新英雄大戦、第三戦。ドイツ対イングランドの試合は、ドイツ側の勝利で終わった。けれどその勝利が華々しく、チーム内でも連戦連勝に沸いていたかと聞かれればそうではない。ただでさえ各チーム、己のエゴを貫こうと個人が様々動いているのだ。ドイツチームもその例には漏れていない。
 特にその最たる二人が、潔世一とミヒャエル・カイザーである。この二人は初対面の頃からいがみ合っており、これまでの試合でも協力するといったことは一切なかった。
 けれど今日、その形は大きく変わったらしい。といっても良い方向にではなく、カイザーが潔をストライカーとして認め、より互いを意識し蹴落とさんとばかりに闘志を燃やす方向にではあるが。
 プロジェクトの狙いとしてはそれである意味正解なのだが、チームメイトの関係性としてはだいぶ最悪なその状態は、まさに今、鋭い目つきと黒いオーラを纏い睨み合う二人が体現していて。
 一触即発のその雰囲気に、試合終了後の案内のためフィールドを訪れていたナマエは、いったいどうすればと視線をあちらこちらに彷徨わせる。いくらなんでも掴み合い取っ組み合い状態になりはしないだろうが、その二歩手前くらいまでなら彼らは余裕で行きそうな気がして。
 無力なことは分かり切っているが、せめて形だけでも止めるべきかと思案していると、睨み合っていたその二つの姿のうち一つが、不意にぐらりと傾いた。
 そしてその影は、次の瞬間には前へと倒れていき、地面へ顔を打ち付けてしまう寸前のところで止まった。いや、正しくは"止められた"のだ。睨み合っていたうちの一人──カイザーが、倒れこんだもう一人である潔世一の頭をわし掴みしたことによって。
 潔はカイザーに髪を掴まれているにもかかわらず、痛がる素振りすら見せない。脱力し、されるがまま身体を預けているようだった。

「っ潔くん!」

 その姿に、潔に何が起こったのかを理解した瞬間、ナマエの身体は動いていた。スカートを履いていることすら頭から抜け落ち、久しく力いっぱいに地面を蹴っていなかった脚を必死に動かし潔の元へ駆け寄る。
 膝が汚れることも構わず地面へ膝を突くと、あまり刺激を与えないよう肩を掴み意識を確認するが、潔からの反応はなく。その瞳は閉じられたままである。けれど呼吸は安定していることから、おそらく疲労からくる眩暈で、そのまま気絶しまったのだろう。いわゆるオーバーヒートだ。
 見たところ目立った怪我もないためそこまで大事ではないと分かり、とりあえずは一安心する。けれどさすがに自ら眠るのではなく気絶というのは、正直あまりいい傾向ではない。どちらにしろ早く医務室へ運ばなければ。
 潔の無事を知り内心ほっと息を吐きながら、ナマエは近くで見ていた雪宮へ、運ぶのを手伝ってくれないかと声をかけようと口を開いた。その瞬間──、

「おい」
「え、あ…っ!」

 それまで無言でいたカイザーが突然、潔の身体をナマエへと差し出してきた。完全に脱力した身体、ましてや鍛えてる男性の身体を一人で咄嗟に抱えられるほどの力は、当たり前だがナマエにはない。
 自身へもたれかかるように、まるで物だとでも言わんばかりに渡された潔を支えようと咄嗟に突いた膝と足首に二人分の体重が掛かり、ナマエはわずかな痛みに顔をしかめる。

「おい、こっちを見ろ」

 しかしそんなナマエに構うことなく。カイザーは二人を交互に見下ろすと、不機嫌ですといわんばかりに眉根を寄せる。
 そして何を思ったのか、戸惑うナマエの顎をその右手で掴むと、無理矢理自身と顔を合わせるように、戸惑うブルーグレーの瞳を覗き込んだのだ。

「なにす、っ」

 あまりに乱暴なその行為に、今度はナマエが眉根を寄せる番で。けれどそうさせた張本人はナマエのその表情を気に掛けることなどせず。ただ冷静に、何かを探るような目付きでこちらを見下ろしていた。

