ラグナロクが終わり、人類が無事存続することとなった後。人類側の闘士たちはその実力が認められ、天界の一角に島を丸ごと貰い生前と似た居住を持つことが許された。
そのうちの一人、始皇帝はかつての居城である阿房宮を、そっくりそのまま島内に建てさせたらしく。人類闘士の中でもそれなりに大きな居を構え、十数人の従者と共に暮らしていた。
そしてそんな阿房宮の中には、始皇帝が特に気に入っている場所がある。王の間からも少し離れた始皇帝の私室に面した、広い中庭だ。
そこには立派な桃の木が生える小島を中央に浮かべた大きな湖があり、面した私室はその景色が堪能できるよう、壁一面が日本家屋でいうところの縁側のような造りになっていて。いつでもその美しさを堪能することができる場所だった。
そしてナマエは今、まさしくその阿房宮へと向かっていた。数日前、その理由は一切明かされぬまま「とにかくこちらに来い」と始皇帝から誘いを受けたからだ。
相変わらずの横暴さに流石のナマエも呆れたものの、暇だからと普段天界のあちらこちらへと出かけ、共にいられることがあまり無い始皇帝と、あの美しい場所でのんびりできるのであればそれはそれで良いのかもしれないと、結局は彼に甘い結論を出してしまったことは記憶に新しい。
そんな、若干浮かれ心地で阿房宮に向かったナマエであったが、待ち構えていたのは予想だにしていないことだった。
お待ちしてました、の言葉と共に出迎えた始皇帝の従女は、到着するや否や困惑するナマエを気に留めることなく、ある場所へと運び込んだ。
そこは全身を映し出してもなお余裕があるほど大きな鏡と、化粧用の道具や、いくつかの衣装が置かれた、いわゆる化粧部屋の様な場所だった。
しかし何故そんな場所へ連れてこられたのか、理由を聞くことはできなかった。その時既に、ナマエは服を剥かれ、下着姿にされていたからだった。
そしてそこからが早かった。困惑を飛び越えもはやパニックに近い状態のナマエを気にすることなく、従女たちは置かれていた化粧道具に手を掛けると、慣れた手付きで彼女に化粧を施していき。「これからお茶会ですもの。紅は少しでいいですね」の言葉を最後に、小さな唇には薄っすら桃色が引かれた。
──ようやく終わった。そう思った瞬間、「さ、次はお着換えですね!」と。数ある衣装の中からではなく、何故かそれらとは少し離れた場所に丁寧に飾られていた服を手に取り。これからが本番だとばかりに息巻く従女たちに、ナマエはいよいよ悲鳴を上げるしかできなかった。
左右に吊るされた小さな中華灯篭が照らす回廊を、ナマエは一人ゆっくりと歩いていた。
この先は始皇帝の私室でもあるため、従女らは許可なく入ることができないようで。あのドタバタの後、それまでの嵐が嘘のように彼女たちはいなくなり。ナマエは一人目的地へ向かう他なかったのだ。
「…こんなの、いったいいつ作ったんだか……」
思わずぽつりとこぼしながらナマエは立ち止まり、自身の身体を見下ろす。
──化粧を終えたナマエを待ち構えていたのは、さらに大変な着替えだった。かろうじて着けられていた下着は結局デザインを邪魔するからと剥ぎ取られ、全てをさらけ出したナマエに従女達は着々と服を着せていき。終わる頃にはナマエは肉体よりも精神的な疲労に倒れる寸前だったほどだ。
そうして着せられた服は、それはそれは見事なものだった。鏡の前に立ち自らの姿を見た瞬間、「かわいい…」とこぼしてしまうほどには。
──淡い桃色と黄色の小花が描かれた、肌触りの良い白い生地。身体のラインをなぞりドレスを縁取る濃い桃色の装飾は、腰や胸元を飾り立てるようにくるくると模様を描いていて。サイドに小さくスリットの入った短いスカートの裾まで施されている。
そして腰元は同じ色の紐で結ばれた、コルセットに見立てた薄いレース生地がスカートのごとく足先まで伸び。歩く度ふわりと揺れ、ナマエの美しい脚のシルエットを際立たせていた。いわゆる旗袍と呼ばれる中華の伝統的な民族衣装を、可愛らしく華やかに仕立て直したもののようだった。
