お気に入りのソファに深く腰を沈め、かれこれ二時間ほど前から読んでいた本は、残り数十ページといったところまできていた。物語も佳境、クライマックスというやつだ。
けれどナマエはそこで本から視線を外し、小さな溜め息と共にちらりと視線を左下、自身の太もも辺りへと向ける。休憩ではない。かといって、ここで止めたくて止めたわけでもない。
「どうした。続き、読まないのか」
床に腰を下ろし、ナマエの太ももに顎を乗せじっと見上げていたクロロが、白々しくそう言った。話す度顎が動くせいで少しくすぐったい。
「いや…あのさ、」
「ん?」
「見すぎなのよ、あんた」
ほんの少し咎めるような口調でそう言えば、クロロは「そう?」と小首をかしげる。大きな黒い瞳でじっと見上げてくるその姿は、どことなく大型犬を彷彿とさせた。
その仕草に加え、年齢の割に可愛らしい部類に入る顔立ちの良さが遺憾なく発揮されている。分かってやっているだろうから、そこについては減点ものだが。ああそれと、一切悪びれてる様子はない点も。
ナマエの言葉に、クロロは「うん」と頷きつつ、小さく笑う。
「だって、俺はもう読み終わっちゃったから」
「………」
要するに、自分は本を読み終えたから暇だし構え、と。そういうことらしい。
ナマエはまだ読んでいるだとか、邪魔しちゃいけないだとか、そういうことは一切頭に無いようで。いや、もしかしたらあるのかもしれないが、自身が暇になることと天秤にかけたとき、簡単に自分の方へと傾いてしまうくらいには、ナマエの読書はクロロにとっては些末事なのだろう。
自身が本を読んでいる時はから返事もいいところだというのに。いざ手持無沙汰になれば、それよりこちらを構えとばかりに熱視線を送る。なんて勝手な男だろうか。
ナマエは胸中深く溜め息を吐くと、読んでいた本を閉じる。クライマックスを迎え、物語も大詰めというときに止めるのはもどかしいが、見られ続けてなお平然と読書を続けられるほど、ナマエの神経は図太くはないからだ。
「………」
「もういいのか?」
それを狙っていたくせに。わざとらしい言葉に若干苛立ちながらも、最終的に構うことにしたのはナマエの判断だ。机上に本を放り投げながら、ナマエはクロロへと向き直る。
徹底的に無視をしようと思えばできなくはなかった。それでも趣味をわざわざ中断するくらいには、クロロの"構ってほしい"というその様子に、ナマエも絆されているということなのだろう。
ようやく自身の方を向いたナマエに、クロロは悪戯が成功した子供のように口角を上げると、待ってましたとばかりに立ち上りナマエの隣へと腰掛けた。
「…ちょっと、」
「ん?」
「ん?じゃないわよ…狭い」
腰掛けた、までは別にいいのだが、問題はその場所で。ソファの右端に座っていたナマエの、拳一つもないほど距離にクロロは座ったのだ。当然の如く狭い空間にナマエが再び抗議の声を上げる。けれど当人は「そうだな」と言うだけで、これもまた改める気はないらしい。もはや指摘はすべて無駄なのだろう。
それどころかクロロはその些細な距離さえも必要ないとばかりに、さらにナマエへと近付く。徐々にナマエの身体は傾いていき、ついに肘掛けに上半身を倒す形となってしまった。
「…何してんのよ」
「構ってくれるんだろ?」
それは確かにそうだけれど。あくまで暇だから話したいとかその程度だと思っていただけに、さすがにこの体勢までは許した覚えはない。この流れを許したが最後、このままソファでセックスすることになってしまうだろう。自惚れではなく、これまでの経験からナマエにはその確信があった。
お気に入りのソファで真昼間から致して、せっかくの休日をつぶす気は毛頭ない。ナマエは分かりやすく眉間にしわを寄せる。
さすがにセックスまでいくのは乗り気でないことを察したのだろう。クロロはわざとらしく「残念」と肩をすくめると、代わりに乱れたナマエの髪を退かし、額に小さく口付けた。
「これくらいはOK?」
