「今日の夜、流星群が見られるかもしれねぇぞ」

 その大きな身をぐっと屈め、内緒話でもするようにナマエの耳元へ唇を寄せたスネイクがそう言ったのは、昼間に突然現れたハリケーンの対処を終え、船員総出で甲板の片づけをしていたときのことだった。

「流星群?」
「ああ。可能性は低いけど、一応見える海域には入ってるはずだ」

 天気も良くなったしな、とすっかり晴れ渡った空を見上げながら、スネイクは苦笑交じりに呟く。その声にはわずかに疲労が滲んでいて。航海士である彼は先頭で指揮を執っていたこともあり、だいぶお疲れのようだった。

「確かナマエ、今日不寝番だろ?」
「はい」
「俺も飯食い終わったら上行くから、一緒に見ようぜ」

 不寝番は一人でなければいけないというルールは特にない。大頭であるシャンクスら数人の大幹部が、この旅を開始した十年以上前、人数が少ない頃に持ち回りにしていたことが、今現在もなんとなく続いているというだけらしく。後の当番に影響がなければ好きにしていいのだそう。
 とはいえ基本的に大幹部が不寝番をすることはない。昔ならいざ知れず、人数の多くなった今では彼らを含めずとも当番を回すことができるようになっているからだ。あとは単純に、スネイクは航海士という立場上仕事も多く。そんな人物を不寝番などにしたら確実に身体を壊すだろうと、ドクターストップがかかっているからだ。
 思ってもいなかった提案に、ナマエは、ぱあっと顔を明るくさせる。嬉しい、というのが誰の目から見ても明らかな表情に、スネイクは言って良かったと心和やかになる。

「あ…でも、お疲れじゃないんですか…?」

 けれどすぐにその表情は曇り。長い睫毛を伏せながら、ナマエは伺うようにスネイクを見上げた。
 まさにたった今までハリケーンの対処をしており。これから事後処理といった形で、今後の航路についてベックマンと話し合うのだろう。夜に流星群の可能性があるということは、少なくとも日が落ちる頃には天候も安定しているということではあるが、同時に、それまではどうなるか分からないということでもある。再び先ほどまでのようなハリケーンが来ないとも言い切れない。明らかに疲労の滲んでいる様子も踏まえると、誘われたことは嬉しいが、休めるときは休んでほしいというのも本音ではあった。
 そんな考えを、ころころ変わる表情から察したのだろう。スネイクは俯いたナマエの頭を、「大丈夫だって」と優しく撫でる。

「俺がそうしたいんだから、ナマエはなんも気にしなくていいんだよ。むしろ一緒にいりゃ疲れも取れるしな」
「そ、そうですか…」
「ああ。……なーに照れてんだよ」
「わ、っ」

 顔を赤らめるナマエの髪を軽く乱しながら、スネイクはけらけらと笑い。そのままサイドの髪をひと房、するりと撫で下ろすと、「…じゃあ、また後でな」と副船長室へと向かった。
 手を離す最後の瞬間。名残惜し気に頬を掠めていった指先のくすぐったさに、「不寝番も悪くないかも」なんて。ナマエは少し現金なことを思った。



 見張り台の中央にある柱に背を預けながら、ナマエは、つい、と水平線から空へ視線を上げる。可能性は低いというスネイクの言葉通り。闇をこぼした夜空には雲一つなかったものの、同時に一筋の光が走ることもなかった。やはりそうそう見られるものでもないようだ。
 残念だとぼんやり思っていると、きしきしと縄梯子が軋む音と共に見張り台がわずかに揺れる。身を乗り出し下を覗き込めば、小脇に毛布と、なにやらボトルを抱えたスネイクが「お疲れ」とこちらを見上げていた。

