「大和さん、こんなところで寝てたら風邪ひきますよ」
「ん?んん…」
床へうつ伏せで寝る背中へ声をかけると、くぐもった声と共にもぞもぞ動きだす。
深夜十二時半。三月さんから「大和さんがめんど…大変だから助けてくれ」と連絡を受け来てみればこれだ。殺風景な部屋にまるでオブジェのように一人虚しく放置された彼に声をかけつつ、散らばった空き缶をゴミ袋に詰めていく。そんなに強いわけでもないのに、今日は相当飲んだらしい。三月さんの口ぶりからするに一人で晩酌していたようだけれど、こんなに飲むなんて。何か嫌なことでもあったのだろうか。
「寝るならベッドで寝ないと。体も痛めますよ」
「あー…今なんじ……」
「十二時半を回ったところです」
「ん、んん…?ナマエ……?」
「そうです、ナマエですよ。ほら起きて」
「ナマエ、ナマエかあ…はは、ナマエだ……」
「………………」
あの面倒見のいい三月さんがうっかり面倒といいかけた理由がわかる。ひたすら名前を連呼するばかりで動く気配は一向にない。こんな状態がずっと続いたら放置したくなるもの頷ける。もういっそ冷水を頭から浴びさせて目を覚まさせたいぐらいだ。片付けが面倒でなければ絶対にやっていた。
「何かあったんですか、こんなに飲んで」
仕方なくその場に腰を下ろす。すると大和さんは芋虫のように這いながら、私の膝にちょこんと頭を乗せてきた。珍しい。彼がここまで直球で甘える仕草をしてくるなんて。お酒の力ってやっぱり凄い。普段中々見ない姿に若干の喜びを感じつつ、つむじをなぞるように頭を撫でれば、ぴくりと反応したものの嫌がることはなかった。それどころかもっとしろとでも言うように腰に腕を回され、お腹に埋まった顔がぐりぐりと押し付けられる。可愛い。
「…お前さあ」
歪んでしまいそうだった眼鏡を取ってあげると、不機嫌ですのオーラを醸し出しながら話し始めた。埋まったまま喋るものだから、お腹の辺りが温かい。
「どうして今日、来なかったんだよ」
「…………」
「なあ…」
「…久しぶりのお休みだったんでしょう。私に気を遣わないで、ゆっくり休んで欲しかったんです」
今日大和さんがお休みだということは事前に万里さんから聞いて知っていた。けれどこの二週間ぐらい彼は休みなく働いていたということも合わせて聞いていたため、せっかくの休みを私に裂いてしまってはもったいないと、断腸の思いで寮に来いという誘いを断ったのだ。
けれどどうやら彼はそれが気に食わなかったらしい。だからこんな浴びるように酒を飲んで、私を呼ぶまで三月さんに迷惑をかけたのだろう。休ませるどころか逆に後日確実に二日酔いだろうという状態にしてしまうとは。気遣いもあまり意味がなかったのかもしれない。
「…そんなこと気にするなよ」
「…………」
「お前と会うことが、俺にとってどれだけの意味を持ってるか、知らないだろ…」
この人のこんな声を聞いたのは、あの時以来だった。
いくら私がテレビ関係の仕事に就いているとはいえ、一般人の私とアイドルである大和さんとでは、これから歩んでいく世界が違う。だから一緒になんてならない方がいい。告白をされた時そう告げたら、あの大和さんが、決して人に弱みを見せないこの人が、ひどく泣きそうな顔で「そんなこと言わないでくれ」と呟いたのだ。
その顔を見たら、それまで考えてたことなんて全部吹き飛んだ。もう二度と、この人にこんな顔をさせてはいけないと、そう思っていたのに。
「…ごめんなさい」
「わかればあ、よろしい…」
のっそり起き上がり、若干焦点の合わないぼやけた目がこちらを見る。数秒じっと見つめたと思ったら、ふにゃりと笑う。
「ん、こっち」
軽く腕を引かれ距離が縮まる。ぽすりと大和さんの肩口に顔が埋まれば、お酒の匂いに混じってほんの少し香る彼愛用の洗剤の香りに、同じように顔がゆるんだのがわかる。
「…でも、」
「?」
「こんな時間でもすぐ来てくれたのは、うれしかった……」
言うや否や、がくんと首を落とし寝息を立て始めた大和さん。このタイミングでと思ったけれど、逆にこのタイミングでよかったのかもしれない。でないとこのにやけた顔を見られてしまっていたかもしれないんだから。ああもう、すごく馬鹿みたいな発言になるけど、なんていうか、可愛すぎて死んでしまいそうだ。
きっと明日になったら何も覚えていないんだろうけれど、酔った勢いとはいえ滅多に見られないこんな姿を見れたのだし、何よりいつも「お兄さんだから」と誤魔化されてしまう彼の本音が聞けたのだから、こんなのもたまにはアリかなとさえ思えた。今度からはもう少し、素直に気持ちを言ってみようかな。
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