今にしてみれば、まるで仕組まれたように良い流れだったと及川は思う。
紆余曲折を経て従兄妹であるナマエへの長年の想いを実らせたものの、東京と宮城という遠距離さらには互いに強豪校であるため休みは練習でほとんどない状況では、会うどころか連絡などの恋人らしいこともできず。
男子高校生にとって恋人がいるのに触れられないというのは由々しき事態ではあるもののこればかりはどうしようもないことだと、諦め半分で自身を慰める日々が続いていた。
しかし、そんな及川に転機が訪れる。
『あ、そういえば来週の三連休。そっち帰るから』
「…うん?」
色々話すと長くなるかも、と言ったナマエの話を要約すると、つまりはこういうことらしい。
複数ある体育館の全てで工事が行われるため、四日ほど練習ができない。それならば走り込みでもすればいいのだが、ここ連日練習試合が続き休みなしだったバレー部に、それならばいいタイミングだと監督が部員達に休暇を与えたのだ。
前もって伝えられていた休暇ならまだしも 普段練習漬けの部員たちに突然予定ができるはずもなく。しかし何もせずにいるのは四日は長すぎると考えた結果、ナマエが出した結論は"実家に帰る"だった。
この話を聞いた時、あまりに唐突にやってきた幸運に及川の思考は一瞬停止してしまった。
元々面倒くさがりなナマエは、長期の休みになろうとあまり帰ってくることはなく。辛うじて確実に帰ると言えるのは年末年始ぐらいなもので、必然的に会える時間は少なかったのだ。
だがしかし。約三日という短い期間、何も用事がないにも関わらず帰ってきて、しかもそのことを伝えてくれるというのは、会おうという意味が含まれているわけで。
恋人なのだからたまの休みぐらい会うのは普通なのかもしれないが、恋人とはいえ無愛想がデフォルトであったナマエがわざわざ会ってくれるというだけでも、及川にとっては狂喜乱舞することなのだ。
『金曜の夕方に学校が終わったらそのまま帰るから、8時過ぎにはそっち着くと思う』
「じゃあ次の日!夜に俺ん家泊まりにおいでよ!…お、お母ちゃんも会いたがってたし…」
食い気味に言ってから、その生々しさに妙な後悔が浮かんだ。いくら生まれた時から一緒にいるとはいえついこの間きちんと恋人同士になったのだ。そうなると、部屋に呼ぶというのはこれまでとは全く意味が違ってくる。そんな下心、言った瞬間は無かったとはいえ気付いてしまうと断られるのではという焦りが生まれてしまう。
会いたい一心で発した言葉の後に、妙に言い訳じみたことを付け足す。一応事実ではある。嘘ではない。そんな及川の葛藤に当たり前だが気づくこともなく。『夜に大きい声出さない』と窘めながらも、ナマエは笑い混じりに『分かった』と応えた。
そんな会話をしたのが、ちょうど一週間前。
そして今日、ついにナマエが自宅へとやって来たのだ。及川の部活が終わるのを待ち、手土産片手にお邪魔しますと部屋へ入るナマエは風呂に入ってきたらしく、髪からはほんのりの甘い香りが漂っていた。
平常心、平常心。何度も心の中で言い聞かせながら、試合のDVDが見たいというナマエと共にパソコンの前に座る。
「どれ見る?」
「この間の全日本」
「オッケー」
寮では録画ができないからと頼まれていたDVDをセットし、小さなパソコンの前。二人で肩を寄せながら画面を覗き込む。
「録画してくれて本当助かった。あの日他の子がなんか番組見てたから見れなくってさ」
「寮って自室にテレビ禁止なの?」
「んー、別に禁止では無いよ。ただ自分で買ったりするのがやっぱり難しいから、先輩から貰ったとか、親が買って送ってくれるとか。そういうことがない限りは基本無いのが普通かなあ」
「へえ。テレビ見られないのって不便だね」
「まあ、最初はそうだったけど今はそんなに。無いのにも慣れだよ、慣れ」
付き合う前と何ら変わりのない距離感のはずなのに、想いが通じたというだけでこんなにも気持ちが昂ぶるものなのか。
時折触れる肩はひどく華奢で、よくもまああんなスパイクが打てるものだと感心してしまう。ナマエが動く度に香る甘い香りは、意識しないようにとすればするほど意識してしまう。
思春期男子の頭の中なんてそんなものだ。ましてや、物心ついた頃から好きで好きでしかたなかった子が相手ともなれば。
「あ、徹ちょっと待って。今の所もう一度見た、」
気付けば、及川の手はナマエの言葉を遮るように、マウスを動かす小さな手を握っていた。戸惑いを含んでいるであろう瞳が振り向く前に、半ば強引に唇を重ねてしまう。
「っ、ん…」
ほんの一瞬だった。触れて離れるだけの、可愛いキス。
それでも僅かに漏れた声は、動揺を誘うには充分なもので。ぱっと俯き顔を隠すナマエの、隠しきれない手や耳の赤さに心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。
ナマエちゃん、と乾いた喉で小さく名を呼び、俯く顔を下から覗き込めば、大きな黒目が忙しなく動いて、照れていることが一目で分かる。可愛くて仕方がない。ぐっと距離を詰め噛み締められた唇に再び触れる。一瞬びくりと跳ねたものの、今度は逃げることはなかった。
「と、おる、んぅ」
「は、…っナマエちゃん、」
「う、んん…っ」
にゅるりと差し込まれた舌にも大した抵抗は見せず。自身にされるがままのナマエなど、及川にとって見るのは初めてで。
