アイネクライネ の続き


「ん…」

 不意に感じた肌寒さにナマエは目を覚ます。徐々に明確になっていく視界の中、窓から差し込む明かりに、朝を迎えたのだと気が付いた。
 小さく呻き声をあげながら隣を見れば、そこにカイザーの姿はなく。けれど遠くに聞こえる鼻歌とお湯が沸くような音から、朝ごはんの準備でもしているのだろうと、寝ぼけた頭でぼんやりと思った。
 ゆっくりと上体を起こす。昨晩はシャワーを浴びた後、雪崩れ込むようにベッドに入ったため下着とキャミソール以外身に着けておらず。寒さを感じたのはそのせいだろう。ドイツの秋は朝晩が特に冷え込むと言っていたから。
 上着でも羽織るかと思ったが、見たところ手が届く範囲に自身の上着はない。おそらくリビングに置きっぱなしか、もしくはシャワールームか。どちらにしろ取りに行かなければならないのだが、いかんせん下着姿なのだ。やることやっている、しかも結婚までする間柄とはいえ、明るい中目の前に飛び出す勇気はさすがに無い。
 しかし家主が既に起きているというのに、二度寝も如何なものか。うんうんと唸りながら、いっそ着られるものを勝手に探して借りてしまおうかとぼんやり考えながら、ナマエは昨晩の名残で重たい身体を鼓舞しベッドから這い出た。

「…ん?」

 そのときナマエはふと、ベッドサイドのテーブルに置かれているものに気が付く。それは携帯よりもやや大きいサイズのシルバーのフォトフレームで。しかもデジタルらしく、先ほどから数秒おきに写真が切り替わっている。
 カイザーがそういったものを飾るイメージがなかっただけに少し物珍しさを感じたナマエは、何気なくそれを眺めてみた。

「…え、嘘でしょ」

 最初はただぼんやりと次々流れていく写真を眺めていたのだが、十数枚目に差し掛かった辺りで、ナマエは思わず声を漏らしてしまった。
 それも仕方ないだろう。なにせそこまでに映し出された写真のほとんどが、ナマエとカイザーが二人で写っている、もしくはナマエ一人が写されているものだったのだから。
 舞い落ちる桜の花びらを取ろうと手を伸ばしているナマエの姿。これは確か、青い監獄プロジェクト終了後、日本で少し過ごしていくというカイザーと共に訪れた、都内の公園で撮ったものだ。風に舞う桜が綺麗だったことと、なにより初めてのデートというものだったから、ナマエもよく覚えている。
 逆にこれは、寒空の下だろうか。マフラーをしたナマエが空を眺めている横顔だ。いつの間に撮ったのだろう。背景が見慣れた建物なことから、これも彼がシーズンオフの、一、二月の間に日本に来ていた頃のものだろう。
 他にも、ナマエがケーキを頬張り幸せそうな笑みを浮かべている姿に、海に向かって携帯を向ける後ろ姿を撮ったもの。さらには寝顔といった、おそらく隠し撮りしたであろうものまで。
 数枚はそうして状況を理解できたものの、二十を超えた辺りから、いったいいつ撮られたのか、そして何をしているときのものなのか。もはや事細かに思い出すのは難しいほど、日常の何気ない一部分を切り取った写真ばかりで。
 それをカイザーが、こうして毎日目に付くであろう場所に置いているという事実を知ってしまうと、もはやそれに対して浮かんでくるのは羞恥よりも大きな、愛おしいという感情だけだ。
 昨日といい今日といい、ドイツという離れた土地でこの五年間、カイザーがナマエをどう想い続けていたのか。その片鱗ばかり見つけてしまっている気がして。
 まるで仕組まれたような状況の数々に何ともむず痒い気持ちになりながら、その気持ちを誤魔化すようにフレームの前にしゃがみ込むと、ナマエは流れていく写真を再び見つめ始める。
 これは変な写真があったら消さなければならないから、しかたなく見ているのだ。そんな言い訳を胸中でひっそりとしながら、しばらく写真と睨めっこしていると、不意にフレームの奥に無造作に置かれた一枚の写真に気が付く。それは長いこと放置されていたのか、表面には薄っすら埃が被っており。
 他はデジタルデータになっているというのに何故この一枚だけこんな状態なのかと手を伸ばし、何気なく裏返してみた。

