※舞台トレブロの福本の軍服写真があまりにもあれだったので、衝動で書きなぐったお話です。福本は出てきません。それどころか夢と呼んでいいのかどうかももはや分かりません。
誰かと誰かの孫が見つけた、一枚の写真のお話
「おばあちゃん、この人誰?」
ある夏の日のことだった。電車を半日程乗り継ぎ、さらに駅から車で一時間。なんとも住みづらい場所にある祖母の家を訪ねたのは、お盆も兼ねた里帰りのためだった。
仏壇へと線香をあげ、無駄に広い家を散策する。娯楽が何もない田舎ではそれぐらいしかする事がないというのもあるか、なにより祖母の家は戦前の書物や道具が多く残されており、中々に興味深い、いわば散策にはもってこいの場所だからだ。
古びた扉を開け、祖母の部屋へと入る。祖母のお気に入りであろう茶箪笥を開けば、樟脳の香りが鼻をくすぐった。祖母の着物は昔のものということもあり多少くすんでしまっているものの、元は澄んだ青だったのだろうと想像できるほど美しいもので、私はそれを広げて見るのが大好きだった。
そして祖母も、私が自身の物を気に入ってくれるのが嬉しいのだろう、その話をするととても幸せそうに笑ってくれるのだ。何もする事がなく暇とはいえ祖母の家に来るのは、そんな顔を見たいからというのもあった。
「…あれ?」
ごそごそと箪笥を漁っていると、見慣れない袋を引っ張り出してしまった。今までどれだけ探しても見つかったことのなかったそれは、わざとらしく感じるほどの場所に置いてあった。
手触りからしてこれは…写真立てだろうか。なぜ写真立てをこんな箪笥の奥底に押し込まれているのだろう。
なんだか開けてはいけない気がした。あの祖母がこんな奥へとしまい込んでいるだなんて、なにか隠したかった事なのかもしれない。それを私が暴いてしまうだなんて、駄目に決まっている。
それなのに人の好奇心とは罪なもので。駄目だと思いつつも手は止まらず、私はそのまま袋を開けてしまった。
そうして出てきたのは、予想通り写真立てで。古惚けたそこには当たり前だがこれまた古惚けた写真が入っていて。凛とした瞳でこちらを見るその人物は、祖母の生きた時代ならば凡そ当たり前であろう軍服を着ていた。
しかしそこで違和感に気付く。今思えばこの時感じた違和感を放っておけるほど私が能天気だったなら、知らなくていい事実まで知ってしまう事はなかったのだろう。
──そこに写っていたのは、私が知る祖父ではなかった。
父は縁側で昼寝をしている。ここは山の中だから夏でもわりと涼しく、昼寝をするにはもってこいなのだそう。
そして母も、祖母に代わり食事の準備をしている。祖母は料理が好きだから自分で準備をしたがっていたけれど、もう長時間立っているのは辛いのだそう。歳はとりたくないねと笑っていたけれど、どことなく寂しそうに見えた。
見せるのならば今しかないと、先ほど見つけた写真を祖母へと差し出す。すると祖母の顔からはみるみるうちに笑顔が消えていった。そうして今にも涙を零しそうな、いや──泣いていたのだ。
それは幼き日に見たあの光景。茶箪笥の奥、青く澄んだ着物と着物の間に挟まれていた袋。その中に大切そうにしまわれた一枚の写真を祖母は大切そうに見つめ、そして。
「…おばあちゃん、」
はらはらと落ちていく雫を見て、まずいことをしてしまったと思った。咄嗟に私は謝ろうと口を開く。けれど祖母はそんな私を遮り、ぽつぽつと話し始めた。
──聞けば祖母はその昔、とある機関に秘書として所属していたのだそう。そこでは本名はおろか、年齢や、どこで生まれたのか、どうやって生きてきたのかすら互いに知らなかったらしい。現代では凡そ考えられない状況ではあるものの、戦時というのではありえたのかもしれないと、我ながら馬鹿らしい考えでなんとか聞いていた。祖母を見ていると、嘘を言っているとは到底思えなかったからだ。
そこで出会ったのが、写真の人だった。彼は寡黙で、一見するととても近寄りがたい印象だったらしい。そういった人なのだろうなというのは写真からも見て取れたし、あまり違和感は感じなかった。
祖母は彼と共に過ごすうちに、実は料理好きだということ、迷い込んだ猫にもなんとなく餌をやってしまうぐらい優しいということ、頭を撫でる大きな手がとても温かかったこと、たまに見せる笑った顔が、ひどく可愛いのだということ。彼の好きなところを、ひとつひとつ教えてくれた。
こんな祖母は見たことがなかった。目は口ほどに物を言うなんて言うけれど、彼女の目はまさしくそれで。きっとこの人と祖母は恋人だったのだろうと想像するのは容易かった。
しわだらけの手が愛おしそうに写真立ての縁をなぞる。祖母が祖父を好きだったのは本当だと思う。けれどそれ以上に、祖母の心の中にはずっとこの人がいたのだろう。
何も知らない、踏み入ることさえ互いに叶わなかったはるか昔、激動の時代の中で見つけた小さな愛の灯火を、祖母は今まで大切に守っていたのだ。
──この写真、とてもかっこいいでしょう?
それは、決して結ばれることのなかった想いをただひたすらに隠し続けた祖母が、唯一こぼした本音だった。
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