「…そいつは自己管理ができてないだけの子供だ。そんな気にするようもんじゃねえだろ」

 背筋が凍るのではないかと思うほど冷たい視線と声色に、ナマエは息を吞む。普段の、人を小馬鹿にしたような笑みばかりが印象に残っているせいだろうか。この男の怒気というものには、人を服従させてしまうほどの圧があるような気さえする。
 けれどそれに黙って怯えているほど、ナマエは冷静でも、子猫のようにか弱くもない。

「…気にするかどうかは、私が決めることです。あなたに関係ない」

 カイザーの手を煩わしそうに振り払うと、ナマエはその瞳をぐっと細め彼を睨みつける。
 温厚で柔和な普段の彼女を知る人物からすれば、この発言と態度には驚いたことだろう。それぐらいナマエの声と表情は淡々と、とても無機質なものに感じられた。
 現にそれまで近くで全てを見ていた雪宮は、彼女のその様子に、一瞬息を呑んでしまったのだから。

「…雪宮くん。悪いんだけど、潔くん運ぶの手伝ってもらってもいいかな」
「あ、ああ…もちろん…」

 逃げるようにカイザーから視線を逸らすと、ナマエは雪宮へと声をかける。未だ温度のない声に少し戸惑いつつもそれに返事をした雪宮は、潔に肩を貸すと、まるでその場から逃げるようにやや足早で医務室へと向かった。

「…失礼します」

 無言で立ち去るのはさすがに無礼だと思ったのだろう。ナマエは未だ無言でこちらを見ているカイザーへ、不本意さを滲ませながらも小さく頭を下げると、彼の返事を聞くことなくその場を後にした。
 背中へ痛いほど突き刺さる、殺意にも似た鋭い視線を感じながら。



 数時間後。試合後のクールダウンとシャワー、そして早めの夕食も終えたカイザーは、部屋着であるスウェットへと着替え、ドイツ棟の廊下を歩いていた。
 選手のほとんどはいまだ食事中か、もしくはモニタールームに籠っていて。人気のない廊下には、カイザーの足音だけが静かに響いていた。
 この後自室に戻り、タブレットでその日の試合結果を分析するのが日課なのだが、今はどうにもそんな気分にはなれなかった。
 その理由は分かりきっている。潔世一と、あの女だ。
 今日の試合が気に食わなかった理由は、潔を潰すことができなかったというのももちろんある。だがそれ以上にカイザーの胸中を占めていたのは、最後にこちらを見上げていたブルーグレーのあの瞳で。
 ──慌てると思った。苛立ちをあらわにし、敵意を剥き出しにするだろう、と。けれどその予想に反し、女は誰よりも冷静で無機質だった。
 カイザーは女と仲が良いわけではなかった。それどころかまともな会話を交わしたこともない。しいて言うならば、この施設を案内される際、その他大勢のチームメイトと共に二言三言交わした程度の関係だ。
 彼にとって、そんなただのいち職員に一つ気にかかる部分があるとすれば、自身とほとんど変わらない年齢にもかかわらず、日本のサッカーを変えようという壮大な計画に参加している、その理由ぐらいなものだ。
 ならば何故あの時手を伸ばしたのか。大きな目をさらに見開き、縺れる足で潔へと駆け寄るその姿が、一瞬でも気に食わないと感じたのは何故なのか。
 理由の分からないその感情は、冷静になろうとシャワーを浴びた後でも相変わらずくすぶったままで。
 得体のしれない感情が小さなしこりとなって存在を主張していることに苛立ちを隠せないカイザーが、静かな廊下に響くほど盛大な舌打ちをした。その瞬間──、

「…カイザーさん」

 伺うような、それでいて何かを迷っているような小さな声が、彼の名を呼んだ。響いたその声が普段囲まれている声色たちよりも数段高かったことから、それが女のものだということは無意識にでも理解できた。
 いくら苛立っていたとはいえ近付いてきた気配に気付けないとは。そこでもまたわずかな苛立ちを感じ、カイザーは、「あ?」とやや怒気を含ませながら振り向く。

