慎重にシールを剥がし、ガーゼに保護されていた場所に触れる。他に目立つ傷のほとんど無い滑らかな白い肌の中、再生した皮膚が周囲を寄せ引き攣るそこは、すっかり赤茶色へと変わっていた。
 けれど見た目の痛々しさこそあれど、指先にわずかに感じるかさつきは新しい皮膚ができている証だ。引き攣りによる乾燥は保湿をすれば多少マシになる。あとは徐々に痕が薄くなっていくよう、あまり刺激をせず過ごせば大丈夫だろう。
 そう判断を下した途端、ふっと緊張の糸が解け。ホンゴウは無意識のうちに止めていた息を、細く長く吐き出した。

「どう?」
「…ん。ちゃんと皮膚も形成されてるし、もう大丈夫だ」
「じゃあ、もう何もつけなくても平気?」
「ああ。だけど皮膚は他より薄くなってはいるんだから、絶対に無理するなよ」
「はーい」

 術後から毎日行われていた定期健診は、その頻度を二日に一度、三日に一度と減らしていき。ついに今日、最後の処置でもあった保護パッドが外され。ナマエは晴れて怪我から解放されることとなった。
 シャワーだとか、普段も清潔にしなきゃだとか。そういった諸々をようやく気にしなくて済むようになった喜びと開放感から、ナマエは肩を軽く回し、ついでにぐうと背を伸ばす。

「…その格好で背筋伸ばすなって」

 それを見ていたホンゴウは何故だか苦虫を噛みつぶしたような顔になり。まるで親のようなお小言を口にすると、診察のためすべて外していたシャツのボタンをとめ始める。
 大きな手が、慣れた様子で小さなボタンを器用にとめていく様を見つめながら、ナマエは、そういえばと思い出す。

「ねえ、ホンゴウ」
「ん?」
「治ったっていっても、傷の辺り弄るのは…さすがにもう少し待った方が良かったりする?」
「…まあ少しならもう平気だが…どうしてだ?」
「傷の部分、このまま刺青にでもしようかなって、ちょっと思ってて」

 世間話でもするような軽さで放たれたその言葉に、ホンゴウは手をぴたりと止めた。

「刺青…?」
「うん」
「…なんでいきなり、」
「いや、実は前からちょっと考えてはいたんだけど、まあ、機会がなくて。でも今回こうなったわけだし、ある意味いいタイミングかなって」
「タイミング……」
「うん。ちなみにねえ、入れるならお頭のジョリー・ロジャーにするって、実は前から決めてたんだよね」

 以前、白ひげの船員たちがその身に彼のシンボルを刻んでいるのを見て、密かに憧れていたのだ。ただこれまでは、大した実力もない自分がシャンクスの名を背負うような事をしてもいいものかと、気が引けて。あとはまあ、ほんの少し、一生この身体に残るということへの恐怖が上回っていたから。
 けれどこうなった今、あんなチンピラ紛いの奴らにも赤髪の一員として認識されていたという一連の出来事も含め、いっそ誇りの一つとしてしまっても良いかもしれない。そう思えたのだ。

「…どうせ残るのなら、痕より刺青の方がずっと見栄えもいいでしょ?」

 同意を求めるように「ね?」とホンゴウを見やる。てっきり「いいんじゃないか」とか「気合入ってるな」だとか、そんな言葉と笑みが返ってくると思っていた。
 けれどナマエの目に映ったのは、なにかを考えるような、同時に、耐えるような。難しい表情を浮かべるホンゴウの姿だった。
 想像と正反対のその雰囲気に、ナマエは思わず言葉を飲み込んでしまう。

「…ホンゴウ?」

 戸惑いと共に名前を呼べば、ホンゴウは今気付いたとばかりに、はっと肩を揺らす。そうして一度、伺うようにナマエを見るも、すぐに睫毛を伏せ。

「……悪い。なんでもない」

 次の瞬間には、へらりと眉を下げ笑っていた。 
 明らかに迷ったあげく言葉を飲み込んで。目の前でそれを見せておきながら、誤魔化せるとでも思っているのだろうか。
 ナマエは、何事もなかったかのように再びボタンをとめ始めたホンゴウの手を掴むと、顔を近付け、不満ですという態度を隠すことなく半ば無理やり目を合わせた。

「言いたいことがあるなら、ちゃんと言って」

 これは、そんな大事ではないのかもしれない。けれど、あんな一件の後なのだ。言葉を飲み込み、気になることを訊けず。そうして生まれた小さな違和感から、またすれ違うことになるのだけは、どうしても嫌だった。
 ナマエの強い瞳と声に、ホンゴウはぐっと言葉を詰まらせる。けれどすぐに小さく息を吐くと、少しだけ気まずそうに視線を逸らしながら話し始めた。

「…言いたいことというか、だな」
「うん」
「……こういうのは、なんか、縛るみたいで良くないって、分かってはいるんだけど、」
「うん」
「…………もう、傷を作ってほしくないんだよ」

 もどかしい言葉選びと迷いをたっぷり溜め、ホンゴウはぽつりと呟いた。
 ナマエが思わず「…傷?」と確認のように訊けば、「俺が言うのもなんだけどな」と自嘲と共に、ホンゴウは自らの額の傷痕をかいていた。

「…刺青は、傷じゃないでしょ」
「それは、まあ…そうなんだけど」

 いや、厳密には傷なのだろうが、傷痕のように勝手に残ってしまうものではなく。刺青は自らデザインを選び、自らの意思で残すものだ。少し意味合いが異なることなど、船医であるホンゴウが一番よく分かっていた。
 それでも、やはり傷にも近いものがナマエの身体に残るという事実を、どうしてもホンゴウは割り切れなかったのだ。

「あと、これは傷うんぬんとかじゃねえけど…」
「?」
「お頭のもの、って感じがして……ちょっと妬ける」

 続いたまさかの言葉に、ナマエは目を大きく見開いた。

「お頭のもの、って…え?」
「…自分の恋人の身体に、他の男のシンボルが残るのは……男としては、ちょっと気になるだろ」

 ついに恥ずかしさの方が勝ったのか、ホンゴウは「言ってしまった」とばかりに目を逸らした。
 ──刺青はある種傷でもあるから、もうこれ以上傷をその身に残してほしくはない。それでもどうしても入れたいというのなら、それ自体を否定はしない。
 けれど、赤髪海賊団のシンボルたるジョリー・ロジャーがその身に永遠に刻まれるというのは、シャンクスに魂を捧げた船の一員として良いと思う反面、心を通わせ合う恋人としては少し気になる…と。そういうことか。
 考えれば考えるほど、ナマエの知るホンゴウとは思えない発言だった。
 けれどすぐに、もしかしたらこれが本来の、"ホンゴウ"という男なのかもしれないとも思った。なにせこれまでナマエが見てきたのは、あくまで"家族"として接してくる姿だけ。あの件を経て、改めて"恋人"としてこちらに接するホンゴウというものを見るのは、当たり前だが初めてなわけで。だからホンゴウが、嫉妬しているのを見るのも、初めてなわけで。
 ──なんと言うんだったか。とにかく胸が苦しくなるのに、それが堪らず。感情がいっぱいになり過ぎて、もはや脳が「可愛い」の一言以外、考えられなくなる、この感覚は。
 ああもう、駄目だ。ナマエはホンゴウの胸元に、ぽすんと身を委ねると、湧き上がる熱を抑えきれないとばかりに、まるで猫のように頭をぐりぐりと押し付けた。「…どうした?」と、戸惑うホンゴウの声が頭上から聞こえる。

