「出掛けるのか?」

 冷えたノブを掴み扉を開こうとした瞬間、廊下の向こうからやって来た田崎さんに声をかけられた。本を数冊持っているところを見ると、どうやら図書室にいたらしい。

「はい。お味噌が無くなってしまったので…」

 先程まで福本さんの手伝いをしていたのだが、そこで味噌が足りなくなってしまったのだ。福本さんは一日中講義を受けていて疲れているし、なにより作っている本人がいなくなっては意味がない。ということで、私が急いで買いに行くことになったのだ。

「その格好で行くのか?」
「そうですけど…どこかおかしいですか?」
「いや…」

 腕を組み、うーんと唸る田崎さん。確かに外は雪が降っているけれど、コートは羽織っているし、別段おかしい格好ではない。それに商店はすぐそこだ。時間にしてほんの数十分。もし遠出するのならマフラーと手袋もしていくけれど、少しならこれで充分だ。

「あ、」
「?」
「ちょっと待ってろ」

 そう言うと彼は、私の返事を聞く前に小走りで階段を駆け上がっていった。
 数分後、戻ってきたその手には、カシミアの赤いマフラーと、黒い革の手袋。どちらも普段彼が愛用しているものだ。

「これをつけていけ。あとこれも」
「…ちょっとそこまで行くだけなのに、大袈裟じゃありませんか?」
「風邪でも引いたらそっちの方が大変だからな。この時期はやり過ぎなぐらいがちょうどいいんだよ」

 くるくると私の首に巻いていき、手袋もはめられる。至れり尽くせりだ。彼がつければ格好良いのだろうけれど、私がつけると余る指先がなんだか不恰好で笑ってしまう。

「一緒に行ってやれなくて申し訳ないけど…気を付けてな」
「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ。いってきます」
「いってらっしゃい」

 彼の言葉を背に扉を閉めた瞬間、強い風が吹く。思わずマフラーに顔を埋めめれば、ふわり。甘い香りが鼻腔をくすぐった。それに、ほんの少し煙草の香りも。
 そうか。田崎さんの、匂いだ。
 意識した途端、なんだか呼吸をするのが照れくさくなってくる。ああでも、せっかく貸してもらえたのだから。少しぐらい堪能してもいいのかもしれない。変態くさいけれど、誰も見ていないんだし。
 憂鬱になる雪の中。くるくる傘を回しながら歩く私の心は、春の陽だまりのように暖かかった。


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