アイツはくそ真面目くんやから

*ここから番外編です。
*稲荷崎視点

◇◆◇


「結局祈どこ行ったん?」
「東京やな」
「東京の?」
「井闥山やな」
「井闥山かあ...」

宮ツインズの弟である祈が稲荷崎に来ないのは知っていた。しかし、それを改めて聞くと昔からこの兄弟を知ってるだけあって、少しだけ寂しい。「そうなんや」と尾白はぽつりと呟く。

「まあ心配せんでも勝つのは俺らや」
「それはそうやけど、なんややっぱり3人並んでないと変な感じや」
「アランくん、毎回それ言うやん」

侑がそう言うと治も頷く。2人は案外祈が居なくても平気なのかもしれない。

「はあ。...でも、アイツおらんと家が静かになるよな」
「そうか?ツムがいつも喚き散らしてるからそこまで変わらんやろ」
「ああ?」
「あ?」
「2人ともそろそろ練習始まるで」

お互い睨み合いを始めた双子にそう呼びかけるが、聞いているのか聞いていないのか恒例となりつつある喧嘩はもう始まっていて思わずため息をついた。


◇◆◇


練習が終わり、今日は体育館に残れないため早々に部室に向かう。3年は明日何か学年行事があるらしく既に帰ってしまっている。1年は毎年恒例の親睦会も含めた宿泊研修で明後日まで居ないため部室には2年しかいなかった。

「ねえ。さっきの話で、祈が来ないと何かあるわけ?」
「さっき?...ああ、アランくんと話してたやつな。べっつにー、アランくんが勝手に寂しがっとるだけや。あとは何もないやろ?なあサム」
「おん、メシくれる可愛い弟がおらんだけやな」
「お前、そればっかやな」
「......あ、でもオカンが間違えて作りすぎた分は食えるなあ」

双子と尾白が祈について話していたことが何となく聞こえていた角名が双子たちにそう尋ねてみる。侑は手の中のボールをくるくると回していて、治は毎度のことながらもぐもぐとおにぎりを頬張っている。

ここでこれだけ食べてるのに、更に家に帰って晩御飯と作り過ぎた分も食べれる治に角名は心の中で引いた。


今日で何個おにぎり食べる気だよ.....。


「へー、2人の弟ともし当たるとなると厄介そうやな!」
「祈、超負けず嫌いやからな」

銀島がぽつりと呟く。それにおにぎりを食べ終えた治が反応した。

全国常連の井闥山だ。祈とどこかで当たる可能性はある。まあ、祈がメンバーに入っていればの話だが。

「双子たちと一緒じゃん」
「いや、祈くんのあれは次元がちゃうねん」

思わずそう言えば、他の宮兄弟の弟を知る2年が角名にそう言う。

負けず嫌いだから何だと言うのか。

スポーツをする人間に負けず嫌いは多い。じゃないと1位というものに執着はしないし、目標に向けてキツイ思いをしながら身体を動かすなんてことはあまりしないだろう。

「祈くん、コイツらの特性よく分かってるからなー」
「分かっててもそれだけやん」
「侑、ホンマにそう言えるか?」
「......」

双子と同じ中学のヤツがそう言うと、侑は黙ってしまった。


「.....」

角名は考える。

宮祈という男のことを。宮家に遊びに行った時、数回会ったことはあるし、話したこともある。コートを出ると途端にコミュ力が消えてしまうことは有名だったし、実物もそれと印象は変わりなかった。ただ数回の交流を経て、それなりに慣れてはくれていたと思う。慣れてくると割と饒舌だし、兄たちのちょっとした弱点とか昔話も教えてくれた。そんな彼はバレー以外では案外のんびり話すし、おっとりしていることは分かった。

その普段からは想像ができないくらいにコートの中だとその威圧感だとか存在感だとかが際立つことだって知っている。ある程度強い中学については試合前にビデオを見せられていたし、対策だって色々と考えた。実際に試合だってしたことあるわけで。


