※相互さんのお誕生日で書かせていただきました。


「ナマエ。誕生日おめでとう」

 気怠い身体をベッドにうつ伏せ、現実と夢の狭間をまどろんでいたナマエの耳に、低い声が心地よく響く。同時に温かく湿った手が頬を撫でる感覚に呼ばれ、伏せていた瞳をゆっくりと開いていった。
 わずかにぼやけた視界に映ったのは、首にタオルを掛け、身体からほかほかと湯気を出すホンゴウの姿で。その頬がほんのり赤いことと、上半身に何も身に着けていないことから、どうやら寝ている間にシャワーを浴びてきたようだと、寝ぼけたナマエの脳内でも察することができた。

「…たんじょうび」
「ああ」
「…日付、変わったんだ……」
「たった今な」

 髪をゆるく結び直しながら、ホンゴウは「ほら」とカルテが積み重ねられた机上へと視線を向ける。つられてナマエもそちらを見れば、言葉の通り。置かれた時計の針が12の場所で、見事にぴったりと重なっていた。

「………」
「どうした?」
「いや…誕生日をベッドの中で迎えちゃったなぁって…思って……」
「日付が変わる頃はだいたいベッドの中だろ」

 そういう意味ではないし、そもそも日付が超えるまでベッドから動けなくさせたのは誰だ。そんな恨みを込めた視線を向けるも、すべての原因であるホンゴウはまったく意に介さず。いつもの調子で「水飲むか?」と、新しく蓋を開けたボトルを渡してきた。
 ナマエは掛けていたシーツを手繰り寄せ、重たい身体をのそのそと起き上がらせる。「ありがと…」と手を伸ばしボトルと受け取ると、力の入らない手でゆるく閉められた蓋を捻り開け、口へと運んだ。
 散々声を上げたせいですっかり乾いていた喉に水が通る。そうして美味しいと思ったのもつかの間、口端が濡れる感覚に「あ、」と声が漏れた。

「ほら、こぼしてんぞ」
「ん、」

 何かを言う前に、ホンゴウがボトルを取り上げ、代わりにタオルでナマエの口元を拭っていた。まるで小さな子供にするようなそれに、寝起きと情事の気怠さが相まって、ナマエはされるがまま身を委ねる。
 ばち、と視線が合った。優しい手付きで口元を拭っていたタオルが退かされ、ホンゴウの親指が、ナマエの唇の形を確かめるようになぞる。──あ、これ、キスしようとしてる。その瞳に含まれた色と指先から伝わる熱に、ナマエがそう思った瞬間。睫毛を伏せたホンゴウの顔がゆっくりと近付いてきた。

「ん…、」

 鼻にかかった声が響くと同時に、隙間から分厚い舌がゆるりと差し込まれる。より一層近付いた距離に身じろいだナマエを、頬に添えられた手が柔く抑え付けた。
 角度を変え重なる度、ゆるく結ばれただけのホンゴウの髪がぱらりと落ちナマエの頬をくすぐる。濡れた毛先から垂れる水に、きちんと髪を拭いてこないだなんて、綺麗好きなホンゴウに珍しいなと、ナマエは頭の片隅で思った。
 ゆるゆると絡み口内を好き勝手していた舌は、いよいよ限界を迎えたナマエがホンゴウの胸を押したことで、ちゅるっと軽く吸い上げながらもようやく出ていき。ナマエは満足に得られなかった酸素を静かに吸い込みながら、互いの間で細く切れた糸をぼんやりと見つめる。

「…ぽやっとした顔で見てんなよ」
「見てない…」

 普段はどちらかと言えばしっかりしている性格だというのに。ホンゴウを見つめる瞳が、こういったときだけ甘えるように、物足りないと言いたげな艶を含むことに、ナマエは気が付いていないのだろう。無意識というのは一番たちが悪い。もう何年もナマエのそれに振り回されているが、きっと一生慣れることができないのだろう。