「毛布持ってきたんですね」
「ああ。ちょっと肌寒いだろ?」

 星が綺麗に見えるということは、空気が澄んでいるということ。空気が澄んでいるということは、気温も下がっているということだ。
 見張りを開始したときには気にならなかったのだが言われてみると確かに、吐いた息が白くなることこそなかったものの、わずかに吹く風は肌を撫でると思わず身震いしてしまう、そんな冷たさだった。見張り台は高さがあるのでなおさらなのだろう。よく見ればスネイクも普段のような服装ではなく。袖を少し捲り上げてはいるものの、長袖のシャツをしっかりと着こんでいた。
 指摘した途端「たしかに…」と鼻をすすったナマエに、スネイクはくつくつ笑いながら、持ってきた毛布を自身の肩に掛け。ナマエに向かって「ほら」と大きく腕を広げた。ぽんぽんっと胡坐をかいた膝を叩くその意味をすぐに理解したナマエは、きゅっと下唇を小さく噛み締める。

「………」
「ほら、早く。寒いだろ」
「……お邪魔します」
「どうぞどうぞ」

 少しの逡巡の後、ナマエはおずおずとスネイクの脚の上へと腰掛けた。それでもまだ遠慮がちに取られている距離に、スネイクは「なに照れてんだって」と昼間と同じようにけらけらと笑い。強張る身体を自身の胸元へさらに引き寄せ、閉じ込めるように毛布で包み込んだ。
 大きな蓑虫のごとく毛布にくるまり、二人で空を見上げる。それでもやはり星は見えない。

「やっぱり見えませんね…」
「流星群自体がかなり可能性低いもんだからな…それでも今日は高めな方だったんだが」

 予想が外れちまったな、とスネイクは残念そうに呟く。けれどすぐに「でも代わりに良いもんがあるぞ」と言い、横に置いてあったボトルを手に取った。

「なんですか?それ」
「ホットワイン」

 蓋を開ければ、白い湯気と共にクローブとシナモンの香りが風に乗って広がる。奥に感じる甘酸っぱさは赤ワインのものだろう。こんなスパイスと上等な赤ワイン、この船に置いていては早々に飲み尽くされてしまいそうだというのに。よく残っていたものだ。

「ワインなんてよく残ってましたね」
「ルウが部屋に隠してたんだと。今夜は少し冷えるっつったら、ナマエのためにって作ってくれた」
「本当ですか?嬉しいなあ。後でお礼言わなきゃ」

 蓋とコップが一緒になっている保温ボトルというのも、冷めず、かつ飲みやすいようにと気を遣ってくれたのだろう。ナマエはコップを受け取りながら、夕食の後片付けで忙しい中ここまでしてくれたルウの小さな心遣いに感謝すれば、「あいつもナマエにはとことん優しいからなあ」とスネイクが笑い交じりに言った。

「ん、美味しい。これ甘口ですね」
「俺にもひと口くれ」

 スネイクはナマエからコップを受け取りひと口飲み。「確かにうめぇな」と満足そうに笑うと、二杯目をすぐにつぎ始めた。
 それからは、時折吹く風に身を縮めたナマエをスネイクがぎゅうっと抱き締め。「痛いですよ」「いいだろ」なんて会話をしたり。時折小型の望遠鏡で周囲を確認しながら、また酒を飲んだり。最低限の仕事はこなしながらも二人でのんびりと過ごしていた。
 一時間ほど経っただろうか。食堂に、大部屋の灯りも消え。夜更かし常連である大幹部たちの私室の灯りさえも消えた頃。ぽつぽつと続けていた会話の途中、スネイクの声がぼんやりとしたものになっていることに、ナマエは気が付いた。

「……スネイクさん」
「んー?」
「後は私一人でも大丈夫ですから、やっぱり戻って休んでください」

 突然の突き放すような物言いに「え、」とこぼすスネイクをに、ナマエはその手からコップを奪い。空になったボトルに被せ蓋を閉めると、「ワイン美味しかったです。毛布も、持って来てもらってありがとうございます」と口早に告げ、帰るようスネイクを促した。
 その勢いにスネイクは一瞬きょとんとした後、すぐに、むっと唇を尖らせる。