「………」
沈黙を肯定と受け取ったクロロは、嬉しそうにナマエの顔中に唇を落としていく。額、こめかみ、頬、鼻先、目尻。時折頭を撫でながら、最後に唇を重ねようと見つめ合ったまま顔を近付けた、そのとき。不意に「あれ?」と声を上げた。
黒い瞳が、くっ、とわずかに見開かれる。その瞬間、交わっていたはずの瞳の焦点は僅かにずれ。代わりにナマエの瞳のさらに奥底を、探るように見詰めていた。
ナマエはクロロのこの瞳をよく知っている。これは、彼が何か新しい宝を見つけたときのものだ。
初めて顔を合わせたときと似た視線を向けられたことに、何ともむず痒さを感じたナマエは、誤魔化すように「…どうしたの」と尋ねる。
「いや…驚いた。ナマエ、お前って、オッドアイなんだな」
言われてナマエは、そういえばもう隠さなくなっていたのだと思い出す。忘れていたと言った方が正しいのかもしれないが。
「ああ…うん。よく分かったね」
「今気が付いた。……どうして教えてくれなかったんだ」
左が緑で、右目が青。よく見なければ分からない程度の差しかないその色合いは、情報屋という職業柄、相手の印象に残ると厄介だからと長年隠してきたものだった。
ナマエがクロロと知り合ったのは、ちょうど仕事を始めて一年ほど経った頃で。そのときにはナマエは既に自身の容姿に厄介さ覚え、前髪でなるべく目元を隠し、なおかつ外出時は常にコンタクトで瞳を黒く見せてのだ。
けれど今は自宅で。さらにいえば素性もすべて知られている旧知の仲から恋人となった相手ということもあり、隠す必要もないだろうと普段通りでいたのだ。
元々それほど差のない色味は、光の加減では同じに見えることもしばしばある。そのためクロロもこれまで気付くことができなかったのだろう。先ほど髪の間から見えたことで、ようやく認識したようだった。
どこか拗ねた様子のクロロに、ナマエは「別にわざと教えなかったわけじゃないよ」となだめるように返す。
クロロにこれまで瞳のことを話していなかったのは、言葉通りわざとではない。ただ単純に、この状況と状態に安心しきっていたから忘れていた、というのが一番近いのかもしれない。それを言えば調子に乗りそうなので、ナマエはそれをあえて黙ってはいるが。
「今知れたんだから、別にいいじゃない」
「もっと早く知りたかった」
「前だろうと今だろうと変わらないでしょ」
「変わる。こんなに綺麗なんだから、知ってれば意識して愛でる部分が増えただろ」
おや、これは引かないやつだ。面倒な気配をわずかなやり取りで早々に察したナマエは、それでもここで引いては負けだとばかりに唇をきゅっと結ぶ。
「…自分の瞳はこの色ですなんて、わざわざ言うものでもないでしょ。そもそも、これまでは隠してたの」
どちらか片方だけでも美しい色のどちらも携えた瞳が、未だ不満げな様子のクロロをじっと見上げている。
「だから何度も言うけど、あんたにだけ隠してたわけじゃないの。ただ単に、隠すのが当たり前になってて忘れてただけ」
わざわざ言うようなことではないことも、ナマエがこれまで隠してきた理由も。そしてそれが当たり前になっていて、今の今まで忘れていたことも。クロロ自身も、言われずともよく分かっている。
それでも、ナマエは様々な手を使ってようやく手に入れた存在だ。情報屋自身を手に入れるとあってナマエのことは相当に調べたし、メンバーにも一部手伝わせることさえあった。だからナマエの事なら何でも知っているし、むしろ知らないことは無いと思っていた。
だというのに。まさか瞳という、一目見ただけで記憶できるであろうことを見落としていたという事実にクロロは少しの悔しさを覚え。同時に、やっぱり何故話してくれなかったんだと、少し拗ねる気持ちも確かに生まれていた。
「…俺以外で知ってる奴はいるのか」
「…目の色?」
「ああ」
たぶん、この場合親などはカウントされていない。過去にナマエが依頼を受け、なおかつ現在生きている人物と、そんなところだろう。もっとも、ナマエに身内はおらず。生みの親が誰かすら知らないのだが。
