夜の香りを探して歩く


ヨコハマの夜って怖いなあ、なんて呑気に考えながら歩く。夜の帳の降りたここは、昼とはまた違った姿を見せる。その空気を感じながら、散歩をするのが好きだった。

いくら女の方が上だの何だの言われている世の中でも、か弱そうで意志の弱そうな女の子は泣き寝入りすると思って、ガラの悪い奴らは獲物を探しているらしい。
その事を私に諭した彼から「あまり出歩くな」と言われはしたが、絶対と言われてはいないので気にしない。

最近の仕事の疲れからか昼前まで眠っていたせいで、目が冴えているのだ。散歩でもしないとやってられないだろう。それに明日も休みだし、別にいいだろうとパーカーの大きめのポケットに財布とスマホを突っ込み出掛けた。


「よお、嬢ちゃん」

人が少ない道を歩いてた。この時間でも人が沢山いる大通りまであと数十メートルのところで、見知らぬ誰かに腕を引っ張られて路地へ引き込まれる。街灯の光が薄く入り込んでるおかげで、数人の男たちに取り囲まれていることに気づいた。

あーあ、可哀想だ。こんな"か弱い女の子"を標的にするなんて。相手を憐れむ。私なんかを相手にするなんて、本当になんて可哀想な人たちなのだろうか。

「へっ、こんな時間に独り歩きしたことを後悔するんだな」
「俺たちと遊んでもらおうか」
「……」

そうそう。私って背も小さいし、腕と足が棒のようだと言われたりする。それに何より見た目が"か弱そう"だとも言われた事がある。だからなんだというのだろう。男たちの下品な視線にニコリと笑えば、相手は1歩近づいてきた。

「何余裕そうな顔してんだ?」
「強がりだろ」
「今にビビって泣き出すさ」

下品な笑い声が響いた。その声が鼓膜を揺らすのを不快に感じる。ニヤニヤと笑いながらすぐそこまで近づいて来た男。そいつが私の腕を掴んだ。その瞬間__、

「__っ!?」

ダンッ、なんて音を立てて男が地面とキスをする。あーあ、顔面から行っちゃってるよ。なんかごめん。間抜けな格好で地面とへばりついた男を見て心の中で謝った。

「お兄さん、大丈夫ー?」
「こ、この…!」
「な、なな何なんだよ!この女」
「まぐれだ!そうだ!こんな弱っちいやつにやられるわけ…」

先ほどとは打って変わり、それを見た男たちは信じられないものを見たような目でこちらを見やる。何その視線、酷くないかな?ニヤリ、笑ってやれば「ひっ」なんて声が漏れ出す。

「調子乗るなよ!」
「痛い目合わせるぞっ」

如何にも悪者な台詞に嘲笑した。やってることもそうだが、使う言葉までそんなものなのだから仕方ないだろう。

ジリジリ近づいてくるやつを睨む。一気に駆けてきた奴の拳を避けて足を引っ掛ける。倒れた相手の背中を右足で踏んだ。良かったね、今日は散歩だからただのスニーカーで。これがピンヒールだったら大変だったねえ。そんなことを考えながらペロリと唇を舐めた。突っ込んでくる男たちを順番に投げ飛ばしていく。何だ全然強くないじゃん。

起き上がってなんか危なそうな棒を持ったやつも返り討ちにしてまた笑った。

「ごめんね。見た目だけか弱そうな女の子で」

見た目だけで人を判断すると足元をすくわれる、その典型的な例だろう。残念ながら見た目だけはか弱そうな私は、何故か昔から喧嘩が強かった。別に何かを習っていた訳でもないけど、普通にこれくらいの相手なら簡単に対処出来る。

「あーあ、やりすぎたなあ」

気が付けばみんな地面とくっ付いてしまっていた。こんなつもりで歩いていたわけじゃないんだけど。ぼんやりとお月様を見上げて思う。何だか兎さんでも降ってきそうな月だ。

折角の散歩が台無しだし、無駄に疲れた。明日も昼まで寝よう。そんなことを考えていると、誰かが路地の道に入り込んでくる。カツカツと靴の音を鳴らして歩いている。私のすぐ後ろで止まると、声を掛けてきた。


「おや、お嬢さん。こんな暗いところで何を?」
「夜の散歩ですよ〜」
「……で、これは?」
「さあ?気が付いたら悪そうな人達がみんなすっ転んで地面とキスしてしまっていて」

聞き慣れた声に向かってそう言えば、はあ…と心底呆れたというようなため息が返ってきた。ゆっくりと振り返って、その男に笑いかける。私と目が合うとその男、入間銃兎は手を顔の前に持っていきまたため息をついた。

「こんな時間に出歩くなといつも言っているだろう」
「心配いらないよ」

確かに言われる。でも本当に心配なんて私には不要だ。そのことは銃兎が1番分かっているくせに。

「か弱い女の子が出歩くような時間じゃない」
「見た目だけはね」
「ええ、見た目だけ。……それにしてもまた派手にやったな」
「突っかかってきたのはあっちだもん」
「はあ、相手が可哀想だ」
「本当にね」

