昼休み。
私のいるこの教室はとても静かだ。まあ放課後以外は空き教室だということもあるだろう。ご飯を食べたあとは、よくこの教室に来る。予習だったり、自分は美術部なので絵を描いたり、本を読んだりする。まあすることはその日によって違うけど。
今日は毎年この時期にするとある作業をしようと考えながら、教室の窓を開けて風を通した。
赤、オレンジ、緑、黄色、白、黒__、袋から取り出したカラフルな糸の中から数本選ぶと、纏めて結び三つ編みを少ししてから編んでいく。毎年作っていると慣れたもので、柄やアルファベットを入れてみたりもする。
そんな作業をしていると教室のスライドドアが動く音がした。そちらをちらりと見れば、最近この時間にこの教室に来るようになった彼と目が合う。
「こんにちは、三郎くん」
「うん」
私のすぐ横の席まで来て、その椅子に座った山田三郎くんに挨拶をする。教室は煩いので、静かに過ごせる場所を探していたんだとか何とか言っていたなあ。と彼がこの教室に来るようになった理由を思い出しながらニッコリ笑って見せる。まあ、無反応だけど。
山田三郎、といえばこの学校…いや、イケブクロだと有名な人である。というか、三郎くんとその上のお兄さん2人もとても人気だ。そんな人と2人で空き教室にいるとか、いつ考えても不思議な話である。
「……」
「…どうかした?」
いつも隣で、分厚くて難しそうな本を読んでいるはずの三郎くんの視線を感じてそちらを見やる。その視線は私の手元を捉えていた。
「何してるの?」
「ああ、これ?ミサンガ作ってるんだよ」
「ふうん。何で?」
いつもなら二言三言話して終わるはずの会話が、今日はやけに長く続く。私はミサンガを作る手を止めて、口を開いた。
「毎年友だちに作ってるの。もうすぐ大会だから、頑張れって意味を込めてね。夕方の部活は勿論、朝練もしてるし、昼休みも先生にノート提出してアドバイス貰いに行ったりしてて凄いな、なんか出来ないかなって思ったんだ」
「……」
自分は運動は平均的だし、部活も文化系だ。その為なのか頑張っている友人が輝いて見えた。ミサンガなんてただの願掛けで、普通のお守りよりも効果はないのかもしれない。それでも渡すと「頑張る!ありがとう」と言って喜んでくれるので、小5くらいからこのミサンガ作りはよくやっていた。
あ、少し喋りすぎたかな?あまりペラペラ喋るの好きじゃなさそうだし…、と少し饒舌になってしまった自分に焦り三郎くんを見るが、特に不快そうでもないので安心した。何かを考えているような視線で、じっと作成途中のミサンガを捉えたままである。
「三郎くん?」
「…ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「うん、いいよ」
生まれてこの方出会った同年代の中でも多分1番頭の良い三郎くんの思考は全く読めないし、推測するつもりはない。またミサンガに視線を戻して作り始める。
数センチの長さになったミサンガは、色の組み合わせも間違っておらず、一つ一つの球の大きさも均等なので割と綺麗に見えた。今まで作ったどのミサンガよりも綺麗にできそう、なんて期待する。綺麗なままのミサンガにするには、集中力が意外といるので気を散らさないようにしないと。なんて三郎くんが隣にいるのなんて忘れてミサンガ作りに没頭していた。
「__ねえ」
不意に声を掛けられる。はっとなって隣を見れば、相変わらず三郎くんがこちらを見ている。今度はミサンガじゃなくて私の目を見つめている。
「何?」
その綺麗なオッドアイは全てを見透かしてしまいそうで、何だか照れくさくなった。
「それ僕にも作って欲しい」
「え?」
「駄目?」
「いや、全然いいけど……寧ろいいの?」
こういうのに全然興味無さそうだと勝手に思っていたので、つい素っ頓狂な声が出る。私が作ったやつで本当に良いのかと思い、尋ねれば頷きが返ってくる。
「あ、え、えっと……じゃあ、糸の色選んで?」
袋から今ここにある全ての種類の色の糸を取り出す。私から視線が外れて糸へと移った。少しテンパっていた思考が落ち着く。急に見つめられると心臓に悪い。イケメンってさ、凶器なんだな。怖すぎる。
「……」
「単色でも良いし、3から4色あっても良いよ。柄とか簡単な奴なら入れられるし、文字もアルファベットならどうにか……」
「とりあえずこの赤と…」
2種類ある赤のうち、濃いものを指さされる。だよね、やっぱり赤は選ぶよね。それは予想していた。赤に合う色なら黒、白、黄色、オレンジ…そうじゃなくても組み合わせによっては結構何色でも合いそうだ。
