まだ幼さを飲み込む季節じゃない
__彼女の瞳はいつだってキラキラと輝いている。
「見て見て!たんぽぽだよ!」
この季節なら割と色々なところに咲き始めているたんぽぽを見つけると、彼女は小走りで近寄ってしゃがんだ。
まるで今年初めて見るような反応であるが、登校する時も下校する時も実は歩道の隅などに咲いているのを見ていたので彼、烏丸京介は特に珍しさを感じなかった。
それはバイトやら特別な用事の関係で帰れない時以外、殆ど一緒に登下校している彼女も同じはずなのに。読めない彼女の言動にぱちぱちと瞬きをした。
そして彼は、嬉しそうな声を上げている彼女の後ろ姿を見るなり、「小さな子どもみたいだな」と呟いた。
高校生とは、子どもか大人か曖昧になる時期だ。ある程度責任を持った行動をしなさい、と言いながらも、まだ子どもなのだから、と諭される。
少しおちゃらければ「まだまだ子どもだね。もう少し大人になったら」と笑われる。落ち着いていたり、背伸びをすれば、「子どもは子どもらしくいなさい」と言われたり。
「京介〜!」
「……」
名前に名前を呼ばれ、烏丸は「はぁ…」とため息をつくと彼女に近づいた。歩道から逸れて小さな空き地に入り、彼女の隣にしゃがみこむ。
そこに咲いていたのは黄色い花ではなく、既に白い綿毛を纏ったたんぽぽだった。彼女は何が楽しいのかニコニコと笑いながら、キラキラとした瞳でそのたんぽぽを見つめている。
烏丸はその表情に不覚にもドキリとした。何故だかドクドクと自分の心拍数が速くなっていることに気づいてた。しかし、顔にはそんな感情は現れていない。
「ん?どうかした?」
「いや…」
何でもない、こともないが烏丸は首を横に振る。「そう?」と不思議そうに言うと彼女はまたたんぽぽに視線を戻した。
その様子を見てから、烏丸は学ランのポケットからスマホを取りだした。そして時間を確認する。
「……」
今日はバイトも防衛任務もないが、玉狛支部には用事がある。まあ用事といっても大したものではないので、別に何時に着いても大丈夫なのだがまだ時間があると思っていると、名前の寄り道に散々付き合わされるのだ。
別に付き合わされることじたいは嫌ではない。寧ろ嫌ではないからこそある程度のところで彼女を止めて家やら玉狛支部やら本部まで引っ張って行かないと、用事がないときには特に何にでもすぐに好奇心を出して駆け出そうとするので大変だ。
ひょっとすると自分の弟や妹たちよりも手がかかるのでは?とまで思った。
__まあ、そういう所が良いのかもしれないけれど。
「小さい頃はよくたんぽぽの綿毛を飛ばしてたなあ。ねね、京介もしてた?」
「…まあ」
「ふーん」
「……」
昔を懐かしむようにぽつり呟いた彼女の声を聞きながら、また彼女の顔を見る。
こちらなんて殆ど見ずに、たんぽぽを熱心にそのキラキラしたお星様のような瞳で見つめていることに少しだけモヤっとした。
その感情にすぐに気づくと、まだまだ自分も子どもか。なんて考えながら、片手に握ったスマホを操作する。
そして、
パシャッ
「あ…、今撮った!?ねえ、撮ったよね?」
「撮ったな。"たんぽぽ"を」
彼女が烏丸の方を見た。その瞳と目が合う。
「本当に?絶対こっちにスマホ向いてた気がするんだけど」
「気のせいだな」
「えー」
.