「…心配性でやきもち焼きのホンゴウのために、やっぱり入れるのは止めておいてあげる」

 少しからかうような口調で、ナマエはくつくつと小さく笑う。それにホンゴウは「…なんだそれ」と苦笑混じりにこぼした。

「…俺のことは気にせず、お前の好きにしていいんだぞ」

 そう言いながらも、ホンゴウの声はどこか嬉しそうな、同時に、安心したような色を含んでいた。それを表すかのように、ゆるりと手を握り返される。

「いいの。私が決めたんだから」

 元々、タイミングがあればという程度の気まぐれだったのだ。物事の決定を他者の意志に左右されるのは好きではないけれど、それでもやはり、"恋人"としてのホンゴウが、わずかでも気になることがあるというのなら。それはナマエにとって考えを改める充分な理由になるのだ。
 ──それにしても、可愛い人だ。刺青どころか、大きな傷痕が残る人物だって、この船にはいくらでもいるというのに。それがナマエになっただけで、こうも弱気になってしまうのだから。ホンゴウという男は、好いた女には過保護なのかもしれない。
 この人は本当に、私のことが好きなのだ。──なんの違和感もなくそう思えた。思えるようになっていた。それがなんだか嬉しくて。ナマエはホンゴウの胸に身を預けたまま、両腕を腰にゆるりと回し。その身をさらに密着させる。

「っおい…」
「なに」
「いや…、」

 頭上からは戸惑いの言葉が。耳を付けた胸からは、どくどくと心臓が激しく跳ねる音が聞こえている。

「…悪い、ちょっと、離れてもらえるか……」

 けれど一分も経たないうちに、絞り出すような、震える声でホンゴウがそう呟いた。
 驚いて顔を上げれば、ホンゴウはナマエの身に触れぬようにと、まるで海軍に銃を向けられたときのように両手を上げていた。しかも、わずかに顔を背けながら。
 必至に避けるようなその仕草と言動にナマエは、むっと唇を尖らせる。

「なに、どうして」
「いや…色々と、まずいだろ……」

 なんの事だと思うと同時に、逸らされていたホンゴウの視線が、ちらりとナマエの胸元へと注がれる。そこでようやく、ナマエは「まさか、」と思い至った。
 はだけたシャツ。ボタンはある程度とめたとはいえ、それでも胸元は大きく開いたまま、ナマエが動く度下着が見え隠れしている。なにより、そこにあるやわらかな、双丘。抱き着いたことでホンゴウの胸板に押し付けられ、互いの間でむぎゅりと形を変えている。ホンゴウはこれに反応していたのだ。

「……童貞じゃないんだから」
「それは関係ないだろ…」
「……あ、」
「…なんだよ」
「もしかしてさっき、背筋伸ばすなって言ってたのって……」
「………」

 その横顔にまたひとつ思い至り。口にすれば、正解だったようで。いよいよホンゴウは片手で自身の目元を、逃げるように覆ってしまった。
 あまりに些細な動作だっただけにもはや詳細など覚えていないが、おそらく背を伸ばしたことで胸を突き出すような体勢になっていたのだろう。しかもシャツの前を全開にしていたいこともあり、下着も丸見えの状態で。
 ナマエはなんだかもう、本当に「どうしてそんなことで?」状態だった。恋人で、なんならセックスまでした仲。なによりホンゴウはナマエ以外の、それこそもっと胸の豊かな女を抱いたことも、きっとあるだろうに。たかだか胸を押し付けられていただとか、そんなことで動揺するとは。
 まさかの理由に呆気に取られるナマエに、ホンゴウは居たたまれなさそうに「仕方ないだろ…」と下唇を噛む。

「しばらくお前に触れてないから…ちょっと、色々反応しちまうんだよ…」

 逸らされ隠されているせいで顔はよく見えないが、徐々に真っ赤になっていく耳はしっかり見えていて。ここまであからさまに動揺するホンゴウを見るのは初めてだった。
 それを見たナマエは、少しだけ考えた後。抱き着く腕にさらに力を込めた。「ナマエっ」と頭上から声がすると同時に、それまで所在なさげに上げられていた手が、慌てたようにナマエの両肩を掴む。

「別に、いいのに」
「え…、」
「別に…ホンゴウが触りたいと思うところ、全部…たくさん、触っていいのに」

 言って、ナマエはホンゴウを見上げる。長らく見えていなかった顔はナマエの想像通り、これ以上ないほど真っ赤に染まっていた。目はまるく見開かれ、唇は「信じられない」といった様子でわなわなと震えている。
 顔だけではない。もはや肩に添えられているだけになっていた手も、開いたり閉じたりと何かをを耐えるような、ぎこちない動きを繰り返している。
 あからさまな動揺と葛藤に、ナマエはなんだか申し訳なささえ浮かんできた。それでも止めようとは微塵も思えなかったが。
 ホンゴウ、と名を呼び身体をすり寄せれば、ぎこちなかった手にようやく力が込められる。

「…っ駄目だ」

 けれどやはり、その腕に抱き締められることはなく。むしろ強い力であっさりと離されてしまう。
 この流れで手を出さないとは。あまりに頑ななホンゴウの意志に、もはや不満よりも先に、どうしてという疑問の方がナマエの頭に浮かぶ。
 もしや、まさかまだ、"好きだけど手を出すのは別"、などとでも言うつもりか。ふと浮かんだ可能性が、ナマエの瞳に不安を滲ませる。

「いや、ごめん、違うんだ、触りたくないとか、そういうことじゃなくて……」
「…じゃあなんで」
「……」
「…ホンゴウ」

 抱いた不安をすぐに否定してもらえたことに、ひとまず安堵しつつ。ならばと理由を訊く、ホンゴウは再び口を閉ざしてしまった。
 けれど咎めるように名を呼べば、観念したのか蚊の鳴くような声で話し始めた。

「………本当は、めちゃくちゃ触りたい……」
「め、う、うん…」
「…けど、今は、傷、塞がったばっかりだし…それに…、」
「……」
「………ここじゃ、邪魔も入るだろ」

 その言葉にナマエは一瞬きょとんとしながらも、そうかとすぐに理解する。
 二人が今いる医務室のエリアは、他にホンゴウの私室と、あまり使われていない小規模の談話室、二部屋の倉庫、そして廊下の一番突き当りにナマエの部屋がある。
 人の集まる談話室、大幹部の個人部屋、そして船員の大部屋は食堂を挟んで反対側にあるため、医務室に用がない限りこのエリアに立ち入る者はほとんどいない。くわえてナマエの部屋には「緊急時以外立ち入り禁止」という掟もあるため、なおのこと。そのおかげ普段二人は気兼ねなく互いの部屋を行き来できている。
 今だって、誰にも見られることなくこんな状態になっているわけだが。それでも、まだ明るい時間。昼間の医務室にはいつ誰が来たっておかしくはない。だからホンゴウは頑なにナマエの誘いを拒否していたのだ。
 そんな当たり前のことを失念し、ホンゴウの気遣いを無下にしてしまうところだった。ナマエはわずかに名残惜しさを感じつつも、ゆっくりと身体を離す。

「ごめん、ちゃんと考えてなかった…」
「いや…俺も、ちょっと、危なかったし…」
「…そこ素直になっちゃうんだ」

 言えば、ホンゴウは少しだけ「しまった」といった顔をした。それを見たナマエが思わず笑えば、ホンゴウも同じように笑みをこぼした。わずかに張り詰めていた空気が解れる。

「…スネイクの話だと、あと二日くらいで島につくらしい」

 言いながらホンゴウはナマエのシャツのボタンに手をかけ、再びひとつひとつ、丁寧に下からとめていく。最後に胸元をいつもより一つ多くとめると、そのまま、今度は膝の上で握られていた手を取る。

