共感覚が冴えすぎた



いつだってこの世界には色が溢れていて、それで何もかもを色付けている。思い出も夢も忘れてしまいたいことにも必ず色は付いて回る。人の感情も意味の無い表情も変化も色に例えられる。

昨日も今日も明日も全ていろんな色からできているのだ。

__もちろん私も彼も。

◇◆◇


ここ最近ずっと原因不明の体調不良に襲われていた。そんなに病弱なつもりではなかったのにおかしい。普通の色をしていた世界が、急に灰色でいっぱいになった気がした。

頭の奥の奥がガンガンして、それのせいで嘔気が酷くて、あと視界が突然ぶわっと真っ暗になる。身体は常に重いし、息はなんだかしづらい。しまいには意識を失って倒れてしまうなんてことも。

目が覚めれば病院に居て、「身体は至って健康です。検査データの数値も正常値ないから__」という言葉と原因についての話をしてくる。過労とかストレスとかそんな言葉をぼんやりと聞きながら、最近そんなにキツいことあったかなあなんて思い返すけれど思い当たるものはない。母がとても心配していたし、不安そうだった。

母から深く濃い藍色の感情が滲み出ているに気づいた私は、そんな母とは反対で私はどこか他人事だった。


健康な身体なのに不調。

検査値に異常はなくて、原因はきっと過労とかストレスとかそういうの。


ふうん。じゃあなんで私は"こう"なってしまっているのだろう?それを誰かに聞いたところで、医者すら分からないのだからきっと分からないだろうな。

そんなことをいつもよりもくすんだ色が滲む世界を見ながら思う。


また何かあったら来てください、なんて言われて普通の生活に戻る。しかし、相変わらず不調は続いていた。だから最初に運ばれた病院以外にもいくつか病院に行った。自分から受診した時もあったし、倒れて運ばれた時もあった。それでもやはり私は健康らしかった。

流石に何か病気が隠れているのでは?とか希少な難病なのではないか?と初めて聞くような検査も色々受けたし、日常生活について振り返りもした。何も思い当たらない。いや、夢見は悪いけど。でもきっとあれは関係ない。


そんな最近日常になりつつあるそれが、突然変わっていく。灰色に傾いていた世界が急に鮮やかになっていった。


___彼と出会ってから世界が劇的に変わっていったのだ。

◇◆◇


今までの不調が嘘のように晴れていった。今日の澄んだ空のように心も体も快晴だった。


彼らと会ってからまだ少ししか経っていないのに、喋っている彼らの放つカラフルなそれを見て思わず笑う。

いつもの体調不良で少しの間だけ意識を失ってしまったところに出会った3人。

男の子が2人と女の子が1人。少し話してわかったが、彼らは同級生らしい。しかし、その制服は見たことがなかった。

「お茶、ありがとう」
「気にすんなよ」
「うん」

黒髪の男の子と茶髪の女の子が「今から店に寄るから荷物持ちよろしく」「いやだ」という会話をしているのをなんとなく聞きながら、もう1人の男の子にそう言うと彼は爽やかな色を滲ませて笑った。

その爽やかな色の後ろに何だか"変な色"が見えたが、気のせいだろう。私はもう一口お茶を飲んでゆっくり息を吐き出した。


休日の小さな広場は、東京だというのに嘘のように人が少なくて色褪せていたと言うのに、3人のおかげで綺麗に彩られている。3人とも全然違う色をしているのに何だかんだぴったりとあっていてすごいと思った。

「もう大丈夫そう?」
「うん。ありがとうございます」
「気にすんな!な!」
「ああ」

頭の奥の痛みも、何かが乗ってるような肩の重さも、色彩のバランスが崩れていた世界も何もない。私は久しぶりに「いつも」を取り戻したことにほっとした。

私が立ち上がってお礼を言うと3人も立ち上がった。赤の他人の私に、優しくしてくれた素敵な色を持った同級生。3人はこちらに声をかける。

「じゃあな」
「じゃあね」
「じゃあな!」
「.....本当にありがとう」

素敵な色を持った不思議な同級生。

きっとあの"不調"を治してくれたのは彼らだ。魔法使いか何かなのだろうか?そんな非現実的なことはついぞ聞けなかったが私は何となく確信していた。他の人とはほんの少しだけ"違う色"を3人とも纏っているから。

