「あ、佐久早くんと古森くんだ。久しぶりー」
「あ、ナマエさんだ。お久しぶりっす」
「……」
真正面から向かって来る見覚えのある顔に気づき声をかければ、片や特徴的な眉を緩ませ人懐っこい笑みを浮かべ、片や眉間にこれでもかというぐらいしわを寄せ不機嫌オーラを撒き散らし始めた。
井闥山学院と聖蘭女学院は近隣にある関連学院ということで、年に数回互いの学院に招待する交流会を行なっている。しかし交流会とはほとんど名ばかりで。今日行われていた音楽会も、卒業生が数名所属する楽団を招待し聖蘭内にある大講堂で演奏を披露してもらうというだけのものだった。
とはいえ、元々伝統がなんだとうるさい学院なだけに他校生(ましてや男子もいる共学)を呼ぶなどといったことは非常に稀で。数少ないこの交流会を他校と絡むチャンスとばかりに思っているのは、なにも生徒だけではなかった。
主に部活動のコーチや顧問をしている教師陣が、普段と違う相手と練習ができるまたとないチャンスとしてこの名ばかり交流祭をフル活用してるのだ。
もちろんナマエの所属する女子バレー部もその一つで。共学ではあるものの女子バレー部がない井闥山との合同練習は互いに手の内を晒しても問題はなく、むしろ強豪校として毛色の違う練習風景はプラスになると、何年も続く会として重宝されていた。
「今日は第2体育館で練習って聞いたんですけど、第二って今日の講堂の横の所ですか?」
「あ、そっかわからないよね。講堂横のは第三で、第二は向こうの…」
元々この交流会に加え予選などで共に表彰台に上がることも多く、そして佐久早を除く古森とナマエの二名は人当たりなどの良さもあり、学年は違えどこうして会えば言葉を交わすという関係であった。
とはいえ話すのは主に古森だけで、佐久早は黙って二人の様子を見ているだけなのだが。
「…ちょっと古森。なんか携帯鳴ってるんだけど」
「え?あ、本当だ」
佐久早の言葉にポケットに入れていた携帯を取り出し数回画面をタップすると、「げっ」と声を漏らし苦い顔になる。どうやらあまり良くない相手からの連絡らしい。
「佐久早ごめん、お袋から電話だ…ちょっと外すわ」
「ああ…」
内容をなんとなく察しているのか特に興味のなさそうな返事をすると、早く行けと言わんばかりに物影を顎で指し示す。同時に古森も、「すみません」とナマエへ一言謝ると、小走りでその場からいなくなってしまう。
「………」
「………」
先程までの騒がしさはどこへやら。一気に静かになってしまった空間に、妙な汗をかくのを止められなかった。
てっきり一緒にいなくなると思っていただけに、この場に残る佐久早に気まずさを隠せないが、さすがにいつ戻ってくるかわからない古森を無言で待ち続けるというのも、なんだかおかしな話で。
これから練習を共にするだけに変に機嫌を損ねてしまうのだけは避けたいと、ナマエは必死に脳みそをフル回転させ話題を探す。
「…えっと、久しぶりだよね。なんか背伸びた?」
「…そりゃ二ヶ月もあれば伸びるでしょ」
「いやー私もう成長期終わってるっぽくて、羨ましいや」
「………」
見事な一方通行。びっくりするぐらい広がらない会話に、癖の強い連中と過ごし会話スキルを鍛えてきたナマエもさすがに心が折れそうになる。
たしかに身長などあまり広がらない内容ではあったが、さすがに黙られてしまうとどうすればいいのか。特に佐久早とは古森有りきでしか会話をしたことがなかったため攻略法がわからない。いや人に対して攻略っていうのも失礼な話だけれども。
「……えっと、なんていうか…ごめんね」
「…なにが」
「なんか、知ってるからつい話しかけちゃったけど、他校の先輩とかに話しかけられても普通に困るかなあって…」
調子に乗っていると思われそうだが、常に注目の的となっている佐久早と自身は同じ境遇ではと密かに親近感を抱いていたのだ。とはいえ根本の性格が違うのだから、一緒なのではというのは勝手なナマエの考えで。
話しかけただけでこうも不機嫌なオーラ全開で隣に立たれているとなると、たぶん、というか確実に佐久早は自分のことを鬱陶しく思っているのだろうという結論にナマエが至るのは、ある意味自然の摂理だった。
ナマエの言葉に、佐久早はマスクの下で苦虫を噛み潰したような顔をする。
どうしてそういった考えに至ってしまったのか。さすがに心当たりが一つもないかと言われればそんなことはないけれど、困るだなんて思ったことは一度もないしそれを表に出した覚えもない。持ち合わせている感情は、むしろその逆だというのに。
とはいえ今の佐久早に、そんな複雑な感情をしっかりとした言葉にできるわけもなく。ばつの悪さを誤魔化すように小さく舌打ちをすると、俯いていたナマエの戸惑いが増したのがわかった。
