辺り一面花で埋め尽くされている丘なんて、中々見られるものじゃないなと思った。

 大東亞文化協會からどれだけ離れているのか、もう途中で考えるのを止めてしまった。それぐらい電車を乗り継いだ場所に、神永さんが何を思って私を連れてきたのかは分からない。けれど理由を問えばきっと彼は、なんとなく。とだけ答えるだろう。
 それでいいのだ。特に理由がないというのなら、追求する意味はない。そのなんとなくが、私にとって何よりも意味を成しているのだから。
 隣に座る神永さんは、先程から本を読んでいる。結城さんにいただいたらしいけれど、あんな本、本棚にあっただろうか。掃除した時は気が付かなかったけれど、まあ神永さんに渡したという事は持っていたということなのだから、あまり深くは追求しないでおく。

「なあ、さっきから何作ってるんだ?」

 本を閉じ、私の手元を覗き込みながら神永さんは言った。そうだった、と止めていた手を動かし、最後の一輪を結べば、ようやく完成だ。

「冠です。可愛いでしょ?」
「…子供かお前は」
「花畑といったらこれでしょう。はい、どうぞ」

 ふわりと彼の頭の上にそれを乗せれば、目を瞬かせて数秒。ようやく理解したといった顔。

「神永さん、たんぽぽ似合いますね」
「……んー、複雑」
「ええ、何でですか」

 明るい色は、彼によく似合う。それは普段の雰囲気だとか、いつも素敵な笑顔でいる彼だからこそだと思う。明るい色が似合うって他人に思わせるなんて、中々出来ることじゃない。

「男が花の冠乗せられてもなあ」
「性別なんて関係ありませんよ」
「あるよ」

 そう言うと彼は、まるで壊物でも扱うような手つきで冠を外し、そのまま私の頭の上に乗せてきた。

「うん。やっぱりお前の方が似合う。花嫁みたいで可愛い」

 大きな目を下げふにゃりと笑う神永さん。本当、なんか、なんて言うか。心臓がぎゅうっと握り潰されたような感覚。苦しい、だけど嫌じゃない。こっちまで笑いたくなるぐらいに幸せになってしまう。この人を好きでよかったと、心の底から思える。

「あ、そうだ」
「?」
「ちょっと待ってろ」

 大きな手が、私の近くに咲いていた他よりいくらか小さなたんぽぽを摘むと、そのまま茎を私の指に巻きつけてきた。何を作ろうとしているのかもう分かってしまったけれど、何も言わずその光景を見続ける。

「………」
「……ふふ」
「ん?」
「嬉しいです、すごく」
「俺もだよ……本物をあげられないのが心苦しいけど」
「充分ですよ。……大切にしますね」
「ああ」

 太陽に似たその花。確か意味は、真心の愛。私たちが真心だなんて笑ってしまうけれど、今この瞬間ばかりはそれを忘れたって構わないだろう。ここには、私と神永さんしかいないのだから。

「神永さん、手出してください」
「え?」
「神永さんにも作ります」
「…いや、俺はいいよ」
「私だけなんて寂しいですから」

 嫌がる手を取り、同じように薬指に巻きつけていく。私と違って大きなその手には、やっぱりたんぽぽがよく似合っていた。

「お揃いですね?」

 彼の手を握りながらそう言えば、大きな目を今度はきゅうっと細め、そうだなと小さく呟いた。
数秒見つめ合って、どちらからともなく近付き、静かに唇を触れ合わせる。わずかに吹く風がまるで私たちを 祝福してくれているようで。何故か分からないけれど、泣きたくなった。

 翌日、朝早くに彼がロンドンへ向かったと、結城さんから告げられた。ロンドンへは船で片道約五十日。潜入期間も含めると、少なくとも一年半は帰って来ないだろう。いや、帰って来れるのかも分からない。彼の能力を信用していないわけではないけれど、任務には常に誤算が付き纏う。無事という確証なんて、どこにも存在しないのだ。
 まるで子供騙しの約束だった。たしかな意味があるわけでも、未来があるわけでもなかったのに。花はすぐに枯れてしまうということも、わかっていたのに。きっと私はこの先ずっと、あの指輪を捨てることができないのだろう。

 ロビンソン・クルーソー。彼が読んでいた本の名前を、今更思い出した。


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