わずかに感じる振動に呼び戻されるように、田崎の意識はゆっくりと水の底から浮き上がる。うっすらと目を開いていけば、陶器のように滑らかで、ほんの少しだけ骨の浮いた薄い背中が見えた。乱雑にかき集めとりあえずのつもりで纏ったのであろうシーツから覗くなだらかな線を視線で辿る。行き着いたくびれと腰の辺りには、真っ白な肌との対比するように艶かしい紅色が散りばめられていた。
気づくだろうかとじっとその背中を見続けていたが、ナマエの視線は相変わらず窓の外へと向けられたままである。昨夜から降り続く雪は何年かぶりのホワイトクリスマスだと世間をより一層浮足立たせていたのだが、そうした浮かれた連中を取り締まるこっちの身にもなってほしいと眉間にしわを寄せたことは記憶に新しい。しかしクリスマスが終わった今は、薄暗い空も静かに振り続ける雪もどこか悪くないとさえ思えるのだから、案外自分も現金なのだなと思った。
ナマエ。寝起きのかすれる声で名を呼べば、見られていたことにようやく気がついたらしく。少し慌てた様子でシーツを肩まで上げ、小さく「おはようございます」と微笑む。
「…おはよう、ずいぶん早いな」
「目が覚めちゃって…まだ寝てて大丈夫ですよ」
「ナマエは、もう起きるのか…?」
「そうですね、起きてごはんの準備でもしようかな。なにか食べたいものありますか?」
問いかけつつナマエ柔らかな手が田崎や頭を優しく撫でる。元々寝ぼけ半分であった田崎の意識は抗えず再び微睡みの中へと落ちようとするが、まだ駄目だとぎりぎりのところでふんばり、その小さな手を掴んで軽く引き寄せてみせた。
「わっ、」
逃さぬよう素早く密着し柔らかな胸元へ頬を寄せれば、ふわふわとした感触と感覚。似ているようで正反対の感情に、理性と本能がせめぎ合っている気さえした。
そんな田崎の邪な考えになど一切気づいていないナマエは、応えるように優しく抱きしめ返す。
「ふふ、田崎さんなんだか赤ちゃんみたい」
「…赤ちゃんは少し無理があるかな」
「でも寝起きだからあったかいですし、声も寝ぼけてて…」
会話するうちに、ナマエの声にも徐々に眠気が混じり始める。それに気がついた田崎はしめたとばかりにナマエの背中を軽く叩き、同じように眠りへと誘い始める。
「ナマエだって寝ぼけてるだろ」
「だ、だって昨日寝るの遅かったから…」
「そうだな…ナマエが積極的だったから、すっかり遅くなったんだよな」
「わー!」
なんてこと言うんですか!と一瞬にして距離を取るナマエの顔は、昨晩の記憶が呼び戻されたのだろう真っ赤になっていて。ぷりぷりと怒る姿にさえ可愛いさを感じつつも「ごめんごめん」と謝り、頬へ口付け今度は自身の胸元へと招き入れた。
小さな身体を抱きしめながら、やっぱりこっちの方がしっくりくるなと笑みがこぼれる。そしてナマエもどこか拗ねたような顔をしながらも、抵抗せず素直に田崎へと擦り寄った。
「ナマエ」
「はい?」
「朝ごはんは作らなくていい」
「え、いらないんですか?」
「いや。起きたら、遅めのクリスマスデートをしよう」
「クリスマスデート…」
「そう。車出すから、ごはん食べて買い物して。ああでもイルミネーションは終わってるだろうから、そうだな…」
「?」
「ホテルの最上階で夜景を見ながらのディナー、なんてどうだ?」
田崎の言葉に驚いたように目を見開く。以前神永が言っていたような、昭和から使い古されたいわゆるベタな展開だ。いままでの交際相手にであればやろうとも思わないことではあるが、これを他でもないナマエが嬉しいと思ってくれるのならば、ベタだろうとなんだろうと全力をかけてスマートにやってのけるのが田崎という人間なのだ。
「本当に…?」
「本当。クリスマス仕事入るってわかってたから、翌日なにかしようってずっと前から考えてた」
予想どおり。みるみる笑顔になるナマエにつられるように、田崎の心も浮き足立つ。
結局のところホワイトクリスマスだ夜景だと騒ぐ連中と自身もなんら変わりないのだと内心苦笑しつつも、それでもこの笑顔が見られるのなら悪くないと、すっかりご機嫌になったナマエの額へ唇をひとつ落とし、田崎の意識は再び微睡みの中へと落ちていった。
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