「…お前か。何の用だ」

 自身の名前を呼んだ人物を認識した瞬間、カイザーは眉間のしわをより一層深くさせた。
 不機嫌の元凶であるお前が何故ここにいるんだとばかりの態度に、彼を呼んだ人物──ミョウジナマエは若干の苛立ちを感じつつも、今はそんなことをしている場合ではないと怒りを鎮めるため胸中ひと呼吸する。そしてゆっくり腰を曲げると、尊大な男に向け頭を下げた。

「…先ほどは、申し訳ありませんでした」

 頭を下げたことではらりと落ちた髪がナマエの顔を隠す。
 突然行われた謝罪はさすがにカイザーも予想外だったらしく。眉根はいっきにほどかれ、代わりに大きく見開かれた瞳は、はるか下にある頭を、どこか信じられないものを見るように見つめていた。
 ──カイザーのこれまでの人生において、見下ろした人間の顔付きはだいたい決まっていた。皆一様に地面へとひれ伏し、首を垂れ、怒りや憎しみ、そしてどうしようもない屈辱と絶望にまみれていた。
 人に話せば趣味が悪いと言われそうではあるが、彼の記憶に残る人の表情や態度は大半がそんなもので。こうして真摯に頭を下げ謝罪を述べる人間というものに直面したのは、これが初めだった。

「…なんだ。あれだけ強気で啖呵切ったわりには、ずいぶん素直に謝るんだな」

 鼻で笑うカイザーにナマエはわずかに肩を揺らすと、ゆっくりと顔を上げる。
 その顔は鼻で笑われたことに対する怒りでも苛立ちでもない。カイザーに盾突いたあの時とは少し違った冷静さ抱いた、真剣な面持ちだった。

「いえ。正直なところ、私の考えは間違ってないと思っているので、その点についての謝罪をする気は一切ありません」
「…あ?じゃあ何を謝りに来たんだ」
「私が、あの時あなたに取ってしまった態度についてです」

 あれほど歪んでいたブルーグレーの瞳が、今度は真っ直ぐにこちらを見つめている。その視線の強さに、カイザーはわずかに圧倒されたような、あの感覚を思い出した。
 こういう、強気とはまた意味合いの異なる、意志の強い人間というのは、どうにも苦手だった。

「私は、このブルーロック計画へ参加してほしいと、あなたを招待をした側の人間です。本来なら最大限支援しなければならない立場にもかかわらず、冷静さを欠いていたとはいえ失礼なことをしてしまいました。その点については、いち職員としてきちんと謝罪しなければと思ったので。
……手を振り払ったあげく、睨みつけるようなことをしてしまい大変申し訳ありませんでした」

 あくまで、"潔を心配することの是非についてカイザーは関係ない"という点は間違っていないが、"手を振り払い睨みつけるという、仮にもここへ招待したカイザーに失礼な態度を取ってしまった"という点については謝罪すべきだと、ナマエはそう思ったのだ。
 まさかの発言と思考回路に度肝を抜かれたカイザーは、それまで小馬鹿に見下ろしていた表情を、きょとん、と効果音が付きそうなものへと変えた。

「く…はっ、ははは!」

 次の瞬間、気が付けばカイザーは大声で笑っていた。まさか青い監獄でこんなにも面白い人物に出会えるとは。しかも選手以外の、たかがいち職員である女に。
 突然大声を上げ笑い出したカイザーに、ナマエは目を見開き身構えてしまう。これまで、彼とのプライベートな接触はほとんど無かっため、この男が大声で笑うということ自体見たのは初めてで。
 いや。厳密に言えば笑っている姿は何度も見ているが、それは人を見下した笑いばかりだったため、まさかこんな風に笑うなどとは思っていなかったのだ。──この人、こんな顔で笑うことができたのか。
 どこか年相応にも見える表情に、今度はナマエが度肝を抜かれる番だった。