__"あれ"は恐ろしい。

どちらかと言えば、治に似た__いや、それ以上のぼんやり君だと思っていれば、双子とは違った意味で厄介なのだ。同じMBとしてある種の畏怖と尊敬を覚える。

__自分はどうあったって"ああ"はできない。

というか、どんなに上手い人間だって"ああ"は"なれやしない"と思う。


正面で向き合った時、コート外とがらりと変わった雰囲気にこちらも簡単に呑まれてしまった光景は未だに鮮明だ。

自分より背の高いスパイカーをねじ伏せ、その威圧で判断を鈍らせ、そして味方が拾いやすいように何もかもをいつの間にか誘導してくる。中学生だったというのに、彼は既にある種の職人かもしれないと思った。

祈は、どうやら調子の振れ幅もあまり激しい方ではないらしいから、彼はどんな試合の時だってやはり"ああ"なのだ。彼とブロックに飛ぶ人間はとても心強そうにしていたり、圧されていたり、対抗心バリバリだったり。

それを目の当たりにするこっちの身にもなってくれよ。どうなってんだよ。

そう思ったことだってある。


双子は強い。弟も強い。そしてそれに巻き込まれる周りも強い。セットアップもスパイクもブロックも、果てにはレシーブも良い。コートの外に弾き出たボールを追いかけてコートに戻して返ってくるスピードもアホみたいに速い。野狐中はチームメイト同士の関係はそこまで息ぴったりでもなさそうなのに、試合の息はピッタリだった。


「はあ.....。今までは練習と映像以外、後ろからブロックする背中を見てるだけやったからなー」
「練習のときでも大概恐ろしいのに試合で真正面から向き合うんか…」

ため息混じりに誰かが呟く。練習でも恐ろしいのか、ちょっと嫌だな。同じポジションなだけあって角名は素直にそう思った。

「味方にも敵にも負けたくない、やろ?」
「お兄ちゃんらには負けへんから、ってよう言うてたもんな」
「ええな!兄ちゃんたちに負けたくないか!」

こういう話が好きそうな銀島が食いつく。それを見て侑が表情を歪めた。

「けっ、誰が弟に負けるか」
「すでに成績では負けとるやん。あと人気も」
「うっさいわ、サム!アイツはくそ真面目くんやからしゃーないやろ!あとは誰にでも優しいねん。ほんまに同じ人間か!」

キレながらも言ってる内容は割と弟のことを褒めている侑。こいつ、意外と弟好きなんだろうな、と角名は心の中で考えた。

「へー、完璧やな!」
「まあな。北さんに通じるところはあるようなないような」
「ちゃんとってやつ?」
「あー、それや。バレーでいかに負けないかを考えて、それをやり遂げるために他のことをちゃんとしようとめっちゃ計画立てるん」
「しかも、あの性格のせいで表面だけはのほほんとしてるからムカつく!」

相変わらず表情を歪めたまま侑を見て、治が「ふっ」と笑う。

「ツムはアホ丸出し、性格の悪さなんか全身に出とるもんな」
「なんか言ったか、くそサム!」
「まあまあ」

ぐわっ!と勢いよく治に顔を近づけた侑を銀島が慣れたように止める。

「ひゅっ、ひゅー」
「へったくそな口笛やな!」

侑から顔を逸らした治が口を尖らせて口笛を吹く。確かに今の口笛は下手くそだ。

「へー、完璧だね」
「いや、あいつの場合は俺らに負けたくない、それだけやで。勉強も、運動も、全部、何もかも」
「中学の共通テストかなんかは県1位やで!意味分からんわ。走るのなんて全国の駅伝に出ないかって誘われるくらい速いしな」
「非の打ち所なしやな」

先程まで「ただの負けず嫌い」だと思っていたけれど思った以上だなと角名は思う。負けたくない、という思いだけで何でも頑張って、そして何より結果を出せるということは才能だ。負けたくなくたって、どこかの部分で何かしら手を抜くし、分かっていてもしないことだってある。たとえ全部頑張ったって結果に結びつかないことだってあるわけで。

「いや、食欲は俺ん勝ちや」
「それは誰も勝てんわ。唯一の欠点はあれやろ。人見知りすぎるところな。物心ついた時にはああやったで」
「最早あれは欠点やないやろ。ギャップって言うらしいで」

