「両利き」
*ここからSSです。
「祈のやつ、めっちゃ気合い入ってるじゃん」
コートでサーブ練をしている彼を見て2年の1人がぽつりと呟く。さっき100本サーブ練したのに、まだサーブ練するのかよ。そんなことを考えながら、自分もボールをとって自主練を始めた。
練習時間も終わって数十分。自主練の時間にいつものように課題とかそんなのを練習する。早く家や寮に帰る者もいれば、残って練習するやつもいる。大体自主練するやつの顔ぶれは同じだ。その中の1人に宮祈の姿もあった。
最初は沢山1年生も残っていたが、今では少し減った。まあ強制じゃないし、普通の練習時間のボリュームもなかなかに多いからそれだけでも上手いやつは結局上手い。
この部では、2・3年も1年にコートを使うななんて言わない。年は違えど同じチームの人間であり、そしてライバルだ。こういう所は超強豪だからこそだろうか。半端な強豪とは訳が違う。自分たちには変に威張ることなんかしている時間はないのだ。上下関係は礼儀などでは厳しいこともあるが、練習に関しては割と平等だった。
「なんか宮侑がサーブしてるビデオ見てから張り切ってるみたいで...」
たまたま彼の言葉を聞いていた1年が彼にそう言う。それを聞いてついさっき見たやつを思い出した。
「あー、稲荷崎とどっかの練習試合のビデオな」
「またサーブに磨きかかってたしな。あれやろ祈のいつものやつ」
レシーブ練をしながら思い浮かぶ"いつものやつ"を言う。
「「「負けられへん」」」
その場に居たものの声が揃う。あの負けず嫌いくんはちょっとしたことで"ああ"だ。それは別にいい。それであんなに努力できるのなら全然いいと思う。ただ、
「背中しか見えんのにめっっちゃ怖い」
「怖いな」
なんでコートに入るとあんなに性格?というか雰囲気?ってやつが変わるのだろう。纏うオーラが全然違う。いつだってそのことだけが疑問だ。本人的にはそこまでらしいが、見ているこっちも、対戦している相手も、全然"そこまで"とは到底思えない。
そんな祈に伊津田が声を掛けていた。
___お前、今はやめとけって。
「祈くんってなんでサーブの時いつも左で打つの?両利きなのは知ってるけどさ」
その伊津田の質問を聞いて確かに自分もそれは思ったな、とは思ったが今聞くタイミングだっただろうか。便上して他の奴も祈に声をかけ始めた。
「......あ、これ?うーん、せやなあ」
「右で打ってるところ見たことない。こだわり?」
祈がくるりと手の中のボールを回す。たしかに左でサーブを打たれるのは回転が違うから取りづらい。しかし、左利きの人間なんて珍しくはない。
祈は両利きということもあってスパイクとかは平気で両方で打つ。それは相手にとってはとても面倒だろうな。まあ構えで分かることだってあるけれど。
そんな両利きをバレーで活かせるのはすごいと思う。いや、日常生活も普通にすごいけどな。ご飯の時には「今日は右手使うのだるいなあ...」とか右利きのみの自分にとっては意味の分からないことも言って、左でご飯を食べていたことだってある。
しかし、さっきのあの反応からして何かあるのだろうか?つい気になってコートから出て水分補給をしながらその会話を聞いていた。
「その、僕な、......右でサーブ打てないんや」
「えっ」
「えーっ」
伊津田と一緒に自分も思わず声を出してしまった。別に自分も左ではサーブが打てないから驚くことではない気がするけど、特に左右差なく両手を使える祈が右でサーブを打てないのはなんか意外だった。
「え、だってスパイクとか右で打つじゃん」
伊津田がひょいと上げたボールを飛んだ祈が綺麗なストレートの強打で向こうのコートに打ち込む。もう1回上がると次は左で同じように打っていた。
「じゃ、サーブな」
祈がすぐそこのボールを掴んで助走を付けて打つ。左だ。良い音が体育館に響く。今日見た中でも結構綺麗に決まったサーブだった。
「......右か」
ため息と一緒にぽつりと呟れた声。ジャンプも何もせず祈がボールを上にあげて打つ。
カスッ
「......あ」
「...うわ、やっぱへこむわ」
手には当たった、というか掠った。その場に落ちたボールを目で追った祈の表情はもう頭を抱えそうな勢いだ。だが、彼はもう一度彼が上にボールを投げる。
ボスッ
次はちゃんと手に当った。でもネットに引っかかる。
「......な?」
「う、うん」
いつも超絶負けず嫌いの祈が絶対にしないであろう「これが限界です」という表情を浮かべている。そのことに一番驚いた。
「一応これでも小さい頃から右の練習はしてて......、でもサーブはなんか左が良くてなぁ」
昔を振り返るように彼は伊津田に向かって話し出す。
「兄ちゃんたちは2人とも右利きやから左極めたろうって小さい頃からサーブだけはなんか左でやっとって。それで気がついたら右で打てんくなってた」
「......その言い方だと昔はもしかして打ててた?」
「始めた頃は打ててたで。けど、なんか段々と打てんくなっとって、というか打ち方忘れてなあ...。それでできんくなったことを焦って無理して練習しようとしたら肩壊しかけて......」
「あー...」
祈がため息をついた。コミュ力おばけの伊津田も珍しく固まっている。
ふいに数歩後ろに下がった祈が助走をつけてそれから飛んだ。ジャンプサーブ、しかも右。
ボスッ
やっぱり間抜けな音がした。でもそれはちゃんと向こうのコートには入っている。
「こんな感じで毎回入るようになったら初見殺しにはならんかなあ。...そしたら左でしか打てんことを知っとる兄ちゃんらにも負けへんのに...」
「か、肩、気をつけてね」
また何か変なスイッチの入った祈に向けて伊津田が声をかける。それに頷いた祈は左だけじゃなく右も混ぜて練習し始めた。
ボスッ
やっぱり音はちょっと間抜けだな。でも自分も左で打ったらあんな感じかも。なんて考えていると急に目の前にボールが飛んできた。壁に当たったボール。凄い音がした。
「......あ」
「佐久早!あ、じゃなくて!...今、俺死にかけたよ!?」
「悪い」という感情よりも「そんな所に突っ立ってんなよ」という感情の方が顔に浮かんでいる佐久早に抗議するが、彼は聞いているのかただ頷くだけだった。
(うぐっ)
(祈!顔大丈夫か!誰か救急車、祈の顔があ!)
(どうした、祈!?ドジっ子属性の要素なんていらないだろ!)
(え、え?何の話??)