今さらそんなこと聞いてどうするのだと思いつつ、これ以上変に刺激をしたくはないと、ナマエは言葉を慎重に選び会話を続ける。
「生きてる中で、って意味なら………、あー……うん。いない」
いない、と言いかけた直前。ナマエの脳裏に一人の男が浮かんだ。そういえば、あいつにだけは何故かバレたことがあった。
けれどその名前を出せば、目の前の男は確実に気分を悪くするだろう。だからナマエは、このまま誤魔化されてくれという希望を込めて力強く「いない」と断定する。
けれど、わずかに言い淀んだその一瞬をクロロが見逃すはずもなく。傍から見れば好青年な、けれど彼の性格を知っていればわずかに怒りを含めていると分かるような笑顔で「誰だ?それ」と続けた。
「……いや、もう死んでるって」
「嘘言うなよ」
「嘘じゃないよ…」
「………」
「………」
「…ナマエ」
ナマエは肩を落とし、「あー、もう」と諦めたように呟く。ナマエはどうにも、クロロ相手となると少し嘘が下手になってしまうらしい。情報屋としてなんとも情けない。これも惚れた弱みなのか。絶対に言わないが。
「…ヒソカよ、ヒソカ」
口にした途端、案の定クロロは露骨に顔をしかめた。懐かしいあのときのやり取りがナマエの脳内に思い出される。
おそらく、ここまでナマエが言い渋ったことで、誰かはクロロも薄々分かっていたのだろう。なにせナマエはこれまで徹底して個人主義を貫き、他者と深い関係を築いてはこず。互いに死なず数年関係を続けられているのは、クロロが調べた中でもヒソカとイルミという、共通の相手しかいなかった。そしてその二人のうちクロロ相手に言い淀む人物ということは、おのずとヒソカに絞られるということなのだから。
分かっていても、どうしてもナマエの口から聞かなければという、妙な感情でも働いたのだろう。嫌だけど聞きたい、なんて。なんとも乙女のように複雑な感情である。
「……どうしてヒソカが知ってるんだ」
「前に依頼があったときに、何故か気付かれた」
気付かれたのは、ほとんど偶然だった。
その日もナマエは確かにコンタクトをしていた。朝のルーティーンの一つだし、なによりしっかりと鏡で確認しているのだからそれは間違いない。これまでヒソカに指摘されたことはなかったし、何か色が薄かっただとか、別のコンタクトにしただとか、そういったこともない。本当に、いつも通りだった。
にもかかわらず。待ち合わせ場所に着いた途端、ヒソカはじっとナマエの顔を物珍しそうにじっと見つめ。「ナマエ、君…目の色が左右違うんだね♦」と言い放ったのだ。
何故気付いたのかナマエが問い質しても、ヒソカは何も答えず。結局理由は分からぬままで。
ナマエはその後もう少し色の濃いコンタクトを使用するようになり。これまで以上に印象に残らぬよう、なるべく無個性の人間として努めるようになったのだ。
元凶の名前を出した以上、誤魔化す意味はない。ナマエはあの日のことを思い出しながら、それでもさらに面倒なことにならないようにと、厄介だと感じた部分はなるべく端折りながら説明した。
ちなみに、"厄介な部分"というのは、ナマエの問い質しを躱したヒソカとの会話で。「ところで、それ。クロロは知っているのかい?♠」「…知らないわよ。誰にも気付かれてないし」「へえ…じゃあ知ってるのは僕だけなんだ♥」「………」と、ものすごく楽しそうに笑っていたのだ。
あの笑みに含まれていた意味が、こうなった今なら分かる。ナマエの秘密をクロロよりも先に知った、ということが楽しかったのだろう。そしておそらく、クロロがナマエに惚れ、知らないことはないと自負している、ということにも気付いていた。つくづく嫌な男だとナマエは思った。
「なんで気付いたのかは知らないし、教えてもらえなかった。だけどまあ…あいつも、なんとなく違って見えたとか、確認のために鎌掛けてきただけだと思う。……引っかかった私が馬鹿だったってだけ」
