ああこういうとき、信頼されていて良かったと心底思う。頭に一瞬過った、勤務中でさえ女と連絡を取り合うあの軽い同僚だったら、渡した瞬間から何か仕込んでいるのではないかと怪しまれて最悪取り合ってもらえない可能性だってあっただろう。自身も聖人君子という訳ではないけれど、少なくとも普段の行いとしてはあの変わり者集団の仲では群を抜いてまともな人間だと認識をされているから、モブと呼ばれ特徴がないのもある意味いいことなのかもしれないと現金な考えが浮かんだ。
「っ、う…」
自身を扱く手の動きを早めれば、思わず吐息が漏れる。普段あまり立つことのないキッチンは、自分でいうのもなんだが生活感がなく整理整頓をされている。だがこの日ばかりは、数少ない調理器具を奥底から引っ張り出し、大して上手くもない料理を持ち前の器用さでカバーしながらなんとか行っていた。
──先月のバレンタインデーに職場の後輩であるナマエに想いを告げられ、それに答える形で晴れて恋人となりもうすぐで一ヶ月が経とうとしていた。
まだ一ヶ月。しかし大人という目で見れば、もう一ヶ月なのかもしれない。学生同士の恋愛じゃあるまいしと思いつつも、何故か俺たちは未だ軽く唇を触れ合わせる行為しかしていない状態だ。その現状にやきもきしているのは自分だけなのかと考えたこともあったが、ナマエの普段の様子を見る限り触れ合うことに関してはそこまで抵抗がないように思える。ただどうすれば良いのかわからないだけといった感じだった。
自分で言うのもなんだが、経験は少なくはない。豊富とまではいかないものの、女性の扱いに慣れているという自負心はあった。だが、いざ本命が相手ともなるとその距離をどこまで詰めて良いものなのかと測りかねるのだ。しかし本心を言ってしまえば、もう詰めることができないというぐらいまで詰めてしまいとは思っている。
「は、あっ、ナマエ、ナマエ、」
さらりとした細い髪を撫で頬に触れる。そうすると途端に頬を赤くするその姿に、加虐心が芽生えなかったと言えば嘘になる。ベッドの中でも、あんな表情をするのだろうか。
細い首筋に、華奢な鎖骨と肩。白い肌は吸えば綺麗な花が咲くだろう。着痩せするタイプというのは偶々ワイシャツになった姿を見て知っていたから、胸は想像より大きいのかもしれない。先端の突起は薄く桃色に色付いていて、指先で弄んでやればその存在を主張する。くびれを撫で、なだらかな腹と柔らかな腿に触れ、しとどに濡れたそこが俺を待ちわびたかのように歓喜に震える。ゆっくりと割り開き、秘めたるそこに視線を注げば、艶めいた声が俺の名を呼んだ。誘われるまま温かな中へ入り込めば彼女の身体は大きく跳ね、突き上げる度溢れる甘い蜜の香りが思考回路を狂わせる。開きっぱなしの口元へ自身のそれを重ね合わせ最奥を突き上げた瞬間、甘美な痺れが身体を襲、う。
「っう、あ…!」
小さな呻きと共に吐き出した体液は、下に置いていたボウルへと注ぎ込まれた。苦いであろう白と、どろりと甘い茶のコントラストに眩暈がしそうになる。
俺の頭の冷静な部分が、早く捨てろと警鐘を鳴らしている。けれど同時に、純粋で、触れただけで真っ赤になるナマエの体内に俺の欲そのものが入り込む。そう考えただけで、背筋が震えるのを感じた。
「ナマエ、これ」
休憩時間。隣でお昼を食べるナマエへと紙袋を渡せば、俺と紙袋を交互に見て「ありがとう、ございます…?」と疑問交じりに受け取った。
「先月のお返し」
「…あ!」
そう告げれば、ようやく思い出したのか途端に嬉しそうな顔をして、袋を持つ手に若干の力が込められた。
「そんな、気を使わなくても良かったのに…」
「俺が返したかったんだよ。それに、恋人として初めて貰った物だし」
子供にするように頭を撫でてやれば、あの日のことを思い出したのか顔を赤くし視線をそらす。こういう裏表のないところが、俺の心を掴んで離さない。さて、渡すという第一の目的は達成された。次の目的は、
「結構自信作なんだ。早く開けてみて?」
「自信作って…もしかして、手作りなんですか…?」
「そう。あ、もしかして手作りとか駄目だったか…?」
「そ、そんなことないです!」
少し申し訳なさそうな顔をすれば、ほら。彼女は慌てて否定してくる。他人の手作りを嫌がるような子ではないことは充分分かっている。けれどこの一芝居が話の流れではとても重要なのだ。
袋から取り出された箱には彼女をイメージして選んだ黄色いリボンが巻いてある。それを細い指先が笑いそうになるぐらい丁寧に解いていき、おそるおそるといった様子で蓋を開けた。
「………」
「どう?」
「すごい…本当に売ってるものみたいです…」
「はは、そんなに褒められると照れるな」
「なんだか食べるのが勿体無いです」
「…食べない方が勿体無いから、早く食べてくれると嬉しいんだけど」
「あ、そ、そうですよね!」
アラザンが乗ったチョコを摘み、いただきますと小さく呟いたナマエが口に運ぶ。数回の咀嚼の後、細い喉が小さく動いた。
「すごく美味しいです…!」
ぱあっと一気に明るくなる顔は、何も知らない。甘いものが好きな彼女のために選んだミルクチョコの中に、真逆の味を持つものが入れられていたことに。舌の上で転がし、小さな奥歯で噛み締め、唾液と絡んだ後、体内へと落ちていく。ああ駄目だ。堪らなく興奮する。
「それは良かった」
ずくん、と重くなる下半身に気付かれぬよう、彼女の頭を撫でる。残りはあと五つ。きっと彼女は残りを持ち帰って、寝る前や食事の後で大切に食べるのだ。もしくは、一日一つと決めて食べるかもしれない。どちらにしろ、じっくりとこの小さな身体に知らず知らずのうちに俺の欲望を取り込んでいるのだ。
ごくりと飲み込んだ唾液は、酷く粘ついていた。
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