※暗チ夢主


 バレンタインと一口に言っても、それは国によって様々な違いがある。子供の頃から日本とイタリア、二つの国の文化を経験してきたナマエにとってそれはとても顕著な違いであった。
 例えば、日本では女性が男性に気持ちと共にチョコレートを贈るのが主流となっている。はるか彼方ナマエの記憶の中では、学生時代の友人が想いを伝えるためにわざわざチョコレートを作っていた光景がはっきり残っているほどだ。
 しかし逆に、イタリアでは男性が女性に送るのが主流のようで。十代の頃、諸々あってこちらに移り住んだばかりの頃は、当たり前のように行われるそれに心底驚いていたのを覚えている。
 とはいえ言ってしまえばそれは、慣れていない文化に対する驚きというよくあるもので。数年経てばナマエも当たり前のようにそれを受け入れるようになっていた。
 だから、そう。これらはもう昔から続く文化。それぞれのDNAに染み付いた習慣のようなものなのだ。仕方のないことな以上、この状況は誰も悪く、ない。はず。

「………」
「………」

 しかしそんな言い訳染みた御託をいくら並べようとも、この状況が変わることはなく。バレンタインには似つかわしくない不機嫌オーラを撒き散らす男と、気まずそうに視線をそらす女が二人。動く度に歪んだ音のする古びたソファに絶妙な距離感で腰掛けていた。

「…ギアッチョ、ごめんって。断る訳にもさあ、いかないじゃん」
「………」

 ナマエの言葉にも反応する事はなく。
 これは長引くなと面倒な気持ちと、しかし悪いのは八割ぐらい自分だという自覚があるだけに、ナマエも何も言えず口を閉ざしてしまう。
 こうなってしまった事の発端は、数時間前まで遡る。──昼頃、リゾットに頼まれていた用事を済ませナマエがアジトへと帰宅した時のこと。仕事のない際にはほとんど姿の見えない連中が、揃ってナマエの帰りを待っていて。珍しこともあるものだと驚くと同時にプロシュートの「今日はバレンタインだろ」という言葉と共に渡されたチョコレートで、そういえばと思い出した。
 それを皮切りに次々とメンバーから送られる沢山のお菓子を両手いっぱいに受け取りながらお礼を言う。その言葉に皆満足したのか渡すや否や終わったとばかりに足早にアジトを出て行ってしまった。
 その様子から見るにナマエに対するプレゼントは本当にただの感謝の意、もといイタリア男としてやらなければいけないからやった。目的は果たせたのでさっさと街に繰り出して女漁るぞ。そんな感じだろう。
 このプレゼントたちに男女感の愛など微塵もないことを分かっていたからこそ、ナマエも特に違和感なくこの一連の流れを当たり前のように受けてしまった。
 だから、そう。それを部屋の隅に置かれた古びたソファに座りながら、無言で見つめるギアッチョには、気づけなかったのだ。
 とはいえ、先ほども述べた通り。仲間からのプレゼント、しかも全員が用意してくれていたとなっては、断るなどナマエの良心が許さなかった。

「イタリアの男としての性というか、そういうので、渡さなきゃいけないって思ってただけよ。現に渡してアイツら速攻出て行ったし」
「………」
「…不可抗力よ、不可抗力。仕方のないことだって」

 この言葉は流石にまずいかとも思ったが、反応を示さない限りギアッチョもそれは分かっているらしかった。
 それでも相変わらず静かな部屋に、いよいよどうしようもないとばかりにナマエが下唇を噛んだ瞬間、隣から大きなため息が聞こえた。それと同時に、呆れたように呟かれる。

「情けねえ」
「え、な、なにが…」
「お前が何を欲しいのか、全く思い浮かばなかった」

 予想外の言葉に、ナマエの口からは「…え?」と間抜けな声が漏れてしまう。その反応にギアッチョは気まずそうに癖のある髪をわしゃわしゃと乱した。

「…色々考えた。でもよお、お前は何をやっても喜ぶから…結局これしか買えなかった」

 そう言うと、ギアッチョはソファの陰から一輪の薔薇を取り出した。真っ赤な花びらが美しいそれには、よく見るとうっすら氷が付いていて。窓から差し込む陽の光できらきらと輝いていた。
 つまりは。あの状況に怒っていたのもたしかではあるもが、それ以上に、一番が思い浮かばず悩んだ挙句これしか買えなかったことに情けなさを感じていただけなのだ。

「………」
「………」
「………」
「…おい、なんか言えよ」
「…ギアッチョ、私が何やっても喜ぶとか、言ってたけどさあ、」

 少し凍っている薔薇は、衝撃があればきっと簡単に折れてしまう。そんなことは分かっていた。それでも、根元に綺麗に結ばれたリボンが歪んでしまうほどには、力が込もってしまうのは、許してほしい。
 何か物を貰えるから嬉しいんじゃない。どんな物でも嬉しい訳じゃ、ない。

「ギアッチョがくれるから何でも嬉しいんでしょ…ばか……」

 自分が情けないと呆れるくせに、そういう肝心なところには気がつかないらしい。そんなところを気にするぐらいなら、この乙女心に気づけ、ばか。
 ナマエの言葉に徐々に目を丸くするギアッチョは、先ほどとは違った意味でため息を吐く。

「お前そういうところ、ほんとによお…」
「な、なによ」

 じっと鋭い視線で見つめられる。ギアッチョは目つきが悪い、ではなく目力が強いだけに、普通に見ているだけでも相手を萎縮させてしまうことが多々ある。とはいえそれに怒気が含まれていないことはナマエも分かっているので、逸らすことはしない。
 ギシッ。不意にソファが歪な音を立てた一瞬、ナマエが思わずそちらに視線を向け、戻したその時には。目の前に、薔薇と同じ赤い唇があった。
 額に柔らかな感触が触れた瞬間漏れた「っひえ…」と言う情けない声に、ギアッチョは笑みをこぼす。

「なんでもねえよ、ばあか」

くしゃりと剥がれた花びらが一枚、視界の端で落ちていくのが見えた。


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