馬鹿だ私は。少女漫画のような結果を期待していたわけではないけれど、それでも心のどこかで、もしかしてなんて思ってたんだ。そんな私に現実はいつだって冷静で。浮かれる世界は残酷にも真実に染まってしまう。
「不細工になってますよ、みっともない」
そこまで言いますか。そう言いたかったけれど、出るのは情けなく鼻をすする音だけ。いい歳してこんなに泣くことになるなんて、数時間前の私は想像もしていなかっただろう。しかもその理由が、失恋だなんて。
よくある話だった。職場の先輩を好きになるなんて、一昔前の安い恋愛ドラマみたいな、そんな話。憧れから恋に変わって、けれどなかなか言い出せなくて。ようやく決心がついた時には、その人には心に決めた人がいて。あんな素敵な人に相手がいることは少しも考えなかったくせに、大切な人なんだと笑ったあの目が私に向けられることは決してないと分かってしまう、妙なところでの物分かりの良さを自分でも恨んでしまう。
馬鹿な女でいられたらどれたけよかっただろうか。そうしたら、まだこのお気楽幸せな雰囲気浸っていられたのに。たとえその先に同じ結末が待っていたとしても。
「…そんなに好きだったんですか」
無言で頷けば、また呆れたようなため息が聞こえた。
定時も過ぎ全員帰ったとばかり思っていたそこに三好さんが現れたのは、もう一時間ほど前のことだった。うっかり子供のように泣いていた私を見てさして驚く様子もなく隣に座った彼に最初は気まずさを感じたけれど、そのうち私も悲しみの方が勝って、涙を止めようという無駄な努力は早々に止めていた。だって、どうせ止まらないし。
三好さんはきっと、私の気持ちに気づいていた。気づいていたからこそ、こうして何も言わず隣にいてくれるんだろう。でなければ彼の性格上あっさり見捨てて帰りそうなものだし。誰かに慰めてほしくてここで泣いていたわけではないけれど、誰かがいてくれることに安心したのも、嘘ではない。
「見ていればわかったでしょう。あんなに幸せオーラを撒き散らしてたんですから」
ええそうですとも。まったく気づいていないなんてそんな事、あるわけないじゃないですか。気づいてましたよ。全てではないとはいえ、彼から感じる幸せオーラには。それでも嘘だと思いたくて、気づかないふりをしてたんです。複雑なんでよ、乙女心ってやつは。
「す、すきだったん、です」
ようやく出た声は、静かなオフィスに大きく響いた。三好さんのからの返事はない。
「優しくて、笑顔が素敵で、あったかく、て、」
言っているうちにさらに涙が溢れてくる。私の独りよがりだったけれど、それでも、好きになれて、好きでいられて。幸せだったんですよ、私は。
「…まったく。子供みたいですね、あなたは」
呆れた言葉と共に彼はポケットから白いハンカチを取り出し、私の涙を優しく拭ってくれる。普段の傍若無人さからは想像もできないその手つきに、少し驚いてしまう。
「み、よしさ、」
「何でしたっけ。優しくて、笑顔が素敵で、あったかくて?」
香水だろうか。ふわりと香る匂いに、不思議と心が落ち着いていく。いつの間にか三好さんの両手が頬を包み込んでいて、心なしか距離も縮まっているような気がした。長い睫毛が、目の前で揺れる。
「それなら僕だって同じですよ」
ずび。不細工な音がする鼻に、可愛らしい音を立てて柔らかいものが触れる。一瞬で近づいて一瞬で離れていったそれが彼の唇だと理解した時には、既にその腕の中へ収まっていた。
「あなたにはこんなに優しいし、笑顔は誰よりも素敵だ。それにほら、とても温かいでしょう」
何でそこで少し得意げなんですか。あと温かいって、掌が温かいとか物理的なものではなくて、雰囲気がとか、そういうつもりだったんですけど。そう思っても、言葉は一切出てこなくて。三好さん。小さく呟くと、背中に回された腕に力が込められ、逃げることを許してくれない。
「…少しは僕にも目を向けていただけると、嬉しいんですがね」
囁かれたその言葉に、やっぱり彼は優しくないと思った。
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