「面白いなあ、お前」
「は、はあ…」

 ひとしきり笑ったと思ったら、カイザーは目尻にわずかな涙を溜めながらそう言った。
 突然態度を変えた男の様子に若干の恐怖を抱きながら、この台詞本当に言う人いるんだ、とナマエは頭の片隅で思った。

「名前は?」
「…私のですか?」
「他に誰がいるんだ」
「それは、まあ、そうですけど…」

 一瞬自分以外の誰かのことを尋ねているのかとも思ったが、この流れでナマエ以外のことを聞くはずがない。確認のようなつもりで聞いた問いに、案の定カイザーは呆れた様子でナマエを見ている。
 一応、彼ら海外選手勢にこの施設を案内する際軽く自己紹介はしたのだが、案の定覚えていなかったらしい。まあその点については予想通りなので特に気にはしていないが。

「…名前は、ミョウジっていいます」
「それは苗字だろう。そっちじゃなくて、名前の方は」
「………ナマエ、です」

 苗字のみ伝えるも、どうやらそれもまた彼の意にはそぐわなかったらしい。それも薄々分かってはいたが、何故か言いようのない危機感のようなものを感じ、これで誤魔化せないかと思っていたのだが、それは叶わなかった。
 渋々下の名前も教えると、ようやく納得したらしく。カイザーは満足げな様子でナマエを見ている。それは、さきほどまでこちらを見下していたとは思えないほど柔らかく、どこかむずがゆささえ感じられた。

「ナマエ、ね…。お前、世一と良い仲なのか?」

 当たり前のように呼ばれた名前にもまたむずがゆさを感じながらも、カイザーの言う"良い仲"の意味を考える。といっても深く考えるまでもない。この場合の"良い仲"というのは、十中八九"恋人かどうか"を聞いているのだろう。直接言葉にしない辺り妙ないやらしさを感じるが、答えないとさらに変な勘繰りを入れられそうだ。
 何よりこの質問、実は適性試験以降、元チームZ以外の面々に散々されていたものなのだ。その度ナマエと潔はこう答えていた。

「潔くんはそういうのじゃありません」

 これは純然たる事実である。二人の仲は男女のそれではなく、むしろそれも超えたものであると互いに思っていた。
 けれどそれはあくまで二人の仲だけの共通認識で。周囲の人間、ましてや知り会って日も浅いカイザーからすれば、そういう勘繰りをしてしまうのは至極当然のことだろう。

「でも仲は良いんだろう?でなきゃあんな風に過剰に心配したりなんかしない」
「…彼は私に同情しなかった。だから他の人より信頼してるし、その分心配もしてしまう。それだけです」
「なるほど。つまりお前には、普通なら同情するような"何か"があった…と。そういうことか?」
「…まあ、端的に言えばそういうことですね。……言っておきますけど、親しくない相手にそこまでお話しする気はありませんよ」
「じゃあ親しくなれば話すんだな?」
「………」

 ああ言えばこう言う。先ほどまでこちらに微塵も興味を示さなかったのが信じられないほど、今のカイザーはナマエに対し興味津々といった様子で。
 いったいこれまでの流れのどこに彼をそうさせる要素があったのか全く分からず、さすがのナマエでも混乱する一方である。

「…それは、単なる好奇心ですか?それとも潔くんへの対抗心?」
「さあな。俺にも分からん」 

 分からないというわりにそこが自信満々なのは、彼の元の性格が故なのだろう。とはいえ好奇心にしろ対抗心にしろ、どちらにしたってナマエにとっては迷惑極まりない。そんなあやふやな理由で人の過去を掘り下げようとしないでほしい。
 ナマエの表情がぐにゃりと歪む。それまでなんとか隠そうとしていた不快感が、ついに顔に出てしまったようだった。
 そんなナマエの様子に気付きながらも、まだ話したいことがあるらしく。カイザーは「ただ…、」と続ける。

