誰の夢か



感覚がわからぬので夢を見ているという自覚がプンダリーカーにはあった。まず目に入って来たのは足首まで水に浸かった己の両足だ。生真面目に爪先を真っ直ぐ揃えて藻を踏んでいた。
地面に向いた顔をのっそり上げると象よりも巨大な三匹の出目金が自分を取り巻いて泳いでいる。ふくよかな巨体のせいで鈍臭い泳ぎになっているが、それは優雅な見栄えに仕立てるための基盤でしかない。羽衣のような白い鰭を棚引かせ、同じく白い尾っぽを面倒臭そうに振っている様に見せる、耽美を演出する為のものである。
プンダリーカーはその鈍い巨大な魚を見つめながら、この魚はこの様に巨大であったかと首を傾げ疑問に思った。そして、そもそもこの魚は自身より後に誕生した生物だと思い出した。暫くぼうっと観察しているとぐるぐる廻る出目金の隙間から、どこからとも無く現れた白い靄が人の形を成し、ぼんやり浮かび上がるのを認めた。

「お前は弓が一向に上達する気配がないが良く続けられるな。別の道を模索した方が良いのではないか」

金魚の輪の外に立つ、白く細い幽鬼の様な人影は抑揚に欠ける声でそう直言する。距離があるというのに耳元ではっきりと聞こえる声はプンダリーカーの

無言で人影を睨め付けるだけに留めた。反論しようにもこの人影より弁が立たない事は身をもって理解している。なんせこの人影は己の父である。
名をカルナと言い、太陽神の血を引く高名な武人で、武人らしく戦いに生き、戦いに死んだ。その生涯は報われないものであったと評されている。数々の功績を打ち立て国中に武名を轟かせたが、その華々しい功績とは裏腹に陰気な男であった。
伸ばすがままの乱髪から覗く顔は見る者の息を止めるほど美しいが、表情筋は固く愛想は他者から学べなかった。
口数が少ない割にひとたび口を開けば人に嫌われるような物言いしか出来ず敵を増やすばかりである。加えてそして我欲や快楽といった欲とは人間らしからぬ程に遠かった。栄華や女、名声にすら食指は動きもせず、ひたすら武芸を極めんとしていた所へ名声が勝手に随伴してきた。敢えて挙げる、主君に使える事と武芸を極める事だけであるように見えた。

実の所プンダリーカーは己の実父、カルナの事がよく分からないでいた。先程の様に鋭い舌鋒で此方を切り裂いたかと思えば、自分で食べようとした果実を丸ごと強請った兄に渡すのである。そういった顕在する二面性がプンダリーカーを戸惑わせた。
実際、先の言葉は幼少期に言われたものである。これ以降、プンダリーカーがカルナの前で弓を射る事はなくなった。父や兄弟達からすればプンダリーカーの弓術なぞお遊びであったが幼児なりに真剣であった。それを
いずれ父や兄弟達の様な立派な戦士になるのだと、まだ世間に対して無知でも許されていた頃はそう思っていた。しかしプンダリーカーが産まれた時代では武芸は男の領域である。そもそも女が武器を手に戦うという発想に誰も至らぬ時代であった。
その幾年にも渡って染み付いた思想は易々と拭えるものではない。結局やめてはしまったが、武芸を続けられたのは一重にカルナのおかげだった。実子とは言え女であるプンダリーカーに武芸の指南を請われれば応えるその姿勢は、時代の価値観にそぐわぬ上、後世に置いてもカルナの在り方は異様である。

「もし今対話をする気があるのであれば、恨み言を話すがいい」

聞き慣れていた筈のどこまでも平坦な声色に口を固く結び沈黙を貫き続ける。数秒置いた後、再び耳元で声が響き始めた。

「その酷く目も当てられぬ有様。自分の身では到底耐えられんとわかっていただろう。贖罪のため、身の丈に合わぬ生き方を選び永遠に己を苦しめる道を選んだ…プンダリーカー、お前はオレのようにはなれんぞ」

核心を突いた物言いはプンダリーカーの腸を煮えくり返えらせる熱にはなり得なかった。ただ、酷く疲れを発露させた。
父の側にいるのは疲労を生むばかりであった。己を取り繕えず、常に潔白に努めるよう迫られているようで疲労は蓄積され
いつからだったか嘘をつく事は無駄だと悟り止めてしまった。それが一体何年前の話であったか、プンダリーカーはもう思い起こす事はなくなる。


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「プンダリーカー!」

弾かれたように目を開ける。細眉と目縁を酷く歪めた長兄、ヴリシャセーナが此方を覗いていた。表情も声音も悲痛に溢れた長兄の名を

「医者を呼んでくる!動くんじゃないぞ!」

噛みちぎられた足が元通りになっている。早々に意識を飛ばした激痛も、
ドゥリーヨダナ宮廷医
どこにも異常は見当たらない、走り回っても大丈夫であると医者からはお墨付きを、兄弟達からは小言を与えられプンダリーカーは

「勇敢と暴勇を履き違えるな。身の程を弁えられんでもないだろう。いいか、早死にしたくなくば無茶をするな…無茶をするな」
「父上!」

その日からプンダリーカーは行きたいと思った場所へ自由自在に行き来できた。それだけでなく、思うままに姿を変え、空を水の上を歩き、壁をすり抜け、姿を消したり表したりする事が出来た
とにかく、嘘も詭弁も通用せぬ父の側にいるのは息が詰まった。
プンダリーカーはカルナの姿に変わって町を歩いた。吐瀉物塗れになった服
如何に血の繋がりがあれど理解できぬものは恐ろしい


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