「……え?」
「何やってんだ、ナマエ」

 ナマエが声を漏らすと同時に、大きめのマグカップとサンドイッチをトレイに乗せたカイザーが寝室へと入って来る。Tシャツ姿に、髪型はハーフアップ。下着は身に着けているものの部屋着のスラックスを履いていないことから、おそらくナマエが起きる少し前にシャワーを浴び、そのまま朝ごはんの準備をしていたのだろう。
 ナマエはその声に促され勢いよく立ち上がると、手元の写真とカイザーを確認するかのように何度も見比べる。恋人の突然の奇行にカイザーは訝し気な目付きになりながらも、先ほどナマエがしゃがみ込んでいた場所から、彼女が何と自身を見比べているのか気が付いたらしく。「ああ、それか」と納得した様子で呟いた。

「そこに置いてあったの忘れてたわ」

 カイザーは何事もなかったかのようにベッドの上にトレイを置くと、そのまま胡坐かき、サンドイッチを食べ始め。「昨日と今日といい、そういうのよく見つけるな。お前」と笑っている。
 いつもと変わらぬその様子に、勝手に写真を見たことを怒られる心配はないだろうと察したナマエは、先ほどから感じていた疑問を口にする。

「な、なんで、こんな、髪が…長い、ロング…?」
「おいどうした。喋り方変だぞ」
「す、すみません、ちょっと動揺してしまって…えっと、どうして、こんなロングヘアーなんですか…?」

 その写真に写っていたのは、それまで眺めていたような、ナマエが一人で写るものでも、ましてやカイザーと写るものでもない。いや正しくはカイザーは写ってはいるのだが、ナマエが動揺した理由は、その姿が彼女が知るカイザーの姿ではなかったからだった。
 ──美しいプラチナブロンドと、耳のやや上辺りから始まり、下に行くにつれ濃く美しいラピスラズリのグラデーション。そこまでは良い。問題はそこからだ。
 襟足から伸び、フィールドを走る度いつも美しく舞っているはずの二本の束はそこには無く。肩甲骨辺りまで均等に伸ばされた髪が、首元のタトゥーを覆い隠してしまうほどに長かったのだ。

「なんでって…この部分作るために伸ばしてたんだよ」

 この部分、と指し示した場所は、ある意味彼を象徴する一つでもある特徴的なその二本の束。言われてみれば、その部分だけを伸ばすのは難しいのだろう。いや、できるのかもしれないが、バランスやデザインを考えると、一度長くしてから切った方が都合がいいはずだ。
 そのためこのようなロングヘアー時代ができあがったらしく。「あの時は鬱陶しくてなぁ」と、当時を思い出しているのか、少しげんなりしているようにも見えた。

「そう、だったんですね…」
「そんなに珍しいか?」
「はい…今のカイザーさんしか知らないっていうのも、あるんでしょうけど…」

 ナマエがカイザーと出会ったのは約五年前。青い監獄プロジェクト最中だ。その時すでに今の髪型になっていたのだから、その前を知るはずもなく。そして以後もその髪型を変えてはいないのだから、ナマエが驚くのも無理はなかった。
 見慣れぬロングヘアーは、その端正な顔立ちも相まって人形のようにも見える。これは身長とか体躯とか諸々を見なければ、一瞬女性と間違われてもおかしくはないだろう。綺麗な金髪というもの自体が日本では珍しいため、余計にそう感じられた。