「いきなりどうした。そんなこと言うなよ」
「だって…疲れてるって、声が言ってますもん」

 ただでさえ仕事が多い航海士という立場。しかも今日は突然のハリケーンとその事後処理までしていたのだ。誰だって疲れは溜まるだろう。くわえてここは寒さもあるし、二人で狭い分スネイクは身を屈めなければいけないし。窮屈で余計に身体も疲れるはずだ。それで体調を崩しでもしたら元も子もない。
 それまでの恋人らしい雰囲気を突然断ち切り帰るよう促してくるナマエが、自身の最善を思ってそう言っているのことだというのは、スネイクも充分理解はしていた。
 けれどやはり、それとこれとは別なわけで。スネイクは眉間にしわを寄せると、ナマエの身体をさらに抱き込むように背中を丸め。肩口に顎を乗せると、横から顔を覗き込んだ。甘えたいときにスネイクがよくやる仕草だった。

「……昼間も言っただろ。どんだけ疲れてても、やっぱりナマエと一緒にいたいんだよ」

 船ではどこへいても大抵誰かの目がある。二人切りになろうにも誰かに邪魔されたり、作れたとしても短い時間だけだったり。心置きなく過ごせることなど、それこそ島に降りたときくらいだ。だからこそこうやって堂々と二人きりになれる機会を、スネイクはどうしても逃したくはなかった。たとえどれだけ疲労を感じていようとも。
 きっと酒が入っているからだろう。同じような会話をした昼間のときとは打って変わり。「帰らねぇぞ」と、どこかへにゃへにゃとした様子で話すスネイクに、ナマエは不覚にも心臓をわし掴みにされてしまった。

「で、でも、やっぱりここじゃ、疲れも取れませんし…」

 私だって一緒にいたい。でも翌日に疲れを残させないためにもやっぱり戻らせた方が…。葛藤する二つの思いにナマエ言い淀むと、スネイクはぴたりと動きを止め。「…ナマエはさぁ、」とぽつりと呟く。

「俺の疲れを取りたい…って、思ってるんだよな?」
「まあ、そうですけど……」
「じゃあさ…俺が"これやってもらったら、確実に疲れが取れる"ってこと教えたら、やってくれる?」

 今更な質問に疑問は抱きつつ。「まあ、私ができることなら」と素直に答えれば、スネイクは、ぱっと顔を上げ。まるで親に尋ねる子供のような瞳でナマエを見上げた。

「大丈夫。むしろお前にしかできないことだから」

 やけに純粋な瞳のわりに、妙に濁した言葉選び。そして突然思いついたかのような物言いに、嫌な予感はするものの。明確に"こうしてほしい"と要望を言われると、自ら言った手前ナマエも聞かないわけにはいかず。なにより、毛布やワインなど、疲労の中でも体調を気遣ってくれたことへのお礼もしたかった。
 ナマエは「なんでしょう…」と、おそるおそる尋ねる。

「胸触らせて」

 迷いなく、淀みなく。さらりと告げられた言葉は、ナマエの予想の斜め上をいくどころか、もはや突き抜けるものだった。
 しん、と静まり返るそこには、波の音だけが響いている。

「…すみません、ちょっと波の音でよく聞こえなかったみたいで……もう一回聞いてもいいですか?」

 真意を考えるまでもない。あまりに欲に忠実なその言葉は、いったいあの流れのどこから生まれたものなのか。ナマエは信じられないような気持ちで聞き返した。どうか聞き間違いであるようにと祈りながら。

「胸触らせて」
「聞き間違いじゃなかった…」

 けれどそんな願いはすぐさま打ち砕かれた。間髪入れずに一言一句同じように返され、ナマエは頭を抱えることとなった。

「……嫌です」

 もはやそれ以上聞くのも馬鹿らしく。ナマエは至極当たり前の返答をする。
 仮に、本当に仮にだが、これが自室だったのならまだ一考の余地はあった。けれどここは見張り台で、二人きりとはいえ人が来る可能性が残されている場所で。そしてなにより、今現在二人は見張りという"仕事中"なのだ。そんな最中で胸を揉ませるなど、特殊なプレイ紛いのことをしたくなどなかった。
 拒否されることは最初から分かっていたようで。スネイクは「えぇ〜?」とわざとらしく唇を尖らせている。