「……ナマエ、足下せるか」

 ホンゴウの中に再び色情が首をもたげるが、そこはぐっと堪え。身じろいだことでずり落ちたシーツを肩に掛けてやりながら、誤魔化すようにそう尋ねる。
 ナマエは身体を引きずりながら「ん、」と返事をし、言われた通りに足をベッドの外へと下した。わずかに浮いた足先を、遊ばせるようにゆらゆらと揺らす。
 その目の前にしゃがみ込むと、ホンゴウはベッドの下からなにやら木箱を取り出した。積み荷や物資保管の際によく使われる、どこにでもあるような木箱。それの小さいタイプのものだ。
 慣れた手付きでそれを開ける。すると中にはまた箱が一つ入れられていた。白い箱。今度はおそらくダンボールなどの紙製のもののようだった。
 箱の中に箱を入れるなんて、ずいぶんと丁寧にしまわれている。まるで手品のようだとナマエが不思議そうにその光景を眺めていると、ホンゴウはその白い箱も、躊躇なく開けてしまった。その手が、何故かわずかに震えているような気がして。ナマエは一瞬、あれ、と思ったものの、そうして現れた中身に、その気付きはすぐにかき消されてしまった。

「…靴だ」
「靴だな」

 中に入っていたのは、梱包材に丁寧に包まれた靴だった。マットな、深いネイビーブルー。足首には細いストラップが付いている。可愛いとも、綺麗とも取れるデザインだ。
 ホンゴウは丁寧な手付きでそれを箱から取り出していく。

「なんで?」
「なんでってお前…プレゼントだよ。誕生日プレゼント」
「あ…そっか」
「さてはまだ寝ぼけてんな?」

 ホンゴウは「さっきおめでとうって言ったのにな」と小さく笑いながらナマエの足を掴むと、やけに恭しくそれを履かせていき。最後に足首を一周するストラップのボタンを、ぱちりととめた。
 そうして綺麗に飾られた両足を、ナマエは軽く持ち上げ、じっと見つめる。──高さはありつつ少し太めのヒールなのは、例えば履いて街に出ている際に敵に出くわしでもすれば、そのまま戦ったり走ったりしなければいけなくなる事もある。そういった状況を考えての選択なのだろう。細かいところまでよく気が回る、ホンゴウらしい気の遣い方だと思った。
 なにより、ナマエの普段の服装にも合いそうな、そのデザイン。まるでずっと愛用していたのかと思えるほど。普段の自分にしっくりと馴染むであろうことが、なんの違和感もなく想像できた。
 ナマエは思わず「んふふ」と堪え切れない笑みをこぼす。

「どう?似合う?」
「…ああ、すごくよく似合う」

 両脚を揃えて上げ、つま先を伸ばしたり縮めたりしながら、ナマエはホンゴウを見る。まるで子供のようにきらきらした瞳を、ホンゴウは嬉しそうに、そしてどこか噛み締めるように見つめ返す。

「ふふ…」
「どうした?」

 シーツでくしゃりと口元を隠し。「いや…なんかさぁ、」と間延びした声で、ナマエは笑いを堪えるように続ける。

「こんな、素敵で綺麗な靴履いているのにさ、」
「うん」
「セックスの後で髪はぼさぼさだし、適当にシーツにくるまってるし、しかも裸だしで…」
「うん」
「すごく、マヌケだなぁ、って」
「あー…それは悪い。もう少し渡す場所考えた方がよかったな」

 痛いところを突かれた、といった様子で小さく笑いながら頬をかくホンゴウに、ナマエは「ごめん。そういう意味じゃなくて」と慌てて否定する。

「なんていうか…それも私たちらしいなって、思って……」

 くふくふと小さく喉を鳴らし、「なんか嬉しくなっちゃった」と眉尻をへにゃりと下げる様子は、幸せなのだと、言葉にせずとも伝わってくるほどだった。
 鈴を転がすように笑うナマエに、ホンゴウは瞳を細め。「…なあ、」と小さく、震える声で呼びかける。今なら言えると、そう思った。

「んー?」
「プレゼント、まだあるんだ」

 ホンゴウの言葉に、ナマエはくるりと目を丸くする。

「プレゼント、まだくれるってこと?」
「あー…まあ、そんな感じだな」
「これだけでも嬉しいよ?」
「そりゃ嬉しいお言葉で」

 言いながら、ホンゴウは立ち上がり、私室に併設された医療用備品庫へと向かう。そうして少しの間、なにやらごそごそと音を立てた後。大小様々な箱や紙袋を両手いっぱいに抱え戻って来た。
 その量に驚くナマエの目の前に、ホンゴウはそれらを置いていき。やがてベッドの上はプレゼントで埋め尽くされてしまった。

