まだ愛を持てる



細やかな潮風に揺れる新聞の一面に深く軍帽を被ってそっぽを向いている。真横には詞藻に富んだ熱烈な文章が書き綴られていた。海岸を背にシャンクスは一言一句に目を通す。自然に微笑みと溜息が漏れた。豪快な笑みは穏やかなもので、目を細め、薄く伸ばした口の端は上向きであった。海賊にそぐわぬ慈愛に満ちた表情である。
服に隠されていてもわかる我が子のまだ小さな肩、頼りない背、折れそうな首、筋肉が目立たない手足、幼さが染み付いたままの顔におぼえた愛おしさがそうさせたのは彼の船員達からすれば明白であった。
十代前半にして凶悪な海賊の幹部を打ち倒し、海軍を守った英雄の偉業を讃える記事である。巨悪に挑んだ幼き英雄、影には命を捧げたもう一人の偉大な英雄がいた。という文言の配列が感動へ誘う。親友が残した正義は彼女、延いては全海兵に継承され、時代や垣根を越え永久に輝き続けると文末が締め括られていた。
今日この朝は世界中の感心が白黒写真に、文に唆られている。目前に迫る正午になれば、新聞に差し向けられた感心が熱を持ってシビラに移わせ、好き勝手に持て囃し胸打つ物語として消費するのである。読み終えた新聞から視線を外し正面で煙草を燻らせるベックマンに文句を垂れた。

「こーんな出世しちまって」
「よかったな」
「いいわけねェだろ」

シャンクスは大仰な長嘆息をした。ふと目の焦点がベックマンから外れる。

「抱き締めてやりてぇ」

新聞に載るモノクロな娘に愁いを帯びた眼差しを向けぼやいた。辛酸を舐め、精神に消えぬ深手を負った娘を父親は慮る事しかできなかった。

「仲間の死が身近な海兵になるのを決めたのはシビラだ。けど辛えモンは辛えだろ。おれは敵対する海賊だが、父親として寄り添ってやりたい」

止むに止まれぬ大層な事情があったわけでもなしに子育てを放棄しておきながら何をほざくかとシビラは詰るだろうか。烏滸がましいと手を振り払うかも知れない。シビラにしたことといえば僅かな期間に愛情を注ぎ、離れた海域から健やかな成長を想うだけであった。全て独善と銘打って片付けられるものだ。
立場を危うくするだけの存在でしかない父親をシビラは邪険に扱うだけで済ませている。良い子に育ったと胸を張って自慢したい。シビラの写真に視線を固定したまま辛気臭い話を続ける。

「まぁ取り敢えず、海軍と全面戦争なんて事態にならなきゃ良いなァ」

シビラが海軍に入隊していると判明した日から、血の繋がりだけでシビラを殺す判断を海軍が下せば赤髪海賊団総員で喧嘩を売る腹積もりである。もしシビラが海兵として命を懸けて死んだのであれば、親不孝だ何だと恨み言は吐瀉するが文句を言うつもりは甚だない。

「アンタが余計なちょっかい出さなけりゃ何もないんじゃねぇか?」

尤もな意見が胸を抉った。核心を突く我が船の優秀な副船長に顰めっ面をする。

「おれは海賊だぜ?やりてぇことはやる」
「よくお嬢に邪険にされるだけで済んだな」
「邪険にしてるのはそういうフリだフリ」
「だと良いな」
「ぜってえフリだ!」

拗ねた口調で言い返すシャンクスをベックマンは鼻で笑った。シビラへの懸念が丸ごと杞憂で終われば良いが。感嘆符を荒ぶらせ拗ねた口調で言い返すシャンクスをベックマンは鼻で笑った。シビラへの懸念が杞憂で終われば良いが。不安を乗せて煙草の煙を吐く。
空中で膨張した煙は真上に昇った太陽に接近しようとする気概を見せず潮風に溶かされる。正午に突入していたことにシャンクスが気づいて、暫く細波の音と鴎の鳴く声だけになった。


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