「なんだよー。疲れ取ってくれんだろ?」
「それとは別でしょう…他のことにしてください」
「やだ。ナマエの胸揉みたい」
「えぇ…」

 あまりに頑固な姿勢にいっそ尊敬の念すら浮かんできそうだった。
 疲れを気遣う気持ちも、それを取ってあげられるのならそうしてあげたいというのも本心だ。だがしかし。いくらナマエがスネイクに甘いとはいえ、さすがに外で胸を触られるのはやはり少し、いや大いに抵抗がある。
 しかも聞き間違いでなければスネイクは今、揉みたいと言っていなかっただろうか?よく思い返せば最初は"触りたい"と言っていたはずだが、その後はちゃっかり"揉みたい"に変わっている気がする。"触りたい"、と、揉みたい"、では大きく意味が異なるだろう。揉みたい、ではだいぶ問題なのだ。いや触りたいでも充分問題ではあるが、あくまで比較の話であって…。
 冷静になれば「絶対に嫌です」と一蹴できたというのに。ここまで甘えられると少しだけ、本当に少しだけだが、叶えてあげたいという思いすら、酒の入ったナマエの脳内には浮かんでしまっていた。
 結局のところ、ナマエはスネイクの"おねだり"にとことん弱いのだ。そしてそれを理解しているスネイクは、そんなナマエのわずかな迷いを察し。あと一押しだとばかりに肩にぐりぐりと額を押し付けながら、「頼むよー」と懇願している。

「ただ純粋に、ナマエに癒してもらいたいだけだって」
「純粋って…」
「変なことしないからさあ」

 純粋な人はそもそもそんな願いを言わない。いや、裏を返せばむしろこれ以上ないほど純粋なのか?ああもう、よく分からなくなってきた。
 あまりに必死なスネイクに呆れ返ると同時に、疲れているということは一応事実なのだから、触るくらいは許してあげるべきなのかもしれないと、そんな諦念にも似た考えがナマエの頭を過ぎる。というよりももう、こうなったときのスネイクが絶対に諦めないということを、恋人であるナマエは嫌というほど分かっていたからだ。要望を聞き、おねだりを聞いてしまったナマエの負けはすでに確定しているようなものなのだ。
 それでも最後の抵抗でうんうんとうめき、か細い声を吐き出し。追い詰められた獲物のような気持ちになりながら、ナマエは小さな声で「………分かりました…」と呟いた。

「やった」

 返事を聞くや否や、スネイクは一秒と経たずに勢いよく顔を上げ。ナマエの服の裾を掴むと、そのまま首元まで一気に捲り上げてしまった。
 突然寒空の下にさらけ出された下着にナマエが声を上げる前に、スネイクはその下着さえ掴み。形が崩れるのも厭わず、ずり上げ。現れた胸のうち左胸を、むにゅうっ、と効果音がつきそうな勢いで揉み上げたのだ。

「ちょっ、とぉ!!?」

 てっきり服の上からだと思っていたナマエは、まさかの直接触れてきた手に、当然の如く驚きと抵抗の声を上げる。けれどそれを制するように、腹にも回されていた腕が、身体を押さえ付けるようにむき出しの肌を怪しくなぞっている。
 早すぎる 。何がって、返事を聞いてからの展開がだ。いやそれ以前に、まさかの直でとは。いったい何故、これが許されると思ったのだろうか。そして自分は何故許してしまったのか。
 あまりに色々な物事が一気に起き混乱するナマエをよそに、スネイクは再びナマエの肩口に顔を埋め。「あ゙ー…」と唸るようにこぼしている。

「柔らかい…まじで疲れ飛ぶ……」

 人をそんな危ない薬みたいに、と思いつつ。その声は本当に疲れ切ったときに聞くような声音で。なんだかナマエは毒気を抜かれたような気分になり。出るはずだった文句の言葉は寸前のところで喉の奥へと引っ込んでしまった。
 揉むだなんだと言ってはいたものの、実際その手つきは怪しくなく。時折寄せるようにわずかに動くが、それ以外は本当にただ添えてるだけのようだった。ある意味嘘は言っていない。
 外気で少し冷たくなっていたスネイクの指先は、ナマエの体温で熱を持ち始め。緊張で粟立つナマエの肌にじんわりと馴染んでいく。