「え、な、なんでこんなにいっぱいあるの…」
「…これまでのお前の誕生日に、買ってたやつ」

 当然の如く戸惑うナマエに、ホンゴウはどこか気まずそうに視線を逸らしながら、そのうちのひとつ、やや細長い箱を手に取った。黒いレースのリボンが掛けられた箱には、筆記体でブランド名らしきものが書かれている。

「これまで、って…ちゃんと毎年くれてたじゃない……」

 赤髪海賊団は基本的に、個々人の誕生日を祝うということをあまりしない。船員が多いというのもあるが、そもそもなんて事のない日頃の宴自体が、かなりの頻度で開催されているからだ。
 ゆえにプレゼントを渡すかどうかは個人によるところが大きく。大抵はお世話になっているだとか、直属の上司である大幹部の面々に部下がチームで渡すだとか、そういった感じだ。
 けれどホンゴウは、ナマエが仲間となり迎えた二度目の誕生日からずっと個人的にプレゼントをくれていた。何故直属の部下でもない自分にと、もちろんナマエも当初は思っていたが、「お前は女一人だし、まあ、多少はな」というホンゴウの言葉に、むしろ船で唯一の女が直属でも何でもないからこそ気にかけるという、彼なりの気遣いなのだとすぐに理解できた。同時に心の片隅で嬉しく思ったことも、ナマエはよく覚えていた。
 去年はタオルを。その前は羽ペンを。またその前は、ちょうど壊れてしまったこともあり、小さな置き時計を。実用的なものが多いところもホンゴウらしいと思っていた贈り物たちは、既に片手で数えきれないほどだというのに。
 それらとはまた別の物を購入していて、けれどナマエ本人に渡していないというのは、いったいどういうことなのか。今目の前を埋め尽くす物たちの存在理由が、ナマエにはどうしても分からなかった。
 ナマエのそんな困惑っぷりも最初から分かってたようで。ホンゴウは「困らせてごめんな」と、まるで懺悔のように自嘲する。

「…お前を好きだって自覚したときから、今まで渡してきた物とは別に……ナマエを好きな男として、"本当に渡したかった物"を買ってたんだ」

 ホンゴウは黒いレースのリボンがかけられた箱をナマエに手渡し、開けるよう促す。戸惑いながらも受け取ったナマエは、おそるおそるといった手付きで、黒いリボンを解いていく。
 ゆっくりと蓋を開けたそこにあったのは、スポンジの台座に置かれたネックレス。小さなパールが一つだけ付いた、とてもシンプルなものだった。
 これまでの、いかにもホンゴウらしい実用的な物たちとはあまりに毛色が違うそれに、ナマエは信じられなようなものを見るような瞳で、ネックレスとホンゴウを交互に見た。
 ホンゴウは、ふっと小さく息を吐くと、ビューローの丸椅子を引き寄せそこに座った。背中を少し丸めどこか怯えるように項垂れているせいで、真正面にいるはずなのに、その顔はナマエにはよく見えない。

「だけど、こんなあからさまなもの、恋人でもない男から貰っても…なんか……気持ち悪ぃだろ。…だからずっと、渡せなくて」

 苦笑混じりに続けられる言葉を聞きながら、少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いてきた頭で、ナマエは改めてプレゼントたちを見つめる。
 ──あの小さな長方形の箱は、おそらく口紅だろう。あちらの、正方形で薄めの箱はバングルで、厚みのある箱は、ロゴからして腕時計だろうか。すべて予想ではあるが、どうやら中身はジャンルを問わず、とにかく色々なようだった。
 それらはまるで、恋人に渡すような。相手を愛しいと、そう思っているからこそ選ぶようなものばかりで。そしてこの考えが間違っていないということは、ホンゴウの言葉が示していた。
 何も言わないナマエにホンゴウは自嘲し。そうしてまた「ごめんな」と、呟くように謝った。──その声を聞いた瞬間、ナマエの身体はほとんど無意識のうちに動いていた。

「ナマエ…?」

 ナマエは巻き付けたシーツがずり落ちるのも構わず立ち上がり、項垂れる頭を自身の胸元に抱き寄せ。不安からだろう、わずかに強張っていた頬を、両手でそっと包み込み込んだ。

「…こんなにたくさん買っちゃう勢いはあるのに、変なところで一歩引いちゃうのね。ホンゴウは」

 呆れと、どうしようもないほどの柔らかさを含んだ声が、ホンゴウの耳をくすぐる。
 二つの視線が混ざり合う。同時に「やっとこっち見た」と、へにゃりと下がる眉尻に、ホンゴウは視界がじわりと滲むのを感じた。

