Memo

▼2025/01/08:問題

読みにくい萌えないのコンボ
土井先生と血塗れチュ!する話

城から勢い良く上がる火炎が、枝葉の隙間を突き、山中で身を潜める二人を月の代わりに柔らかく照らしている。
地面にへたり込んだ玉鬘は、毅然と目の前の土井半助の顔を見つめるしかなかった。頬にかかった生温かな血を大きく無骨な親指で拭われる。しゃがんで玉鬘の顔を覗く半助から仄かに漂う、独特の甘い香りが火煙の匂いを押し退け、鼻腔を擽る。いつまで経てども嗅ぎなれないその匂いは、嫌がる玉鬘の意識へ強引に現実を突き付けてくる。
骨肉相食み同友が敵に回る事が珍しくない時代である以上、人生から切り離せぬ匂いを玉鬘は鼻に馴染ませる事ができなかった。これを生涯嗅ぎ続けなければならないと思えば、狐憑きになってしまった方が楽なのかも知れなかった。
鼻先が触れ合いそうな位置にある半助の、垂れた眦は柔和な印象を抱かせるが、それをかき消すほど眼窩に嵌った目から発せられる眼光は鋭い。半助が口を開こうとしたが玉鬘が遮った。

「今まで私が殺した奴と同じ顔をしてる」

顎下には両腕できつく抱えた、血塗れの冷えた妹がいた。開かれたままの瞼に生えそろった、睫毛の下にある目は散瞳したままだ。胸元や膝にかかるずしりとした重みや、ぬるつく赤い手が自分を責めているように思えてしかたなかった。
玉鬘は意地でも下を向かず、半助をじっと見ている。忌避する匂いの元を再び視界に入れてしまえば、玉鬘は根幹から崩壊してしまう気がした。自分を形作る過去という根幹から無様に砕け散ってしまえば、苦楽を共にした忍具を捨て会得した忍術に末期まで埃を被らせるのか。自分の頭で問答をした所で出るのは熱だけである。

「なんで、こうなったのかな…神仏を信じなかったから?人をたくさん殺した報い?尼になって今まで殺した人達を供養していればこうはならなかった?」
「君が仕事を全うしたからだ」

玉鬘の潤沢な瞳の中央に映るぼやけた自分を見ながら半助は澱みなく言った。嫌に焦点が定まった瞳に文句をつける様な言い方であった。そして、はひゅーと細い波線のような音が玉鬘の喉から鳴るのを聞いた。

「…もう…忍者を辞めないか?辞めたら今後どうするか決めるまで、私の家に来て家事を手伝ってくれればいい」
「一時しのぎで事実を遠ざけたところでどうなるっていうんだ。家族を手にかけた苦しみに顔を背け続けるのは無理だぞ」

じわりと薄い水膜を張った玉鬘の眼球が小刻みに揺れる。水光のように、チカチカと橙色の光が反射していた。死体以外の目がないのを良い事に、半助は玉鬘の水分を失いささくれた唇に自分の唇を深く押し付けた。ちくちく刺さる皮の棘が彼女の、心身の痛みの一抹を顕示し訴えている。十も数えぬ間に重なった唇はゆっくり遠ざかった。

「君なら立ち直れると私は信じている…私についてきなさい。ほら、立って」

そう言われ、苦り顔になるでも不服を漏らすでもなく、両腕できつく抱えていた妹をそろっと地面に寝かせた。ここで玉鬘が妹を置いていけないと立ち上がれず、せめて髪を一房持って行きたいと駄々を捏ねる性分であったなら、先程の苦しみに背を向け続けるのは無理であるというのも信じられた。だがそのまま口を固く閉ざし、ふらつきもせず立ち上る。火に蝕まれ徐々に形を失う城に背を向け、足音小さく山を登って行った。その骨から歩く姿に未練は見られなかった。
半助は慌てて立ち上がり、小さく揺れる背中を追いかけた。そしてこの調子であれば一週間足らずで割り切るだろうと踏んだ。半助は時代が引き起した環境によって研磨された玉鬘の精神に、哀憫と心配が綯い交ぜになった私心を抱いていた。その鋼鉄の精神は玉鬘を戦場へ押し出し、怪我となって如実に表れた。これで実力さえ伴っていれば、かの天才忍者たる大川平次渦正と肩を並べる傑物になっていた。そう観念する事さえあった。
玉鬘がふと、いつの間にか頭上に広がっていた星を見上げ、邪魔だなとぼやいた。幼少の頃に指をさし綺麗だと感動していた星は、今や玉鬘の感情を揺さぶる起因になり得なかった。忍者を生業にする為、生きて行く為の些細な代償である。玉鬘に倣い、半助も星を見上げた。

