夢主:オンボロ寮の2年生。学園で唯一の女子生徒。ユウが来るまでは一人で監督生のような役割をしていた。魔法は普通に使える。
監督生:ユウ。夢主の後輩の男子生徒。夢主のことを姉のように慕っている。


「パーティ、ですか」
「ああ。まあパーティつっても内輪の小せえもんだが…」

 少し面倒なことになったんだよ。そう言葉を濁すレオナから『一緒にパーティに参加してほしい』とナマエが声をかけられたのは、お昼時の騒がしい大食堂でのことだった。
 ──聞いたところ、つい先日レオナの元へ父親から一本の電話がかかってきたらしい。来週の末、親戚を呼んだ小さなパーティを開くからお前も来い、と。

「珍しいですね、行こうって思うなんて。先輩パーティ嫌いじゃありませんでした?」

 こう言っては悪いが、レオナは説教を受けたからといって簡単に心を入れ替えるようなタイプではない。ましてや昔から仲がいいとは決して言えない父親に言われたとあってはなおのこと、素直に従うとは思えない。

「俺も行きたくなんざねえよ。ただ…、」
「?」
「チェカがな…」
「ああ…」

 その言葉に、目の前の男に臆さず向日葵のような笑顔を向ける小さな存在が脳裏に浮かんだ。
 これまで"行かない"の一点張りで通してきたレオナだったが、それに痺れを切らしたのは父親でも兄でもなく、ある意味レオナの弱点の一つといっても過言ではない存在の、おじさん大好きな甥っ子だったらしく。今回も参加しないと返事をしたその電話先で、その知らせを聞いた彼は雷にでも打たれたのかというぐらいの大泣きをしたらしい。
 おじたんに会いたい。ただそれだけを泣きながら繰り返す存在に、さすがのレオナも申し訳なさが僅かに生まれたのだろう。これ以上泣かせると後が面倒だと、渋々行くことを了承したのだが…話はそれだけでは終わらなかった。

「でも、なんでそこへ私が一緒に?」

 聞いている限りであれば、レオナ一人参加すればことは済みそうなものだが。まさか寂しいからという馬鹿げた理由でもあるまい。
 彼がこんな昼間に人気の多い場所へわざわざ足を運び、なおかつ直接、まるで『依頼』のような形でナマエへ話さなければならないほどのことがあるのだろう。
 ナマエの当然の疑問にレオナはまるで苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをすると、食べていた肉をフォークの先で弄ぶ。珍しい、どうやら言うのを少しだけ迷っているようだった。

「…そこで俺の"婚約者"のフリをしろ」
「……ああ、なるほど」

 まるでピースがはめられたかのごとくしっくりと、彼の言わんとしていることを瞬時に理解する。
 一応学生という立場ではあるものの、それ以前に彼は"王子"なのだ。年齢的にも20歳となれば、見合いの話が山ほどやってくるのだろう。これまでは何があろうと帰っていなかったためその話題をのらりくらりと交わしていたが、今回帰宅が決定事項な以上、この機会を逃すまいと親戚中が声をかけてくる。それを回避するために、ナマエを連れて行こうというわけだ。

「うーん…でももっと別の方を連れて行った方が…納得してもらえるんじゃないでしょうか」
「何言ってんだ。お前以外適任はいねぇだろ」

 当たり前だが、ナマエの存在は由緒正しいキングスカラー家の人々にとって『家を汚す余所者』といった思考になるだろう。だが、そういった親戚の色眼鏡こそが、ナマエを目立たせるのに最適だと、レオナは楽し気に言う。
 ──ツイステッドワンダーランドにおいて名門中の名門である、ナイトレイブンカレッジ。そこに異例中の異例として在籍する"唯一"の女子生徒。他の男子生徒を押し除け優秀な成績を収め、模範となる"監督生"も勤め上げる、これ以上ないほど優秀な人物である──。

「…誰ですかそれ」
「お前だろ」
「少しどころかめっちゃ盛ってません?そんな人、物語の中だけだと思うんですけど…」
「むしろ足りないぐらいだと俺は思うけどな……で?結局受けるのか受けねえのか、どっちだ」

 元々気の長い方ではない彼は、煮え切らないナマエの様子に少しだけ苛立っているようにも見えた。
 ──きっと断るべきなのだろう。今後の自分の想いと、絶対にこないであろう未来を目の当たりにして、絶望してしまう前に。
 それをナマエは誰よりも理解しているはずなのに、なぜか断りの言葉がいの一番に出てきてはくれなかった。

