三好という男が、その潔癖な性格とは裏腹に口づけが好きだとナマエが気づくのにそう時間はかからなかった。
 例えば、朝の身支度時。洗面所で髪を整えているナマエの元に寝間着のまま現れた三好が「おはようございます」の一言共に落としてくる。
 例えば、お昼の休憩時。紅茶を飲むナマエの隣に座りタバコを吸い始めたかと思えば、名前を呼び彼女が顔を上げた瞬間、奪うように重ねる。
 例えば、寝支度を済ませた時。「おやすみなさい」とナマエが声をかければ、返事と共に頬に小さく触れていく。そうしてナマエもようやく、三好の頬に小さな音を立てて唇を触れさせるのだ。
 協會内で顔を合わせる度、まるで挨拶のように三好はナマエへと口づける。必要以上の接触をあまり好まないと思っていた相手からのそれに初めこそ戸惑っていたナマエであったが、最近ではようやくある程度は対応ができるようになっていた。

「ほら、こっち向いてください」
「ん、んむっ」

 しかしそれはあくまで日常の中である程度の話であって。時間が夜となり、場所がベッドの上、さらにはしていることが男女の営みの中ともなれば、話は全くの別ものとなる。
 三好はそらされた視線を自身へと戻すようにナマエの頬に手を添え、そのまま唇を重ねる。ちゅっちゅ、と可愛らしい音を立てて何度も触れ合わせ、徐々にナマエの身体の力を抜いていく。

「ふ、ん、んんっん、はっん…」
「はっ…ナマエさん、舌を出して」

 熱を込めた声で囁かれ、ナマエは言われるがままほんの少し舌を差し出す。すると三好はそのままナマエの舌に吸いつき始めたのだ。
 まさかそんなことをされるとは思っておらず、一気に冷静になったナマエは羞恥のあまり慌てて身体を離そうとするも、こうなることを予想していたとばかりに後頭部と腰へ添えられた三好の手がそれを阻んだ。

「は、ふぁっ」
「ん…ふふ」

 潔癖な面がありプライドの高いあの三好が、その長い睫毛を伏せ音を立てて自信の舌を吸っているなどというあまりに倒錯的な姿に、ナマエは眩暈がしそうになってしまう。眼前の男は麗しく、しかし光景はひどく厭らしい。その二つのなんと対照的なことか。

「み、よしさっ、」
「なんですか」
「ん、ちょ、っと、一旦まってくださ、っん、ふっはあ、」

 息も絶え絶えになりながらなんとか懇願すれば、三好は渋々といった様子で唇を解放する。数分ぶりにナマエはようやくまともな呼吸を再開させた。

「どうしました?」
「い、息が、」
「おや、鼻から呼吸しなかったんですか」

 さも当たり前のように言うものの、主導権を握っている側とそうでない側の差というものは実は大きなもので。この時点における主導権を握っている、つまりは好き勝手できる側にいる三好には、好き勝手にされる側であるナマエの気持ちや焦りなどはとうてい理解できないものなのだろう。
 なにより、すでに身体を繋げている状態とくれば、湧きあがる羞恥心も加わり早々に根を上げてしまうというものだ。

「まあ、まだ終わりではないので。頑張ってください」
「っん、」

 励ますように赤く染まるナマエの頬に唇を落とし、シーツを掴んでいた手を自身の背中へと回させる。近くなった距離に安心したのか、ナマエは小さく息を吐くと三好の頬に同じように唇を落とした。

「あ、はっ、あ、んん、あっ」
「は、っあ、」
「ふあ、み、三好さ、っん、」

 息も絶え絶えなナマエを気遣うようにゆっくりと動きつつも、中の熱は的確に感じるところを突いていく。
 ほとんど力の入らない腕をなんとか動かし、今度は三好の首へと腕を回しそのまま引き寄せる。ぐっと状態を倒したことにより鼻先が触れるぐらい近くなった距離に、どちらからともなく、まるでそれが当たり前のように唇を重ねた。

「ん、んむ…ふ、あっん、んん」

 苦しいはずなのに、それでも離れまいと必死に触れ合うその姿に、三好は得も言われぬ感情に支配される。
 ──見目麗しいこの男は、口づけが好きだった。かるく触れ合えば胸のどこかが温かくなり、深く絡めば互いの体温を奥底まで分け合っている錯覚さえ覚える。真に心を許した相手と触れ合うからこそ生まれるその感覚は、ナマエと出会えたからこそ知り得たもので。彼女の体温すら知らぬまま生きていくなど、ありとあらゆる物事を吸収した頭でさえとうてい想像できぬことだった。
 しかし三好という男はやや潔癖な面があり、人との接触を拒む性格。ましてや他者と必要以上に肌を重ねるなど以ての外で、任務でもなければ女性に口づけることなどめったにしない人間だと、そう決められていた。
 だからナマエは知らない。自身の”三好”に対するイメージが間違っていなかったということを。目の前の男が見せる一面が、カバーではないということを。口づけるのが好きなのは、”三好”の意外な面などではなく、三好を名乗る”男”の方なのだということを。

「ん、ふはっ、だめ…も、ん、っんぅ」
「は…っナマエ、…んっ、」
「みよしさ、ふあ、あ、あっ…!」

 逃げられないほど強く抱きしめられ奥を抉るように突かれ、ナマエの身体は大きく跳ねる。視界にちかちかと火花が散り、そしてだんだんと白く染まっていく。どこかへ飛んでいきそうな意識を必死に手繰り寄せるナマエの頭を、まるでいたわるように三好は優しく撫でてやる。
 三好さん。音にしようと喉までやってきた名を、ナマエはすんでのところで飲み込んだ。呼んでしまえば、この幸せな時は終わってしまう。そんな気がしたから。

「ナマエさん」

 代わりとばかりに、三好は彼女の名前を呼ぶ。そうして最後にゆっくりと、濡れる赤い唇に自身のそれを重ね合わせた。
 先程までのような熱を分け合うようなものではなく、ただただ触れ合うだけの優しいそれは、名も無いたった一人の男が、伝えることは決してできない想いが少しでも届けばと、祈るように送るものだった。


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