絶対ウソ。そう言って唇を尖らせる彼女にまたスマホを向ければ勢いよく顔を背けられた。
「……」
烏丸はその様子を見て、スマホを学ランのポケットに入れる。それを確認して彼女も顔を烏丸の方に向けた。
先程撮ったのは確かに名前の写真だ。もしかしたらギリギリたんぽぽも映っているかもしれないが、角度的には微妙だろう。正確には"たんぽぽを"撮ったと言うより、"たんぽぽを見ている名前の写真を撮った"だろう。
「……」
「……」
こんなことはいつものことなので、ジトッとこちらを見る名前の頬を烏丸はつついて遊ぶ。彼女が烏丸がつついている方の頬を膨らませた。それをつつけば、ぷしゅーと口から空気が溢れる。
「何すんの」
「別に。つつきやすいなと思って」
この一連の行動の間も真顔なのが、烏丸京介と言う男だ。そんな彼のポーカーフェイスに慣れている名前でも、ちょっと烏丸の心が読めなくて困惑している。
「あの、やめてほしいな」
「……」
「きょうすけー?」
「…ああ」
やっと頬をつつかれるのが止まった。何が楽しいのか、すぐ人で遊び始めるのがこの男だ。全く顔が良いな。でも、やめてくれ。
「……?」
烏丸は頬をつつくのは止めたが、その手はまだ名前の頬に残っている。
名前は思う。何だこの手は、と。
「……」
「……」
お互いに真顔で10秒ほど見つめ合った。しかし、さすがに常にポーカーフェイスな男、烏丸に勝てる訳がない。
名前はこの無言の睨めっこに何故か笑いそうになった。特に何が面白い訳でもないが、このくだらない時間は何だか可笑しい。
「ちょっ」
「……」
そんな名前の頬を軽く烏丸が摘む。なので対抗して烏丸の頬を摘んでやった。
あー、もう。イケメンは何されてもイケメンだな。
もう少し変な顔になれないのか、と思いながら顔を少しだけ寄せた。すると次の瞬間、添えられていなかった方の頬にも手のひらが置かれていた。
それは一瞬だった。
口に何かが触れて、そして離れていったのだ。はい?と名前はポカンとした表情で烏丸を見上げる。
その顔はいつも通りの真顔であるが、その奥に"したり顔"が浮かんでいるように見えた。
「え、え、ええっ!?」
「うるさい」
「何すんの?え、こんなところでする普通?」
数秒してようやく名前は声を出すことができた。瞬きをしながら烏丸を見上げる。こちらを見る彼は、名前の声に顔を顰めた。それを見て名前は思う。
いやいやいや。忘れるな烏丸京介。確かに道から少し外れた人も中々見ないような空き地ではあるが、ここは外だ。お外なの!いくら私たちが付き合っているとはいえ、場所は考えようよ。誰が見てるか分からんだろうが!
なんて勝手にひとりで名前が荒ぶる。
しかし、この男はなんとも思っていないらしい。
「何だ?もう1回か?」
なんて聞いてくる始末だ。名前は唖然と烏丸を見上げることしかできなかった。
「違う。……京介、玉狛行こう」
「…ああ」
ぽつり名前がそう言えば、烏丸は素直に頷いた。そして、どちらからともなく立ち上がろうとした時だ。
強めの風が空き地へと吹き込んだ。それに揺すられ、たんぽぽの綿毛が少しだけ舞いあがる。
「あ」
と声を零した時には、綺麗な真ん丸を形どっていたたんぽぽが何だか間抜けな姿になっていた。それに名前はふっと息を吹きかける。
ふー、ふーと何回か繰り返すと、そのたんぽぽの綿毛は、春の風と一緒に空の旅へと出掛けて行ってしまった。
短いような長いような寄り道を終えて、2人はようやく玉狛支部へとたどり着いた。
2人の所属するその支部に入るなり、中にいた木崎と陽太郎が「おかえり」と振り返った。それに返事をしてから、そちらに近づくと木崎が首を傾げる。
「2人ともたんぽぽの綿毛をくっつけてどうしたんだ?」
「ほんとーだ!たんぽぽ!」
そんな2人の言葉に、烏丸も名前もお互いを見る。名前は髪に、烏丸は学ランの肩のところにたんぽぽの綿毛をくっつけていたのだ。
「…さっきの風のせいかなあ」
「そうかもな」
そんな2人を見て、木崎は小さな声で呟くのだ。
(まだまだ子どもだな、2人とも)
(ふふ、京介。不本意そう...)
(.....)