「さっきまでなかったのに。早く引っ込んで欲しいね…まぁ、もう事が終わった後だからいいか」
「…そうかな。確かに邪魔かもしれないが、綺麗だとも思うよ」

城から山へ横切るように追い風が吹いた。身体に掛かった火影が揺れ、二人を慰める様に撫でる。分かち合えない感情がある事が心寂しかったが、半助は口に出さなかった。





鐘座の高い釣り鐘を持つ由緒ある廃寺だった。浅く木口割れた門には木蔦が纏わりつき、檜皮葺きの屋根には立派であっただろう錆びた鴟尾もろとも右へ派手に雪崩を起こしている。半分ほど倒壊してはいるものの、内部には大人が五人程入りこめる空間が残っていた。その中の陣内で手足を広げ、仰向けに寝転がる忍び装束の女は、天井の格間に複数に渡って描かれた、剝蝕されたる色艶のない蓮の絵をぼうっと眺めた。

「本当にクソみたいな主だったよな」

隣で同じ様に寝転がる忍び装束の男へ口布を外しながら喋りかけたが、返答が無かった。元より期待していなかったので、外した口布を顔の横へ置き、一拍空けて文句を垂れた。

「でもそんな奴に仕えた私らが悪いしな。あーあ…気分転換に暫く忍者業は休んで全国を巡ろうか。一応、貯蓄はあるんだ。お前も一緒にどう?」
「もう彼は亡くなっているよ」

外陣から響いた声に勢いよく体を起こし、片膝を立て苦無を逆手に構えた。そうして離れた位置に光を背負った長身の男が立っているのを認めた。
野暮ったい前髪の下にある顔は締まりのない腑抜けた表情をしているが、それすらも良く見せる程の美貌である。纏う空気は非常に穏やかであり、煤けた小袖に袴を着用しているが、気取らせず声を掛けた事から同業者であるのは明白であった。警戒を身に纏った女の姿に、男が胸の前で両手をあたふたさせ敵意は無いと示してくる。

「此処へ駆け込む姿を見かけたから、心配で付いてきてしまっただけだ。争う気はない」

ちらりと斜め後ろで寝転がったままの男を一瞬だけ見遣れば確かに瞳が白く濁っていた。ここへ肩を貸しながら引き摺るように連れて来る前、刀で腹を貫かれた際に空気を入れられており、手当てしたところでいずれ死ぬと思っていたので、特段驚きはなかった。

「死んでたの気づかなかった」
「同僚が死んで辛くないのか?一緒に逃げてきたんだろう?」
「辛いけどこんなのよくある事だし、いちいち傷ついてたら忍者なんかやってけないだろ…で、お前は何処のもんだ?」
「私は土井半助。君は?」
「忍者に名なんて聞いて何になるんだ」
「通名がないのか?」

太息を吐いて「お影だ。影響の影でお影」と吐き捨てた。それに男、半助は「それは忍者の別称を捩ったものだろう?」と眉尻を下げて笑った。ああ言えばこう言う奴だと悟ったので「それならお前の気が済む呼び方で呼べばいい」と言った。命名を委ねられ、わざとらしく顎に手を当て首をひねる半助は、女の背後にある仏像無き須弥壇に飾られたままの華鬘をちらっと見た。

「そうだな。なら玉鬘と呼ばせてもらおうか」
「玉鬘ぁ?」
「好きに呼んでいいんだろう?」

半助が口端を緩ませ得意げに腰に手を当てる。眉を皺める女、玉鬘は再び太息を吐き、ぶっきらぼうにそれで良いと納得を示した。すっかり毒気を抜かれた玉鬘は構えを解き、乱暴な手つきで苦無を服の中にしまえば、畳の上に尻をついて座り込んだ。

「はぁー…何だってんだ全く。御仏のお導きってか?それなら私が連れてきた奴を天国へ連れてってやってくれよ…」
「人をたくさん殺してしまっているから無理だろうなぁ…」
「殺生が許されないってんなら食う為に魚やら殺してんだから全員地獄行きだろ?そもそも前世も来世も天国も地獄もあるわけ無いんだ」
「死ねば土に還って終わりと?」
「その前に武士の試し斬りに使われるかもな」

玉鬘は仏に向かって手のひらを合わせても、仏と心を通わせる為にやっている、という事を考えもしない。年月によって染み込んだ思想は再び年月によって洗い流され、また新しい思想を染み込ませる。それを繰り返して行くのだから、いつか自分の様な思想の時代が来るかも知れないと思えば浪漫がある。そういう神仏への関心が薄い人間だった。半助は、これはまた癖があると苦笑したのだった。


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