「そうなんだ」
「ああ。…だからそのとき、お前がよければ」

 答えなど分かっているくせに。それでも、返事を待ちわび、少し硬い親指の腹でナマエの手の甲をすりすりと撫でる様子は、まるでご褒美を待つ犬のようで、とても可愛らしかった。

「…ふ、」
「どうした?」
「いや…なんか、この日にセックスしましょう、って決めるの…面白いなって」

 一ヶ月後や一週間後でなく、たった二日後というのは確かに嬉しいけれど。その約束をして挑むだなんて。まるで初体験のときのような初々しさと、ちょっと情けないような愛しさがあった。
 ナマエが呟くように笑えば、ホンゴウも「それはまあ…そうだな」と同じように苦笑する。

「でも、するって決めてたら、心の準備ができるだろ」
「準備?」
「…たぶん、今お前に触ったら止まれる気がしねぇんだよ」

 ホンゴウは握る手に力を込める。そのあまりの強さに、それまで翻弄するような余裕さえ持っていたナマエの心が、ざわりと揺れ動いた。

「だから、まあ…覚悟しておいてくれ」

 わずかに緊張を示したナマエを、ホンゴウは試すようにじっと見つめ。そうして、へらりと笑った。
 一見柔らかくも見える顔。その奥に、なんとか抑えているのであろう熱が、じくじくと燻っていることに気付き。ナマエは掌にじわりと汗が滲むのを感じた。




 約束から二日経ったこの日、船は島へとその身を着けた。正午になる少し前のことだ。
 春島だという島の気候は、現在春真っただ中。市街地のメイン通りに植えられている桜の木は、風が吹く度さわやかな青空に淡いピンク色が舞い散らせ、道行く人々の心と目を癒す名物となっている。
 船に乗っていては中々見ることのない鮮やかさと華やかさ。けれどそれに、ホンゴウとナマエが足を止めることはない。
 立ち止まり顔を上げる人々の間を、離れぬようにと強く手を握りながらすり抜け進み。メイン通りから数本ほど裏へ入った路地に、ひっそりと佇むホテルへ迷うことなく吸い込まれていった。
 部屋に着いた途端、二人はなにも言葉を発することなく。けれどそれが当然のように、抱き締め合い、唇を重ねながら、ベッドへと倒れ込む。
 ついばむようなキスを繰り返しながら、ホンゴウはナマエのシャツのボタンに手をかける。短く切りそろえられた爪先がわずかに肌を掠めた、その瞬間。ナマエは無意識のうちに小さく息を詰めていた。

「…ごめん、なんか緊張しちゃって……」

 ホンゴウが伺うようにこちらを見下ろしていることに気付き。ナマエは苦笑いと共にそう返す。
 シーツの滑らかさにさえ気が張るなんて、こんなの、ホンゴウと初めて身体を重ねたとき以来だ。そのときは確かに正真正銘の生娘であったがゆえの緊張だったけれど、今は、文字通り色々乗り越えた結果、似たような緊張感を抱いてしまっているのだろう。
 わずかに声を震わせるナマエに、ホンゴウはすうと目を細める。そうして、不安げにシーツを握り締めていた手を取ると、そっと自らの胸へと触れさせた。

「…俺も、すげぇ緊張してる」

 艶めかしい体温にしっとりと汗ばむ肌。その下でどくどくと、まるで掌を叩くかのごとく音が響いている。「同じだな」と、小さな笑いと共に呟かれた言葉に、ナマエは、ふっと緊張が解けていくのを感じた。

「…触ってもいいか?」

 再び訊かれ、ナマエは小さく頷く。ホンゴウはそれに嬉しそうな笑みを浮かべながら、身を屈めゆっくりと距離を詰める。まるでそうすることが当たり前というように、互いに目を閉じた。唇がそっと重なる。
 角度を変えながら軽いキスを繰り返す。いつの間にか背中に回されていた腕が、ナマエの身体を軽く持ち上げ。その手に促されるようにナマエもまた、ホンゴウの首にゆるりと腕を回した。
 指先で、刈り上げの感触を楽しむようにうなじを撫でれば、「くすぐったいだろ」とホンゴウは喉を鳴らす。ナマエは芽生えた悪戯心のままに手を動かし、ぴっちり結われた髪紐をするりと解いてみせた。はらりと落ちた毛先が頬をくすぐる。

「あ、こら…悪戯すんなって」
「ふふ…ん、」

 互いに小さく笑いながら、また唇を重ねる。今度はすぐには離れず、キスは徐々に擦り合うものに変わっていく。

「っ、ほんご…、んぅ、」

 甘やかな吐息に、徐々に苦し気な声が混ざり始める。いつの間にかわずかな隙間からホンゴウの舌が入り込み、ナマエの口内で蠢いていた。
 厚い舌が頬の内側を撫で、上顎をくすぐる。溢れた唾液を混ぜ込むように表面を擦り合わせ、呼吸と共にナマエの喉の奥へと流し込まれていく。

「は、ふぅ、ん…っ」
「ん…は、ぁ…ッ」

 少しくぐもったような、ホンゴウの低い声。普段であればとても落ち着く優しい声だ。けれどこうして甘さが、熱が含まれると、聞くだけで腰を砕けさせるような破壊力を持っている。
 ナマエはホンゴウの胸を叩き離れろと言外に示す。このままでは快楽に支配され溺れてしまう──確信と、わずかな恐怖があった。
 けれどホンゴウがそれに従うことはなかった。むしろまだ足りぬとばかりに、抵抗する身体を押さえ付け、小さな舌を根元から絡め取っていく。
 自らの意思で呼吸ができないことへの本能的な恐怖。それと同時に、ぴちゃぴちゃと響く音と、肌を撫でる息の熱さ。ぬめり絡む舌の淫猥さ。すべてがない交ぜになり。ぞわぞわと肌が粟立つ感覚が、ナマエの腹をきゅうとへこませる。
 視界が揺れる。目をつむればついに涙がこぼれ。落ちた一筋の雫は、ホンゴウの頬も濡らしていった。
 己の頬に触れたそれに気付き、そこでようやく、ホンゴウは慌てて唇を離した。突然飛び退くように離れていったことにナマエが驚き見上げれば、何故かホンゴウも少し驚いた様子でナマエを見下ろしていた。

「わるい…夢中になってた……大丈夫か…?」

 心配そうにナマエの涙を拭うホンゴウの呼吸は荒い。まさかの返答に戸惑いつつ、ナマエは「うん…」と返す。

「ちょっと、びっくりしただけ…でも平気、…だから、」

 それ以上は言えなかった。代わりに、伏せていた睫毛をついと上げ。ナマエはホンゴウを伺うように見る。
 それだけで充分伝わったらしく。ホンゴウは嬉しそうな、けれど少しなにかを耐えるように下唇を噛んだ後、「ん…」と小さな返事を共に、再びナマエの唇を塞いだ。

「…身体、少し起こせるか」

 ついばむようなキスをしながら全てのボタンを外し終えると、その手が今度は背中に回される。促され、ナマエがわずかに身体を浮かすと、ぷつりと下着のホックも外された。そのままシャツと下着もまとめて奪われ、ナマエはあっという間に上半身裸にされてしまう。

「肌、真っ赤になってるな」
「ん…っ、」

 紅潮する肌を指先で撫でながら、ホンゴウは両手を胸に添える。やわらかなそこは、緊張からか少し汗ばみ、掌にしっとりと吸い付いてくる。
 久方ぶりの柔らかさを堪能するようにふにふにと揉めば、掌の下で突起が徐々に芯を持ち始めるのを感じ。親指と人差し指を添え、根元からそこを、きゅうと摘まみ上げた。