「…私でよければ、ぜひ」

 代わりに出てきたのは、自分の首を締めると知りながら、それでもこの状況に喜びを感じている心からの言葉だった。
 他人に言われたわけではない。他でもない彼自身の口から、お前がいいと言われて。一時でもそんな関係になれるのなら、なんて。それこそまるで物語じゃないか。
 薄ら寒い乙女思考に内心苦笑いを浮かべながら、ナマエはこちらを見据える翡翠の瞳をまっすぐ見つめ直した。



「はあ…もう二度と来ねぇこんな所…」
「まあまあ、そう言わず」

 結果として、パーティは成功だった。これまでその見目麗しい見た目に反し特定の相手を正式な場に連れてこなかった第二王子が、ついに番をお披露目する。そんな噂でも出回ったのだろうか。会場へ到着した途端、なにやら堅苦しい恰好をした老人達が「おめでとうございます」「どちらで知り合ったのですか」そんな言葉を口々に述べてきた。
 ともあれレオナの思惑通り、ぜひ次の縁談を…などといった話題は確かに無くなったのだが、その代わり「すぐにでも婚約すべき」「お子様はいつですか」だの、別の意味でノリ気にさせてしまったようで。
 まだ学生ですのでと口元を引きつらせながら応じる様子は、学園内では見られないであろう表情だったのでナマエとしてはとても面白かったのだが。それはまあ言わないでおいた方がいいだろう。

「私は楽しかったですよ。こんな豪華なパーティ、参加したことも無かったので」
「…物好きだなお前も」
「庶民はそんなものですよ」

 結局その後兄夫婦と、この出来事の引き金でもある元気な甥っ子にも捕まりずるずる帰宅時間が伸びた結果、もう遅いから泊まっていきなさいと二人雪崩れ込むように離れの部屋へと押し込められてしまった。
 普段過ごす寮とは違い大きすぎる部屋には、それに見合うぐらいの大きなベッドも置かれていて。電池が切れたかのようにぐったりとそこへ寝転がるレオナが脱ぎ捨てたジャケットや装飾品を拾い上げ、ハンガーに掛け直す。

「キッチンあるんですね。あ、冷蔵庫も。何か飲みますか?」
「あー…いい。それより、ちょっとこっち来い」

 ベッドヘッドに背を預けたレオナは物珍しそうに部屋を散策するナマエを呼び止め、こちらへ来いと自らの隣を叩く。さすがにベッドの上はと一瞬迷ったものの、ここに来いと明確に示された以上行かなければ逆に失礼だ。
 胸の妙なざわつきを抑えるように、高いヒールをコツコツと鳴らしながら近づく。距離を取りつつゆっくり腰掛け、どうしたんですか、と。そう口を開く前に、大きな手がナマエの頬を撫でた。

「…レオナ先輩?」
「……お前、どうして付いてこようなんて思ったんだ」

 一緒に来いと言ったのは自分だというのに。慣れない場に連れ出した挙句嘘をつかせてしまったことに多少罪悪感があるのだろうか。
 てっきり確信を突かれると思っていただけに、少し予想外なその言葉に内心胸を撫で下ろしながら、用意していた言葉を返す。

「…この前うちの子がお世話になったみたいだったので、そのお礼ですよ」

 この言葉は決して嘘では無かった。事実、後輩であるユウはアズールとの一件でレオナに助言のようなものを貰ったうえに、宿の提供までしてもらったと言っていた。ナマエが私用で一週間ほど留守にしていた間に起きていたらしいその事件の報告を受けた時は、あのレオナが、と心底驚いたものだ。
 後輩の面倒を見てもらった礼はいずれ返さねばと思っていたところに本人から直々に頼まれたとくれば、これ幸いとばかりにそれを受けるのは至極当然のことだろう。
たとえそれが本当の理由ではないとしても、言い訳としては充分過ぎるほどだ。

「…先輩、疲れてるんでしょう。私はソファお借りするので、早く寝た方が、っ」

 聞いているのかいないのか。無言でナマエを見つめるその視線から逃げるように立ち上がろうとした時、頬を撫でていた手はするりと滑り、ナマエの首の後ろへと回された。
 突然首元を撫でた感覚に驚いたナマエの身体は固まり、困惑のにじむ瞳でレオナを見つめる。