「ふ…心臓すげぇドキドキいってる」
「そりゃそうですよ…」

 からかうように耳元で呟かれた言葉は少し蕩けてはいるものの、やはりベッドの中で聞いているような、熱のこもったものではない。それもすべて疲労のせいだろうか。
 まったく下心がないわけではないだろうが、どうやらこれ以上動かないところを見るに"触るだけ"というのは信じてもいいのかもしれない。
 なにより、こうしてあれこれ考えたところで、結局現在の状況が変わることはないのだ。もう好きにさせようとやや無理やりではあるがそうナマエが結論付けようとした、その時。わずかに身じろいだナマエの腰元に、ごり、と。何か硬いものが当たった。

「……スネイクさん」
「ん?」
「なんか、腰に当たってるんですけど…」
「……」

 すぐに思い当たったその正体に、まさか、いやそんな、と再びナマエの脳内が騒がしくなり始める。
 おそるおそる問いかければ、再びの沈黙の後、スネイクは顔を上げ、こてん、と首を傾げるようにナマエの顔を覗き込んだ。

「……勃っちゃった♡」

 言葉を失う、とはこういうことをいうのだろう。えへ、と語尾にハートでもつけているかのように言い放つスネイクに、ナマエは信じられないものを見るような目を向ける。
 なにが純粋だ。なにが癒されたいだ。「嘘でしょ…」と思わずこぼすナマエに、スネイクは「仕方ないだろぉ」と唇を尖らせる。

「恋人の胸触ってんだぞ?勃たない野郎なんかいねぇよ」
「…さっき、"純粋に癒されたいだけ"って言ってたじゃないですか」
「それも嘘じゃねえよ。ただそれはそれ、これはこれだ」
「都合が良すぎる…」

 会話の間もスネイクの手は一切緩まず。それどころか少しでも動けば、逃げると思ってるのか、抱きしめる腕にわずかだが力が込められた。その名の通り、まるで獲物に絡みつく蛇のようだ。
 まさかここでおっ始める気じゃ、と何とも下品な単語が脳内に浮かび。ナマエはひくりと顔を引き攣らせる。

「安心しろって。さすがにこんな所じゃしねぇよ」

 そんなナマエの様子を察したのか、スネイクはけらけら笑って否定する。それでも下半身はしっかり勃っているのだから、なんとも説得力に欠ける言葉だ。
 とはいえその通り。スネイクがその気になれば、無理やり事を進めるなど簡単にできてしまう。今それをしないということは、その言葉だけはとりあえず本当なのだろう。
 納得はできない。できないが、やはり諦めるしかない。もう何度目かも分からない諦念に全身を包まれもはや苦笑いしかできないでいるナマエに、スネイクは「あ、だけど」と思い出したかのように続ける。

「なんですか…」
「遅くても明日の昼頃には、島に着くんだよ」
「そうなんですかぁ…」
「ああ。だからさ……そんときは、ちゃんとこの続き…しような?」
「っ…、」

 楽しげに囁かれた言葉は、それまでの軽いものとは打って変わり。甘さと色を含んだものだった。
 途端に耳をくすぐった熱っぽい吐息に、油断していたナマエの肩はびくりと跳ねる。途端に強張る身体にスネイクはくつくつと肩を揺らした。

「だからさ、今はこれで我慢しとく」

 そう言うと、スネイクは腹に回していた手を滑らせ。熱を帯び始めた頬を掴み後ろへと向けさせると、そのまま唇を重ねた。
 長い舌を隙間からゆるりと侵入させ、ナマエの小さな舌を絡め取る。それと同時に胸に添えたままにしていた手を小さく動かし。わずかに掌を押していた、まだ柔らかな突起を、きゅむっと摘まみ上げた。