「あ、…っ!」

 乳輪を優しくなぞり、根元を引っかき。爪先で先端を弾いたり、逆に埋め込むように押し当てたり。淡く色付くそこを弄べば、その硬さは増していく。

「や、あ…っ、あ、ぁ…!♡」

 甘い声を漏らす唇にまた噛みつきたい衝動に駆られるも、同時に、久方ぶりに聞けたこの声をもっと聞きたいと堪え。代わりに首や鎖骨、肩口にキスをしながら、胸元へとゆっくり顔を下ろしていく。
 重力で横に少し流れる双丘を寄せ勃ち上がる突起を二つまとめると、尖らせた舌先で、そこをべろりと舐め上げた。

「やっ、あ、…!?♡」

 甘い声と共に浮いた背を押さえつながら、ホンゴウは唾液を絡ませ、突起全体をぐるりと舐め回す。強く吸い上げ、歯を立て、押し潰し、反発するように硬く主張する突起を、口内で好き勝手に弄んでいく。

「ひ、んぅ、ゔっ♡」

 舐めて、吸って、やわく噛んで、そうして時折こねて。手の如く器用に、けれど手とは確実に違う質を持って動く舌に、ナマエは腹の奥に、じくじくと熱が溜まる感覚を覚え始める。
 それは久方ぶりの、例えようのない感覚。けれどナマエにはその正体がすぐに分かった。"これ"は深く達せない分、ひどく余韻が残るから嫌なのだ。

「あ、ぁあっ…は、あ゙…ッ♡」

 けれどもう遅かった。久しぶりがゆえに、そこに至るまでがずっと早く。突起にはあつい舌が絡まり、唾液と共に吸い上げられ。根本にやわく歯を立てられてしまえば、腰は浮き上がる。腹の奥が、嬉々としてそれを迎えにいっていた。

「あ、ぁああっ…♡あ、あ…!♡」

 鳴き声と共に、軽く痙攣を起こしたように引き攣る。がくんっと大きくと腰が跳ね、ナマエは喉をさらけ出していた。
 跳ねる身体を押さえながら、ホンゴウはゆるりと上体を起こし、「いいこだな」と労わるように唇を重ねた。舌の表面を擦り合わせ、飲み切れずこぼれる唾液も構わず重なり合う。今日のホンゴウはどうやらキスが好きらしい。

「ん、っふ♡あ、ぁん…♡」

 ホンゴウの手がナマエのパンツにかかる。気付いたナマエがシャツの時のようにゆるりと身体を浮かせれば、パンツとショーツがすぐに取り払われ。しっとり汗ばむ肌の間、閉じられたあわいへと手が触れた。瞬間、ぐちゅりと音が響く。

「ん…ちゃんと濡れてるな」

 唇を離し確認のように呟かれ、ナマエは顔を真っ赤に身を縮こまらせる。その初々しい様子にホンゴウは小さく笑いながら、濡れる入口を上から下に数度撫で、くぷりと指を差し込んだ。
 やはり久しぶりということもあり、知っているはずのそこは記憶よりも狭く。なんとか根元まで飲み込むころには、指はきゅうきゅうと締め付けられていた。

「…痛むか?」
「っ、へいき…、」

 訊けば、ナマエはふるふると首を振りながら答える。嘘をついているようには見えなかったが、真実を言っているようにも見えなかった。
 おそらく本当に痛みはないのだろうが、それより圧迫感が酷いのだろう。体格差があるとはいえ指一本でもこの状態、時折指を曲げたりはできるものの、やはり広げるとなると二本以上は入れたいところだ。けれど無理はさせたくない。
 さてどうしたものかと、若干の医者モードを発動しつつ。ホンゴウは一度指を引き抜く。
 慣らしもそこそこにい抜いたからか不安そうに見上げるナマエに、大丈夫とばかりに軽くキスをすると、そのまま身体を下へとずらしていく。そうして内ももに両手を添え、両脚をより大きく開かせた。
 ホンゴウ何をしようとしているのか、そこまでされてようやく気付いたらしく。ナマエは慌てて制止の声を上げる。

「やっ、ま、ぁああ…っ!♡」

 けれどその声は嬌声へと変わってしまった。
 抑えなく上げられた声に気をよくしたのか、ホンゴウは入口をくるくると円を描くように舐めながら、溢れた蜜を絡め、舌を差し込んでいく。
 ──こう言ってしまうのはなんだが、これまでのホンゴウとの行為は淡泊というわけではなかったけれど、かといって凡そスタンダードといわれる内容から外れることはなかった。
 別にそれに文句があったわけではない。そもそもナマエはホンゴウ以外の男を知らなかったし、なにより、あのときは性的な感情がない中でもセックスをしてくれていたのだと考えれば、それだけでも充分だろう。なんとも自虐的な考えではあるが、すべて解決した今にしてみればそう思える。とにかく、ホンゴウとの行為は至って普通のものだったのだ。
  だからこうして、舐められる、なんて。知識としては知っていたけれど、実際されたことは一度もなく。されたいと思ったことも、というより考えたこともなかった。
 ──だというのに。内ももをくすぐるホンゴウの髪の感触、撫でる熱い吐息、押さえつける手の強さ、浅い場所で蠢く舌のぬめり。そのすべてが、"ホンゴウが舐めている"というこの状況を、生々しく突きつけてくる。
 ナマエの脳内は混乱していた。けれどそれ以上に、どうしようもないほどの快楽が、ひたすらに頭を、身体を、支配していく。

「や、ほんご…っ!♡んあ、あ、あ…ッ!♡」

 あ、駄目だ。そう思った瞬間、腹の奥がきゅううっと強く痙攣した。

「ひ、っぅ、あ、あ゙ッ──♡♡」

 肉壁がホンゴウの舌を締め付ける。押さえ付けていた太ももはぎくぎくと震え、伸びた足先が宙を舞う。
 浅いところでも達した中はひどく敏感なようで。舌を引き抜くだけの動きでも、ナマエは「あ、」「う、」と小さく声を漏らしていた。
 一度達すれば中はそれなりに解れている。それでも充分なはずなのに、ホンゴウは蠢くそこから顔を離すことなく。溢れた蜜を舌の上で転がしながら、入口の少し上で震える突起をぱくりと口に含んだ。

「あ、やっ!♡んあ゙、ああぁ、ッ♡」

 溢れた蜜をにちゅにちゅと突起へ絡めながら、舌先でまだ皮の被る根元をくすぐる。吸い上げ、左右に弾くように弄れば、ナマエはすぐに限界を訴え始めた。
 ひどく慌てた様子でホンゴウの頭を押し退けようとする手に、力はほとんど入っていない。それでも必死な様子は先ほどまでとは違っていて。その理由は、ナマエの言葉ですぐに分かった。

「や、あ゙っ!♡も、で、ちゃうからぁ…っ!♡」

 潮を噴きそうになっているのだ。ただ経験がないから、その感覚を尿意と勘違いしているらしい。──なら何も問題はない。仮に本当に尿だとしても、それでも、やはり問題はない。少なくともホンゴウにとっては。

「い…あ!あ゙──ッ!♡」

 ホンゴウは必死の制止も聞き入れることはなく。それどころかナマエの足をさらに大きく開かせると、先程よりも大きくなった突起へ、やわく歯を立てた。
 瞬間、天地がひっくり返るような感覚がナマエを襲い。秘部からはぷしゃりと潮が噴き出しす。当然のごとく顔にかかり口内へと流れ込んでくるそれを、ホンゴウはまた当然のように、溢れた蜜と共に喉の奥へと流し込んだ。