特に、特に彼はほかの2人と違って.....__、

「.....」

私は去ろうとする彼の服の袖を無意識のうちに掴んでいた。驚いた彼がこちらを振り向く。


「ん?どうした?」
「ねえ、あなた名前は?」
「俺、虎杖。虎杖悠仁だけど」
「私、名字名前。ねえ、また会えないかな」


こんな積極的な性格じゃなかったはずなのに、はずなのに言葉は勝手に出ていって、空中を漂って彼の鼓膜を震わせたらしい。

__その時の私は、今まで見た事ない色を持つ彼にとても惹かれていた。


「おーい、虎杖?」

こちらを振り返って不思議そうにしている2人の声がする。2人はこちらを見て「どうした?」とか「なんかあった?」と声をかけてくる。虎杖くんが「いや、何でも」と言って首を振った。そして私の目をしっかりと見つめてきた。


__彼が笑う。私を見て笑っている。


「また今度な」

現実的に多分もう会えない、と思う。それは何となくわかっている。だって連絡先なんか知らないし、世界には人が多い。この制服だって見覚えないし。

でもこの言葉を交わしていれば、きっとどこかでまた出会える。私はそう信じて彼の言葉に頷いた。

ぼんやり私から滲み出た淡いピンク色のそれがそっと風に巻かれて行ったのを目で追いかけた。そしてその言葉を口にする。


「.....またね、虎杖くん」


◇◆◇


「虎杖くん、かあ」

恋をした。名前と姿、纏っていた色、あとは声は何となくわかる。それ以外は何も知らない男の人。ほとんど一目惚れだった。

見たことのない色をした彼が中々頭から離れなくて、思わずため息をつく。


あれが少女漫画とかでいう"運命"ってやつじゃない限り、彼とはきっともう会うことはないだろうなあ。

それが心のどこかで分かっていても、私は彼を想うことが止められない。やっと不調から治ったかと思えば、次は恋の病というやつに罹ってしまったらしかった。


「.....はあ」

東京は相変わらず人が多い。多すぎる人々から、混ざり合う"色"から、視線を逃がすように空を見上げてみる。

ああ、ここは空が狭い。

これだけ人がいれば酸素より二酸化炭素が多そうだ。息苦しいな。そんなことを考えながら歩いていく。

今日はもしかしたらどこかでイベントでもしているのかもしれない。同じような色のTシャツやパーカーを着た人が前方から沢山歩いてくる。

それを避けながら歩いて歩いて歩いて、そして、

「...っ」

はっと気づいた時、誰かの肘が視界のすぐそこまで来ていた。この集団を私と同じように縫うようにして歩いていた男の人の肘だった。それはもうすぐ側で、それを避けるよう身体をずらせば、前方から来た人たちに身体がぶつかって躓く。

はあ、最悪だ。

迫り来る地面。こんな所で転んでしまったら踏みつけられてしまいそう。もう少し反射神経と身のこなしが良ければいいのだが、残念ながら体育の成績は中の中だ。可もなく不可もなく。あと人からドジと言われる気もする。はあ、こんな所で発揮して欲しくないんだけど。

「.....え?うわっ」

諦めモードで地面と「こんにちは」するはずだった身体の動きが止まった。誰かが私の肩を掴んで支えている。そして体勢が急に変わる。

え、え?誰か助けてくれたのか?そんなことを思っていれば、身体が浮く。

え?浮く?

なんで?何が起こって。そう1人で混乱していれば猛スピードで景色が過ぎていった。沢山の色が混じりあっていて変な感じだ。

何だこの速さ。車か?そう錯覚してしまうほどそれは一瞬だった。


「よ!名字。また会ったな」
「......いたどり、くん?」
「ごめん。びっくりしただろ?歩きにくそうにしてたから、つい」
「ううん、助かったよ。ありがとう」

地面に足が着いて、ようやく強ばっていた身体の力が抜けた。そしてそれと同時に最近ずっと私の思考を埋めつくしていた彼の声がした。夢なのでは?そう錯覚してしまうほど事態は急で、私は目を見開く。

この前と変わらない彼がそこにいる。

相変わらず"ちょっと変な色"が滲んでいる彼は私を見てにっこりと笑った。

急過ぎた現実に頭が追いつかない。でも、彼に会えたせいか心臓がドクドクうるさい。少しずつ滲み出ていく薄ピンクがまた見えて、私はそれを紛らわすように視線をさ迷わせ、そして息を吸って言葉をどうにか吐き出した。

「...虎杖くん。えっと....会いたかったです。.....あっ」
「俺も」

恋人でもましてや友達でもないその人に言っていいのか分からないその言葉が口をついて出て、はっとする。何を言ってるんだ、私?思わず訂正しようとまた言葉を紡ごうとした時、虎杖くんがそう言った。

「え?」
「だから、俺も会いたいって思ってたんだって」

私は思わず彼を見た。私と同じようにふわふわとした"その色"を浮かべた虎杖くんが照れて笑う。

また心臓がドクンとなった。


(冴えすぎた共感覚が)
(その感情を色付けていく)

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