幼い頃から恋い焦がれ。またそれとは別に憧れ追い続けた対象でもあったナマエを、この時ばかりは自分の好きにできているという事実に及川は興奮を隠せなかった。
わずかな隙間さえも惜しくて。もはやどちらのものかもわからぬ唾液を必死に飲み込みながら、徐々に体制を倒していく。
性急に、けれど辛うじて残った理性が、その小さな身体を支えながら床へと押し倒した。
「っと、おる、ま、まって」
ようやく離れれば、入り込む酸素に大きくむせ返る。なんとか呼吸整えようとするナマエとは正反対に息一つ乱れていない及川は、柔らかな素材の寝間着を掴むとそのまま首元まで一気に捲り上げた。
「ま、っう、」
それまでさして抵抗を見せなかったナマエも、さすがにこの行動には身体が勝手に動いたらしく。慌てて制止の声をかけた。
けれど及川は止まることはなく、現れたナマエの下着姿に思わず喉を鳴らすと、引き寄せられるようにそこへ顔を埋めた。谷間に軽く唇を触れさせながら、及川の手は的確に背中へと回り、ホックを外そうと動く。しかし強張るナマエの身体と畳の間に挟まれているためか思うように外すことはできず。
それがもどかしかったのだろう。軽く舌打ちをすると、再び正面へと回された手はやや乱暴に下着を上へとずらしてしまった。
「あ、っ!」
ぬるり。生温かい舌が胸を這い、頂点で震える突起を咥え込む。いよいよ直接的な刺激を与えられ、ナマエの身体は本人の気持ちとは裏腹に大きく跳ね上がる。
飴玉を転がすように舌を動かせば、そんなはずはないのに酷く甘く感じて。頭上から聞こえる抑えきれぬ声が、及川をさらに興奮させていく。
「は、あ…ナマエちゃん、ナマエちゃん…っ」
「っ、とお、る、」
がり。何かを割くような、破れるような音が、熱気のこもる静かな部屋と脳内に響く。瞳に景色は写っているのに、これまでのことをほとんど覚えていない。言うなればそう、寝起きでほやけていた意識がどこからか戻ってきた。そんな感覚。
ようやくはっきりとした及川の脳内は、目の前の光景にひやりと冷えていく。
冷たい畳の上、服は首元まで捲り上げられ白い肌が晒されている。右手は声を抑えるために口元を覆い、左手は、畳に爪を立てていて。そこでようやく、先ほどの音は畳を掻く音だったのだと気がついた。
数歩で昨晩から敷きっぱなしの布団がある。自分の部屋なのだからそんなことは当たり前に分かっていた。
はずなのに。そこまで行くことに頭が回らなかった自身の余裕の無さと、なにより、突然のことに羞恥と恐怖を覚えたにも関わらず耐えて受け入れようてしてくれたナマエに対し、申し訳なさと情けなさが生まれる。どれだけ焦っていたのだろうかと。
「…徹?」
「…ごめん」
「え?っわ…!」
少し震えた声で呼ばれると、及川は小さく謝りナマエを身体を抱き上げ布団へと向かう。突然のことで抵抗をしなかったとはいえ、軽々と持ち上げられたことに驚いている間に、身体は優しく横たえられていた。
「…ごめん、ナマエちゃん。床痛かったでしょ」
「べ、つに、平気だけど…」
眉を下げる及川に、一瞬間をおいてぶっきらぼうに応える。普段のような様子に戻った及川に安心したのか、ナマエの瞳から先ほどの怯えは消えていた。
「ナマエちゃん、ばんざーい」
「…?ばんざ、っ!」
安心したからなのか、及川の言葉もどこかぼんやりとした頭には何も引っかからず。言われた通り腕を軽く上げれば、あっという間に部屋着を脱がされてしまった。
突然の行動に驚き咄嗟に隠そうと身を縮こませると、そんなナマエの様子に及川は小さく笑みをこぼし、自身も着ていたスウェットを脱ぎ捨てる。
「ね、ナマエちゃんこっち向いて」
「や、だ、無理、むり…」
「無理じゃないから。ほら、力抜いて」
肩に小さく唇を落とし、強張る身体をほぐすようにするすると手を滑らせる。背中へと回った手は下着のホックを外し柔らかな感触を楽しみながら、頑なな腕を掴んだ。
「ナマエちゃん」
試合の前のような、ピリッとした感覚。低い声が放つ雰囲気は一見すると怒って見えるが、違う。ナマエには分かっていた。根拠はないが、身内であり、最も近しい異性であり、最もまっすぐな想いを持った、恋人としての勘が告げていた。
「今までずっと我慢してたんだ…お願いだから、触らせて」
めちゃくちゃにしてしまいたいという感情を、必死に抑えている。わずかに漏れ出たその感情を表すように、身体を滑る指先には少しだけ力が込められていて。こんな感情を向けられて、恥ずかしいなどと言っていられない気がした。
ゆっくり、震える手から力が抜けるのは、実際の時間にすればほんの数秒にも満たなかったであろう。それでも、お預け状態の及川にとっては永遠の時のように感じられた。
ようやく退いた腕からもはや意味を成していない最後の砦を抜き去れば、及川の眼前に柔らかな双丘が溢れる。軽く指先を滑らせると小さく跳ねたナマエと同じように、柔らかなそれらもふるりと震えた。溢れ出た唾液を飲み込む音が、身体の中に大きく響いた。
「ごめんね…俺もう、あんまり余裕ないや」
先ほどの雰囲気はなりを潜め、いつものふにゃりとした笑顔を見せた及川にナマエの恐怖はかき消される。恥ずかしさを飲み込み小さく返事をすれば、ありがとうとお礼を込めたキスが落とされた。
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