「…ちなみに、この写真は誰が撮ったんですか?」
「ネスだ」
「ネスさんが…」

 その名前が出た瞬間、嬉々として写真を撮っていたであろうネスの姿がナマエの脳内に浮かぶ。同時に、心の底から彼に感謝をした。データとして保存するのみでなく、まさかこうして写真として現像してくれたとは。
 ネスにどんな意図があってカイザーの写真を現像していたのかは分からないが、その点については特に気にしないでおこう。大切なのは、こうして手元に写真があり、それをナマエが見つけることができたという点だ。
 再び写真へと視線を向ける。うん、やっぱり何度見ても、美しいの言葉が似合う。青い監獄に来た時が十九歳だと言っていたから、それよりも数年前ならば、だいたい十五、六歳くらいだろうか。
 いや、髪をここまで伸ばすにはそれなりに時間が必要だから、もしかしたらもっと前かもしれない。出会った頃より幾分か幼さを感じさせる風体は、知らない誰かを見ているような気さえさせた。

「…おい、ナマエ。その恰好でいるのはいいが…いつまでそうやって見てるつもりだ?」

 どこか呆れたような、それでいて不機嫌さもわずかに滲ませたような声に呼ばれる。その声にはっとして顔を上げたナマエは、そこでようやく、再び無言でその写真を凝視してしまっていたことに気が付いた。
 サンドイッチはとうに食べ終えたらしく。胡坐をかき肘をつきながら、こちらに来いとばかりに自身の右隣を叩くカイザーが、構ってもらえず不機嫌な猫のようにも見えて。ナマエは「すみません」と小さく謝ると、小走りで駆け寄りその隣へと腰掛けた。
 座った途端、肩を引き寄せられその距離をぐっと縮められる。ようやく近付いたことに満足したのか、カイザーはどこか満足そうだ。

「すみません…昔のカイザーさんって、見たことがなかったので、つい……」
「いや、別に構わないが……」
「………」
「…そんなに欲しけりゃやろうか?その写真」
「え!いいんですか…!?」
「すげぇ喜ぶな…」

 カイザーの言葉に即座に反応する様は、これまでプレゼントしてきた高級服や靴、ディナーでさえも見せたことがないほど、全身で"嬉しいです"と表していて。
 まさかすっかり忘れていた写真如きが恋人をそんな表情をさせるとは予想しておらず。その事実にカイザーは多少の不満を抱く。たとえそれが自身に関することだとしてもだ。

「たかが写真ごときで、そんなに嬉しいもんか?」
「まあ、それは……はい…」

 少し照れたようにしながらもやはり嬉しさの方が勝るのか、ナマエは抑えきれないとばかりに笑みを浮かべる。

「当たり前ですけど、私と会う前のカイザーさんを知ることはできないので。それをこうして見たり聞いたりできるのは…やっぱりすごく嬉しいですよ」

 その言葉を理解するのに、カイザーはわずかに時間を要してしまった。そしてようやく理解したときには、心臓はまるで何かにわし掴みにされたかのような感覚を覚えるほど、ぎゅうっと締め付けられていた。いや、きっと心臓は本当に掴まれたのだろう。わずかに頬を染めながらとんでもない発言をした、目の前の恋人に。
 動揺を悟られないよう「そうか…」となんとか声を絞り出しながら、カイザーはなんとか当たり障りのない返事をする。これ以上追及したら、また何かとんでもないカウンターを喰らいそうな気がしたからだ。

「…で?」
「はい?」
「お前のは?」
「え?」
「お前の写真は無いのか?」
「ええ!?」

 まさかの言葉に、ナマエは写真を危うく握り潰しそうになる。ずっと昔の自分に向けられていた視線がようやくこちらを向いたことと、自身に翻弄される普段のような様を見れたことにカイザーは、やはりこれがしっくりくるな、とひっそり思った。

「なにそんなに驚いてんだ」
「いや…見てもつまらないと思いますよ…というか見るようなものじゃ…」
「それをお前が言うか?」
「それは…まあそうなんですけど……」

 それとこれとは話が別というか、また意味合いが違うというか。厳密には全く同じではあるのだが、その立場に自分がなると恥ずかしさで居たたまれなくなる。少なくともナマエはそういうタイプだ。
 とはいえ貰った手前断ることはさすがにできず。カイザーが望むような写真を持っているかどうか、ナマエは携帯を取り出し、写真フォルダの中を遡っていく。