「大丈夫か…?潮噴き初めてだったもんな」
「っ、」

 上体を起こしながら何事もなかったかのように頭を撫でてくるホンゴウを、ナマエは信じられないものを見るような気持ちで見上げる。
 まさか初の潮噴きが顔面で、あげくそれを飲まれることになるとは。いろいろな意味で一生忘れられないであろう初体験に、ナマエの思考回路は未だわずかに追いついていなかった。

「ぃ、ん゙…ッ!」

 あまりの衝撃に呆けていると、再び指が一本差し込まれる。数度達した中は今度こそ拒むことはなく。むしろ待っていたとばかりに奥へと飲み込んでいく。

「は、ぁあ…、んぅ…っ♡」

 触れたとき、わずかに痛むような声を上げたものの、それはすぐに嬌声に変わり。身体が強張る様子もないことから、ホンゴウは動きを大胆なものへと変えていく。
 指を二本に増やし、届く限界まで押し込む。手根部を下腹部に付けながら、みっちり詰まった肉をぐぱりと広げ、ぐぽぐぽ空気を含ませるように動かす。かと思えば浅い場所まで引き抜き、腹側のざらついた部分に押し当て、小刻みに揺さぶりくすぐる。

「ひ、ゔっ♡ぁ、あ゙あぁ…ッ!♡」

 そうすれば、ひどくねっとりとした蜜が再び溢れる。もはやホンゴウの掌に泉を作らんばかりの量だった。

「ん…大丈夫そうだな…♡」

 よかった、と。思わずこぼれてしまったとばかりに笑う声に、嫌味やからかいの類は含まれていないことはナマエも分かっている。それでもそんな、ひどく甘ったるい色で言われてしまえば、わざとやっているのではと思うのもまた事実で。その声が鼓膜を揺らす度、ナマエは頭が茹りそうな想いだった。

「っは、ああ…ッ♡あ、んう、ぅ♡♡」

 けれど実のところ、ナマエのその考えは、当たらずとも遠からずだった。
 すべてを委ね身体を明け渡してくれるナマエを労わり、できる限り気持ちよくしてやりたいという気持ちは、確かにホンゴウの中にある。
 ただそこには、"ひたすら優しくしなければ"という想いと、"快楽にとことん溺れさせたい"、という相反する想いが付随するのだ。しかも現状、溺れさせたいという、ひどく邪な考えの方にその天秤を傾けながら。
 ひたすらに与えられる快感はときに辛さへと変わることを、医者であるホンゴウはよく知っているはずなのに。──それでもナマエを、目の前の愛しい存在を、この手で溺れさせたくて仕方がないのだ。
 海賊になるずっと前、故郷で恋人だった女にも、船に乗り、島で出会った一夜の女たちにも、こんな感情を抱いたことはなかったというのに。己の中にこんな加虐的な思考があったことに、ホンゴウは驚いていた。
 初めて知る感情は、けれどもどうしようもない高揚感をホンゴウに与える。──ああでも別に、どっちも"ナマエのことが好きだ"っていう根底は変わらないのだから、もうこのままでもいいんじゃないだろうか。

「ふ…ははっ…♡」

 熱を孕み、喉に絡みつく低い笑い声は、ほとんど餓えた獣の吐息のそれだった。
 邪な感情に背中を押されるように、ホンゴウは指の動きを速める。壁を粘膜を引っかき、親指に蜜を絡め、入口でまだわずかに皮を被る突起に押し当てると、そのまま小刻みにくすぐってやる。同時に、それまであまり触れていなかった胸にも手を添え。ぴんと立ち上がる淡い先端を、爪先でかりかりと引っ掻いていく。

「あ゙、りょうほ、やらっ♡や、あ、あ♡あ、──ッ♡♡」

 ナマエの青い瞳が一瞬、強く閉じられ。けれど涙の粒を散らせながらすぐに見開かれる。
 嬌声と共にやわい内ももは強張り、肢体がシーツを乱す。細い腰はつられるようにかくかくと跳ね上がり。ナマエの身体を襲う絶頂の強さを示していた。
 まるで食んでいるかのように蠢く中に、ホンゴウは名残惜しさを感じつつ指を引き抜く。溢れた蜜が指先と秘部とを繋ぎ、それはやがて重力でぷつりと切れていった。
 頭が沸騰しそうな、ひどく淫猥な光景。ホンゴウの喉がごくりと大きく上下する。
 なにかに急かされるように、ホンゴウは震える手で服を脱いでいく。すべて取り払い裸になると、ナマエの落ちた腰を抱え直し、あわいに先端をあてがう。
 わずかに入口を割り開いた屹立に、ナマエは一瞬息を呑む。怖いわけではないが、またあの圧迫感がくるのかと、無意識に緊張が生まれる。

「…ナマエ」

 繋がるその場所を思わず凝視していたら、ふと優しい声で名前を呼ばれた。
 はっと呼び戻されるように気付き、ナマエは顔を上げる。優しい顔のホンゴウが、その青い瞳に映った。──瞬間、大丈夫と、ナマエは当たり前のように思っていた。
 シーツを握り締めていた手をゆっくりと伸ばし、ホンゴウの首にするりと回す。ぎゅうと抱き着けば、ホンゴウもまた、ナマエの背に手を回し、強く抱き締め返してくれる。
 隙間なく触れ合う肌。じんわり溶ける互いの体温に、ナマエの心臓がとくとくと落ち着きを取り戻していく。
 続きが欲しいと言えない代わりに、ナマエは足をホンゴウの腰にゆるりと絡めた。気付いたホンゴウは、ナマエのこめかみにキスをひとつ落とし、ゆっくり腰を進めていく。

「ん゙…っ、ふ、あ、ぁ、あ…ッ♡」

 押し分け入り込んでくる屹立に、やはり圧迫感はあれど、先ほど痛みを感じた時よりはずいぶんとマシになっていた。ようやくすべて入り切ると、ホンゴウは落ち着けるように小さく息を吐く。

「は、あ…苦しくないか…?」

 労わるその問いに、ナマエは吐息と共に「…へいき」と返す。どこか心地よささえ感じているようなその声に、今度こそ真実を言っているのだと分かり。ホンゴウは淡く濡れる唇に、「頑張ったな」とキスをする。

「んゔっ、ふ、あ…っぅ♡」
「ん…は、ん…っ♡」

 ちゅる、と吸うような口付けから、また互いに舌を差し出し、にゅくにゅくと絡め合う。
 すっかり慣らされ敏感になった中は、軽く舌を吸い上げ擦り合わされる度、張った雁首、先端からこぼれる先走り、屹立の血管ひとつに至るまで、すべての形を熱を感じ取り。快楽としてナマエの脳髄へと伝えてくる。

「は、っあ♡っほんご、きす、もぉだめ、ッ」
「んぁ…なんで…?」

 揺れる脳に、ナマエが慌ててホンゴウの背を叩き訴える。おかげでようやく唇は離れたものの、その距離は相変わらず近く。間を糸が繋いでいる。

「お前、ちゅー好きだろ…」
「ちゅー、って…あ、っ♡すき、だけどぉ…ッ♡」
「じゃあなんで?」
「あっ、あ♡は、ゔ…♡」
「なあ…なんでって」
「あ、んっ!♡」

 何故キスが好きなことを知っているのかだとか、離されたことに落ち込んだように眉尻を下げていることだとか、そもそも、その可愛い言葉選びは不意打ちだとか。言いたいことは他にあったはずなのに。
 返事を催促しながら、離れたくない、もっとキスをさせろとばかりに、こめかみや頬にキスを繰り返されるせいで、ナマエにそんな余裕は一切なかった。