ただ、おそらくヒソカはこのことを覚えていないだろう。仮に頭の片隅で覚えていたとしても、「なんか色違ったな」というくらい。左右どちらが青か緑などは覚えてない。あの男にとって、ナマエの瞳などその程度のことなのだ。
それはナマエもよく分かっていた。だからそのことについて、あまり深刻に考えていなかったのだ。
「たぶん…というか絶対、あいつも覚えてないから。その程度のことだし」
「ああ…」
「………」
けれどクロロは相変わらず唇をわずかに尖らせたままで。
ナマエのことは信じている。最初に知ったのがヒソカだというのは、やはり少し納得いかない。けれど過去のことばかりはどうしようもないから、納得せざるを得ない。そんな複雑な感情たちが、少し尖った唇に凝縮されているようだった。
面倒ごとを早く終わらせたいが六割。あとは、自身のせいで悩ませてしまった恋人の不安を多少は取り除いてやりたいという、良心が四割。これじゃあどちらが年上か分からないなと思いつつ、ナマエは「あのね、」と続ける。
「知られたのは不可抗力。その点については仕方ないから、諦めて」
「………」
「……それより、ずっと隠してたものを、今こうして隠さずあんたの前に出してるんだから……拗ねるより先に、そっちの意味の方を考えなさいよ」
言いながら、徐々に湧き上がっていく羞恥心に耐え切れずナマエは顔を背けた。相変わらず押し倒されているのでほとんど意味はないが、せめて驚いたように見開かれたクロロの瞳から、少しでも逃げたかったのだ。
「ナマエ」
「………」
「なあ、ナマエ。こっち向けって」
これまでひたすらに隠してきたものを、なんの警戒心もなく曝け出している。それこそ、隠すことをうっかり忘れてしまうほどに。──そこに含まれた意味を理解できないほど、クロロは馬鹿ではない。
恋人になろうとあまり態度の変わらなかったナマエが、分かりにくくはあるものの心を許してくれていたのだという事実を知り。単純なもので、クロロの心はあっさり幸福で満たされる。
クロロはナマエの頬をやんわり撫でると、こつん、と額をくっつけ。再び視線を交わらせる。
「お前、思ったより俺に気許してくれてたんだな」
「…あんたね。ただ負けたっていう理由だけで、私があんたのものになるってだけでなく、セックスまで許すと思ってるの?」
「うん。そうだな…そうだよな」
やんわり口角を上げながら、嬉しさが抑えきれないとばかりにナマエの眦に唇を落とす。その温かさは、ようやく手に入った宝物を愛でているようだった。
「可愛いな、お前」
先ほどまでの不機嫌オーラはどこへやら。すっかり上機嫌のクロロに、まあ分かってくれたのならよかったのか…と、とりあえずの事の終結にナマエが内心安堵しつつ。気が済んだなら上から退いてくれという意味を込め、やんわりとクロロの胸を押し返す。
けれどクロロの身体は少しも動くことはなく。それどころか倒していた上体を少し起こすと、ナマエが身体を預けていた肘掛に手を突き。逃げられぬようさらに覆い被さる体勢へと変えてしまう。
「ちょ、っと…」
「言っておくけど、気は済んでないぞ」
「…なんで?」
「経緯は分かった。過去のことを色々思っても仕方ないのは確かだし、それよりもナマエがデレてくれたことが嬉しかったから…それについてはまあ、一旦置いておく。…でもやっぱり、俺より先にあいつが知ってたっていうのは、気に食わないな」
それはそれ。これはこれ。はっきり割り切るのはクロロの美点でもあったが、同時にナマエを悩ませる種でもあった。こういうことを言い出すからだ。
「だから、今日はナマエの新しいことを発見する日にする」
「なにそれぇ…」
ナマエにはもう意味がよく分からなかった。クロロが突拍子もないことを言い出すのはいつものことだが、それでもこの発言だけは、どうしても分からなかったのだ。
