記録 2002年 某月某日 
■■県■■市■■町

任務内容
町内での少女誘拐、変死
その原因と思われる呪霊の坺所

・三ヶ月の間に七人の少女が誘拐され、その後変死体で発見。どの遺体の傍らにも、血まみれの人形のような物が置かれていた
・担当者(2級呪術師 ■■)の派遣から三日後、八人目の被害者と思われる少女の遺体を発見
・その傍らに、血まみれの赤子(女)の存在を確認。害がないと判断し保護

(追記)
・対象呪霊の能力が『少女に自らの子を受胎させる』ものと判明
・上記のことから、保護した赤子は死亡した少女が呪霊に襲われた際妊娠、その場で出産したと思われる
・これまで現場で発見、押収された人形を調べたところ、人形ではなく赤子(全て女児)と判明。
事件の回数を重ねるごとに人の形へと近づいており、今事件を最後に人を産ませることに成功したと思われる
・また、保護した赤子の身体を調べたところ、胎に特異性を発見
通常の人間のものとは異なるため、今後の成長を観察する必要がある

このことから、保護した赤子の監視、必要な場合は死刑も念頭に置くべきと考えられる



「そういえば、ナマエの正式な入学が決まったそうだな。おめでとう」

 二十二時を回った騒がしい居酒屋の奥座敷では、仕事を終えた五条悟と家入硝子が、かれこれ数杯目の酒を呷っていた。といっても酒、しかも日本酒を呷っていたのは家入のみで、五条はメロンソーダのみで既に五杯目なのだが。
 そしてその五杯目ももうすぐ飲み終わるといった頃、そういえばと思い出したように家入が言った。

「え?ああ…うん、そうだね」
「…なんだ。ずいぶん不満そうだけど」

 その言葉を受け取った五条はというと、予想に反してぼんやりとした返事をするのみで。
 てっきり「そうなんだよね〜さすが僕のお嫁さんだと思わない?」なんていつもの惚気をかましてくると思っていただけに、その様子に珍しさを覚える。
 しかし、それは断じて五条を心配しているというわけではなく。話の元であるナマエは家入にとっても、高専時代からその成長を見てきた、いわば歳の離れた妹のような可愛らしい存在だ。
 そんな彼女の傍にいる存在である五条がナマエに対して惚気ない、イコール、彼女に何かあったと言っても過言ではない。そういう意味での"心配"だ。

「だってさぁ…一年も早く寮に入る必要なくない?まだ僕と一緒にいればいいのに…というか僕のマンションにいればいいのに…」
「…そこかよ」
「しかも!籍入れるのだって十六歳になったらすぐにしようねって言ってたのにっ、やっぱり卒業したらにしようって!言い出して!」
「けじめをつけたいって言ってんだろ?素晴らしい自立心じゃないか」
「僕は一刻も早くナマエを正式なお嫁さんにしたいんだよぉ…」

 前言撤回、やはり心配など微塵も必要なかったようだ。酔ってもいないのにこの面倒臭さと口調。もう一人道連れ…もとい七海を増やすべきかと思案するも、勘の良い奴のことだ。なにかを察して絶対に来ないだろう。
 これは早くこの飲み会自体を終わらせるべきだと結論を出すと、机に突っ伏しのの字を書く五条を無視し店員に声をかける。時刻は二十二時半過ぎ。愛しのナマエの元へ帰らせるにはちょうどいい時間だ。

「まあ、早く家に入れるに越したことはないのは確かだな。なんせその呪いだし」

 ジャケットを羽織りながら、先程渡した書類を見やる。
 数時間前、店に入ってすぐ家入は五条にある書類を渡していた。それは高専だけでなく、なにかしらの組織へ入学するに辺り確実に必要となるもの──健康診断書だった。
 といっても今回重要なのはそちらではなく。診断書の裏に隠された、もう一枚の書類。それは五条に依頼され、家入個人が作成した物だった。

「梢子、なんか勘違いしてるみたいだけど…僕はナマエに自分の子供産ませたいだなんて思ってないよ」
「はあ?」
「でも上の連中はそう思わない。僕が世継ぎのためにナマエを婚約者にしたと思ってる」
「まあ、至極もっともな理由だしな」
「うん。それならそれで構わないんだよね。そう思わせた方が都合いいし」
「…じゃあ、なんのためにあの子を引き取ったんだよ。"婚約者"なんていう箔までつけて」