「その態度と話を聞いて、お前のことを知りたいと思った。それだけだ」

 ミヒャエル・カイザー。皇帝。──まさしくその名に相応しいほどの暴君っぷりだ。あっさりと言ってのけるその姿に、ナマエはいよいよ言葉を呑み込む以外何もできなくなってしまう。歪んでいた表情が一気に情けないものになるのが、ナマエ自身にも分かるほどだった。
 何より困るのは、カイザーがこちらに危害を加えようとしているわけでなく。ただお前のことが知りたいからと、恥じることなく純粋な気持ちを向けてきていることだ。これでは、拒絶するのも何故か罪悪感を感じてしまう。

「…じゃあ、話す気になったらお話ししますよ」

 けれど、だからといって自らの過去をおいそれと話せない。曖昧な返事ではなくはっきりとそう伝える。この言葉はつまり、"ナマエの中では、今のお前は話すほどの相手ではない"と言っているも同然で。
 さすがにここまではっきりと言われてしまえばカイザーもそれ以上食い下がることはできないのか、それともまだそこまでの興味が彼女に対して無いのか。ナマエには分からないが、どちらにせよカイザーは「そうか」と、最初からそう言われることが分かっていたかのようだった。

「やっぱり面白いなぁ、ナマエは」
「…どうも。ありがとうございます」

 もはや当たり前のように放たれるその台詞の対応をどうするべきなのか。おそらくは無視すべきなのだろうが、さすがにそんなことができるほどの仲ではないので、当たり障りのない返答をする。
 
「…では、私はこれで。お疲れのところ引き留めてしまってすみませんでした」
「別に気にしなくていい。こっちも面白かった」
「はあ…そうですか……」

 もはやこの流れに疲れすら感じるようになってきたナマエは、自分から話しかけておいて失礼だとは思いつつも草々に会話を切り上げ、軽く会釈し来た道を戻ろうと踵を返す。
 けれど一瞬、脳内に浮かんだ言葉に足を止めると、くるりと向きを変え再びカイザーと向き合った。

「どうした?」

 難しい顔で振り向いたナマエに、カイザーが問いかける。少し迷ったような素振りを見せた後、ナマエは小さく一呼吸置き、浮かんだその言葉を告げた。

「…今日の試合、お疲れ様でした。次も頑張って下さい」

 警戒を解かず、始終渋い顔をしていたナマエだったが、この時ばかりはその表情を変え。ふわりと効果音でも付きそうなほど柔らかな笑みでそう言った。これは経緯がどうであれ、元選手として、そして今は、一流プレイヤーであるカイザーを尊敬する者としての、心からの言葉だった。

「…じゃあ、私はこれで」

 わずかに感じた気恥ずかしさを隠すように、ナマエはカイザーの返事を聞くことなく再び踵を返すと、足早に去っていった。
 そのとき彼女が背中に感じた視線は、たった数時間前、無理矢理合わせることとなった青い瞳と同じとは考えられないほど、ひどく優しいもののように思えた。

「………」

 廊下の先へと消えて行った小さな背中を見つめながら、カイザーはこれまでの彼女を思い出していた。
 少なくともカイザーの記憶に残るような接触をしたのは、今日が初めてといっても過言ではない。しかもその内容は、ナマエからすれば最悪と言ってもいいものだっただろう。現に自分の信念があるため頭を下げたが、考えは間違っていないとはっきり告げられたのだから。
 けれどそれとは別に、心からの尊敬は強い意志を持って伝える。そんな、確固たる信念と気持ちを持った様が、こちらを振り向かせたいというカイザーの欲求を、ひどく掻き立てた。

「ははっ…クソ気に入った」

 最後の最後で見せた、あの笑顔を思い出す。
 あれが駄目だった。なんとも古典的で、カイザー自身クソつまらないと自覚はしている。けれどあれが、彼がナマエへの意識を変える、まさしく最後の一手となったのだ。

 カイザーの中でミョウジナマエという存在がたった数時間で大幅に立ち位置を変えたことは、ナマエにとって幸か不幸か。それは誰にも分からない。
 けれど今確実に言えることは、明日からの彼女は"あのカイザーが気に入った女"という、ある意味とても恐ろしい称号が与えられるということだけだった。


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