「せんぱ、っな、なに…」
「…この俺に隠し事だなんて、いい度胸だな。なあ、ナマエ?」
「っ、」

 核心を突かれたことに動揺したのか、離れようと身を引いたナマエを咎めるように、褐色の指先が動く。
 頸を撫で、顎のラインをなぞり、曝け出された喉元へ滑ると、短く切られた爪先が薄い皮膚へと僅かに埋まる。
 まるで狙われた獲物だ。このままではまずいと本能が告げていた。わかっている、そうわかっている、はずなのに。まるでその場に縫い付けられてしまったかのように、身体は言うことを聞かなかった。
 大きく開いた胸元へと辿り着いた指先は、翡翠に輝くネックレスをゆらゆらと弄ぶ。わざとらしく擽るような動きは全身を粟立たせ、慌てるナマエの様子を楽しんでいるようだった。

「か、隠し事なんて、なにも…」
「へえ、まだ言わねえか」
「…………」
「……言わねえとこのまま脱がしちまうぞ」
「え、」

 その言葉を皮切りに、レオナの手はそれまでの探るような動きが嘘のように、躊躇することなくナマエの服を脱がし始める。
 焦るナマエを余所にあっという間に背中へと回った腕はチャックを下ろし、露わになった背筋を、熱を灯すようになぞり上げた。

「あ、ま、待って!流れおかしくないですか!?」
「何もおかしくねえよ。まあ…お前が素直になれば、話は変わるだろうけどな」

 その言葉と笑みに、ナマエはレオナの言わんとしていること全てを理解する。
 そもそもとして。面倒ごとが何よりも嫌いなこの男が、甥っ子に言われたからと言って嫌いなパーティに参加をするかと言われれば、否。後の追及が鬱陶しいとはいえ一切耳をかさなければ済む話なのだ。
 それでも敢えて出席をし、なおかつ毎日顔を合わせるナマエに声をかけたということは──。

 レオナは全てわかっていたのだ。ナマエが自身に対して抱えている想いも、ここへ来た理由も、そしてその想いを告げることなく、永遠に飲み込んでしまおうとしていたことも。
 逃げられない。逃げてはいけない。いつの間にかそうなるように作られた道を引き返すことは、どうにも許してもらえそうになかった。

「せ、んぱい、」

 ナマエの声色が変わったことに気付いたのか、首元へと顔を埋めていたレオナは顔を上げると、次の言葉を促すようにナマエを見つめる。その翡翠の瞳は今度こそ逃がさないと強い意志を持っているように感じられて。
 思わず逃げそうになる身体をなんとか押さえつけ、意を決したようにレオナの胸元に身を委ねた。

「…先輩」
「ああ」
「…す、す……」
「あ?聞こえねえ」
「ぐ…す、好き、です……」
「………くっ、」
「……ちょっと、なんで笑ってるんですか。人の一世一代の告白を…!」

顔を埋めているから見えないとでも思っているのだろうか。なんとか平静を保とうとしているが、髪から覗く耳は縁まで真っ赤に染まっている。

「いや…お前普段は冷静なのに、一旦予想外のこと起きるとずいぶん慌てるよな」
「こんなこと誰も予想できませんよ…」

 こんなこと。そうナマエは言うが、レオナにとっては予定調和と言っても間違いではなく。
仮にこちらから想いを伝えたとしても、きっとナマエは『レオナは暇つぶしで自分と付き合っている』などとあらぬ方向へ考えがいってしまうだろう。
 だからこそ、他でもない彼女自身から想いを伝えさせる必要があった。そのために行きたくもないパーティにわざわざ参加をし、その相手にと彼女を選んだのだ。
 妙なところで勘の鈍いナマエはレオナがそこまで策を巡らせていたことに、この状況で気付けるはずもなく。あれよあれよという間にその腕の中へ捕らえられてしまったということだ。
 ──だから、そう。ようやく迎えられたこの瞬間を、レオナがそう簡単に見逃すはずもなく。

「じゃあ続きすんぞ」
「え!?話が違、っ」
「違くねぇよ。話は変わる、とは言ったが、止めるとはだれも言ってねえからなぁ?」

 抗議の言葉丸ごと飲み込むようにナマエの唇を塞ぐと、サバンナの夕焼けと夜の境を混ぜたようなグラデーションが美しいドレスは、他でもない、送り主である王の手によって剥ぎ取られていく。
 喉奥から漏れ出るナマエの甘い声と仕草に、ふわふわ揺れる柔らかな尾が、どこか嬉しそうにするりと細い足首へ巻きついた。



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