ひだまりを迎えに行こう
「.........」
「ほら」
___猫はとってもかわいい。
にゃー、なんて鳴いて擦り寄ってきて、こちらの様子を伺ってくる。
__あ、あくびした。
かわいい、小さい、......だから怖い。
この子に私が触れてもいいのだろうか。なんで充くんはそんな簡単に触ることができるのだろう。いや、彼は猫が大好きだからなんだけどね。それにお家で飼ってるもんね。
__私だって好きだよ、猫。
でも、触るのはやっぱり怖い。
「......た、助けて」
「ふふ」
「......」
いうもこうだ。なんで猫ってこんなに寄ってくるんだ?
「.....」
「今、写真撮ったでしょ?」
「だって、面白いし」
猫がまたにゃーと鳴く。
私は、何故か膝の上と肩と頭に4匹の猫が乗っかっている愉快な人になっていた。
◇◆◇
ボーダーからの帰り道に「あ、猫...」と猫大好きな充くんが吸い寄せられるように猫に寄って行ったから、私もついて行っただけなんだ。
良い具合の段差に座って、上機嫌で猫を撫でる充くんの横に私も座った。するとどこからともなく現れた猫が、急にぴょんと私の膝の上に飛び乗ってきたのだ。
「...うわっ」
「あ」
真っ白い子猫だった。ふわふわしている。小さく鳴いてこちらを見つめてくる。お腹にぐりぐり頭を押し付けてくるから私は困って充くんを見た。
彼はただ薄く微笑んでいた。彼の手が伸びてきて膝の上の子猫の頭を撫でる。嬉しそうに目を細める猫を見てほわほわとした温かいものを覚える。
__なんでこんなにかわいいの。
おそるおそる私も猫を撫でようと手を出した。それに気づいた充くんがそっと手を退かした。
「ふぎゃっ」
「ふっ」
しかし、猫に触れることはできなかった。伸ばした手に先程まで充くんが撫でていた猫が飛び乗ってきて、器用に伝っていくと私の頭の上で少しだけもぞもぞ動くと落ち着く。急なことに変な声が出た。横から思わず笑う声が聞こえたが、頭を動かすのが怖くて見れない。
「え?え?」
「あはは」
いや、待って。「あはは」じゃなくて。確かに充くんが撫でていた猫も随分小さい猫だったけれど、頭で落ち着かれるとは思わなかった。横で楽しそうに笑っている充くんは全く助けてくれなさそうだ。
にゃー
「あ。増えた」
「え、増え.....うわっ」
急に肩に重みが増す。視界の端でモゾモゾ何かが動く。また猫だ。頭の子が落ちてきた訳じゃない。別の子だ。
「ここまで来ると凄いね。4匹もいるよ」
「4匹?」
「頭の上と肩とあとは膝に2匹」
「えっ、いつの間に...」
にゃん、と色んな方向から鳴かれて困り果てる。充くんに助けを求めるが彼は上機嫌にスマホをこちらに向けてくるだけだった。小さく「もう...」と呟くと「ごめん」と返ってきた。
「こんな光景滅多に見ないからつい」
「私もたまにしかないよ」
「たまにあるだけでもすごいと思うけど」
私は、どういう訳だか動物に好かれやすいらしい。動物園とかに行くとよく近づいてくる。次のエリアに行くまでずっと柵越しについてこられたことだってある。
動物は好きだ。
特に猫は好き。でも好きだけどみんなみたいに触れない。小さいし、可愛いし、だからこそ触っても大丈夫かをずっと考えてしまう。
対して向こうは満足するまでじゃれていく。なので小さい頃の私はそれが終わるのをじっとして待っていた。
みんなそれは考えすぎだというけれど、いや、私だってそうは思うけれど中々思いきれないのだ。
膝の上の猫がペシペシと私のお腹をパンチする。全然痛くはない。その猫の行動に「え、何?」と驚きながら膝の上を見ようとしたが、頭の上の子が落ちてきそうで頭を動かせなかった。
「撫でて、って言ってると思うよ」
「そうなの?触っても大丈夫かな?」
「これだけ懐かれてるなら良いでしょ」
「う、うん」
__充くんがそう言うなら。
たまにはいつもの考えすぎを止めてもいいかもしれない。そう考えて、頭をできるだけ動かさないように気をつけながら、ゆっくり手を出す。すると猫がその手に擦り寄ってきた。手探りでそっとその子猫の頭を撫でる。うわ、うわっ!ふわふわしてる。
にゃあん。猫が鳴く。え?えっ、超かわいい!