熟考せず、思い付いたことをそのまま口にするときのクロロは、彼の幼馴染であり幼少期行動を共にする時間が他メンバーより少し多かったというパクノダの話によると、大抵、"絶対にそうする"という固い意志を持っている、厄介な状態なのだという。
つまりここでナマエが「意味が分からないから」とツッコミを入れようとも、クロロは言葉通り、ナマエの"新しいこと"とやらを発見するために、四六時中ちょっかいを掛けるようになるのだろう。
それでもナマエの思考はもはや付いて行くことはできず。蚊の鳴くような声で「ちょ、っと意味が分からないですね…」とこぼしてしまった。発見とは何を指しているのか。そして何をされるのか。未知だからこそ余計に恐ろしいが故に出てしまった言葉だった。
「身体…のことはある程度知ってるし、どうせならもう少し夜の方がいいだろ」
戸惑うナマエを気にすることなく、それどころかさらりとセクハラ発言をする始末。もう本気でナマエの意見を聞く気はないらしい。
訝し気にクロロを見上げれば、ナマエの言わんとしていることが分かったのだろう。何故か得意げな顔で返される。
「何でも知ってるぞ。…例えばナマエ。お前、足の付け根ぎりぎりにほくろがあるの、気付いてたか?」
「言わなくていいから…」
「この前足開かせたときに見つけた。ももの内側で、しかも少し後ろの方だったから、自分じゃ見えないだろうな」
「言うなって言ってんでしょ…!」
べちんっと額のイレズミを掌で叩く。こんなもので止まるわけがないとナマエも分かっていたけれど、それでもやらずにはいられなかった。己の身体の知らない、しかも恥ずかしい場所にあるものなど、知りたくはなかった。
けれどクロロはその手首さえも掴んでしまい。「痛いだろ」と、思ってもいないことを言いながら、手首の内側をべろりと舐め上げる。
「あっ!こら!」
「…あ、というか、あれか」
「今度はなに…」
「そもそも今まで薄暗かったから、目の色にも気付けなかったんだよな。だったらこんだけ明るいときの方が、むしろ色々見付けられるんじゃないか?」
「………」
「そうか。よく考えればそうだよな」
もはや真顔になってしまったナマエをよそに、クロロは自身の言葉に「そうだそうだ」と頷きながら、おもむろにナマエの服の裾を掴み。そのまま首元まで一気に捲り上げた。黒い下着に包まれたふるりと柔らかな胸が、蛍光灯の下に曝される。
「ちょ、っ納得してからの行動が早すぎるでしょ…っ!」
「いいだろ」
さすがにこんな真昼間、しかも快晴で、外が明るいうちから。よりにもよってソファでセックスをする気はない。──そんなナマエの気持ちを汲んでくれたあの瞬間の、子供のように優しかったクロロは、いったいどこへいってしまったのか。
ソファとナマエの身体の間に手を差し込み、下着のホックを外す。支えが無くなり重力に逆らうことなくこぼれた胸に、すかさずクロロの手が添えられた。
「あ、ほらさっそく見つけたぞ。ここに小さい傷がある」
親指が左胸の下を柔く撫でる。好奇心に駆られ新しい発見を喜ぶ無邪気さとは裏腹に、動く手はいやらしく胸の感触を楽しんでいた。
「引っかき傷だな…昨日までなかったよな。痒かったのか?」
「いや…たぶん、下着を着けたときの、っんあ」
話している最中、きゅっと突起を摘ままれる。「ちょっと」と咎めるように視線を向ければ、「ごめん」と思ってもいない謝罪をされた。
「なあ、ナマエ。もっと沢山お前のことを教えて。それで、俺が知らないことなんて無くなるくらい、全部を俺にちょうだい」
少しくぐもっていて、艶を帯びるように低く。それでいて甘えた、柔らかな声。少し小首をかしげるような仕草と裏腹なその声は、ナマエの脳内にじわりと響き渡る。
電流のように小さく身体を痺れさせる音に、青と緑の宝石が、涙交じりにゆるりと蕩け。交わった黒が、楽しげに細められた。
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