服と同じく白い靴にも黄色の小花が咲き、足先を輝かせていて。歩く度コツコツと音を鳴らす高いヒールは、闘いでも同じものを履いていた彼女を象徴していた。
極めつけは、胸元を飾るブローチ。淡い色が目立つ中でいっとう青く、水の如き透明さを持って輝くそれは、普段は面布の下に隠されている始皇帝の瞳と同じ色だった。
流石にこれは、あからさま過ぎるのでは?──従女が仕上げとばかりに胸元に飾ったその宝石を見た瞬間、ナマエの脳内にはそんな考えが浮かんでいた。
胸元に、自身の瞳と同じ色の宝石を飾る。しかもよく見るとその中には、まるで宇宙の様に星が広がっているのだ。普段布で隠されている始皇帝の瞳と同じ色。そして同じ星を携えた宝石を身に着けるなど、言い方は悪いがあからさまなマーキングと同じだ。そしてそれは見る者が見れば分かる類のものという点も、ナマエの羞恥を倍増させていた。
涼しい顔をしながらこんなことをしてしまうのだから、あいかわらずそういった方面への羞恥はないらしい。
ナマエはせっかくの化粧が落ちぬよう気を使いながら、熱くなる頬をパタパタ仰ぎ始皇帝の待つ部屋へと急ぎ向かった。
「おお、待っていたぞ!」
美しい景色が観えるようにと外向きに置かれたソファに腰掛けていた始皇帝は、振り向きナマエの姿を見るなり、至極嬉しそうな顔でそう言った。
「…お待たせしてすみません」
「なに、構わぬ。そなたのことならいくらでも待つ」
ナマエの謝罪を軽く受け流すと、始皇帝は勢いよくソファから立ち上がり、彼女の目の前に立った。
そして上から下、また上へ。じっくりと、堪能するように視線を移動させ始める。おそらく、というよりも確実に服を見ているのだろう。
始皇帝の性格的にも、似合わなければ即座に「似合わない」と言いそうだが、言わないということは少なくとも似合ってはいると思っていいのかもしれない。ただそれならば、無言で見続けているという点がよけいに気になるところだが。
何でもいいから反応が欲しいと、ナマエが「あの、」と口を開いたとき。「…好」と小さく呟く声が聞こえた。
「思っていた通り、とても美しいな」
その言葉に、ナマエは肩からふっ、と力が抜ける感覚がした。思わず漏れた、といった風のその声音が、どうしようもないほど優しい色を含んでいたことに気が付いたからだった。
無意識のうちに緊張していた心臓はすっかり落ち着き。ナマエは普段と同じ声色で話し始める。
「…ええ、本当に。こんな素敵なドレス、なんだか私には勿体ないです」
身体を包み込む布の柔らかさに、施された桃色と黄色の小花。そしてどう動いても身体に恐ろしいほど馴染む着心地の良さに、最初から最後まで頭上に疑問符を浮かべっぱなしだったナマエでも分かる。この服は他でもない、"ナマエのためだけに作られたのだ"と。
そしてこれを作らせたのは始皇帝、嬴政だということも、自然と理解できた。そもそもナマエにこんな上等な物を作るのはこの男くらいなものだ。
こんな美しく素晴らしい物を仕立ててもらったというその事実に、嬉しさと、少しの気恥ずかしさが混ざる瞳でドレスを見つめるナマエに、始皇帝は「何を言っている」とどこか呆れたような、それでいて少し残念ささえ伺わせる様子で口を開いた。
「ドレスは勿論だが…それ以上にそなたが美しいと。朕はそういう意味で言ったのだぞ」
は、と。ナマエの喉がわずかに音を鳴らし。そして一度、二度。何か言いたげに唇が開閉するも、結局何も出てはこなかったようで。紅を気にしてか噛まれることは無かった唇は、代わりとばかりにきゅっと一文字に結ばれた。
「淡く透き通るような風合いの中にも、凛とした存在感で咲いている……その美しい花と透き通る布を見たとき、すぐにそなたが浮かんだ」
