※暗チ夢主
明日の夜は何もないだろ、空けておけよ。
疑問形でない辺りに有無を言わさぬ横暴さを感じるものの、実際にその通りなので断る理由も特になく。分かったと戸惑いを含んだ返事をした翌日、つまりは約束の日にナマエを待っていたのは、サテンの艶がなんとも美しい、ネイビーのドレスだった。
「おら、時間ねえからさっさと着ろ」
「…え、これを、私が?本気?」
「冗談に見えんのか」
あ、これは本気だ。小馬鹿にしたような笑みを浮かべるプロシュートに早々に察したナマエは、同じく笑みを浮かべるしかできない。もっとも、こちらは苦笑いの類だが。
箱に有名なブランド名が書かれたそれを震える手でなんとか持ち上げ、目の前で大きく広げる。そこでようやく気がついたのだが、よく見るとドレスはホルターネックの背中が大きく開いている。
腰はコルセットのようなデザインの布がきゅっと締めていて、その分スカートは丈が膝辺りにも関わらず綺麗なシルエットを描いていた。ホルターネックというとロングスカートを想像しがちだが、周囲と比べて背の低めなナマエに合わせた、それでいて上品さも忘れない。そんな物だった。
「………」
「………」
「………」
「…おい」
「………」
「てめえ…いつまで惚けてんだ。ひん剥かれてえのか」
「え?あ、ひ、ひん剥くって…っぎゃー!」
いつまで経っても次へと進まないナマエに焦ったくなったらしく。プロシュートは小さく舌打ちをしドレスを奪うようにベッドの上へ放り投げると、戸惑うナマエの服を躊躇なく捲り上げた。ひん剥かれたいのか、と言っている時には既でにひん剥いている。おかしい。
当たり前だが驚きで叫ぶ声に「うるせえ」と舌打ちしながらもその手は着実に進んでいき、あっさりと背後に回った手が下着のホックを外してしまう。
「ちょちょちょっ、早い!行動が早すぎる!」
「モタモタしてるお前が悪い」
慌てて身体を反転させ胸を隠すナマエを余所にドレスを引っ掴むと頭の上から被せ、壊れないように、けれど素早い手つきで背中のジッパーを上げていく。
この間約三分。ナマエがようやく状況を飲め込めた頃には、全てが終わった後だった。
「よく見ろ」
俯くナマエの顎に手を添え目の前にある姿見へと視線を向けさせれば、不安げな瞳と鏡越しに目が合う。けれどそれは一瞬で、驚きと陶酔の混じる眼差しへと変わった。
「すご、き、綺麗…」
「俺がお前のために選んだんだ。当たり前だろ」
戸惑いばかり見せていたナマエからようやく聞けた肯定的な発言に満足したのか、するりと頬を撫でながら乱れた髪を整え、鏡の中できらきらと輝く黒い瞳と視線を合わせる。
「よく似合ってる」
低く、甘さを含んだ声が耳元で囁いた。
ぞくりと震え漏れそうになる声を寸前でなんとか飲み込む。そんなナマエの様子に気が付いたプロシュートは小さくて笑みを浮かべると、髪を退かし現れた項に、わざとらしく音を立てて唇を落とした。
これには流石に反応せざるを得なくて。
柔らかな感触に大袈裟なぐらい肩を跳ねさせ、触れられたであろう場所を抑え背後の男を睨んだ。
「な、なに、なにして…っ!」
「おいおいなに焦ってんだ。処女でもあるまいし」
「ちょっと!」
真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせるナマエに悪戯が成功した子供のように小さく笑うと、ベッドに腰掛け煙草へと火をつける。吐き出した煙が消えるまで、触れた場所を押さえながら鏡の前で未だ困惑しているナマエを上から下まで見つめる。
「…なあガッティーナ。一度回って見せてくれねえか」
深く滲んだ青が吐息交じりにそう囁く。それまでの横暴さが嘘のようなその声色にぐっと息を詰まらせ、戸惑いながらもゆっくりと、少し空いた背中を気にしながらファッションショーのように回る。
好いた女を自らの手で着飾る。何とも子供くさい気恥ずかしい趣味だと思っていたが、今ならそれがよく分かる。
自らの思考に苦笑しながら、枕元に置かれた灰皿にまだ長さの残る煙草を押し付けナマエへ近付く。先程のこともあってか無意識のうちに距離を取ろうとする身体を、腰に手を添え強引に引き寄せた。
「帰ったら綺麗に脱がしてやるからよお…それまでしゃんと背筋伸ばしておけよ?」
無防備な背中を指先が、明確な意図を持ってゆっくりと上がっていく。驚きなのか、それとも別のものなのか。
甘さを含む、表現の難しい感覚に言葉通り背筋を伸ばす。けれどそれとは真逆に膝からはあっさりと、まるで自然な流れのように力が抜けてしまった。
「おいおい、落ちるのはまだ早えんじゃあねえのか?」
そしてそれを分かっていたかのように、崩れ落ちそうになる身体をプロシュートの腕が支える。からかうようなその言い方と事実その通りになってしまっている自分に、ナマエはせめてもの抵抗か、涙の滲む瞳で睨みつける。
「だっ、れのせいだと…!」
「俺のせいってか?そりゃ嬉しいお言葉だな」
しまった、こんな表情と体勢では何を言っても墓穴を掘るだけだ。言った後で今更感は拭えないが、出そうになる言葉をぐっと飲み込み犯人である男から距離を取ると、少し震えている膝を鼓舞しながら歩き出す。
分かりやすいその様子にくつくつと笑いながら後を追い、元々のコンパスの違いで早々に隣に並ぶと、プロシュートは伺うようにナマエの顔を覗き込み、低く囁く。
「悪かったよガッティーナ。機嫌を直しちゃくれねえか」
「…いちごのジェラート」
「お安い御用だ」
むすっと唇を尖がらせつつもぽつりと返された内容の可愛らしさに思わず顔を綻ばせると、応えるように小さな手を取り、ゆっくりと絡めた。
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