「っ!ん゙、んん……ッ!」

 抗議と甘さを含んだ声は長い舌に絡め取られ、スネイクの口内へと消え失せてしまう。
 縮こまる舌を根元から絡ませ唾液を送り込めば、細い喉が苦し気に上下する。耐えるように強くつぶられた瞳にスネイクは堪らない気持ちになる。我慢するといったその言葉を、すぐにでも撤回してしまいたかった。
 けれどそんな邪な思いは、胸をどんどんと叩き限界を訴えるナマエに咎められ。名残惜しさを感じつつも、スネイクは差し込んだ舌をするすると抜いていく。
 それでも最後に、唾液のこぼれた口端を拭うようにぺろりと舐める。その仕草が、まるで蛇が獲物を前に舌なめずりをするかのようで。ナマエはわずかな恐怖さえ覚えた。

「…あ、見ろよナマエ」
「は、ぁ…?」
「星。今流れてったぞ」

 軽い口振りで言いながらも、スネイクの手は変わらずふにょふにょと胸の感触を楽しんでいて。あなたのせいで、こっちはそれどころじゃないんですけど?という言葉が脳内に浮かぶも、荒い呼吸に遮られ発することはできず。ナマエは「そうですか…」と返すことしかできなかった。



 眩しすぎる朝陽を感じながら、ナマエは縄梯子を一歩一歩、ゆっくりと下りていた。下では、先に甲板へ下りていたスネイクが、ちょうど起きてきたらしいホンゴウと挨拶を交わしているのが聞こえる。
 あの後、胸どころか全身を文字通り触り倒しつつも、最初の言葉通りスネイクは触る以上のことは何もせず。まるで猫を愛でるかの如く一晩中ナマエをその腕の中に抱き締めていた。そんな状態では当たり前だがまともに見張りなどできるはずもなく。結局仕事のほとんどをスネイクに任せることとなってしまったのだ。
 自身の身体を好き勝手にされたという精神的な疲労に言いたいことは山ほどありつつ。疲れているスネイクに自身の仕事をさせてしまったということに負い目を感じているナマエは、それを咎めることもできなかった。
 とはいえ本来それとこれとは話が別なので、ナマエがスネイクに文句を言うことは決して間違いではないのだが。妙にほてりが残ってしまった身体と脳みそでは、それをするのも億劫に感じられた。早い話、今度はナマエが疲れてしまったというわけだ。

「大丈夫か?」
「わっ、」

 地上まで残り数メートルというところで、白々しい言葉と共に背後から伸びてきた手が脇に差し込まれ。ナマエはまるで爪を引っかけた猫を救出するかのようにスネイクの腕に抱えられ、そのままホンゴウの目の前に下された。

「…おはようホンゴウ」
「おう。ナマエもお疲れさん……ん?」

 目の前で行われた一連の出来事にも、ホンゴウはなんの動揺も見せず。むしろなにも気にしていない様子でナマエに声をかけている。
 夜通しあんな状態だった疲れも相まって、慣れているはずのその扱いにも今は妙な疲労感さえ感じてしまい。へらりと力なく返事をすれば、ホンゴウが怪訝そうな面持ちでナマエの顔を覗き込んだ。

「な、なに…」
「ナマエ、お前…体調悪いのか?」
「え゙っ、」

 さすがは船医といったところだろう。ナマエの様子が普段と異なることをすぐさま見抜き。「昨日は結構冷えたもんな」と気遣いの言葉までかけてくれている。
 純粋に心配してくれている相手に、「一晩中胸触られてたせいで」と言えるはずもなく。ナマエは「はは…」と乾いた笑いを返すことしかできなかった。

「おう、ライムジュース。おはよ」
「おー……スネイクお前、徹夜明けでンな元気なんだよ」

 少し先の方で、同じく起きてきたらしいライムが欠伸交じりに問いかけ。スネイクはそれに「セラピーを受けたんで」と軽口で返している。
 共にそれを見ていたホンゴウは、どうやら何となく全てを察したらしく。憐みを含んだ瞳でナマエを見やると、「……お疲れさん」と再び言葉を掛け。今度は労わるように肩を軽く叩くのだった。





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