「っき、もちくて…頭、とけ、ぅ…ぅあ…ん♡」

 声を震わせながらなんとか呟かれたその言葉に、ホンゴウは一瞬、きょとんとして。けれどすぐに、その瞳をとろりと細める。

「はは…じゃあなにも問題ないな…♡」

 恍惚と吐息交じりにそうこぼすと、ホンゴウは再びナマエの唇を塞いだ。

「んん゙っ、♡は、ぅん、んん、〜〜っ♡♡」

 嫌だと突っぱねる両手を掴み、シーツに押し付ける。小さな手はすっぽり覆われ、なにかに掴まり耐えることも、かといって逃げることもできなくなってしまった。
 上体を屈めたホンゴウにつられ、ナマエの下半身も軽く浮き上がる。少しだけ上を向いた秘部に、杭を打つように、ホンゴウは腰を落とし始める。
 屹立の先端で蠢く中をかき分け進み、辿り着いた子宮口をくすぐる。けれどすぐに、やわ肉を強引に引きずり出すように腰を引き、腹側のざらついた場所を雁首で擦り上げる。屹立全体で中を愛撫していく。

「ん゙、んんん♡っ、♡♡!」

 ごぷりと溢れた蜜を飛び散らせながら、ばちゅばちゅと腰が打ち付けられる度、つられ浮き上がるナマエの足先はぴんっと伸び、所在なさげに宙をさまよっている。

「は、んむっ、ん…♡」
「ふ、んう、ぅ、ッ!♡♡、──ッ!♡」

 口内を満たす厚い舌に息もできず。ナマエの視界が、苦しさにぐらりと揺れる。
 体液が粘つき絡み合う音が、上からも下からも響いていて。もう駄目だと思った、そのとき。それまで膣全体を愛撫するように動いていたホンゴウが、ずるるっと大きく腰を引き。そのまま最奥に、強く打ち付けた。

「──ッ、!♡♡」

 甲高い嬌声がホンゴウの喉の奥へ消えると同時に、繋がるそこから、ぶしゃりと潮が噴き出た。癖になり始めてるのか、さきほどよりも強い勢いでぱたぱたとホンゴウの腹筋へと飛び散っていくそれは、二度目にしてはかなりの量だった。
 搾り取るようにうねる中に誘われ、先端を子宮口にあてがい。ホンゴウも躊躇うことなく精液を吐き出す。

「ふ…はあ……っ」
「あ゙…♡あ、…ぁ、ッ♡」

 しびれる舌をちゅるりと吸いながら、ようやく唇が離れる。こぼれた唾液が口端から流れ枕を汚していく。けれどナマエは気にしていられないのか、だらしなく口を開けたまま。荒い呼吸をはふはふと浅く必死に整えている。

「…抜くぞ」

 返答はない。そしてホンゴウもそれが分かっていたのか、ナマエの返答を待つことなく屹立を引き抜いた。
 栓を無くした秘部からは蜜と精液が混ざり合った白濁液が溢れ、瞬く間にシーツに染みを広げていく。ホンゴウも乱れた呼吸を整えながら、ナマエをついと見下ろす。
 枕に押し付けられた横顔は涙で濡れ。薄く開く淡い唇からは、ひゅうひゅうとか細く空気が痛々しく漏れている。──可哀想だ。そうしたのは自分だというのに。ホンゴウは労わるように、涙に濡れる頬に唇を落とす。ナマエはわずかに肩を震わせるだけで、それにも大した反応を示せないようだった。

「…まだ、いいか?」

 口端からこぼれる唾液を親指で拭ってやりながら訊けば、ナマエは「ん…」と返事にもならないような返しをして、添えられた手に擦り寄ってくる。
 健気なその姿に「ごめんな」と形だけの謝罪をすると、ホンゴウはナマエの腰を抱え直し、再び屹立を秘部へと挿し入れていく。

「ん、ぅう…っ♡あ、ぅ、ッ♡♡」

 顫動する中を割り開きながら、屹立はゆっくりと進んでいく。気遣うような優しい動き。──けれど、何故かそれが、いつもとは少し異なるような気がした。それは、刺激を与えることより、狭い中を奥に奥に進もうとしているような、そんな動き。
 おかしい、とナマエが少し遅れて違和感を抱いたときには、既に骨を叩く音がわずかに身体の中に響いていた。

「ひぅ、ゔ♡あ、ぁ…っ♡」

 ナマエはほとんど無意識のうちに腰を引いていた。けれどホンゴウの手がそれを阻む。その強さに肩をびくりと跳ねさせながら、ナマエは小さな声で「ホンゴウ…?」と伺うように男の名を呼ぶ。
 俯くようにナマエの首筋に顔を埋めていたホンゴウが、ゆるりとナマエに視線を向ける。
 そうして交わった瞳には、ひどく濁ったような熱がこもっていた。──捕食者。あれは、捕食者の目だ。
 恐怖なのかは分からない。ただ言葉を失うナマエに、今度はホンゴウが「…ナマエ」と小さく名を呼ぶ。

「ここ、入れさせてくれ」

 呟くと同時に腰が押し付けられる。腹の中で、みちりと、骨が軋むような音が響き。ナマエの背筋がぞわりと粟立つ。

「ここって、なに…も、入ってるでしょ…」
「いや、もう少し、奥があるんだ」
「お、く…?」

 ──駄目だ。そこは入ったら、入れてしまったら駄目だと、本能が告げる。

「や、だ…わからな、なに…?怖い…ッ」

 ナマエは涙を滲ませながらホンゴウの胸を押し突っぱねる。そんなことをしても逃がしてもらえないと分かっている。けれど怖い、逃げたい、という思いで、ナマエは子供のようにかぶりを振って抵抗する。

「…ごめんな」

 心の底から申し訳ないと思っている、そんな声音だった。けれどホンゴウの手には、有無を言わさぬように、さらに力が込められていた。
 どうして、とナマエが思ったのも束の間、ホンゴウの腰が再び動き始める。

「や、ぁ、あ…っ」
「ごめん…絶対に、痛くしないから」

 嫌だと喚く声をホンゴウは飲み込む。それは宥める優しいキスなどではない。言葉を奪い、またあの快楽の海へ落とすような、そんなものだった。
 逃げを打つ足を掴み膝裏へと手を添える。軽々持ち上げ、浮き上がった腰と上を向いた秘部に、再び圧し付けるように腰を落としていく。

「っ、ん゙ぅうッ!♡ん、ん…!♡」

 みちりと、腹の奥で肉が、骨が、強引に割り開かれるその感覚に、ナマエの全身がぞわりと粟立つ。これ、駄目だ。このままは駄目、ぜったい、だめ。──青い瞳からついに涙がこぼれ、ナマエは咄嗟にホンゴウの肩を掴んでいた。縋っていたのか、止めたかったのか、もはや分からなかった。
 瞬間、ぐぽんっと何かがはまる音が身体の中に響き。ナマエの視界に、ばちばちと火花が散った。

「あ゙、…っ!?♡、〜〜〜っ?♡」

 重なっていた唇が勢いで離れる。同時に秘部からは、ぶしゃっと勢いよく潮が噴き出していた。
 膝を持ち上げられていたせいで、散ったそれはナマエの顔にもかかり。涙と混ざりながら紅潮する頬を滑り落ちていく。