「別に、そんなこと…」
「あ!」
気まずそうに視線を逸らしながらもなんとか弁解しようと口を開いた瞬間、なにかを思い出したのか、突然ナマエが大きな声を出した。
「な、んだよいきなり…」
「ごめん佐久早くん、私音楽会終わったら監督に呼ばれてたんだ…忘れてたっ」
「…は?」
「行かなきゃ!ごめんね、えーっと、また後で…!」
先程までの委縮した雰囲気は吹っ飛んだらしく。若干青ざめながら視線をさまよわせた後、謝罪の言葉と共に戸惑う佐久早に背を向けそのまま走り出そうとした、が。
「ちょ、待てって…!」
珍しく慌てた様子で声を上げた佐久早が、咄嗟にナマエの腕を掴んだのだ。
あの潔癖な佐久早が、咄嗟とはいえ自ら他人に触れるなど。突然の出来事に当人であるはずの佐久早も驚きを隠せないらしく、いつもは不満にまみれている瞳に珍しく動揺の色が滲んでいた。
「さ、佐久早くん…?」
「…困る、とか」
「こ、は、はい」
「困る、とか、別にそんなこと、言ってないだろ…」
「え…」
けれど即座に離れるだろうと思った腕が解放されることはなく、ナマエの想像とは裏腹に痛いぐらいの力が込められる。
演奏会が終わっているから、生徒のほとんどは帰ってしまった。残っているのは部活がある生徒ばかりで、彼女たちもめったにない交流の機会を逃すまいと練習を始める頃だろう。つまり、この場を通る人物はほとんどいないということで。追い詰められた、なんて。見当違いの言葉がナマエの頭をよぎる。
「…あんたはどうなんだよ」
「え、っ?」
「俺と話すの、困るのか」
それはもちろん困るか否かで聞かれたら、会話が続かないという点では困るかもしれない。けれど別に話すのが嫌ということはなく。そもそも話しかけていた理由だって、前述の通り、似たところがあるのだろうかと妙なシンパシーを感じていたからなわけで。
とは言えまさかこんな面と向かって問われるとは想像などしておらず。しかも佐久早らしからぬ行動もプラスされたとなっては、ナマエの混乱も一気に強いものとなる。
「え、っと、」
それ以上何も言うつもりはないらしく。ナマエの返事を催促するように腕を掴む手には、より一層力が込められる。
──聖蘭の建物は天井が高いせいか、ほんの少しの声や物音でもよく響いてしまう。ましてや今二人がいるこの場所は、回廊のようにぐるりと階段が壁に沿った吹き抜け構造の場所なのだ。
そう、だから。今この時、心臓の音が妙に全身を支配するぐらい大きく聞こえてしまうのも、ここがそういう造りだから仕方がない。仕方がないことなのだ。
驚きで目を見開き固まるナマエと、そんなナマエをぐっと眉間にしわを寄せながら見つめる佐久早。フル回転させていた頭はもはや何の機能も果たしていない。どうしよう、どうすれば。
「いやー、待たせてごめんな佐久早!」
そんな雰囲気を切り裂くように、元気な声が空気を大きく震わせた。ああやっぱり、よく響く。
「…古森お前、」
「なんか今日の夕飯のことで、ついでに佐久早にも伝えてほしいからって連絡してきたんだってよ。別にメールでもいいのに面倒だからって電話してきたらしくてさー」
「………」
「あ、そういえばナマエさん。向こうでそっちの監督さんが呼んでましたよ」
「え、あっ、そうだ行かなきゃ…!」
明らかにただ会話をしていただけとは言えない状況にも関わらず古森はあっけらかんと声を掛けると、佐久早を遮るように話を続ける。
すっかり頭から飛んでしまっていた用事が戻って来たナマエは「二人ともごめんね!」と再び大慌てで、今度は止められることなくその場を走り去った。
「…ちょっと性急すぎだろー。ナマエさん困ってたじゃん」
「………」
静かになった空間に古森の軽い笑い声が響く。痛いところを突かれたというのは自覚しているのだろう、無言で目線を逸らす佐久早に「あんま焦んなよ」と軽く笑うと、本来の目的地でもあった第2体育館へと向かう。
──掴んだ腕は想像していたよりも、ずっと細く柔らかく。伝わる熱は冷たくなっていた掌を急激に温め、どくどくと脈打つ鼓動を全身へと伝わらせていた。
なにより、最後。立ち去る寸前、茶色の大きな瞳が一瞬だけ意味ありげにこちらを向いていたのは、気のせいではない。
思っていたよりもずっと感触は悪くない。むしろ期待しても良さそうだ。
どう接するべきか、どう攻めていくべきか。試合の時のような高揚感に、佐久早はマスクに隠した口元をゆるりと上げた。
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