※青学三年生マネージャー。(この話ではあまり関係ありませんが)
U-17代表合宿にはコーチとしての勉強をさせてもらうため、大会運営側に特別枠として招待されたとかそんな感じ。(※なんでもありのパラレルです。ここ大事)
「真面目やなあ、ナマエちゃんは」
「…なにかご用ですか、種ヶ島さん」
夕食も終え就寝までの自由時間。ナマエは本日の練習試合のスコアや各選手のデータといった書類の整理を、人影もまばらになったカフェで行なっていた。翌朝も早朝からいろいろな準備があるためこうした隙間時間に少しでも仕事を片付けようとするナマエの邪魔しないようにと、むやみに話しかける者は少ない。そのためこの時間は、普段合宿所内を走り回っている彼女が唯一腰を落ち着けて仕事ができる時間でもあった。
しかし、そんな時間をあっさりと壊す人物が登場する。にこにこと人当たりの良さそうな笑みを浮かべつつ向かいの席に無遠慮に腰を下ろしたその男に、ナマエはわかりやすいぐらいに眉間にしわを寄せた。
「そんな露骨に嫌そうな顔せんといてえな。傷つくわあ」
「…………」
嫌な顔をされているとわかっていながらこうして居座り続けられるのだから、この男のメンタルの強さはそうとうなものだとナマエは妙な関心さえ覚えてしまう。
種ヶ島と呼ばれるこの男が、ナマエは少し苦手であった。飄々としてて掴めないところはもちろんだが、なにより初対面で突然の名前呼び。さらに事あるごとにちょっかいをかけてくるのには、どう対応すれば良いのかわからず困り果てていたのだ。
「…で、なにかご用ですか」
先輩とあっては邪険に扱うわけにもいかず。下手に長引かせ仕事ができない方が面倒だと、この短期間で養われた判断力でものの数秒でそう結論を出したナマエは、種ヶ島へ再びそう問いかける。しかし案の定そんなナマエの様子を微塵も気にせず、「別になーんも」とご機嫌で返した。
なにもないなら帰ってくれないだろうか。そう思いつつも言わないのが社会というものであって。そうですかと諦め半分で呟くと、ナマエは再び書類へと視線を戻す。
「……………」
「……………」
視線が痛い。普段の騒がしさからは想像できないほど静かな状況に、ナマエは妙な感覚に襲われる。放っておけば種ヶ島が勝手に一人で話し、それにナマエがなんとなく相槌を打つという図が常であったが、今回ばかりはどうしたのかと言いたくなるぐらい静かに、しかしその目は突き刺すようにナマエを見つめていた。
静かにしてくれたらと思ってはいたが、いざそうなると戸惑ってしまう。いっそなにか話してくれていた方がよっぽどマシだと思える。
「ナマエちゃん」
「は、い」
そんな心情を察したかのようなタイミングで呼ばれた名に、ナマエはわかりやすいほどの反応をしてしまう。
「ナマエちゃん」
「なんですか、」
「ナマエちゃ〜ん」
「…なんですか」
「…ナマエちゃん」
「だから、なんです、っ!?」
返事をしているのに名前を呼ばれるだけのやり取りにしびれを切らしたナマエは、いい加減にしろと勢いよく顔を上げた。
そしてナマエの視界に映ったのは、黒く長い睫毛に縁取られた灰色の瞳と、褐色の肌。ふわふわと揺れる白い、髪。
あ、これはまずい。咄嗟に身の危険を感じ勢いよく顔を横へ逸らすと、数秒も待たず柔らかなものが頬へ触れた。次いで聞こえる「ありゃ、」とどこか残念さを含んだ声に、ナマエはその声の主から距離を取るため後ずさる。
「な、にするんですか!」
「ちゃい☆」
触れたものがなにかと聞かなければわからないほど馬鹿ではない。重要なのは、なぜこんなことをしたのか、だ。
頬に触れると信じられないほど熱く、まるで風邪でも引いた時のようであった。
ナマエはその熱を冷ますように自身の頬を包み込むと、現況である目の前の男を睨みつける。
「あと少しで口に当たるところだったんですけど!?」
「当たり前やろ、それ狙ってたんやから」
「ちょっと!」
悪びれもせずよくもまあ。構わないようにと努めていたナマエであったが、こればかりは冗談では済ませられないと種ヶ島を咎める。
「もう!邪魔するならどこか行ってください!」
「お、先輩にそういうこと言うんや」
「先輩ならこんなこと言われないようにしてくださいよ…!」
「やってナマエちゃん反応がおもろいからな〜」
面白いからというだけでこんなことをされてはたまったものではない。それにもう少し、自身の顔が美男の部類に入ることを考えて欲しい。
練習後すぐに風呂に入ったのだろうか汗の匂いはせず、むしろ石鹸の香りがして。至近距離で見えたまつ毛は長く、薄い灰色の瞳を一層強調して見えた。ここまでべた褒めするのはいささか悔しさが残るが、全て脳裏に焼き付いた事実なのだから仕方がない。思い出したことにより再び熱を帯びる頬を隠すように俯く。
「…反応が面白い人なら、もっと他にいるでしょう。その人にやってください」
「ここ男しかおらんのやけど」
「男にしたらいいじゃないですか」
「冗談きついわあ」
冗談がきついのはどっちだと悪態を吐こうともきっと目の前の男には一切効かないのだろう。それが容易く想像できるからこそ、ナマエは先ほどの種ヶ島の行動がなおのこと許せなかった。
自身の唇は重ねてみたら反応が面白いだとか、その程度の価値だと思われているのか。そんな風に価値を決められていたのだという知りたくもなかった事実と軽すぎる言葉に、ナマエは心のどこかで妙なモヤがかかるのを感じる。
このままこの人といると何かとんでもない失言をしてしまいそうだ。生まれた妙なざわめきを掻き消したくて、ナマエは資料をまとめ部屋へ戻る準備をする。早く、この場からいなくなりたい。
しかしそんな願いも虚しく、それを止めるように種ヶ島の手がナマエの腕を掴んだ。驚きで動きを止めるナマエへと小さく、「でもなあ、」と呟く。
「俺、誰にでもキスするほど軽くはないで?」
その言葉を聞いて、顔を見た瞬間。ナマエは妙なモヤの正体を、否が応でも理解してしまった。
口元の笑みは消え、大きな瞳がそらすことを許さないとでも言いたげにナマエを射抜く。喉からは息が抜ける音がして、掴まれた場所から途端に熱が全身を駆け巡り、じわじわと痺れを起こしていく。
「そっ、ういうところが軽いんですよ!」
「え〜」
ああもう駄目だと、慌てて振り払った手は思っていたよりあっさりと離れていった。途端に普段のような顔つきで、先ほどの雰囲気を微塵も感じさせない素振りを見せる。
今まで感じていたものは全て勘違いだと自身に言い聞かせ、ナマエは「失礼します!」とカフェから出て行こうとする。髪を揺らし慌てるその背中に向かって、種ヶ島は言った。
「ほんなら信じてもらえるよう、もっと頑張らんとあかんなあ」
誰に対するでもなく、独り言のようにわざとらしく発せられたその言葉は、ナマエの耳にもはっきりと聞こえていて。
もつれそうになる足を必至に動かし、小走りで自室へと向かう。
信じるって、頑張るって、なにをだ。放たれた言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡って。いくら考えどれだけ必至に逃げようとも、あの男の前では全て無駄に終わる。そんな気がした。
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