影浦妹と犬飼A

「私たちが付き合ってるの.....、兄にバレたみたいです」
「まじか」
「はい。.....まあ、元から隠すつもりはないし良いんですけど」
「それはまあ、.....確かにね」

そう会話をしながら名前は、犬飼の指を握ったり手のひらを押したりして遊ぶ。犬飼はいつものことなのでされるがまま片手は力を抜いて彼女に差し出し、もう片手で髪をわしゃわしゃ掻いた。

「おれ、殺されないかな〜」
「殺されるかもですね」
「そこは嘘でも大丈夫って言って欲しいな」
「きっと多分おそらく大丈夫です」

名前はそう言ってふっと笑う。犬飼もつられて笑ってしまった。彼女が遊んでいた片手に力を入れて、その手を握る。暖かい体温を感じてほっと息をついた。

「ちなみにカゲはさ、今日名前がおれの家にいること知ってるのかな」
「どうでしょうね。友だちの家に行ってくるとは言ったけど、勘づいてるかも」

ベッドに座って、寄り添って会話をするのはいつものことだ。これが影浦にバレたら本当に面倒だろうな。犬飼はそんなことを考えながらも、だからといってこの関係をやめるつもりはないし、名前を手放すつもりもない。なのでどうやって影浦に折れてもらうかを考えなければいけない。


「名前と今、イチャイチャしたらバレると思う?」
「イチャイチャしたいんですか?」
「うん」
「.....っ」
「あ、照れた.....って、いたっ」

犬飼の直球の言葉に無言のまま名前が照れる。それに気づいて、ニヤニヤしながらそう言えばムッとした名前がちょんと軽く脛を蹴った。本当に軽くだったので実は全然痛くないが、犬飼の言葉にビクッと反応して小さく「ごめんなさい」と言う、シュンとした子供のように可愛らしい名前の姿が見れる。


「じゃ、お詫びにキスして」
「.....え?」
「だめ?」
「えっと、え、あ.......、わかりました」

照れ屋で消極的な彼女にそう言えば、顔を真っ赤に染めながらこくこくと頷く。犬飼は彼女のそういう所も好きだった。頬とかにキスしないよう、唇を指させば更に彼女の顔が赤く赤く染まる。

照れながらも少しずつ顔を近づけてくる名前の顔を犬飼はじっと見つめる。あと少しのところで恥ずかしさで耐えきれなくて目を瞑る名前を見て、それだと唇じゃなくて鼻先にキスされそうだと犬飼は顔を動かして調整してやる。

ちゅ

なんて音はしなかったが、ぼんやりとした暖かさに触れられて犬飼は満足した。唇が触れた途端、ばっと顔が赤くさせたまま勢いよく離れた名前を見てくすくす笑う。照れ屋さんにはきっとこれが限界なのだろう。顔を背けてしまって名前を見て、犬飼は考える。

手は握ったままだから、とその手を軽く引くと彼女がこちらを見た。それがたまらなく可愛くて、犬飼は更に距離を詰めて彼女に近づく。

「え、犬飼さ、んっ.....!?」

抱きつくと焦る声が聞こえてきて面白い。顔を覗き込めば、ぱくぱくと口を開閉させながらも上目遣いでこちらを見てくる。その表情に頭をガツンと何かに殴られる衝撃がしたが、ここで理性をなくすと名前に嫌われそうだからと耐える。

抱きついたま体重をかけてそのままベッドに寝転がる。「へあっ」と急なことに間抜けな声を上げた名前に「何その声...」と思わず言う。彼女は犬飼の胸に頭をくっつけながら「知りません」と言った。


「私、抱き枕じゃないです」
「知ってるよ」

ぎゅうぎゅう抱きしめていれば、不服そうな声が耳に届く。犬飼は名前の頭を撫でてそう言う。照れっぱなしで、この状況にどうしたらいいのか分かっていない名前が面白くて、そして可愛くて犬飼のニヤニヤは止まらない。

ベッドの上でいい感じに体の向きやら体勢を調整し、その暖かさを包み込んでぼんやりと時間を潰す。何気ないこの時間が好きなのは犬飼だけじゃなく、名前もらしい。何だかんだおずおずと犬飼の背に手を回したのに気づいている。

「名前、カゲに全部話さないでね」
「全部?」
「ほら、キスのこととか抱きしめたこととか、あとは__」
「わーー!それ以上はいいですっ!それに言うわけないじゃないですか!」

