出先で雨に降られたらしく、急いだものの傘を持っていなかった事もあり、びしょ濡れ状態で田崎さんは帰ってきた。慌ててタオルを差し出すも、何故か彼は受け取らない。田崎さん?名前を呼べば、悪戯を思いついた子供のような顔で微笑む。
「拭いて?」
「え、」
「寒いから、早く」
気を使ったつもりなのか。私に合わせて少しだけ屈む彼の顔は見えない。代わりに普段見ることのないつむじが見えて、何だか新鮮な気持ちになる。
「………」
「ん…もう少し優しく」
「あ、す、すみません…」
…なんだこれ。なんか、なんていうか、ひわ…いや言わないでおこう。私は髪を拭いているだけ。頼まれたからやっているだけ。決して田崎さんの声が妙に色っぽいだとか、伏せた睫毛や少し空いた唇が妖艶だとか、そんなことは、ない。邪な考えを振り払うように無心になって手を動かす。ふいに、彼の冷たい手が私のそれを掴んだ。
「っ、」
「…温かいな」
何を思ったのか、彼は私の手を自らの頬に当てうっとりとした顔でそう呟いたのだ。う、わ。うわうわうわ。何が起きているんだ。なんで、私の手が、田崎さんの頬に。
タオルが落ちる。けれど気にする様子もなく、田崎さんは私の手を掴んだままだ。徐々に熱くなっていく指先に、彼はきっと気付いている。それに気付いていてわざと離さないなんて、とても意地悪だ。
「た、ざきさ、ん」
「ん?」
「か、風邪、ひいちゃう」
「ああ、そうだな。でも…」
もう少しこのまま。吐息交じりに囁かれ、心臓が壊れるんじゃないかってぐらい早く動く。
玄関の前で何やってるんだって感じだけれど、もうそんな事気にならなかった。いっそこの時が永遠に続けばいいなんて。寒いことを本気で思ってしまったのだから。
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