『ナマエちゃん、今度の連休でこっち来てやあ。俺案内したるし、宿も俺ん家泊まれば金かからんやろ。な、そうしよ』
「…何を勝手に決めてるの君は。そもそも練習があるから無理」
『三日間ずっと?』
「…初日だけ」
『やったらええやん』
「なんっにも良くないんだけど」

 こんなやり取りをしたのが、一週間と少し前のこと。
 何故か今ナマエの目の前には、にこにこと満面の笑みを浮かべる侑の姿があった。

「あ、ナマエちゃん朝メシ食った?俺まだやから、なんか食べてもええ?」
「…いいけど」
「ほんならハンバーグでも食べよかなあ。ナマエちゃんは?」
「や、私はいらない…ていうか、そうじゃなくて」
「ん?」

 きょとん。なんて効果音が付きそうな顔でメニューを指差す侑に、不満げな顔のナマエ。早朝とはいえ連休の中日とあってかそれなりに人のいるファミレス。そのやや端の席に座る二人は一見すると恋人の様だが、纏う空気は驚くほど真逆だった。
 ──あの電話から五日後。ナマエの元には一通の手紙が届いていた。差出人の部分にはやや崩れた字で『宮侑』と書かれていて。ほぼ毎日連絡を寄越すくせにわざわざ手紙などなんなのだと疑問を感じながらも封を切れば、そこにはナマエの想像を遥かに超える代物が入っていた。

「あれいつ買ったの」
「あれ?」
「新幹線のチケット」
「ああ、この前の電話の後」
「行動早すぎでしょ…」

 『東京→新神戸』と書かれたそれについて説明をしてくれる手紙はおろか、簡易的なメモさえ無く。ただ淡々と、馴染みのない地名が妙な重みを持ってその存在を主張していた。
 見た時は当たり前だが訳が分からず。偽物か、はたまたドッキリだろうかと半ば祈りにも似た気持ちで送り主である侑に連絡を取れば『やっと届いたんや!』と嬉しそうな声で言うものだから、紛れもなく本物だと確信し「ひえぇ…」と情けない声が出てしまったのは記憶に新しい。

「ナマエちゃんのあの声。ほんまおもろかったわあ」
「おもろかったわあ、じゃないわよ」
「やってこうでもせんと、ナマエちゃんこっち来おへんやんか」

 そしてそれが本物で、侑が本気だと分かった瞬間からのナマエの行動は早かった。
 急いで荷造りをし、寮に外出届を提出。宿など取っている暇はないから、きっと侑のあの言葉は現実となってしまう。となれば一晩お邪魔する以上何か手土産も買わなければ。
 こういう時でも試合で鍛えられた冷静さは発揮され、やや慌てながらもやるべきことはしっかりとやり終え。気付けば侑の待つ神戸へとやって来てしまった。
 駅に降り立ち、人混みの中頭一つ抜きん出た金色がこちらを見つけた瞬間の顔といったら。見た瞬間少しでも来てよかったと思ってしまった自分を隠すように、ナマエは侑の行いを咎める。

「だからって、やり方が強引すぎるでしょ。もう少しこっちの都合を…」
「…嫌やった?」

 それまでの態度から一変。寂しそうな声色でぽつりと呟かれ、ナマエは言葉を飲み込む。

「ナマエちゃんも俺も練習がないなんて中々ないやん。せっかくやからどうしても会いたかってん…」

 部活がある以上バイトなんてできない。ならばチケットを用意するための金銭をどうしたかと問われれば、日々のお小遣いや家での手伝い、疲れた体を鼓舞して行い必死に貯めていたお金を叩いて購入したというのだ。
 そんな話を聞かされてしまえば、元々少しお人よしなナマエは無下にできるわけもなく。なにより、初対面の印象からプライドが高いと感じていた侑がそうまでして自身に会いたがっていたということが、ナマエの心を揺さぶるのだ。

「べ、つに…急だから困っただけで…嫌な訳じゃない、から……」
「せやんな!」
「ちょっと」
「ごめんなあ、次からはもう少し遅めの新幹線にしとくわ。朝早いと大変やんな」
「そこじゃなくて……いや、もういいや。とにかく、事前に連絡して。でないと色々慌ただしくなるから」
「はぁい♡」
「…………」

 途端に先ほどのようなにこにこ顔に戻る侑に反省の色は微塵も見えないが、このタイプは何か言って機嫌を損ねた方が後々面倒になるということは幼馴染の存在で嫌というほど理解しているので、もう何も言うまいとナマエは一切を飲み込む。

「フッフ」
「…何笑ってんの」
「今日は泊まりやからずーっと一緒におれる思ったら、嬉しくて」

 初めて声を掛けられた時のことを思い出す。試すような、品定めするようなあの時の笑顔に比べたら、今の笑顔のなんとまあ無邪気なことか。悪意の一切ない感情を向けられるからこそ、ナマエは侑に甘くならざるを得ないのだ。

「ナマエちゃん、どこか行きたいところある?」
「…急だったし、分からないから、任せる」
「ん、りょーかい」

 そもそもとして。いくらそれなりに金額のするチケットが送られてきたとはいえ、来ないという選択肢を選ぶことだってナマエはできたのだ。けれどあえてそれを選ばず、慌ただしくもわざわざ兵庫へ足を運び、あまつさえ自宅に泊まるということを了承している時点で、もうナマエの気持ちはほとんど決まっているようなものなのだ。それを勘のいい侑はとうに察している。察しているからこそ、こんな強硬に出たのだろう。
 悔しいやら情けないやら。年上だから主導権どうこうという訳ではないけれど、こうも掌の上で転がされてしまうのは如何なものなのか。

「ナマエちゃん」
「…なに」
「来てくれてありがとうなあ。会えてほんま嬉しいわ」

 けれど。心の底からそうだとでも言いたげに笑うものだから、そんな考えもどこかへ吹き飛んでしまう。
なんだかんだ考えたところで、ここに来た事実は変わりないのだ。侑の言うように、めったに会えないのだから、面と向かっていられる今ぐらいは素直になっても良いのかもしれない。
 すっかり毒気の抜かれてしまったナマエは「…そうだね」と小さく呟く。まるで確かめるように重ねられた手は、ほんの少し冷たかった。


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