「かんぱ〜い!」
「っあー!やっぱ仕事終わりのビールは最高だな!」
『二十代にしてオッさん発言』
「うるせーよ小田切!」
「ん〜このカボチャおいしいね」
「朝から煮込んでたからな」
「実井!それが俺が取っておいた餃子!」
「田崎さんのだったんですか。すいません、もう食べちゃいました」
「三好から揚げ一人で取りすぎだろ!」
「ぐずぐずしてるお前が悪い」
「まだ乾杯したばっかなんですけど!?」
「落ち着け神永。まだタネはあるから、今揚げてきてやる」
「まじか!サンキュー福本!」
「……………」
「なになに、ナマエったらテンション低いんじゃない?もっと上げてかないと〜」
「いやそんなことは…」
「じゃあもっと飲めって!結城さんがくれた酒はうまいぞ〜」
「まだ未成年なんで駄目です」
目の前に置かれたグラスを正面に座る神永さんへと返せば、「じゃあ俺が飲もう〜」なんて言って結局自分で飲み始めた。結城さんからいただいたお酒なんて死ぬほど飲みたいに決まってる。でも今生では一応未成年なわけだから、飲酒なんて絶対にしてはいけない。さすがにそこまで道を踏み外す気はない。今更なに言ってるんだって感じではあるけれども。
おとなしく福本さんお手製のオレンジジュースを飲みつつ視線を周囲へと向ければ、そこにはあの頃と全く変わりのない顔ぶれが並んでいて。神永さんが現れた時点で全員今生にいるのだろうなとなんとなく察してはいたものの、まさかこんなに早く再会することになろうとは。しかも家で飲み会という形で。
聞いたところによると私が福本さんに教えられていた警察という職業は本当だったらしく、そこのボスこそ我らが結城さん、そしてこの間係長に就任したのが佐久間さんだそうだ。いやはや運命の輪とはなんとも面白いものだとつくづく思う。そしてその輪から私がだいぶ外れた位置に生を受けたことも、まるであの時代既にイレギュラーな存在だった私をうまく表していると言わざるを得ない。
「ナマエ、今いくつだっけ?」
「十四です」
「福本は?」
「たしか二十五」
「てことは、ほぼ一回り違うのか…」
「十四って中学二年生だよな」
「そりゃこんなに小さいわけだ」
どこか嬉しそうに私の頭を撫でる波多野さん。あの頃は大人で、しかも常にヒールを履いていたから私の方が彼よりも数センチ高かった。だから今自分より私が小さいのが嬉しいのだろう。気持ちはわからなくもないのでおとなしく撫でられていると、不意に台所から「ナマエ」と呼ばれる声がした。視線をそちらへ向ければ、福本さんに小さく手招きされる。
「はい、どうしたんですか?」
すぐさま立ち上がり彼の元へ向かえば、菜箸でつままれた何かを目の前に差し出された。いきなりのことに困惑しつつちらりと彼の背後に視線を向ければ、パチパチと音を立てて油が跳ねていて。さきほど頼まれたから揚げがもうできたのだということに気付いた。
作っていたものを差し出される、つまりは試食しろということだろうか。なにも言わないけれどおそらくそういうことだと踏み差し出されたそれを受け取ろうとしたら、寸前でかわされてしまう。
「……………」
「……あの、福本さん」
「口、開けろ」
「え、」
「あーん、しろ」
福本さんが「あーん」って言った…!
妙な感動を覚えつつ有無を言わせないその雰囲気に言われた通り口を開けば、小さなから揚げが口の中へと放り込まれた。揚げたてなこともあってその熱さに驚くが、噛めば途端に溢れ出る肉汁が口内を満たし、その美味しさに思わず笑みがこぼれたのがわかった。
「どうだ?」
「すっっごくおいしいです」
「そうか。良かった」
私の言葉を聞き、福本さんは満足げに大きなお皿に残りのから揚げを盛り付けていく。最後にシリコンのカップに入れたマヨネーズとケチャップをサイドに置き、あいつらに持って行ってやれと渡された。結構な多さだけれど、男性が八人も集まればこれもあっという間に無くなるのだろう。特に波多野さんはよく食べるからなあ。
山盛りになったそれを落とさないように彼らの元へ運べば、先ほどまで騒がしかったのが嘘のようにじっと黙ってこちらを見ていた。その目は一様に、どこか呆れを含んでいるように見える。
「え、どうしたんですか」
「ラブラブだねえ」
「新婚かよ、ったく…」
「そういうのは他所でやってくれ」
「家でなにをしようが俺達の勝手だろう」
「少なくとも目の前でやるなと言っているんだ」
「そうだそうだー」
不愉快そうに眉間にしわを寄せる三好さんに、わざとらしく便乗する神永さん。彼だけはこうなった経緯を知っているから、からかいの意味しか込めていないのだろうけれど。
しかしラブラブとは。甘利さん、選ぶ言葉が天然というかなんというか。小田切さんしかり、あの頃のどこか白々しい雰囲気はずいぶんとなりを潜めてしまったらしい。見ていて面白いけど、記憶の中の彼らとあまりにも違いすぎてギャップに戸惑いが隠せないのもまた事実だ。
