「おいナマエ、シャワー浴びてこい。その間にここ片付けておくから」

 意識が落ちかけているナマエに声をかけると、牧は彼女が必死に掴んでいた布団を剥ぎ取ってしまう。一糸纏わぬ姿でベッドの中へ潜り込んでいたナマエの身体は、突然肌を撫でた空気に震えて縮こまった。

「ん゙、ん〜…眠い…」
「ほら、起きろ。前そのまま寝たら気持ち悪いって怒ってただろ」
「う…しんいち、は…?」
「俺はもう浴びてきた」
「いつ…」
「お前が気失ったあと」
「………」

 一体誰のせいで気を失ったんだと思いつつも、もはやそこまで反論する気力もない。とはいえ先ほど牧が言った通り、このまま寝てしまうと寝具にも染みができてしまい洗濯も面倒になるし、身体もベタついて翌朝が大変なことになる。
 なにより、せっかくシャワーを浴びてさっぱりした牧に、汗だく状態で共に寝てもらうのは申し訳ない。しかもここは彼のベッドなのだから。

「…じゃあ、お風呂、連れてって……」

 子供のように甘えることに若干羞恥は感じつつも、未だ残る余韻がその気持ちを後押しする。抱き上げろと腕を伸ばし牧を見上げれば、普段ならば絶対に見せないであろうナマエの様子に驚いたのか、面食らったように目を数度瞬かせたあと、「…しかたないな」と彼女を抱き上げた。
 その声と手つきがどこか嬉しそうだったことに、寝ぼけたナマエは気付いていなかった。


 牧の自宅は脱衣所の一角に小さな衣装ケースを置いており、各引き出しの一段分に各々が必要なものを入れている。そのうち牧自身は部屋着と下着を何枚か入れており、ナマエが泊まりに来た際には、そこから服を借りるのが当たり前となっていた。
 今日は黒のTシャツを拝借し、若干短めのワンピースのように着てしまう。下着は、早々に牧が取り去ったおかげかどうかは分からないがブラジャーだけは無事だったので、それを改めて着用するとして。問題はショーツだった。
 あいにくそちらはすっかり行為の影響を受けてしまい、現在元気に洗濯機で回っている。さすがに下着の替えを置いてはいなので、どうしたものか。いくらなんでも履かないというわけにもいかないし。
 うんうんと頭を悩ますナマエの目に、ふと、引き出しの中のとある物が映る。まだ袋から出されていないそ"それ"は、どうやら買ったまま仕舞い込まれていたものらしく。
 これならショーツの代わりにもでき、なおかつ借りたとしても牧が困るものではないと思い至ったナマエは迷うことなく封を切り、それに足を通した。

「紳一、服借りたよ」
「おー」

 相変わらず身体はだるいままだが、ぬるめのシャワーを浴びたことで頭はシャッキリしてくれた。先ほどよりは動けるようになったナマエは、勝手知ったる他人の家といった様子で脱衣所を出ると、そのままリビングにいる牧へ声をかけた。どうやらナマエが訪問前に買って渡しておいた手土産の一口ワッフルを準備しているようだった。

「少しは目覚めたか?」
「まあ、多少は」
「それは良かった。さっき外から声かけたとき空返事だったから、溺れるんじゃないかって心配になったぞ」
「いやあ、さすがにそれはない」
「お前、この前そう言って風呂で寝ただろ」
「あれは…紳一も一緒に入ってるし大丈夫だと思ったら、一気に眠気が来て……」
「毎回俺がいるわけじゃないだろ。危ないから気を付けろって話だ」
「はあい。分かりましたよ」
「分かったならいい。…なにか飲むだろ。なにがいい?」
「んー…麦茶」

 台所に立つ牧は冷蔵庫を開けると、ナマエ専用として棚に置かれたグラスに麦茶を注ぐ。当たり前のように牧家の食器棚に並ぶそれを見る度、ナマエは家族公認の仲となって良かったとひっそり思うのだ。