──いよいよ駄目だと思った。その言葉を聞いた途端、なんとか平静を保とうとしたナマエの顔はあっという間に崩れ。「もおおぉ…」と吐き出すような声と共に、真っ赤になっているであろう顔を隠すように、ずるずると項垂れていった。
そんなナマエの様子が予想通りだったのか。始皇帝は「好!」と楽しそうに声を上げている。
「ナマエ。もっと此方へ来て、朕にその姿をもっとよく見せてくれ」
言葉と共にすっ、と差し出された両手を、熱い頬を覆う指の隙間から伺うように見つめる。
まるで踊りにでも誘うかのようなその仕草に、羞恥からかナマエは一瞬どこか迷ったような素振りを一瞬見せたものの、すぐに意を決したように。ゆっくりと始皇帝の手に自身のそれを重ねた。
手を取った始皇帝は、再び上から下までナマエを見る。布越しでも伝わるその熱は、見つめられたナマエの心まで熱くしていった。
「…いっそ、永遠に見ていたいくらいだ」
「え、あ…」
瞳が見えずとも分かるほどうっそりとした声色でそう呟いた始皇帝は、握った手を引き寄せ、自らの腕の中へナマエを招き入れた。
繊細なドレスを気にしているのだろう。性急とも思えた行動にもかかわらず、始皇帝の触れ方は、大切に、とても大切にしていた宝物に喜びのあまり触れたものの壊さないように気を付けている。そんな風に感じられるもので。
その温かさと優しさに触れ浮かんできたのは、この目の前の王に対する、どうしようもない愛しさだった。──この人がこんなにも喜んでくれるのなら、自身の感じる羞恥など、些細事にさえ思えた。
脅えた子供のように触れる始皇帝の背にナマエもゆっくりと手を回し、ぽんぽんっと軽く叩く。
「もう…今日はお茶会をするんじゃなかったんですか?」
先程から始皇帝越しに見える机の上には、重箱の様に重ねられた赤い箱に、白い茶器。小さな蒸し器に、いくつか皿が並べられているのが見える。あれはきっと、この茶会のために用意させたものなのだろう。景色の美しいここで、二人でゆっくり過ごすために。ドレスもだが、その想いも無駄にはしたくなかったのだ。
ナマエの言葉に、始皇帝は「…そうだな」と小さく呟き。名残惜しさを感じるような素振りで身体を離した。
そしてそのままナマエの手を取り、やや性急な様子で先程まで地震が腰掛けていたソファへと向かい。深紅のベルベットに散る桃の花弁を軽く手で退かすと、そこへナマエを座らせた。
始皇帝はその右隣に腰を下ろすと、机上に置かれた漆の赤い箱を開けていく。一段、二段、三段。重箱の様に重ねられていたそれらは、開けていく度まるで宝箱のようにナマエの心を躍らせた。
──牛肉の煮込みに、南瓜や苺のタルト。兎を模した小さな団子、寿桃包に、包子、春巻、赤と白の海老焼売、杏仁豆腐…その他にも色々。
それらが全て、広げられた箱の中、いくつもの小さな白い皿にそれぞれひと口ごとに乗せられていて。近くに置かれた小さな蒸籠の中には、兎の形を模した餅のようなものまであった。
聞けば、始皇帝やナマエの生きた時代の菓子だけでなく、現代の中華菓子についても、彼の半身たる戦乙女に聞き、それを従女らに作らせたのだという。
見たこともない色とりどりの食事やお茶菓子の数々に、ナマエは感嘆の声を上げる。
「これは…兎?こっちは…凄い。飴細工が蓮の華みたいになってる」
「そなたとのせっかくの茶会だからな。色々と用意させたのだ。気に入ったか?」
「はい。もう…なんだか食べるのが勿体無いくらい」
「好!そこまで喜んでくれたのなら何よりだが…せっかくなら、いつものように頬を緩ませる姿を見せてもらいたいものだな」
「…私そんなに頬緩んでます?」
「ああ。そなたは意外と顔に出やすいぞ」
「ええ…」
そんなに分かりやすく反応していただろうかと思わず自身の頬を覆うナマエの様子に、「無問題。そんなところも愛いがな」などと笑いながら始皇帝は赤い目をした兎を摘まみ上げ、おもむろにナマエの口元へと差し出した。とにかく食べろと、そういうことらしい。