「でも私、あんまり写真に写るの好きじゃなくて…いつもだいたい撮る側だったんですよね…」
「ああ…お前らしいな」
「あはは……うーんやっぱり無いので、一応母に聞いてみます」

 連絡アプリを起動しすぐさま母の元へと連絡をする。日本はちょうど十五時頃だ。出かけていなければすぐに帰ってくるだろう。案の定、『私の昔の写真ある?』というメッセージに、すぐに既読のマークが付く。併せて『あるわよ〜すぐに送るね』と楽しそうな返事が返ってきた。
 その後立て続けに送られてきた『彼氏にでも見せるの?』というメッセージと陽気なスタンプは見なかったことにしておこう。

「すぐ探してくれるそうです」
「さすがナマエの母親だな。仕事が早い」

 そうですかね、と笑いながら、用意してもらったコーヒーを口にする。少し冷めてしまってはいるが、さすがミュンヘンで有名な老舗店のコーヒーなだけあって、その酸味とコクが失われることはなく。浮かれるナマエの心を少し落ち着けてくれた。
 隣のカイザーも同じくマグカップを傾ける。けれどその中身はナマエが写真を眺めている間にほとんど無くなっていたらしく、小さく喉を鳴らす程度しか残されていなかった。

「連絡返ってくるまでコーヒー淹れ直しとくか…お前は?それ冷めてんだろ」
「あ、私は大丈夫です。ありがとうございます」
「ん。そのサンドイッチも食べておけよ」

 そう言いながら、カイザーはキッチンへと向かう。その背中をなんとなく目で追いながら再びマグカップを傾けたとき、ピロンッとメッセージの受信を告げる音が鳴った。
 返事早いな、と思いながら携帯を手に取った瞬間。すぐに二通目を知らせる音が鳴る。

「え、ちょ…」

 と思ったら、そこから間を置くことなく立て続けに鳴り始めた携帯に、ナマは慌ててその内容を確認する。どうやら一枚だけでなく何十枚と送ってきているようだった。
 連投されるそれらに、アルバム機能でも使えばいいのにと一瞬思ったが、おそらく早く送ってあげたという気持ちから連投しているのだろう。慌てると最短の手順が見えなくなるのは自身も同じため、ナマエは母の思考をよく分かっていた。
 勢いよく流れていたメッセージがようやく止まったのは、それから十秒程経った頃。やっと終わったと思いながら、変なものは送られてきていないかを確認する。昔の写真とはいったが、いったい母がいつの時期と解釈したのかは分からないからだ。

「なんかクソ連絡きてたみたいだが…どうした?」
「あはは…なんか、すごい大量に送ってきたみたいで……あ、見ます?」
「見る」

 カイザーのカップを受け取り、代わりに携帯を渡す。ざっと見たところ気になるものは送られていなかったので、そのまま差し出しても問題はないだろう。赤ん坊の頃から始まり、それこそこうしてドイツに来る直前のものまで送られてきていたのは少し気になるが。

「本当だな。すげえ数」

 楽しそうに笑いながら、カイザーは画面をスクロールさせていく。先ほどまでカイザーが涼しい顔をしていたから分らなかったが、目の前で自分の過去を見られるというのはこうも恥ずかしいものなのか、ナマエは何とも言えない気持ちになる。しかも時折じっくり画面を見つめるものだから、一体それが何の写真なのかとそわそわもしてしまう。もういっそ、「クソマヌケ顔だな」とでも笑ってくれた方がマシかもしれないとさえ思う。
 気まずさからナマエは視線を逸らし、サンドイッチを口にする。先日買っておいた有名店のパン使ったらしく、口に入れた瞬間胡麻の風味と香ばしい香りに、朝から食欲が刺激される。おいしい。さすが有名店なだけある。