「えっとね、赤は勝負とか情熱とかで、黄色は向上と平和、金運……、あと白は健康、落ち着き、緑は癒しとかで__」
「ふうん、じゃあ黄色も…それと」
真剣に考えているらしい三郎くんに、ミサンガの色の意味を自分の知ってるだけ言ってみる。すると次は黄色を選んだらしい。やっぱりラップバトルするくらいだし、勝負系の意味のやつを選んでいるようだ。
「赤と黄色なら白とかオレンジとかが合うか」
「そうだね、その辺の色なら間違いないかも……」
なんて気が付けば2人して真剣にミサンガに使う糸を選ぶ。ふと我に返って、三郎くんの選んでいる様子を見る。意外とこういう1面もあるんだな。凄く大人びてる人だと思ってたからギャップを感じた。つい「ふっ」と笑えば、視線がこちらに向く。
「何、笑ってるの?」
「何でもないよ!……そ、それで決まった?」
「うん。赤と黄色と白とオレンジ」
ジトッとした目で見られたので、ブンブンと首を振る。そして色は決まったかを尋ねる。どうやらその4色にするらしい。他の色の糸を袋に戻して、その4つの色の糸を並べる。
「うん、やっぱりこの組み合わせ良いと思う。が、頑張って作るね!」
「期待してる」
「…っ」
失敗しないよう頑張ろう、と自分を鼓舞しながらそう言えば、綺麗な笑顔がコチラに向けられる。初めて見たその表情に私は息を呑んで、そしてフリーズした。
「……?大丈夫か?」
不思議そうに首を傾げられる。その言葉に何処かへと飛んでいた意識がはっと戻ってきた。
「だ、大丈夫!大丈夫!」
見蕩れてたとが恥ずかしくて言えるわけない。視線を糸に戻す。が、顔が熱い。絶対今真っ赤じゃん。
「ねえ、ミサンガってどこ着けたらいいかな?」
「えっとね、バッグとか筆箱とか、あとは手首、足首……とか?」
1人であたふたしている私に気づいているのか、いないのか。三郎くんはミサンガを着ける場所について聞いてきた。友達はいつも部活のバッグに付けるか、先生に見つからないよう靴下で隠れる足首に着けてたなあ。
「ふうん。手首は見つかると面倒だしなあ」
「確か勝負ごとのときは、利き足の足首が良いってネットに載ってたかも」
なんてつい思い出したことを言う。
「そう。じゃあ足首に着けてみようかな。丁度靴下に隠れるし」
「へ?」
「何その反応。名前が言ったんだろ」
「ええ!?」
「うるさ…」
口走ったのは確かに私だけどね!いや、あの三郎くんの足首に私が作ったミサンガ着いてるとかやばいでしょ?え、ファンとかに刺されない?この人学校どころかイケブクロ中で有名だし、尚且つ割と人気な気がするんだけど……。え、夢??夢なの?
そしてなんで呼び捨て!え、この人ついこの間まで名字さんって呼んでたよね?呼んでなかった?私の記憶違い??と、混乱することが次々と起こり私の脳はパンク寸前だ。そんな私の反応に三郎くんは少し眉を顰める。あ、ごめんなさい。とりあえず落ち着こうと息を吐いた。
「三郎くん。私さ…」
「うん」
「……」
「何?」
声を出そうにも口が乾いて上手く声が出ない。でも、これだけは言っとかないとファンに後ろから刺されるとか絶対嫌だし…そして何より__
「私さ、三郎くんの彼女じゃないんだから、その、体に着けてもらうのは、何と言いますか、その申し訳ないと言いますか…」
「で?」
「え?」
だってそうじゃん。冷静に考えろ、私。彼女でも何でもない普通のクラスメイトの作ったミサンガを足首に着けるって……。よく考えたらヤバくない?てか、まずミサンガ作ってあげるとかカレカノか!まあ、作って欲しいと言われたんだけどね。
でも、そんな私の言葉に三郎くんは「だから何?」とでも言うようにその一言を口にした。そしてハッとして、手のひらを口に当てる。
「……え、真逆気付いてなかったのか。嘘だろ。鈍い、鈍すぎる…」
「??」
突然深刻そうな表情を浮かべて、何やら呟いている三郎くん。"にぶ"?何が?と聞こえてきた言葉について考えるが皆目見当がつかない。私の方が何がおかしいとでも言うようなその様子に困惑しきる。
「えっと、あの……」
「はあ…、まあいいか」
「三郎くん?」
置いてかれたままでどうしたら良いのか分からない。そしてまだ何か言っている。膝の上でぎゅっと拳を握る。
「聞いて欲しいことがある」
「は、はい!何でしょうか!」
「そんなガチガチにならなくても良い」
「う、うん」
「……」
何言われるんだ。まるで今から断罪されるかのような気分に陥りながら彼の言葉を待つ。ガチガチになるな、とは言われ体の力を抜こうとするが、緊張で寧ろ強ばった。この時間がとても長く感じる。
「…___」
「……え?」
その時言われた言葉に、私は大きく目を見開いた。