耳に入るのは、浮かれた芸能人の笑い声。煩わしくてチャンネルを変えても、まるで煽られているかのように何処もかしこも鈴の音が鳴り響く。
神永は舌打ちしたい気持ちを抑えると、代わりに大きなため息をついた。それまで台所へ立っていたナマエは顔を上げ、どこか呆れを含んだ顔で神永を見る。
「まだ拗ねてるんですか」
「拗ねてねーよ」
「拗ねてるじゃないですか」
せっかく思い出に残るような事したかったのに、とはさすがに言えず、神永は眉間にしわを寄せながらテレビを見るしかできなかった。それがすでに拗ねていると体現しているとも知らずに。
ナマエといわゆる恋人という仲になってから、自分がこんな子供染みた面を持っていたということに神永が気付くのにそう時間はかからなかった。なんせ彼女は目の前で神永が他の女に電話しようと、あまつさえ口説こうとも、全く気にする素振りを見せなかったのだ。
今まで追われることが当たり前だった神永にとってそれは大きな衝撃で。付き合うきっかけこそは神永のナンパというなんとも軽いものだったが、そこから自分を見て欲しいと躍起になっているうちにずぶずぶと沼にはまってしまい、いつの間にか向いている矢印は一見自分の方が多いという状況になっていた。
だからこそ今回、付き合って初めての大きなイベントを恋人らしく過ごしたい。そう思っていた神永にとって、ナマエの言葉はそうとうにクるものがあったのだ。
昼間は買い物を楽しんで、夜は夜景の綺麗なバーでカクテルを飲む。そしてほろ酔いになった彼女の腰を支え、耳元で一言。部屋、とってあるんだ。
これだ。散々使い古された昭和の思考だと言われようとも、実際に使ってみればこれで落ちない女はいないということを、神永は経験上分かっていた。
しかしどうだ。それを披露するどころか、見えるのは住宅街の灯りに、小さなイルミネーションたち。聞こえるのはジャズではなく、芸能人の笑い声。触れるのは彼女の柔らかい温もりではなく、冷たいソファ。ロマンチックを望むどころかあっけらかんと家がいいと言ったナマエに、期待していたのは、楽しみにしていたのは自分だけなのかと神永はなんとも複雑な思いになった。
「お前さあ、何かほしい物とかなかったの」
「欲しいものですか…うーん……」
目線は斜め上。つい最近発見した必死に考える時の彼女の癖だ。
さて、と神永は今までを思い出す。ホテルという場所を提供していたためか、それほどまでに高価なものを相手へ与えてきたことはなかった。けれど今回は、ベタ惚れと言っても過言ではない程愛おしい彼女の欲しいものだ。家などと言われたとしても、時間はかかるが確実に与えてやろうとさえ思うぐらいには、神永は盲目的になっていた。
「あ、」
「?」
「あれ欲しいです。電気ケトル。お湯沸かすの楽なんですよね、あれ」
「そういうのじゃなくて」
ここで再びため息をつかなかったことを褒めて欲しい。ムードのかけらもないナマエの言葉に即座にツッコミを入れるも彼女の顔が割と本気なので、今度買ってやるかと頭の片隅で思ってしまう辺り神永自身気づいていないだけで相当甘いのだろう。まあここで指輪とか、そういった物をねだらないのが彼女らしいところでもあり、神永が惚れた理由の一つでもあるのだが。
まあそうだよなとナマエの言葉に妙に納得しながら視線を再びテレビへと戻せば、大手お菓子メーカーのCMが流れていた。あ、そういえばケーキ買い忘れた。
「…せっかく一緒にお休みをもらえたんですから、二人でいたかったんです」
最近売り出し中だというアイドルの、今年はショートケーキ!なんてよくある言葉にかき消されそうなほど、小さな声だった。しかし職業柄なのか、その言葉はしっかりと神永の耳へと入っていて。驚いて勢いよく後ろを振り向いた彼の目に飛び込んできたのは、ショートケーキの苺にも負けないぐらい赤くなったナマエの顔だった。
普通だったら、警察官にクリスマスなんてものはなく。むしろ浮かれて騒ぐ人々を抑えるために仕事をするはずなのだ。それでも神永やナマエがこうしてゆっくりできているのは、他でもない同僚達の気遣いによるものだ。
せっかくのクリスマスなんだから、少しは二人でゆっくりしろ。そう言って快く休みを与えた佐久間とて、本来ならば恋人とゆっくり過ごしていたはずなのに。
そうだ、こんな風にイベントを二人で過ごすなんて、考えてみれば初めてだ。だからナマエは、この時間を大切にしたくて、俺と二人で家で過ごしたいって……うわ、うわうわ、なんだそれ。めちゃくちゃ可愛い。
「…………」
「神永さん?」
「お前って本当に…あー、うん」
「?」
「可愛いよな」
「……な、んですか、いきなり…」
「いや、ふと思っただけ」
料理を作るナマエを後ろから抱きしめ、神永は幸せのため息をついた。
鼻をくすぐるのは、好きな料理の匂い。聞こえるのは照れて憎まれ口を叩きながらも、どこか嬉しそうなナマエの声。ロマンチックな音楽も高級料理も綺麗な夜景も、きっと敵わない。
彼女がいればそれだけで、なんて。まるでどこかの安い小説にでも出てきそうな展開だけれど、抱きしめた体から伝わる温度にそれも悪くないと神永は思った。
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