「そ、そういえば、佐久間さんはいらっしゃらないんですか」
話題を変えようと姿のない彼の名を出せば、全員が「そのことか」といった顔でくつくつと笑い始めた。それを見て否が応でも察してしまうのは、彼が今生でも不憫な扱いを受けているということだ。こんな一癖も二癖どころか何癖もある人たちの上司なんて、想像しただけでため息が出てしまう。
「彼なら、今頃始末書を書いてますよ」
「始末書って…」
「上が今日中に上げろってうるさいらしくて」
「上げなきゃいけないようなことをしたのは波多野さんでしょう」
「不可抗力だ」
「いったいなにをしたんですか」
「ライフルを撃ったんです」
「え、」
「言うな馬鹿!」
なにがあってこの現代社会でライフルを使う状況になるんだろうか。そんなものの始末書となれば、上が納得するものなんてそうそうできあがらないだろう。御愁傷様。あの特徴的な眉をしかめため息を吐いているであろう彼に、胸の中で届かないエールを送った。
時刻は深夜一時過ぎ。先ほどまでの騒がしさが嘘のように室内は静まり返っていた。というのも、日付を越えた辺りで三好さんが「そろそろ帰るか」と言い出し、全員それに同意して帰ってしまったからだ。聞くと明日も仕事なのだと、苦笑交じりに話していた。まだ話したいことはあったけれど、社会人である彼らが仕事だと言えばどうしようもない。そうですか、と小さく呟やいた私に「また来るよ」の言葉と共にそれぞれ連絡先を残して、彼らは帰っていった。
そんな彼らとは裏腹に、家主である福本さんは明日有給を取っているのだそう。ならば片付けは明日でいいだろうと、転がっていた酒瓶を軽く片付け一緒に遅めのお風呂へ向かった。
「今日はありがとうございました」
後ろに座る彼の胸元へと頭を預けながらそう言えば、「ああ」と小さく返される。
「すごく楽しかったです」
「そうか」
「まるであの頃みたいで…まあ、雰囲気は今の方がずっと賑やかですけど」
「そうだな」
「またこうして皆さんで集まりたいです。あ、今度は結城さんと佐久間さんも一緒に」
「…ああ」
いつもより口数が少ないのは、気のせい…じゃない。お風呂の時間の彼はいつもスキンシップが絶えなかった。頭を撫でられることは当たり前で、髪を弄られたり、手を握られたり、頬にキスをされたり。けれどそれが今は一切ない。ただ淡々と私の言葉に返事をするだけだ。
自意識過剰と言われてしまいそうだけれど、こうなった理由はなんとなく予想がついている。それを口に出したら怒られるだろうか。そう思いつつも、私はほんの少しのからかいと嬉しさに任せ口を開いた。
「…やきもちですか?」
伺うような小さな呟きも、場所が場所なだけによく響く。私の言葉に、福本さんは触れていなければわからないであろうぐらい、わずかに反応を示した。
「神永さんが、福本さんが拗ねてるから甘やかしてやれよ、って言ってました」
「……………」
「ふふ」
なにも言わないということは、この予想は大当たりだったわけだ。可愛い人だと思う、本当に。
体を反転させ、難しく結ばれた唇に自分のそれを重ねる。 軽く音を立てて啄ばみ静かに離れれば、間近で視線が絡み合う。
「好きです。福本さんが一番」
だからそんな不安そうな顔をしないで。そう意味を込めて彼の首に腕を回し、額を合わせる。グレーの瞳にはひどく幸せそうに微笑む私が見えて。拗ねている人相手にこの顔はいかがなものかというのはわかっているけれど、それでも頬が緩むのを止められない。
「…生意気だな」
「大人です」
「体は子供だろう」
「すぐ大人になります」
どこぞの名探偵ではないけれど、精神的にはとっくの昔に成人しているのだ。それに情事までしておいて子供扱いなんて、それこそ今さらだと思う。
私の言葉に彼は少し考えるような素振りをした後、それまで一切動かさなかった手を私の腰へと這わせた。そして次の瞬間、なにを思ったのか突然臀部を揉み始めた。
「っ!」
いや、揉むというよりもはや掴んだと言った方がいいかもしれない。遠慮なくぐにぐにと動く手を慌てて掴めば、それは思っていたよりすんなりと止まってくれた。
なにをするんだと睨み付ければ、先ほどまでの真一文字はどこへやら。楽しそうに笑う福本さんと目が合う。
「そうだな。たしかに大人だ」
「…福本さんのえっち」
「大人だったら別にいいだろう」
「もう!」
たしかにそういう意味で大人だとは言ったけれど、いきなりこんな事されて動揺しないなんて大人でも無理だ。というか、大人だから無理というか。
私がそう考えているとわかっているくせに、目の前の彼は一連の流れですっかり機嫌が直ったらしく、ちゅっなんて可愛らしい音を響かせ何度も頬にキスをしてくるものだから、私はもうなにも言えなくなってしまった。
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