「ほら、部屋行くぞ。グラスしっかり持てよ」
「ん、ありがとう。あ、紳一のも持つよ」
「悪いな」

 からから氷が鳴るグラスを二つ受け取ると、丸盆を持った牧がナマエへ先に行くよう顎で軽く促す。言われるままナマエはリビングを出ると、そのまま牧の自室に続く階段を上っていく。
 二階に部屋は三つ。残り数段上がれば、牧の自室はすぐだそこだ。風呂上りということも相まって、急かされるように暑い廊下をやや小走りで上ると、不意に後ろから「待て、ナマエ」と声を掛けられる。

「どうしたの紳一」
「お前それ…なに着てるんだ」
「え、あの引き出しに入ってたやつだけど…なに、このTシャツ着ちゃ駄目なやつだった?」
「いや、駄目じゃないが…というかTシャツじゃなくて」
「ええ?じゃあなによ」
「だってお前…、」

 言い淀む牧に、疑問符を浮かべ続けるナマエ。このままでは埒が明かないと悟ったのか、牧はナマエを見上げると、意を決したように言った。

「トランクスだろ、それ…」

 牧が気まずそうに視線を向ける物。まるで部屋着のショートパンツのようにナマエが履いているそれは、数年前に買ったものの趣味が変わりタンスの肥やしとなっていた、グレーのトランクスで。あの時ナマエが見つけ、ショーツの代わりにと足を通した物だった。
 牧自身が履くとぴったりなサイズのそれは、当たり前だが女のナマエが履くと大きく。しかしそのおかげで一見すると部屋着にも見えてしまうため、最初は気が付かなかったのだ。
 動揺する牧とは真逆に、ようやく彼の言いたいことが理解できたナマエは「ああ、なんだこれか」と納得した顔をする。

「だって紳一、ボクサー派でしょ。これ新品だったし引き出しの隅に追いやられてたから、もう履かないのかと思って」
「………」

 まさしくその通りだっただけに、牧は何も言えなかった。試合中は常にインナーパンツを履き、練習中も似たようなものを着用するため、すっかりそちらの感覚に慣れてしまい。ストックしておいた数枚のトランクスはめっきり履かなくなっていたのだ。
 たしかに引き出しの中のものは何を着てもいいと言ったのは自分だが、まさかそれを部屋着の要領でチョイスされるとは思っておらず。予想外の方向からとんでもないパンチを喰らったような衝撃を、牧は覚えていた。
 そしてもう一つ、その格好を言及するに至った理由がある。メンズ物特有の、風通しの良さを追求するがゆえに大きく開いている隙間から階段を上る度、秘められたあの場所が、ちらちらと見えていたのだ。
 やることは何度もやっていて。なんなら先ほどそこを触っていたし、なによりそこに入れてもいた。全て見ていたし、中の感触だって事細かに思い出せる。
 それでもこうして、普段見ることはないであろう角度やシチュエーションで見てしまうと、どうにも混乱…もとい興奮してしまっている。要するに、はっきり見えすぎて目に毒ということだ。
 誰に対するでもない懺悔のような牧の暴露を、もちろんナマエが知るはずもなく。無言で固まる彼を他所に部屋へ入ると、シーツを整え綺麗になったベッドに腰掛けた。

「メンズのトランクスって、部屋着にちょうどいいんだよね。これ一枚で過ごしても短パンみたいでそんな違和感ないし、涼しいし」
「そうなのか…」
「うん。最近履いてる子けっこう多いよ。まあ一番は、締めつけられないから楽って感じだけど」
「へえ……」
「あ、もし紳一がもう履かないなら、ちょうどいいからここでの部屋着にさせてよ。これなら紳一のとこで洗濯しても平気だし」
「………」

 口振りから察するに、普段家でも履いているのだろう。付き合って二年ほど経つが、会うのは大抵牧の自宅だったため、ナマエがプライベートでどんな部屋着を着ているのかを牧はあまり知らなかった。それだけに、あっさりした彼女の様子にどうにも面食らってしまう。
 動揺を悟られぬよう丸盆をゆっくり机に置くと、「これ、デパートで見ておいしそうだったんだよね」とナマエは早速ワッフルに手を伸ばす。が、牧はその手を掴み静止する。