確かにあの顔で勉強も運動もできて、性格もそれなりに良くて努力家なのにコミュニケーション能力はからっきしというどっかの漫画のキャラみたいな人間だと欠点というよりはギャップかもしれない。


「まあ、あいつを正面に受けるのは楽しみやけど恐ろしいな...」
「俺、ネット前で当たりたくないわ」
「えっと、井闥山だから佐久早に古森に飯綱さんに、あとは.....。まあ、祈くんは今年は出るか分からんけど怖いなあ」

井闥山で上がる名前は知っているものばかりだ。自分たちだって向こうから見れば似たようなものなのだが、それを棚に上げて考えると今から気が滅入る気がする。

「今から弱気でどうすんねん!」
「いや、今最悪な想定してればあとからやっぱりな!って気が楽やん」
「お兄ちゃんが負けるわけないんやろ!」
「お兄ちゃんはきしょいで」
「うっさいわ!黙っとれ、サム!」

急なお兄ちゃん発言に治が顔を顰めた。それにまた侑がぐわっ!と迫ろうとするので銀島が止める。なんで毎回このくだりをするのだろう。芸か?とよく見る光景にそんなことを考えながら、角名はカシャッと写真を撮ってみた。3人でギャーギャー言っているので、撮影されたことに気づいてはいないらしかった。


「それにしてもトムのやつ、すぐ帰りたい言うと思ってたんやけどなあ」
「全く連絡こんな...」

言い合いが終わった2人は「はあ...」とため息をつくとそんな会話を始めた。いや、振り回されるこっちが溜息をつきたいんだけど、とその場に居た2年は思う。

「え、ツム嫌われとるやん」
「え、お前は来るんか?」
「来るで。寮の飯美味いか?聞いたら、めっちゃ美味い言うてた」


__また飯の話かよ。

「また飯の話か」
「.....」

角名の心の中の声と侑の言葉が重なる。チョコレートの包みを開けながら治は頷いた。

「せやで」
「俺のメッセージには返信せんくせに...」
「お前どんな内容送ったん?」
「見るか?」

荷物の中からスマホを探し出すと、侑はメッセージアプリを開き中身を見せてくる。

【そっちはどうや?】
【友達できたん?】
【体調悪くなったりしとらんか?】
【勉強ついていけそうか?】
【腹出してねんなよ】
【たまには帰って来てや。それまでにサムのやつは追い出しとく】
【って、なんか返せや!】


一同は侑から一方的に送られているメッセージに顔を顰めた。最初は律儀に返していた祈も最終的には【おん】しか返していない。

___そりゃ、返信来ないだろうな

満場一致で皆そう思う。


「おま、こんなん一気に送られてきたらそりゃ連絡来なくなるやろ」
「うっわ...。親かよ。そうじゃなかったら面倒くさい彼女みたい」
「何やねん、その顔」
「トムのやつ困りきって【おん】しか返してへんやん」
「な!おかしいやろ!」

どちらかというとおかしいのは侑だよ。

「いや、こんなん来たらそんな反応なるわ」
「侑、ブラコンだったんだね」
「はあ!?そんなわけないやろ!ブラコンはサムの方や!」
「いや、お前ほど酷くはない」

この様子を見る限り多分治が正しい。気がつけばお互いの弟に関するよく分からないエピソードの言い合いになっていた。それを聞きつつ、角名は制服の上着を着た。周りの2年も少しずつ帰る準備を始める。


「なんやねん!コートに立ったトムが怖い!二重人格や!て泣きべそかいとったクセに!」
「いつの話やねん!つーか、俺のマネ似てないわ!くそサム!」
「なんやと、くそツム!」

帰る準備をして数分。未だに終わらない2人の言い合いを横目に皆がほぼ一斉に立ち上がった。それを見てようやく気づいた治と侑が同時にこちらを向く。

「.....帰るか」
「せやな」
「ちょ、お前ら待てや」
「鍵、よろしくな」
「って、サムもはっや!」

(へっくし!...なんやろ、誰か噂でもしとるんかな)
(風邪には気をつけてよ。はい、ジャージ)
(おん。取ってくれてありがとうな)

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