しかし、兎を受け取ろうとナマエが手を差し出すも、始皇帝は途端に「不好」と唇を尖らせてしまう。そして何かを訴えかけるように兎をナマエの唇へ、むにゅりと押し付けた。
──もしやこれは、俗に言う「あーん」というやつだろうか。押し付けられた兎によって尋ねることはできないが、おそらく、いや確実にそうだろう。なにせ"早くしろ"と言わんばかりに、兎がふにふにと何度も口付けをしているのだから。
これは素直に受け取っておかなければと早々に察したナマエは、わずかな羞恥を感じながらも小さく口を開け、自らに口付ける兎を招き入れる。
兎はひと口サイズということもあり、まるっとナマエの口内へと入り込み。一、二度噛み締めれば、餡子の柔らかな甘さが広がった。どうやらこれは小さな饅頭のようだ。
その美味しさにぱあっと顔を明るくしたナマエは、キラキラした瞳で始皇帝を見上げた。
「美味いか?」
「はい…!思ったより甘くないですし、もちもちしてて、すごくおいし、」
生前ろくなものを口にしてこなかったせいか、死後こうしてたらふく食べられることがよほど嬉しいようで。ナマエは食事のことになると饒舌になる。それがおそらく始皇帝の言う"頬を緩ませる姿"なのだろう。
直前に指摘されていたことでハッと気が付いたナマエは恥ずかしそうに口元を抑え、「美味しい…です」と小さく呟いた。
そんな分かりやすい様子に始皇帝は微笑みながら、俯いたことで隠れたナマエの顔を見るために、はらりと落ちた髪を耳へと掛けてやる。現れたそこは先程の名残なのだろう。まだわずかに赤みを帯びていた。
そのままするりと手を滑らせ、ナマエの頬を撫で上げる。普段身に着けている、爪のように鋭い指先の装飾品は今は外されているようで。指の背ですりすりと撫でられる感覚に小さく反応を示しながらも、食べ物が口に入っているせいで抵抗できないのか、ナマエはされるがままである。
「あ、あの、んむっ」
ようやく全て飲み込み、文句ではないが何か一言言おうと口を開くも、今度は苺が一粒乗ったタルトが差し出され。再び入れろとばかりに唇を叩いている。
「ほら、もっと食べるとよい」
「…あなたは…嬴政さんは、食べないんですか」
「食べるそなたを見ている方が楽しいな」
「…せっかくのお茶会なのに?」
ナマエの言葉に一瞬きょとんとしたあと、始皇帝は「ふむ」と、それもそうだとばかりに声をもらした。この様子では本当に、ナマエが食べるのを延々と見ているつもりだったらしい。
「ならばナマエ。そなたが食べさせてくれ」
やや考えた後、始皇帝は名案だとばかりにそう言い。摘まんでいたタルトをナマエへ渡すと「あーん」と口を開いた。
ぐっと近づいた距離に一瞬身じろいだものの、手渡され、なおかつ食べないのかと自分から聞いた手前断るのもどうかと思い。わずかに生まれた羞恥をなんとか誤魔化しながら、ナマエは開かれたそこへ、ゆっくりとタルトを運ぶ。始皇帝は目の前に運ばれたものに満足げに口角を上げると、赤い舌を覗かせながらがぶりと噛み付いた。
それなりに大きな苺が一つ乗っていたはずのタルトは、一瞬で口内へと飲み込まれていき。そして大きく開いた唇が同時に、何故かナマエの指先までも咥え込んだ。
「っぎゃあぁ!ちょっと何してっ、…!」
突如指先に触れたぬるりとした感触に慌てて手を引っ込めたナマエが抗議の声を上げた、その瞬間。離れた手を追うように近付いてきた始皇帝の顔が、騒ぐ唇を自身のそれで覆い塞いでいた。
突然のことに思わず固まるナマエに構うことなく。それどころか抵抗されないのをいいことに、始皇帝は彼女の腰にするりと手を回すと、小さな身体に覆い被さるように抱き寄せ。ちゅっちゅっと可愛らしい音を立てながらそこを啄んでいる。
やはり人は予想外のことには判断が鈍くなるらしい。現にナマエの身体は、抱き寄せられ、唇まで塞がれているというのに、息苦しさを感じることもなく。ただ視界の端でわずかに赤い髪が揺れるのを、呆然と見つめていることしかできなかったのだから。
