怖いだとか悲しいだとか、思ったことは一切なかった。
 私を見るあの瞳も、名前を呼ぶ声も。触れる指先も、包み込む腕も、何もかも。口数が多くない代わりに、全身で私を好きだと言ってくれていて。

 幸せだった。過ぎていく日々の中、あの人の隣にいられることが。
 例えいつかは、終わりがくるとわかっていても。




「ん、っんん、ふあ、」

 まるで生き物のように口内を動き回る舌から必死で逃げる。その間も動いていた福本さんの手が背中に回り、探し当てたブラジャーのホックを片手で器用に外してしまった。上着と一緒にたくし上げられ開放感と肌寒さに身をよじるけれど、彼の手は止まることなく私の胸へと直接触れてきた。

「っ、や、うあ」

 まだ大して大きくもない胸は、福本さんの大きな手にすっぽり包まれてしまう。心臓が破裂するんじゃないかってぐらい高鳴っていることに、きっと彼は気づいている。
 ぐにぐにとまるで感触を確かめるように手が動くと、中心にむずむずとした感覚が生まれてくる。時折福本さんの手がそこをかすめると、意図せず声が漏れてしまう。

「ん、んぅ、」

 福本さんの顔が近づき、鎖骨の辺りを強く吸われる。かすかな痛みの後に、虫さされのような真っ赤な痕がついた。これ、キスマーク。
 理解した途端、風邪でも引いてしまったかのように顔が熱くなるのがわかった。漫画の中でしか見た事がないようなそれが、まさか自分の体につけられるとは。

「っひ、」

 するすると降りていった舌が突起の周囲を舐め、そのままかぷりとかぶりつき、まるで子供がするように音を立てて吸い始める。途端にびりりと体に電気が走ったような感覚がして、思わず声が漏れてしまう。福本さんが、私の胸、に。
 その姿が直視できず必死に視線を逸らすが、福本さんは気にする様子もなくさらにそこを弄ぶ。尖らせた舌先が先端を撫で、感じたことのない感覚にただ身をよじることしかできない。

「ふ、くもとさ、やだぁ、」

 ちゅぽんと音を立てて福本さんが口を離すと、唾液に濡れた突起がぴんとその存在を主張していて、否が応でも目に入ってくる。
 頬を撫でる大きな手が少しづつ降りていき、かろうじて閉じていた膝を割る。即座に福本さんの体が入り、閉じる事も叶わなくなってしまう。ぐり、下着越しに押し付けられた硬い何か。それが何なのかなんて、見なくてもわかる。

「やっ、なに、」
「…おとなしくしてろ」

 抵抗しようにも、太ももはがっちりと固定されてしまい動けない。ゆっくりと下着を脱がされ、誰にも見せた事のないそこが晒される。
 恥ずかしさで人は死ねるのだろうか。そんな馬鹿みたいな事を本気で考えるぐらい、今の私は羞恥心でいっぱいだった。だってそんなところ、普通は人に見せたりなんて、しないでしょう。
 呼吸の度に収縮しているのが自分でもわかる。節くれだった指が何度もそこを往復し、その度ぴくぴく体が勝手に跳ねてしまう。

「ん、くっう、ん、んんんっ」
「ナマエ、噛むな」
「っあ、ん、んぐ、」

 体の中をじわじわと支配していく何かに耐えるためだったのだろうか。ほぼ無意識のうちに強く噛んでいた唇を、咎めるように塞がれた。するりと侵入してきた蛇のように長い舌は、あっという間に私の口内を埋め尽くす。柔く噛まれ、根元を吸われる。送り込まれる唾液を必死に飲み込むけれど、耐えきれず口の端から溢れていく。

「っ!」

 それまで粘液を擦り合わせた鈍い音を立てていた下半身から、不意に異物感を感じた。驚いて力を込めた事によって、それが福本さんの指だという事に気づく。わずかな圧迫感と共に侵入してくる指に、恐怖心から身体が震える。

「や、やだ、ふくもとさ、」

 私の言葉など聞こえてないとでも言いたげに、福本さんの指はどんどん奥へと進んでくる。何かを確認するかのように緩く抜き差しをされ、恐怖なのかなんなのか、わからない感覚が身体を襲う。時折壁を強く擦られ、驚いて中を締めてしまう。

「っう、あ、んんん…っ!?」

 不意に、それまでとは違う感覚が身体中を駆け巡った。驚きで目を見開けば、暗闇の中、どこか嬉しそうな福本さんと目が合う。ぴたりとそこへ押し当てられた指に咄嗟に止めてと発したはずが、それは虚しくも甘い声へと変わってしまった。

「ひぁ、ああっやだ、ふくもとさっ、んああ!」
「大丈夫だから、泣くな」
「やだぁ、こわい、こわいっ、」

 いくら止めてと懇願しようと福本さんの指は止まることなく、それどころがどんどん速くなっていく。的確に先程の場所を擦られ、同時に親指が入り口の少し上の辺りをぎゅうと圧し潰す。暗闇に響く自分の声を恥ずかしいと思う暇すらない。未知の感覚が、 ただひたすら恐ろしかった。