「っ、?♡ぁ、あ゙…♡」

 なにが起きたのか、もはやナマエは理解できていなかった。口から出るのは意味を為さない音だけ。ただ身体を支配する熱が、快感が、辛いとさえ思い始めた。
 伸びた足先が逃げを打つように宙をかく。ホンゴウは腕の力だけでそれを押さえ付けると、はめ込んだ先端で子宮口をくすぐるように腰を回す。触れ合った下腹部の間で、熟しすぎた果実がつぶれたような音が響いている。

「あ゙、あんっ!♡あ゙、ああぁ…ッ!♡」

 腰が蕩けるような快感だった。いや、もはや蕩けてひとつになっているのではと、ホンゴウは本気で思った。

「い、ぐっ、♡♡い゙、ぅあ、ぁああ…!♡♡」

 仰け反る首筋に吸い付き痕を残しながら、本能のままに腰を振る。しつこく奥を突き上げ、こねるように腰を回し動かす。その動きに、もう何度目とも分からぬ絶頂を迎えた中が、大きくわななく。
 搾り取る肉壁の甘いうねりに抵抗することなく、先端を嵌め込んだままに、ホンゴウは一番奥で欲を吐き出した。

「あ゙、あ…♡♡、──ッ♡♡」
「ふ、あ゙…っ」

 びゅるびゅると長く重たい吐精が続く。すべてを注ぎ込もうと腰を押し付ければ、粘着質な音と共に、薄い腹がぐぽっ、ぐぷっと精液を飲み込む音が響いた。その度にナマエからも、呻きとも取れぬ嬌声が漏れていく。
 吐き出した欲望は二度目と思えぬほど重く、ひどい倦怠感と共に腰に纏わりつく。その感覚に、ホンゴウは思わず喉の奥で舌打ちをする。──収まらない。これだけ自分勝手に吐き出そうとも、止め処なく欲が湧き上がってくる。

「んぁあッ♡は、あ゙…、っ!♡」

 ずるる、と乱暴に屹立を引き抜けば、雁の部分が肉壁を引っかいたらしく。悲鳴にも似た声でナマエが喘ぐ。
 仰け反り浮いた背に、ホンゴウはすぐに腕を回す。脱力する身体を抱き上げ膝の上に座らせると、今度は対面で挿入していく。
 一度奥まで飲み込んだおかげか、もう痛みや圧迫感はないようで。再び辿り着いた子宮口は、またあの快楽が欲しいと、嬉しそうに先端へちゅうちゅうと吸い付いてきていた。

「ひ、う…♡ん゙ぅう……ッ!♡」

 唾液に濡れる小さな唇に吸い付くと、同時に、ぐっと腰を押し付ける。

「?、〜〜ッ♡♡、…っ♡」

 細い腕が背に回り、もがきながらホンゴウの肌に爪を立てる。奥にはめられ、キスをされ、ナマエの身体はそれだけで達しているようだった。
 喉の奥に甲高い嬌声が消える度、噴き出した潮がホンゴウの腹を伝う。下生えを濡らし、蜜と再び混ざり合い、ぐちゃぐちゃと響く音を、より大きなものにしていく。
 汗で滑る腰を抱え直したとき、ふと、ホンゴウの親指が慣れぬ感触を得る。──引き攣り、わずかにかさつく痕。体温が上がったことで浮き出たのだろう。やわくなめらかな白い肌の中、くっきりと色を持つそこだけが、ひどく異質だった。
 名前も、顔も、どんな海賊だったのかも。存在すら認識していない男が、ホンゴウの知らぬ場所で、ホンゴウのものであるこの肌に痕を残した。医者としてどれだけ手を尽くそうとも一生消せぬ、この痕を。
 心の奥底で、ちり、と炎が燃える。考えぬようにしていた考えが浮かぶ──やっぱり、自分の手で殺しておけばよかった。

「…ほんご、う」

 消えそうな声に呼ばれ、ホンゴウの意識がはっと戻る。見れば、ぼんやりとした青い瞳がこちらを見上げていた。その奥には不安の色が滲んでいる。
 途端、ホンゴウは熱くなっていた意識が、すうと冷えていくのを感じた。
 無意識のうちに込めていた手の力を緩めれば、ナマエの腰にはうっすらと痕が残ってしまっていた。

「……悪い、痛かったよな」

 謝罪と共に撫でるその手が、声が、わずかに震えていたことに気付けたのは、きっとナマエだけだろう。

「…痛くないよ…、だから……、」

 力が入らずほとんど投げ出していた腕を、ホンゴウの首に回す。わずかに背を伸ばし、悲痛に歪む顔に頬をすり寄せた。

「…ホンゴウが触ってないところなんて、無いってくらい…もっとたくさん、触って」

 優しくて、温かくて。憤りなんて、すべて飲み込んでしまいそうな音だった。それを聞いた瞬間、ホンゴウは視界がわずかに歪んだことに気が付いた。
 ほとんど衝動的に抱き締め返せば、ナマエの背がぐうと反る。「…これはちょっと痛いかな」とくつくつ笑う声が、耳元で聞こえた。

「……キス、していいか?」

 少し汗の滲むこめかみにキスをしながらそう訊けば、ナマエは嬉しそうに「うん」と目を細め。まるで、早くと強請るように、すりすりと顔を擦り寄せた。
 互いの小さな吐息を肌で感じながら、ゆるりと唇を重ねる。角度を変えながら唇を擦り合わせ、けれど舌を入れることはせず、軽い戯れを繰り返す。

「ふ…髪くすぐったい」
「…お前が解いたんだろ」
「うん…ふふ」

 小さな両手がホンゴウの頬を包み、汗で張り付く髪を優しく退かす。まるで子犬を愛でるかのような手付きを心地よく思いながら、ホンゴウは再びナマエの唇を塞いだ。
 今度は迷うことなく舌を差し込み、抵抗なく出された小さなそれを舐め上げれば、悩まし気な吐息がホンゴウの耳をくすぐる。
 快楽にしびれる舌を、拙いながらも必死に絡めようとするその姿がとても愛らしく。漏れる甘やかな嬌声に誘われ、ホンゴウはゆるゆると腰を動かし始めた。

「んぅ、ふ、は、ん゙、っんん…!♡」

 身体の中を突き上げられるその動きに、ナマエは呼吸を求め思わず唇を離す。けれどホンゴウはそれを許さないとばかりに上体を屈め、ほとんど覆い被さるような状態になりながら、さらに唇を喰らう。

「は、ぅっ!♡んむ、ぅう♡♡」
「ん…ナマエ、好き…好きだ…っ」

 まともに息継ぎもしないまま、ひたすら伝え続ける。
 きっとナマエには聞こえていないだろう。ほとんど自己満足なそれは、けれどどれだけ音にしようと足りないと思った。きっと一生、そう思い続ける。
 重なり合った肌が混ざり合う。時折腹を擦る慣れぬ感触が、ひどく心地よかった。



 薄い腹がわずかに膨れるほど吐き出した精液をかき出すときに一度、諸々を洗い流しにバスルームへ向かう道中、抱き上げながら一度。ようやく辿り着いたバスルーム、水分と食事を取り二時間ほど仮眠した後に、それぞれもう一度。丸一日部屋にこもり、二人は色々な場所で何度も身体を繋げた。
 しかもこの、一度という表現。これはあくまでホンゴウが達した回数の話であり。もはや途中から数えることも止めてしまったが、小ささなものも含めると、ナマエはこの倍は達していただろう。
 結果すべてが終わる頃には、ナマエは呻きともつかぬ、けれど艶を帯びた声をこぼしながら、もはや筋一本も動かせないといった状態でベッドに横たわっていた。
 最後の方はもはや苦しさの方が勝っていただろう。それでもナマエには悪いが、止まることは無粋だと思えた。それほどに、愛を知ったセックスは心地よく、そしてとても、気持ちが良かった。