___待って、好き。
「わあ.....!」
無意識のうちに頬が緩んだ。嬉しくなって隣の充くんを見る。その拍子に肩の上の子がぴょんと飛び降りて充くんの膝に乗った。しかし、頭の上の子は微動だにしない。
「.....?」
しかし、充くんの横顔は先程までとは違っていつもの表情に戻っている。眠そうな目と無表情。猫をすりすり撫でる彼。
「.....」
「.....」
あれ?先程までは微笑んでいたのに。私、もしかして何かしてしまっただろうか?頭の中でそんなことを考えながら焦る。
困って膝の上の子を撫でる手を止める。その手には相変わらず猫が頭を擦り寄せくる。
「.....妬けるね」
「え?」
口を開いた充くんから出た言葉に目を瞬かせる。
__やける?焼ける?.....いや、妬ける?
待って、ちょっ.....。もしかして猫にヤキモチ妬いてるの?と、その目をじっと見つめる。
充くんがこっちを見た。それから何故か顔を近づけてくる。
「え、ちょっ.....!」
「なに?」
いや、「なに?」じゃなくて!なんでそんなにお顔を近付けてくるの?何となくこの雰囲気だとか、次の展開だとかが分かって、咄嗟に身を引こうとした。
にゃーん、頭の上の子が鳴いた。
「.....っ」
___そ、そうだった...!
この子の存在を思い出して固まる。いつもなら恥ずかしくてつい逃げちゃうのに、今は頭の上の猫が気掛かりで動けない。充くんの顔が更に寄ってきた。
___お猫様!お願い一瞬だけ頭から手に飛び乗ってくれないだろうか?
そう念を送るが届いてないのか、ただ呑気なのか全く動く気配はなかった。
ちゅ
「.....ひぇ」
「ふっ」
唇にそっと触れるようなキス。恥ずかしさで顔に熱が集まる。酷い、ずるい。そのしたり顔がかっこいい。そんな風に笑わないでよ。もう何が起こってるのかわかんない。
....取り敢えず猫はかわいい。
「かわいい」
「.....猫が?」
「猫も名前も」
「.....」
そんなことを平然とした表情で普通に言わないで欲しい。顔から火が吹き出そうだ。ああ、暑い。
澄まし顔の充くんとは反対に、顔が真っ赤な私。なかなか熱の引かない顔を手で仰ぐ。その手に猫がじゃれてこようとぴょんぴょんと飛ぶ。でもすぐに疲れたのか欠伸をして、そして膝からおりるとどこかの路地へ入っていった。それに気づいた頭の上の子も充くんにじゃれていた子もみんなどこかへ行ってしまった。
「行っちゃったね」
「うん...。かわいかった」
__もう少しだけ触りたかったな。
今日はいつもより思い切れた日だから、ちょっと残念だ。私はそんなことを考えながら、ローファーを見つめる。ほんのり残る頬の熱はやっぱり中々逃げてはくれない。
「おれの家にも猫いるよ」
「知ってる」
私は充くんのその言葉にこくりと頷いた。わりと一緒にいるから、充くんが猫を飼っていることはよく知っていた。
右手に充くんの手が重なる。ローファーを見ていた視線を充くんに向けた。またさっきみたいに顔が近づいてきてて、慌てて身体の重心を後ろに下げようとしたが逃げれなかった。逃したはずの熱がまた簡単に帰ってきてしまう。
「.....っ」
「どう?家、寄らない?」
「...今から?」
「うん。...いや?」
まともに顔が見れなくて、視線の動きが覚束ない。ぼやぼや溶かされた思考でゆっくりと充くんの言葉を飲み込んだ。
「ううん。.....行きたい」
「うん」
充くんが腕をそっと引っ張る。足に力を入れて立ち上がる。手を繋いだまま元の道にゆっくりと戻っていく。
にゃーん
何処からかまた猫の鳴き声が聞こえた。ぎゅっと繋いだ手に力を入れる。
__あったかいな。
恥ずかしいけど、たまにはこんな日も良いかな。そんなことを考えながら、ゆっくりと2人で歩いていく。
(なんでその写真待ち受けにしてるの...!?)
(だって、可愛いもの尽くしだから。.....あ、照れた)
(照れてない...!)