 何故、ナマエという一人の少女が、現代呪術界において最強であり当主である五条悟の、歳の差その他もろもろを飛び越えた"許嫁"という形に収まることとなったのか。もちろん、五条の気まぐれという言葉で片づけようと思えばそれもできるだろう。
 けれど、そんな分かりやすい理由を五条ははっきり"違う"と、そう言ったのだ。
じゃあ今はどんな理由なんだと続きを促す家入の視線に、今度は碧眼をぐにゃりと溶かし口角を上げる。

「決まってるじゃん。あの子が僕の、運命の相手だからだよ…♡」

 お待たせいたしましたとやや頬を赤らめながら伝票を持ってきた女性店員に目もくれずそれを受け取ると、いつもの調子でレジへと向かう。
 その背中に半ば諦めの気持ちで「このくそロリコン野郎が」と舌打ちと共に吐いた家入に、五条は心の底からの言葉といった様子で「ありがとう」と返した。



報告書
記録 2017年 某月某日
報告者 家入硝子

ミョウジ ナマエ(15歳) 身体の調査、及び診断について

・報告書番号■■■■の事件において保護された少女、ミョウジ ナマエの胎が通常の女性と異なることを確認
・調査の結果『種となる男の術式と同等の術式を持つ子を産める胎』を持つことが判明
・上記については現段階ではまだ憶測の域を出ないが、対象の胎に紋が刻まれていること、また父となる呪霊の能力から、この憶測はほぼ確実と思われる

なお、対象が未成年ということもあり、妊娠は母体の状態を考慮して判断することが望ましい。



 ぐったりと手足を投げ出したまま眠るナマエの頬を撫でながら、五条は家入との会話を思い出す。
 ──確信はあった。ただ確証がなかった。
 数ヶ月前、初めてナマエを抱いたときのことだ。決して見るつもりではなく、行為の最中でたまたま見えてしまった。今となってはそんな言い訳染みたことしか言えないが、事実だなのだから仕方がない。
 六眼で見えたナマエの腹の中。本来ならば見えるはずのない紋がそこに見えた瞬間、五条は真っ先に件の呪霊を疑った。
 そしてその疑いはつい先程、友人である家入の手によって確実なものとなった。健康診断と称して同時に調査を行わせて正解だった。後からとやかく言われてその一環だったと誤魔化すこともできるのだから。
 僅かな呼吸と共に上下する薄い腹を指先でなぞる。触れているまさにこの下。その場所に、形は全く同じ、けれど確実に人と異なる袋が存在している。
 クローンを作り出すこととほぼ同意義ともいえる胎を持つ女が辿る末路など、火を見るより明らかだ。
 殺されなかっただけでも御の字。仮に由緒ある家へ引き取られたとしても、外には出してもらえず、権力強化のため子を産む機械にされるだけだろう。
 十五年前、ナマエを引き取った一族は出世などには興味がなく。ただ引き取ることでその先半永久的に得られる多額の報酬が目的というだけだったのは、不幸中の幸いだった。
 そんな呪いの子を、五条悟が引き取った。しかも自らの婚約者という形で。
 世継ぎのためと思われようと、家の権力強化だろうと、正直どうでも良かった。そう思いたければそう思えばいい。周囲の人間にどう思われようと、何を言われようと、どうだって。
 家入に言った言葉はまごうことなき本物だ。自分の子供産ませたいなど、五条は微塵も思っていない。
だがそういった分かりやすい理由を周囲に認識させておけば、最強といわれる五条と対立してまでナマエに 手を出す馬鹿はいなくなるだろう。あからさまな理由は、ときに最も最強の牽制となる。

「…俺みたいなのに見つかったのが運の尽きだったね」

 理解している。これは執着だ。
 親友を失い、虚無感の中にいた自身を受け入れ、頼り、愛してくれる。そんな存在に縋っているだけ。最強だなんだと言われても、結局自分も一人の人間ということだ。
 何年もかけてようやく手に入れた愛しい愛しい、僕だけのナマエ。たとえそれがどんな形だろうと、いまさら手放す気など毛頭ない。
 わずかに上下する腹をするすると滑りながら、臍の下に手を添える。指先に力を込め言葉を紡いだ次の瞬間、柔らかな光が部屋を辺りを照らし、やがてゆっくりと消えていった。
 ──生まれてからずっと呪いと対峙してきた。二級呪術師が派遣される程度の呪いなど、根元を断つことはできずとも、その効力を弱めることなど五条には簡単に出来てしまうのだ。けれどそれは誰にも言わない。言わなければ、彼女は永遠に自らの元にいることができるのだから。

「ねえ、ナマエ。子供なんて、次なんて生まなくていい。一生、死ぬまでずっと、二人だけで生きていくんだ」

 そうしたらきっと、なによりも幸せだよ。


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