 文字通り精魂尽き果てたナマエがまともに動けるようになったのは、それから半日ほど経った頃だった。

「ホンゴウ、ごめん…ありがとう」

 頭のてっぺんから足の爪先まで見事に綺麗にされた己の身体に、ナマエは様々な意を含めた謝罪とお礼を述べる。既に普段通りに身なりを整えていたホンゴウは、その言葉にからりと笑う。

「まあ、ぜんぶ俺のせいだしな」

 そうかもしれないけど、そうではない。そう思いつつも、ホンゴウの肌が妙につやつやとしていたから、綺麗にしている始終楽しかったんだろうなと、ナマエはその言葉と想いを飲み込んだ。そういえばこの男は、誰かの世話をするのがとても好きなのだ。
 この日は夕方に出航の予定だった。正午過ぎに目を覚ましたナマエは、軋む身体を鼓舞しながら服を身に着けていく。とはいえ立ち上がるとまだふらつきそうなので、だらしなくもベッドの上ではあるが。
 いつの間にか枕元に綺麗に畳まれていた下着をつけ、次いでシャツを羽織っていく。

「…なあ、」
「んー?」
「色々考えたんだけどさ、」
「うん」
「…刺青、入れたいなら入れていいと思う」

 この前までと真逆の提案に、ボタンを止める手が止まる。ナマエが目を丸くしながら振り返れば、背を丸め、項垂れるようにベッドの端に腰掛けるホンゴウの姿があった。

「…ずいぶん急な心変わり。どうしたの?」

 訊けば、ホンゴウは少しばつが悪そうな、それでいて複雑な表情を浮かべた。言ったはいいが実はまだ少し迷っている、そんな様子が見て取れた。

「…うちのジョリー・ロジャーなんて、知らない奴の方が少ないだろ」
「まあ、それはそうだね」
「だから、まあ…それで変な輩に絡まれることがなくなるのなら、俺の気持ちよりも…そっちの方が、ずっといいと思ったんだよ」

 今回の連中は、ナマエが赤髪の一味と知ってなお喧嘩を売ってきたわけだが、そういう存在はこの新世界においてはかなりレアな部類だ。よほどの野心家、もしくは馬鹿でもない限り早々出会わないだろう。
 そしてそのレアから外れる大多数に対し、その身に刻まれたジョリー・ロジャーはかなりの牽制になる。女とみるや見下すような頭の足りない連中でも、その女が赤髪の一味と知れば余計なことはしてこないと、断定できるというわけだ。
 刺青が一生残ることよりも、今後余計な怪我を負う可能性がぐっと減るのなら──己の感情よりも、その方がよっぽどナマエのためになると、ホンゴウはそう判断したのだ。

「………」
「ナマエ…?」

 ──けれど、そうだとして。それは果たして最善なのだろうか。
 ナマエはずりずりと膝を擦りながら、四つん這いでホンゴウに近付く。そうして左隣に腰を下ろすと、その胸元にぽすん、と身を委ねた。
 二日前と同じような状況、けれどそのときとは違い。「どうした?」とナマエの顔を覗き込むホンゴウの左手は、当然のように腰へと添えられている。

「…私も、色々考えたんだけどさ」
「うん」
「ホンゴウが心配してることって…私が強くなって、もっと世間に名が知られれば、全部解決する話じゃない?」

 言って、ナマエは胸元からついと顔を上げ。ホンゴウの驚いたような、呆気に取られたような顔に、ふふっと小さく、そしてどこか得意げに微笑んだ。

「だってそうすれば刺青がなくても、喧嘩を売ってくるような奴だっていなくなるし…もっとそれ以前に、ホンゴウが心配するような怪我だってしなくなる」

 きゃらきゃらと笑いながらも、その言葉が本気だということはホンゴウにも分かっていた。同時に、ナマエがどれだけホンゴウを思いやり、そして大切にしようとしてくれているのかも。

「どう?結構的を射てると思うけど」

 言いながら、ナマエは腰を抱くホンゴウの手を取ると、そっと腹の傷に触れさせた。まるで、「だからもう何も気にするな」と言うかのように。
 大きな手は一瞬強張ったものの、けれどすぐに、ふっと力を抜き。代わりに、労わるように、そっと傷痕を覆い包んだ。瞬間、青い瞳が嬉しそうに細まる。

「…お前そんな、ライムジュースみたいなこと」
「え、脳筋ってこと?それはちょっと」
「はは…でも名案だ」

 ホンゴウは小さく笑いをこぼしながら、しわの寄った眉間に小さくキスをすると、「そろそろ出るか」と身を離し。中途半端にとまっていたナマエのボタンを再びとめ始める。

「稽古は俺がつけるからな」
「え、いやそれはライムに頼むけど」
「……なんでだよ。そこは普通俺だろ」
「だって、ホンゴウと私じゃ戦い方がちょっと違うじゃん。どっちかっていうとライムの方が近いし」
「………」
「…ちょ、全部とめなくてい、あっ、もう!」

 それはそれとばかりの返答にホンゴウは不満そうな、というより「不満です」というオーラを隠すことなく醸し出す。
 けれどナマエの言うことはもっともだ。もっともすぎて、反論の余地がない。だけどやはり、気に食わないことも確かなので。ホンゴウはボタンをひとつ残らず、上までぴっちり全てとめてやった。無言の抗議だ。
 ナマエは「苦しいんですけど!」と猫の威嚇のごとく叫ぶと、ホンゴウの手を振り払い。いつも通り谷間が見える程度まで、自らボタンを外していく。
 しかし、その手はすぐに止まってしまった。──淡く赤いものから、いっそ痣といった方がいいと思えるくらいに濃い紫のもの。強い内出血で、周囲に小さな赤い斑点を残すもの。もはや咎める気すら失せてしまうほどの数の鬱血痕が、そこには残されていたからだ。
 行為の最中は気にならなかったそれらは、冷静になった今改めて見ると、引いてしまうくらい酷いもので。
 悲惨な状態の身体を見つめ、数秒。ナマエは小さな溜息を飲み込み、再びボタンを上までとめ直した。それでもやはり慣れず苦しいので、襟元の一番上だけは開けておくが。

「…桜、全然見られなかったし、ちょっと散歩でもしながら帰るか」

 ふと、窓の方を見たホンゴウが呟く。つられてナマエも視線を向ければ、外にはピンクの花弁がひらひらと風に舞い落ちている。
 そういえば、ここへの道中も多くの桜に彩られていた。行きは足を一度も止めなかったが、帰りに少し見て回るくらいはできるだろう。

「…アイス食べたいな」
「ああ、いいな。お前好きだもんな」
「それもあるけど…ちょっと喉痛いから、冷たいものが食べたいんだよねえ」
「あー…たしか大通りに店があった気がするなあ…」

 意地の悪い笑みと共に言えば、ホンゴウは微苦笑と共にわざとらしく目を逸らし。「じゃあ急がねえと」と床に膝を着くと、投げ捨てられていたブーツをナマエの足に履かせていく。
 前かがみになったホンゴウの、さらけ出されたうなじと刈り上げを指先で撫でる。今度は「くすぐったいだろ」とは言われず。ホンゴウはただ、どこか嬉しそうに笑みを浮かべている。

「どうした?」
「ふふ…ねえ、」
「ん?」
「やっぱり、ホンゴウも稽古つけてくれる?」

 その言葉に、ホンゴウは少し驚いたように顔を上げ。けれどすぐに「もちろん」と、眉尻と眦を、へにゃりと下げた。





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