侑から聞いたんですけど、ナマエさんって栄養士の専門学校に通っとるんですよね。ちょっと話聞きたくて…あと、色々お願いしたいことがあるんやけど、ええですか。
そんな連絡が来たのは、春高も終わり卒業から数ヶ月。それまで中心となっていたバレーから離れ、次々とやってくる未知の世界に目を回しそうなっていた頃のことだった。
「それにしても、わざわざ視察でこっち来るなんて凄いね」
「まあ、やっぱり兵庫より東京の方が店数多いんで。参考にするにはそっちの方がええんですよ」
テレビ電話越しに聞こえる侑よりも幾分か柔らかに感じる声を聴きながら、ナマエは治もすっかり丸くなったなとしみじみ思っていた。
──卒業後、念願だったおにぎり屋を開くにあたり旅行も兼ねた東京への視察を考えているのだと、治からの連絡があった。
しかし聞くところによると、忙しい練習の合間を縫って行くこと、また遊びに行くだけではないため同行できる者はおらず一人旅になることが決まっているらしく。
少ない時間を無駄にすることは出来ない、けれど慣れぬ土地を一人で行くのは少しばかり不安が残るということで、せっかくならばとナマエを頼ったのだという。
「あとなんだっけ。うちの学校見てみたいんだよね」
「はい。ナマエさんの時間があればでええんですけど…」
「大丈夫。ついでに他の学部の子も紹介するから、そっちにも色々聞いてみるといいよ。多分私がわからないこともあるだろうし」
「すんません、ありがとうございます」
そしてもう一つ。治がナマエを頼った理由というのが、現在彼女の通う学校を見学させてほしいというものだった。
ナマエの通う学校は専門という形をとってはいるものの、敷地内には食に対する各分野の実習棟などといった専用の建物がそれぞれあるほどその規模は広く。また各学部交流の幅も広く、中には在学中にそれぞれ学んだノウハウを生かし数人で起業する者までいるほどだ。
当たり前だが、まだ高校生の治にはそうした専門的な繋がりというものが一切存在しない。そこでナマエを介して知り合うことで、今後なにかしらのパイプ作りができたらという、そういったものも含んだ故のお願いだった。
「せっかくだし、学食も案内しようか。うち結構美味しいって有名らしいから」
「フッフ、頼んます」
「…なんか宮くん、嬉しそうね」
「ああ…ばれました?」
「だって、うーん…いつもより笑顔な気がする。なにか良いことでもあった?」
「そうやなあ……まあ、ナマエさんと会える思たら、嬉しくもなるやろ」
「そう……ん?」
「ああ…すんません、ついうっかり出てもうたわ」
女子と男子。東京と兵庫。大学一年生と高校三年生。一見して繋がりの全くない二人がいかにして知り合ったかは、ことバレーに関しての人付き合いは、治の積極的な片割れを思い浮かべれば想像しやすいだろう。
約一年前。当時二年生だったナマエを春高の会場で見かけた侑が、ナンパにも近い形で声をかけたのがきっかけだった。
初めこそ何をやっているのだこの馬鹿な片割れはと思ったものの、今になってみれば、こうして将来についての相談をできるほどの存在になっているのだから、少しは感謝してもいいのだろう。
──いや、正直言ってしまえば、人生の中で最も感謝していることかもしれない。
あの時侑が声を掛けなければ、遠く離れた地の、ましてや男女となっては、同じバレーをしていたとしても繋がりが生まれることなど万に一つもなく。むしろ宝くじでも買って1億当たると信じていた方がまだ堅実だとさえ思えるレベルだっただろう。
驚きでを隠せないといった様子のナマエに、治はわざとらしく笑みを溢しさらに追い打ちをかけるように続ける。
「え、あ、えっと、」
「ああ、別に今返事してほしいとかそういうことやないですよ。俺に対して、ナマエさんがそういう気ないのはわかっとるし」
悔しいが、ナマエの中での侑と治の扱いは『手のかかる弟』みたいなものなのだろう。こうして二人の繋がりの点でもあった侑を抜きに会話をするようになったとしても、視察と称して彼女の交友関係諸々をさぐろうとしていることさえ警戒していないのだから。
それは治自身も嫌というほどわかっていた。だからこそ、もう回りくどいことはしないと直球勝負に出たのだ。
「でも、今度会うときはそれ意識しといてください。あと、これからはそういうつもりで連絡とかもさせてもらうんで」
恋人でもない。同じ学校の先輩後輩でもない。繋がりはバレーボ−ルと、食に関する関心のみ。
そんな特殊な関係だったからこそ築けた感情があった。好きになるのに理屈はいらないとは、まさにこのことなのだろう。
──ああそういえば、知れば知るほどもっと先を求めたくなるのは、腹が減るのにどこか似ているのかもしれない。
ようやく意味を理解したのか、飛んでいた意識が戻ってきたのか。はっと肩を跳ねさせたナマエは視線をあちこちさまよわせながら、唇をひきつらせる。
「じゃあ、来月頼んます」
「ちょっ!そんな爆弾発言してさらっと終わろうとしないで…!」
「お、じゃあもっと色々話します?俺は別にええけど」
「えっ、や、えっと、」
「ふ…そんな慌てんでも」
「慌てるでしょこれは…!」
「そうやなあ、それが狙いやから。そうなってもらわな困るわ」
話聞きたくて、なんて。この電話をすることになった際にも言われたことなのに、今となっては全く別の意味が含まれていて。
顔が情けないくらい真っ赤になっていることは、鏡を見ずとも分かっていた。そしてそれを真正面から見ている治が、なにを考えているかも。
「楽しみやなあ。なあ、ナマエさん?」
楽しみ、がいったいなにを指しているのか。ナマエがそれを知るのは、まだ先のことになりそうだ。
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