「なに、これ食べたいんだけど」
「ちょっとここ、座れ」
「え、なんで」
「いいから。早くしろ」

 膝の上を軽く叩きここへ来いと促す。早くお菓子を食べたかったのだろうナマエは少し納得がいかないようだったが、無言で見つめてくる牧に根負けしたのか、小さく溜め息を吐くと、手を引かれるまま彼の膝の上に腰を下ろした。
 とはいえ面と向かって座るのは、そういう雰囲気でない限りさすがに恥ずかったのか。最後の抵抗とばかりに背を向けたナマエを、牧は構わぬとばかりに抱き締める。

「…で、なにがしたいんです?紳一さん?」
「いいから。このまま座っててくれ」
「ええ…でも私お菓子食べたい」
「…ほら」
「んぐ、」

 ナマエを片手で支えながら、机の上に置いたワッフルを一つ手に取り、そのまま彼女の口へと運ぶ。やや乱暴に押し込まれたとはいえ念願の菓子を食べられたことに満足したのか、ナマエは特になにも言わず大人しく食べ始めた。
 牧はその様子を無言で見つめると、ゆっくりナマエの足へと右手を伸ばし、そのまま閉じられた膝を割り開くと、内ももを撫で上げた。
 ここまで牧の言動に特に反応していなかったナマエも、これにはさすがに肩を跳ねさせ。なにをしているんだという視線を牧へと向ける。

「っやだ、嘘でしょ紳一。ものすごくオヤジくさいよ」
「…オヤジって言うな」
「気にするところそこ?」

 一口サイズだったこともあり早々にワッフルを食べ終えたナマエは抗議の声を上げるが、牧は気にすることもなく。
 さわさわ、すりすり、むにむに。柔らかさを堪能するように、好き勝手に動き回っている。

「…たしかに、楽でいいんだろうな」
「ん?まあね……っ」

 クーラーで冷えた内ももに温かな手が触れると、そこからじんわりと熱が広がっていく。シャワーでリセットされたはずの身体が一瞬ぞくりと震えたことに、ナマエは気が付かないふりをした。
 けれどそれは、彼女を抱える牧には充分伝わっていて。もどかし気に擦り合わせた足を嗜めるように軽く爪を立てると、下着の裾から指を滑り込ませた。本来ならば下着のラインがあるはずの場所を確認するように撫で上げ、そのまま柔く、ほんのりとぬかるむ場所に触れてしまう。

「っうぁ、ちょっと」
「ん?」
「この手はなに」
「いや。大きく開いてる分、いつもより触りやすいなって」
「やだ、セクハラおやじ」

 ぺしりと牧の手を軽く叩くも、今度の抗議は否定する気はないらしく。「そうだな」と軽く笑い流すと、構わず指を動かす。
 洗い流したとはいえ、そこはつい三十分前まで牧が好き勝手触れていた場所だ。まだ消え去っていない熱が待ち侘びたようにその指先を飲み込むと、入口を擦り上げたわずかな刺激にさえ喜び身体を震わせる。

「あ、う…紳一、っ」
「…いいかもな、トランクス。指も簡単に入るし」
「っ、んぅ…」
「なにより、俺のを着てるっていうのがいい」
「う…このむっつりめ…っ」
「なんとでも」

 じわじわと下腹部に溜まっていくもどかしさから逃げるように背筋が反っていくが、腹の前に回された牧の左腕が身体を押さえつけ、それを許さない。
 くちくちと響く小さな音と、滲む視界の中でグレーのトランクスに染みが広がっていく光景に、ナマエの爪先がきゅうぅと丸くなる。

「や…せっかくお風呂入ったのに……」
「あとで入れてやるよ」
「……寝ちゃってもちゃんと世話してよ?」
「もちろんだ」

 だから早くしろ、と。続きを促す声に今度は抵抗することなく、ナマエはゆっくり足を開く。
 羞恥に震えながらも素直に言うことを聞くナマエの様子を褒めているつもりなのか。牧は彼女の頭を優しく撫でると、こめかみに小さく唇を落とした。


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