犬飼のその言葉たちに慌てたようにそう言う名前。

「ホントかな?」
「なんで兄に言わないといけないんですかっ」
「だって名前って意外とブラコン..._」
「じゃないです!」

ブンブンと首を振って必死に否定する名前。そこまで必死だと逆に「そうです」と言ってるようなもんだとは口にしないが、あまりにも必死なので面白い。もちろん照れ屋な名前が兄に自分たちのことを言うことはないだろうとは思っている。付き合ってることすら言ってなかったのだし。まあ、犬飼自身も付き合ってるのがバレたら影浦だけじゃなくボーダーの顔見知りたちからも揶揄われて面倒だと話してはいないが。

「そういえばどうしてバレたの?」
「.....うーん、荒船さんが昨日お好み焼き食べに来た時、兄に言ったらしくて」
「おれは話してないけどなあ...」
「私もです。あと何故か村上さんも知ってるみたいで」
「えっ、鋼くんも?」

だとすると高3組は大体みんな知っている、もしくは誰かが話してみんなに知られただろうな、と犬飼は考える。犬飼と名前が付き合っているのを知ってるのは、辻と氷見、あとは誰かいただろうか。

「菊地原くんが言うわけないし...」
「確かに」
「もしかしたらこの前のお出かけ誰かに見られたのかも」
「それは考えられるね」

耳が良い菊地原には随分早い段階で知られてしまったが、彼はそう言ったことを人に言いふらしたりはしないだろう。ボーダーでは犬飼と名前はほとんど業務連絡するやら他の隊員たちがするような世間話以外で話さない。学校も同じだが、そもそも学年が違うからそこまで会わない。2人で外で会うことはあまりないし、会う時は基本的にこうして犬飼の家で過ごす。ただこの前、2人で映画を見てから買い物をした。あのデートを誰かに見られたのならバレるのも有り得るかもしれない。

「ま、バレたならバレたで別にいっか」
「犬飼さんはそうかもしれないですけど、私は家に大魔王がいて怖いんです」
「大魔王...」
「笑わないでください。これでも真剣なんですって」
「ふっ、ごめん、分かってるって」

大魔王、つまり兄の方の影浦が彼女の家にはいる。家の中で逃げる訳には行かないだろうし、逃げ続けるの自体彼女の性格から無理だろうから確かに怖いだろうな。

「おうち帰りたくない」
「じゃあ、もっとイチャイチャする?」
「えっ!?.....あ、いや、やっぱ帰りま...っ!?」

ぽつりと呟かれた声に、犬飼がそう言うと名前は慌てたように動き出そうとするが、犬飼が抱きしめたままなのでそれはできない。不意打ちでキスするとびっくりしたまま顔を赤くして固まる名前が見えて、やっぱり我慢できないかもな、と先程押えたはずのそれが溢れ出そうになりながら考える。

「急に酷い...」
「とか言いながら、さっきよりも抱きついてきてるけど」
「こ、これは...」
「あー、素直じゃなくて可愛いな」
「か、かわっ」

キスの間にぎゅうっと背に回す手の力を強くしたことに犬飼は気づいていて、それを口に出せば彼女はさらに慌てた。その反応が可愛らしくて更に意地悪したくなるのを許して欲しい。

何やらあわあわと言っている名前の言葉をぼんやりと聞きながら、犬飼は名前に馬乗りになった。それにさらに動揺するが、なんだかんだ本気で逃げ出そうとしていないことも分かっているので、犬飼はその顔をグイッと彼女に近づける。

「帰りたくないないんでしょ?ダメ?」
「え、あ.....、〜〜っ、分かりました。だ、めじゃないです」

グラグラ熱に浮かされて今にも目を回してしまいそうな名前のその言葉を聞いて、そしてその様子を見て、犬飼はニヤリと笑う。

例えばその首筋に吸い付いたら、例えば今日遅く返したら、例えばどうせバレてしまってるのだし外でもイチャついたら、例えば___、そんなことをしたらきっとカゲに殺されるだろうな。そう思っているのに全く怖くもなければ、やめる気もない。


___ずっとずっと大事にするし、優しくするし、1人にしないから、おれにくれないかな。


そんなことを考えながら、犬飼はそっと名前の唇に口付けを落とした。

(あ、お兄さん。ご無沙汰してます)
(.....てめー、覚悟は出来てんのか)


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