「やら、なんかきちゃっ、あ、あ、あ…っ!」

 一瞬、目の前が真っ白になったと思ったら、暗いはずなのにちかちかと火花が散ったような眩しさを感じて。自分でも驚くぐらい大きく跳ねた体は、次の瞬間にはベッドに沈んでいた。投げ出された四肢には少しも力が入らず、引き抜かれる指にさえ反応してしまう。
 荒い呼吸を整えるのに必死になっていると、不意にカチャカチャと何かを外す音が聞こえた。同時に押し付けられた熱に、びくりと身体が跳ねる。

「ふくも、と、さん…」
「…ナマエ」

 たぶん、おそらく、私の身体は福本さんを受け入れる事に、喜びを感じている。それはまるで最初から彼を知っていたかのように。歓喜に濡れ、奥へと誘い込む。
 見上げた先、わずかに上下した喉仏に、思わず唾液を飲み込んだ。

「っひ、う、あ、ああ…っ!」

 本気で死んでしまうのではないかと思った。めりめりと音を立てるように侵入してくる福本さんは、本当に普段の彼と同じ人なのかと疑ってしまいそうなほど熱く、暴力的だった。喉から出るのは蛙を押しつぶしたような声だけで。みっともなくて涙が出てくる。

「いっ、あ、あっあ」

 ゆっくりと、けれど確実に進んでいた福本さんの腰が、不意に止まった。お腹の奥の方で、こつんと何かが当たる感覚がして、頭上で福本さんが小さく舌打ちしたのが聞こえた。恐る恐る繋がっているそこを見れば、全て埋まり切っていなくて。おそらく体格差のせいだろうと、わずかに残されていた冷静さが、頭の中でそう呟いた。

「ナマエ」

 シーツを握りしめていた手が解かれ、大きな手とゆっくり絡められる。まるで安心させるかのようなその仕草に、ほんの一瞬、自身の置かれた状況を忘れてしまう。
 激しい行為とは裏腹に、繋がれた福本さんの手は、ひどく温かかった。

「っうあ、は、あっあ!」

 ベットが軋む音と、聞くに耐えない自分の声。時折聞こえる福本さんの低い声が、鼓膜を揺らす。

「はっ、あ、ふくもとさ、っん、あ、あ、」

 それはさながらあの頃の光景の様で。
 古いベッドの軋む音。部屋に充満した情事の匂い。隙間なく抱きしめ合った身体に、幸せそうに小さく笑う声。キスをして名前を呼んだ、あの頃。

「ナマエ、」
「ふくもと、さ、」

 今のは、なんだ。あんなの、あんな人、知らない。知らない、はずなのに。どうしてこんなに泣きたくなるの。
 覆いかぶさってきた福本さんに隙間なく抱き締められ、背中がしなる。その首に腕を回してしがみつけば、耳元で息を呑むような音が聞こえた。


「どうして、覚えてないんだ」

 ひどく泣きそうな声だった。彼は、福本さんは、元々感情の起伏が少ない。よく見て聞いていれば、わずかな口端の上がり方や声の高さによって大まかな感情はわかるものの、真に何を考えているのかは計れない人だった。
 そんな福本さんが初めて私に向けた、悲しさという、負の感情。彼の数少ない感情をすべて混ぜこぜにしたような。今すぐにでも闇に沈んでしまいそうな、そんな声だった。

「また会いたいと、ずっとそばにいたいと言ったのは、お前だろう」

 流れた汗が彼の目元を伝い、まるで涙のように私の身体へと落ちるのが見えた。どうして福本さんが泣くんですか。どうしてそんなこと言うんですか。私を置いて行ったあなたが、どうして。

「っひ、あ!」

 大きく動かされた腰に驚いて思わず逃げ出そうとするけれど、許さないとでも言いたげに福本さんはさらに腕に力をこめた。汗で滑り落ちる腕で必死に福本さんの首にしがみつき、恐ろしいほどの快感に耐える。

「う、ああっは、ふくも、は、あ、ひぅっ」
「ナマエ、ナマエ…」

脳内をぐちゃぐちゃにかき回されるような気分だった。現実なのか、はたまたあの夢なのか。もう何もわからなかった。ただひたすら泣きたくなる気持ちを抑え、福本さんの口づけを受け入れる。

「ん、んんんっふ、あっああ!ひ、んあ!」

 身体の奥底から再びあの感覚が湧き上がってくる。ぐちゅぐちゅと卑猥な水温が大きくなってきて、比例するかのように私の声も大きくなっていった。
 福本さん。必死に呼ぶ度答えるように抱きしめられる。ああそうか、私は、

「っあ、あ、あぁあ…!」
「っ、」

 きゅうと足先が丸まり、下腹部に力がこもる。同時に福本さんの息を詰めたような声がして、中へと熱が広がる感覚がした。
 密着していた体が離され、白んだ視界の中、微かに彼の口元が、私の名前を呼んだ気がした。福本さん。声は音にならず宙を舞う。代わりに頬へ添えられた手がとても温かくて。私はそのまま意識を手放した。



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