「ん…口の端に付いていたぞ。まったく…そなたまで、おてんば娘になるつもりか?」
最後とばかりに口端を掠めていった赤い舌は、今度はぺろりと自身の唇を舐め上げている。その言葉と、真っ赤な舌のゆるりと淫靡な動きに、ようやく意識が戻ってきたかのように、ナマエは今さらながらにかっと頬を熱くした。
「そっ、そういうのは口で言ってもらえませんか…!?」
「对不起。ついやってしまった」
「つい、じゃないですよ!もう…!」
にっと上がる唇には、うっすらと紅が乗っている。確実にナマエから移ったものだろう。軽く乗せただけの色ではあったがやはりあれだけ触れ合えば、しっかりと色が移ってしまうらしい。
そのかすかな色が、向けられた子供のような笑顔との間にギャップを生み。ナマエに妙な生々しさを感じさせた。
「ナマエ。次はこれだ」
始皇帝はいっそう楽し気な様子で、今度は先程ナマエが食べたものと同じ小さな兎を摘まみ上げ、再び彼女の眼前へと差し出した。
しかし流石に警戒心が生まれたようで。ここに置いてくれと言わんばかりに、ナマエは無言で両の掌を向ける。そして始皇帝も、これ以上やれば機嫌を損ねる可能性があると分かっているのだろう。今度ばかりは素直にその上へと兎を乗せてやった。
「食べ終えたら庭を少し歩こう。ちょうど先日、桃の花が満開になってな」
ゆっくり茶を啜りながら、始皇帝はふと外に目をやる。つられるようにナマエも目を向けた瞬間、開け放たれたそこから舞い込んだ柔らかな風が、二人の髪をふわりと揺らした。
「…この前はまだ八分咲きくらいだったのに、もう満開になったんですね」
「是的。早くそなたに見てほしいと咲いたのだろうな」
「またそんなこと言って…」
「本当のことだ」
風に舞った花弁が膝元へゆらゆら落ちてくる様を見つめていたナマエはふいに、始皇帝の瞳が窓の外ではなく自身に向けられていることに気付き。「…どうしたんです?」と尋ねた。
そんなに見られては恥ずかしい、とは口に出さなかった。言えば、目隠しで見えないはずのあの美しい瞳に、先程までにはなかった熱がこれでもかと込められていることを、否が応でも自覚してしまいそうだったからだ。
とはいえ尋ねている時点でもう遅いのかもしれないが、それでも思わずそうせずにはいられないほど、始皇帝の視線は、ぞくりと背中を震わせる。そんなものだったのだ。
僅かに戸惑いながら投げかけられた問いに、始皇帝も含まれている意味を感じ取ったようで。「いやなに、」と言葉をためるように小さく笑った。それは言いづらいだとか、迷っている。そういった雰囲気ではなかった。
「やはり、見れば見るほど美しいのでな…脱がすのが少し、勿体無いと思っていたのだ」
「な、っ」
あまりに突然で、そして直接的な言葉に、ナマエはひくっと頬を引き攣らせる。
「なっ、なんで脱がすこと前提なんですか!」
「朕が贈ったものだからな。その後手ずから脱がせてやるのも、王たる朕の務めであろう?」
「そんなお務め聞いたことありません…っ!」
先程、"つい"のノリで指を舐めてきたこともあり、これを冗談と取っていいのかどうか。ぐるぐると思考を巡らせる、変なところで生真面目なナマエの様子に、始皇帝は妙な含みを持った笑みを再び浮かべる。
「案ずるな。少なくとも、陽も落ちた頃にするつもりだ」
言いたいことはあったはずなのに、ナマエはその言葉を全て喉の奥へを流し込んだ。もっとも、その言葉だけでなく、恥ずかしさで誤魔化したその感情も、始皇帝には文字通り"全て"、感じ取られているのだろうけれど。
頬だけでなく耳まで真っ赤に染め、「そっ、ういうのは、わざわざ言わなくていいんです…」と何とか絞り出したナマエの様子に、始皇帝は「わざと言っているからな」と楽し気に呟いた。
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