「…うるせ。結構繊細なんだよ、俺は」
「あはは」

 きちんと数えてはいないけれど、プレゼントの数はおそらく十を優に超えている。ホンゴウは、これらはすべて、これまで毎年贈っていた物とは別だと言っていた。
 つまり、ベッドの上に置かれたこれらはホンゴウが十年以上、ずっとナマエを想い続けてたということの、なによりの証明なのだ。

「…ありがとう。すごく嬉しいよ」

 ナマエの言葉にホンゴウは一瞬きょとん、として。すぐに「ぶはっ」と小さく吹き出す。

「…これ見て、重たいとか気持ち悪いとか言わねぇのが、お前の凄いところだな」

 ホンゴウはナマエを膝の上に抱き上げると、肩に額を押し付けながら、噛み締めるように呟いた。
 気丈に振舞うその声は、けれど何処か震えているような気がして。ナマエはより強く、ホンゴウを胸へと抱き寄せる。

「どうして。ホンゴウが、ずっと私のことを好きでいてくれたって証じゃない。…むしろ嬉しすぎて、泣いちゃいそうなくらいだけど」

 片手でも、もはや両の手でも足りないほどの年月。決して短くはない間、ずっと想い続けてくれたその強さと一途さを知った今、どうしてそれを、気持ちが悪いなどと言えようか。
 行動力があり、自身の気持ちを吐露できる。人を見る目があり、些細なことでもすぐに察することができる。だというのに、何故かナマエの気持ちに対しては、途端に鈍感になってしまう。自分しか見られないであろうホンゴウのそんないじらしい姿さえ、ナマエは愛おしくて仕方がなかった。

「お前ほんと…すげぇいい女だな…」

 身体の奥底から湧き上がり心地よく包み込んでくれるようなこの感覚は、もはや執着とも呼べる十年越しの感情を、「嬉しい」のたった一言で受け止めてもらえたことに対する喜びか、安堵か、それとも多幸感か。むしろそのすべてかもしれない。ホンゴウにはよく分からなかったが、ただ、目の前の存在がただ愛おしいということだけは、はっきりと分かっていた。
 ホンゴウの言葉に、今度はナマエがきょとん、として。そうして「あははっ」と吹き出す。

「なに、今さら気付いたの?」
「いや…知ってた」

 知ってたから、そんなナマエだから、ホンゴウは好きになったのだ。そんな大切なことを不安で忘れてしまうとは。なんと情けない。
 ──結局のところ、長年抱え続けた想いの結末としては、なんてことのない。ただナマエの愛の深さを知り、ますます愛慕の念を抱くこととなった。たったそれだけ。そんな、簡単なことだったのだ。
 ホンゴウは赤くなった顔を隠すように、ナマエの肩に額をぐりぐりと押し付けると、「あ゙ー…」とため息混じりに吐き出した。それに「くすぐったいよ」とくふくふ笑う姿さえも、愛おしくて仕方がない。

「なんつーか…これじゃ俺の方がプレゼント貰った気分だわ」
「ええ?なんでよ」
「それぐらい俺も嬉しいってことだよ」

 不安はようやく消えたのか、いつものような調子で。けれど抱き締める力は緩めぬまま、ホンゴウは小さく笑う。

「…あ、」
「ん?」
「さっき、"本当に渡したかった物"って言ったけど、でも、もちろん今まで渡したやつも、ちゃんと考えて選んだやつだからな」
「え?あ、うん。そこは別に分かってるけど」

 また変なところで不安になってる、と笑い。「かわいいね、ホンゴウは」と、ありったけの愛を詰めるように、ナマエはホンゴウの額に唇を落とす。その足元には、ネイビーブルーが誇らしげに揺れていた。まるで、最初から彼女のために生まれたのだと言わんばかりに。
 そうすると、隠すように奥底に押し込まれていたプレゼントたちも、ようやく出番がきたと輝いて見えるのだから、なんとも現金で、なんとも不思議なものだ。

「ずっと好きでいてくれてありがとう、ホンゴウ」

 これ以上嬉しそうな表情なんてこの世にはないだろうと思えるほど、ナマエの顔は明るかった。
 ふふ、と目を細め笑うその姿に、ホンゴウは愛を噛み締めるように、もう一度、「誕生日おめでとう」と呟いた。





BACK | HOME