朝。けたたましく鳴り響く携帯で目を覚ました実井は、小さく舌打ちをしそれを手に取った。表示された名前を確認した瞬間このまま切ってしまおうかとも考えたが、それをすると隣で眠る彼女がへそを曲げて後々面倒なことになるだろう。渋々通話ボタンを押し、普段の何倍も低い声を出し応答する。

「もしもし?」
「その声は……実井か?」

 電話の相手、佐久間は至極驚いた声でそう言った。
 実井にナマエ、それに電話をしてきた佐久間が所属する警視庁D課は、先日潜入捜査として町内運動会に参加をした。その打ち上げと称して遅くまでどんちゃん騒ぎをしていたため、実井とナマエが帰宅したのは日付も超えた午前2時ぐらいだった。その後は素早く風呂を済ませたものの、結局床に就いたのは4時を回った頃で。
 そして電話をしている現在の時刻は午前は8時半。仮眠としか言えないほどの時間しか寝ていないため、休みの日でも7時には起きているナマエや実井もさすがにこの時間まで寝てしまったということだ。世間一般の休日にしてみれば早い時間ではあるのだが、二人にしては少し遅い起床であった。

「何でお前がナマエの電話に出るんだ?」
「それを聞くなんて、野暮ですね」

 まさか分からないのですか。そういった意味を込めて吐いた言葉の真意に佐久間はきちんと気づいたらしく、電話の向こうで眉をひそめたのを感じる。

「それで、なんのご用ですか?」

 いじめすぎると後が厄介かと実井が話題を戻すと、佐久間は一つ咳払いをし本題へと入る。

「用も何も、ナマエが出勤してないからどうしたのかと思っただけだ」
「出勤って…今日は日曜ですよ?」
「昨日の捜査の報告書を書かなくてはいけなくてな。ナマエにはその手伝いを頼んでいたんだが…」

 佐久間とて鬼ではない。頑張ってくれた部下が寝坊したというのも、昨日の今日だから仕方のないことだと思っていた。だからこそわざわざ電話をかけ起床しているかどうかの確認をしたのだが…。予想外の人物、予想外の関係に、再三鈍いと言われてきてその度そんなことはないと否定してきたが、遂に自分はそういった事に気付けないタイプなのだと認めざる終えなかった。
しかもよりによって部下たちの中でも一層内面の読めない実井が出たとあって、佐久間は内心ため息を吐いてしまう。
 そんな佐久間の考えには気付いていたものの、わざわざ話題に持ち出す意味もなく。実井はちらりと隣に視線を向け、楽しげに電話を続ける。

「それは残念。ナマエさんはまだ僕の隣で寝ていまして。おそらく当分起きないと思いますよ」
「いやそこは起こしてくれ」
「無理です。では」
「は!?おいちょっとまっ、」

 佐久間の叫びも虚しく、実井はそのまま携帯の電源を切りソファへとやや乱暴に投げてしまった。
サイドボードに置かれた煙草を取り出し火を点け煙を吐き出す。今頃慌てて電話をかけ直しているところだと思うが、電源が切れてしまったので気づかなかった、とでも言っておこう。上司の困った顔が目に浮かび思わず笑ってしまう実井の隣で、目を覚ましたらしいナマエがもぞもぞと動き出した。

「起きたんですか?おはようございます」
「おはよう、ございます……」

 寝ぼけた声で返すナマエの頭を撫でる。少しの間素直にその行為を受けていたナマエであったが、実井の「もう朝ですよ」という言葉に目を見開き、寝起きとは思えぬ勢いで飛び起きた。

「いっ、今何時ですか!?」
「8時半ですね」
「あああ!」

 やってしまったと叫び、ナマエは慌ててベッドから出ようとする。が、実井はそんな彼女の腰に腕を回し行く手を阻んだ。

「ちょっ、じ、実井さん!?」
「なに勝手に出ようとしてるんですか」
「離してください!また佐久間さんが胃を痛めてしまう!それに明後日までの書類もあるんです…!」
「佐久間さんなら大丈夫ですよ。それに締め切りが明後日なら、書類は明日やればいいじゃないでしょう」
「量が膨大なので今日含めないと終わらないんです!」
「ナマエさんなら大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないです…死んじゃいます……」
「人間はそう簡単に死なないですから。明日頑張りましょう」
「…手伝うとは言ってくれないんですね」
「当たり前ですよ。貴方に任された仕事なら、貴方が責任を持ってやるのは当然でしょう?」
「…………」

 なんて理不尽なんだ。そう思っていても言えないのがナマエであって、また言わせないのが実井という人間なのだ。
 普段ならここでナマエも諦めて、大人しく彼の腕の中へと収まっていただろう。だがしかし、今回は佐久間という上司が関わっているのだ。部下になめられからかわれ、休日には始末書に一人追われ…想像しただけで胸が締め付けられた。問題児だらけのD課を頑張ってまとめてくれている上司にこれ以上無理はさせられない。一度は抜いた力をナマエは再度体に込め、油断していた実井の腕から隙をついて抜け出そうとした、のだが…。

「はあ…まったく」
「っん、ぐ!」

 間抜けな声を出し、ナマエはさながら蛙のようにうつ伏せでベッドへと押し付けられてしまった。

「行かせないって言ってるでしょう」

 片腕を後ろに回され、犯人を拘束するような形に持ち込まれる。ドスの効いた声が耳元で響き、ナマエは反射とでもいうように冷や汗が流れるのを感じた。しまった、この声は、

「何度も言わせないでくださいよ。面倒臭い」
「す、すいません…」

 実井は普段人畜無害のような顔をしているが、その実腹の中は誰よりも真っ黒である。それを分かっていたはずなのに、ナマエは慌てていてそれをすっかり忘れてしまい一番踏んではいけない地雷を踏んでしまったのだ。

「あ、あの、実井さ、」
「ああ、そうだ」

 まだ長さの残る煙草を灰皿へと押し付け火を消し、何を思ったかそのままナマエの下の着衣を下着ごと剥ぎ取ってしまった。突然の事に当たり前だが驚き固まるナマエに、実井はあの人当たりの良い笑顔を見せる。

「今日はもう動けないようにしてしまえばいいんですね」

 その言葉と同時に太ももを撫でる手に、ナマエは一瞬頭に浮かんだ上司に謝罪を述べながら、今度こそ完全に白旗を上げる他なかった。


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