「ん」
「あ、んむ…見終わりましたか」
「ああ。…口元付いてるぞ」
「んん…」

 カイザーはしばらく画面見つめたあと、ナマエの口端に付いたパンくずを取ってやりながら、彼女に携帯を返した。
 結局最後まで無言で見続けていたことに妙なむずがゆさを感じながらも、それより、大量に写真を送ってくれた母にお礼をしなければとナマエは何気なく画面に目をやる。そこで、一つの違和感に気が付いた。
 記憶の中で一番最後に連絡をしていたのは母のはずだ。あれほど大量に写真を送ってもらったのだからそれは間違いない。ならばアプリの使用上、母との会話の履歴、つまりはトークルームは一番上に来ているはずだ。
 けれど何故か今は、カイザーとのトークルームが一番上に来ているではないか。彼との連絡は、カフェで落ち合う直前、『今ついた。どこにいる?』というメッセージで終わっている。それ以降は一切無い。ならば何故、今一番最初に──。
 その時一瞬頭を過った考えに、まさかなと思いつつ。一応確認のためにそのルームをタップした。

「…あの、カイザーさん」
「どうした」
「いや、どうしたじゃなくて…まさか、写真、送りました…?」
「ああ、俺の携帯に送っておいた」
「は…はあ!?」

 表示された、カイザーとのこれまでのやり取り。本来なら会話文と数回の通話のみが表示されているはずのそこには、予想通り。今しがた母から送られてきた写真の数々が映されていた。
 無言で見ていることに妙な違和感を感じてはいたが、まさかナマエの携帯を勝手に弄り、自身の携帯へ写真を送っていたとは。しかも何十枚もあった、その全てを。

「なに勝手に送ってるんですか!消してください!」
「お前も俺の写真持っていくんだろ。あおいこだ」
「っじゃあせめて!せめて一枚だけにするとか…!」
「却下」
「ずるいですよ私は一枚なのに!」
「なんだ、もっと俺の写真が欲しいのか?」
「え、いや、う、うぅん……」

 確かに意味合い的にはそういうことになるのだろう。もう何を言っても、どつぼにはまってしまう気がする。それに何より、カイザーの写真がもっと欲しいのかと問われれば、それも決して間違いではないのだから、ますます何も言えなくなってしまう。
 言葉を呑み込んだナマエの様子に、これまでの経験から、ナマエがもう何も言い返さないと察したのだろう。カイザーは「いい写真ばかりだったな」と満足げに笑うと、ナマエの肩を引き寄せその頬に唇を寄せる。

「可愛かったぞ。特に俺のお気に入りはこの写真だな」

 カイザーが嬉々として見せてきたのは、ナマエが走りながらボールを蹴っている躍動感のある写真で。青地に白いロゴと数字が書かれたユニフォームを着ていることから、試合中に撮られたものだろうということは理解できた。
 ここでサッカーの写真を選んでくる辺りが、さらにカイザーの横暴を咎められない理由の一つなのだ。あと、これはまあ物凄く個人的なことではあるが、元プレイヤーだったナマエとしては、サッカーをしている姿がお気に入りと言われて悪い気はしないのである。悔しいから言わないけれど。

「もういいんで…せめて私に見せないでください…」
「何言ってんだ。これから一枚一枚、いつどこで撮ったものなのか説明してもらうぞ」
「ええ!?」
「知り合う前のナマエを知るには、本人から聞くことしかできないんだろ?」

 ようやく手に入れた存在。その歩んできた過去全てを知ることができずにもどかしさを感じ、そして知りたいと焦がれていたのは、なにもナマエだけではないのだ。
 そう言われてしまえば、もはや言葉は出てこない。昨日のメモといい選んだ写真といい。カイザーがナマエを心底好きだという事実だけが、今こうして突きつけられているからだ。
 喜びか、もどかしさか。なんとも言えぬ表情をするナマエを横目に、カイザーは愛おしそうに写真を見つめていた。


BACK | HOME