幼いころから何もない時に体のどこかが痛くなったり、赤くはれたり、だるくなったりすることがあった。村の子たちと遊んでいるときにもハッとなって空を見上げることもあった。でもどうして急に体のどこかが悪くなったり、ハッとするのかちっともわからなくて首をかしげるだけだった。今思えば虫の知らせとか、そういった類だったのやもしれない。
 これまでの不思議な体験の原因を知ったのは、僕が、春より“忍術学園”という学校に通うことが決まってからしばらくした日の晩だった。
 パチパチと囲炉裏で炭が火の粉を散らす。昼間に畑仕事を手伝っていたら、今夜は大事な話があると言われたのだ。何の話か皆目見当もつかなくてその時はただ「はい」と返事をしてしまったけれど、いざ夜になってみれば今まで感じたことのない空気が家の中を支配していた。父上と母上が静かな面持ちで囲炉裏を囲んで座っている。いつもと違う空間に無意識に怖気図いてしまう。ゆっくりといつもの位置に座って二人が話し出すのを待った。
 初めに口を開いたのは母上だった。
「春から、あなたは忍術学園に通いますね」
「はい。6年間あそこで学び、立派な忍びになれるよう勉学に励んでまいります」
「よい心がけです。……春彦、父と母はあなたに謝らなければなりません」
「母上……?」
 着物の裾を握り締め、苦悶の表情を浮かべる母に困惑する。なぜ、なぜ母がそのような顔をするのか。ましてや僕に謝るだなんて。
「謝ることなど、この春彦にはまったく身に覚えがございません。感謝することは多々あれど、謝られるようなことは露ほどないと思っております」
「いいえ、いいえ。母は、父はあなたに謝らなければいけません。私たちはあなたに対して大きな隠し事をしてきました」
 ついに涙をこぼしだした母に慌てて駆け寄る。着物の袖で涙を救おうとするので畳んでおいた手ぬぐいを差し出した。手渡すときに触れた母の手はいつもより冷たくてぞっっとした。
 今まで黙っていた父上がそっと言葉を紡ぐ。
「……春彦、お前には兄上が居るのだ」
「……え?」
 あにうえ、兄うえ、兄上。親が同じで、己より先に生まれた男の子。
「兄上がいるのですか!」
 ぐぅっと心の奥底から暖かいものがあふれ出てくるような感覚だ。夜だというにもかかわらずに大きな声を出してしまった。でも、そうしてしまう程にうれしかったのだ。
 僕は一人っ子だった。一人っ子であることに文句はないし、父上や母上から十分すぎるほどの愛情をいままで貰ってきた。しかし村に居る仲のいい兄弟を見ているとちょっとうらやましく思ってしまうときがあったのも事実。

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