よりにもよって私に狙いをつけるのが悪いんだ。自業自得という言葉がお似合いである。ペンでも持ってたら額にその言葉を書いてやりたいくらいだ。


「で、銃兎はまた私にGPSつけてたの?」
「さて、なんの話しでしょう?放浪娘の心配なんて私はしていませんが……」
「うわ、絶対つけてるじゃん。てか、ここに来たってことは付けてたな。やば、ストーカー?」
「はあ、彼女様の心配をしてやったのに」

今、心配してないって言ったくせに矛盾しているよ銃兎。なんてツッコミを入れる余裕はない。
今、1番の私の中での問題はGPSだ。携帯の設定か?いや、でも結構確認してるし。じゃあ何だ?財布?服?あ、でも服は洗濯したばかり。じゃあどこだ、どこにつけてる?

「……こわ」

いつものことではあるが怖いんだよ。お巡りさんストーカーはこいつです。いや、お前もお巡りさんじゃん。

「銃兎が心配すべきは私なんかより、左馬刻さんなんじゃない?」

ぽつりと呟く。私よりも向こうの方がタチ悪いだろ。私がこいつら倒したとどれだけ声を上げたところで、この見た目のお陰で普通の人たちは信じはしない。それに比べ左馬刻さんは職業も見た目も全て乗っかってしまう。それを揉み消すのは銃兎だ。散々愚痴を聞かされるので知っている。

「……どっちも違う意味で頭が痛い」
「何?頭痛が痛いって?」
「言ってない」

左馬刻さんより絶対私の方がましだろ。そうでもないとか言わないで。こちとら一応一般ピーポーなんだ。か弱い一般ピーポーなんだよ。

「まあ良い。こいつらは取り敢えず豚箱いきにして……」
「はは、お疲れー」

何処かへ連絡し始めた銃兎に、ニヤリと笑ってそう言えば睨まれた。そんな顔するなって。申し訳ないとは思ってるんだよ。

10分後にはお巡りさんに連行されていく男たち。か弱い女の子に手を出そうとしていたので"ちょっと痛い目に合わせました"的な感じの説明に笑った。お巡りさんは私をチラリと見て「大丈夫ですか?」と本当に心配そうな声音で聞いてくる。そりゃ、こんな目に合えば普通の女の子はトラウマものだしね。それにうんうんと頷く。お巡りさんはそんな私を見て、きっと鋭い目で男たちを睨み付けると銃兎に敬礼をして去っていった。


「銃兎帰ろう?」
「……はあ、名前はマイペースだな」
「帰りにコンビニ寄ろうよって何その呆けた顔」
「失礼な。帰るぞ」

疲れた顔で私を睨んだ銃兎に笑ってみせると更に怖い顔で睨まれた。怖、この人。私の腕を掴むと歩き出す。

「ひゅー、積極的」
「腕に纏わりつくな。鬱陶しい」
「暴言吐かないの」
「誰のせいだと……」

口笛を吹いてその腕に抱きつく。煙草の匂いと一緒に銃兎の匂いがする。ちょっと安心した。鬱陶しいと言いながらも、私を振り払おうとはしないのでそのままで歩く。

明るいお月様に照らされた道は、暗闇を浮かばせてはいるが2人で歩くので怖いとは感じない。ヨコハマの夜って怖いとは思う時もあるけれど、そんな所も含めて好きでもある。ふらふらと歩いていれば、月から降ってきた兎さん(名前にしかその要素はない)が迎えに来てくれるし。でも、GPS付きはちょっとなあ。迎えには来て欲しいけど、なんか嫌だと矛盾したことを考える。

「銃兎、今日のご飯はねー」
「はいはい」
「って聞いてるの?」
「はいはい」
「銃兎ー!」
「はいはいってうるさいな!」
「うわ、ひっど」

どうやらご機嫌ななめらしい。そんな彼を見てふっと笑う。あ、ほっぺを引っ張るな。いてて。

「お巡りさーん。お巡りさんがいじめてくる…」
「ふっ、そんなものは俺が揉み消す」
「うわーん、汚職だ」

痛い、と自分の頬っぺを抑えながら泣き真似。そんな面倒臭いものを見る目しないんだよ。

「か弱い女の子に向かって酷い」
「精神と腕っ節はゴリ…うっ」
「誰がゴリラじゃ!」
「認めてるじゃねーか」
「うるさい、銃兎何か嫌い。離してー」
「……はあ」

女の子に向かってゴリラは失礼すぎる。実はゴリラって優しい動物だと知っていても言って良い言葉があるだろう!銃兎こそ兎なんて似合ってない癖に!

逃げようと自分の腕を引っ張る。ギチチ、腕を掴む力が強くなった。私の行動にため息をついた銃兎は、私の事なんか構わず家への道を歩く。


(お前また野郎を倒したんだってな)
(左馬刻さん、褒めてー)
(やめてください。調子に乗るとまた夜中に外に行くんで)
(大丈夫だろ。弱そうに見えるのは見た目だけなしな)

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