その日だっていつもと同じような特に変わらない日だった。

いつものように遅刻ギリギリに教室に滑り込み、2段になっているお弁当箱の中身が両方ともおかずだったので、両方がご飯だった兄と交換したり、ホームルーム後に部活がないからと神社に寄ったり。

そう、いつも通りだったはずなんだ。


唯一違ったことといえば......


「__!お、おちてる、ひ、ひぇえええ!」


そう。私、苗字名前は、ただ今落ちている最中なのだ。

神社のお参り帰りに階段から落っこちた。やっちまったZE!なんて現実逃避してみるが、まあ現実が変わることなんてないわけで。

この階段は地元でも有名な急な階段で、300段近く段数があるため、まあほぼ1番上の段から落ちたらひとたまりもないだろう。一応何ヶ所か広めのスペースになっているところもあるが、いつもの感覚的にまだまだ下だ。


あー、普通転がるように落ちるはずなのに、私は持病の貧血でふらついたのと急激に起きた風に煽られ、そしてそれと同時に何かが背中に触れてそのまま強く押された感覚がしたと思ったら宙に投げ出され真っ逆さまである。

「無理無理、死ぬっ!」

こんな状況でよく声が出るものだ、とむしろ自分で感心してしまう程の余裕が恐怖のあまり逆に出てきた。


風景の全てがスローモーションになり、走馬灯が頭を過ぎる。長い長い階段を落ちるだなんて、絶対に死ぬ。命は無事だったとしても絶対に痛い。


そして何より私は__、


「高所恐怖症なんだよ、こんちくしょー!!」


頭の中で兄が私の言葉遣いにぶつぶつと文句を言った気がしたが、それどころじゃない。

幼い頃から通い慣れた場所であったので、高所は怖くとも目のやり場やら気を紛らわせる方法、あとは慣れで乗り越えてきたというのにここに来て弱点をつかれたらしい。


__あ、ぶつかる。


階段に身体が当たりそうになった時、世界が弾けたようなそんな錯覚がした。



「ふぎゃっ」
「ふぎゃ、......って、大丈夫!?」
「な、なんかもしかして間抜けな子が召喚されちゃった?」


マヌケって酷いな。......てか、召喚って何?

一瞬世界が弾けた感覚がしたと思ったら、今まで視界のほとんどを占めていた石の階段はなくなっていた。しかも、地面?床?に転がるように当たったというのに思ったよりも痛くない。

「へ?」

身体を起こして顔を上げると、先程と打って変わってどこかの室内にいた。

あれ?もしかしてここ天国?

そんなことを考えながら天国にしては何だか近未来な場所を見渡す。そして最後にぽかんとこちらを見る彼らを見つめる。


「......え、なにこれ」
「あの、君、名前は?」


呆然としていれば男の子が私に話しかけてきた。顔からして同じ日本人のようである。これは一体何が起きているのだろう。そして、何故自己紹介を求められているのだろう。まあ、明らかに初対面だから求められるかもしれないけれど、その前にこの状況を飲み込ませて欲しい。


「えっと、君は.....」
「.....え」

しかし、どうやら目の前にいる人は私のことを知りたいらしい。はあ、仕方がない、と取り敢えず口を開く。


__知らない奴には絶対に名前は言うなよ。


しかし、名前を言いかけてふと頭に言葉が過ぎる。


「.....えっと、ごめんなさい。兄から見知らぬ人には名前は教えるなって言われてて」
「そ、そうなんだ」


お互い「あはは」と何とも言えない苦笑を零しながらそんな会話をする。明らかに向こうは困っていたが、私は私で何もよくわかっていなくて混乱している。


「俺は藤丸立香。......ここ、カルデアのマスターをしていて......」

そう彼が自己紹介をしてくれた。"カルデア"って言う店で"マスター"をしている藤丸立香さんか。未成年ぽいけれどマスターってできるものなのだろうか?

偏見かもしれないが、「マスター=バー」を思い浮かべながらそんなことを考える。


「やはり様子が......」
「確かに。なんで学生服?え、JKかな?JKだよね」


そんな彼の後ろで多分外国人?の人達が何やらコソコソ話しているのが気になる。


「えっと.....」
「.......」
「君は.....」
「.....」

やはり自己紹介をしないと展開が進まなそうだ。この状況を説明してもらうにあたって、ある程度こちらからも何か言う必要がある気もしてきた。


彼も一応名乗ってはくれたし、雰囲気も優しそうな人だから名前くらいは言ってもいいかもしれないとちょっとだけ思った。


こういう時の勘は外れないのできっと大丈夫だ。


「えっと、......苗字名前です。藤丸さんよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ。それであのちなみにクラスは?」
「クラス.....ですか?」
「うん」


クラス、クラスか。でも、なんでクラスなんて聞かれるんだろう。


「......えっと、あの1年3組ですけど」
「......」
「......」
「......え?」
「え?」


__うん。どうやら私は何か間違えてしまったらしい。

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