峙する。
1人だけ状況が分かっていない太宰は目をぱちくりと瞬かせる。普段は鋭い太宰にも疎いところはあるらしい。
バチバチバチ、探偵社と中原の間に見えない火花が飛び散った。

「…………」
「…………」



今にも戦闘が始まりそうになったその時___、


「先刻から騒々しいと思えば貴様ら何をしているっ!?」
「首領(ボス)敵襲です!ポートマフィアと探偵社が…!」
「何だと!?」
「敵襲だーー!」


会合を取り止めてギャング達が外へと出てきた。あれだけ騒いだんだから当たり前だよなあ、改めて自分たちの行動を思い出して皆心の中で思った。

しかし、皆(1人を除く)はこっちが本命だと云うのに、それどころではないと云わんばかりにギャング達を睨みつける。

「………ん?」

そして数十秒も経たないうちに殆どをやっつけてしまった。あの数の男達を物凄い速さでやっつけた彼らに太宰は1人首を傾げた。中には異能力を持つやつも居たのに流石に疾過ぎる。それが終わるとまた彼らは睨み合いを始めた。


「……鈍感だねェ」


与謝野は太宰を見て思わず苦笑を零す。その言葉に太宰はまた何のことか分からず彼らの様子を眺めていた。


(ち、今日は災難だッたな。太宰の野郎のせいだッ!)
(え、太宰さん……)
(げ、芥川…。手前いたのかよ…)

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